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導の先に立て ―ダンジョン攻略して世界を救う英雄の物語―  作者: 紅咲 いつか
Area3:憎悪の水底と渡り鳥

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Point9-17「水竜王」

 通路を進んでいくと、だんだん水温が下がっていく。心なしか、呼吸もしづらい気がした。

「……ねぇ、もしかしてまた息ができない領域が近いの?」

「可能性は高いな」

「ミザールさん、すみませんが風の力を分けていただいても?」

 先頭を進んでいたジェイドが足を止めたことで、ロディルトがミザールに声をかけた。

「ああ、いいよ。劣化結晶の予備はあるのかい?」

「あいにくと四つほどです。ひとまず、二つに風の力を宿らせようかと……」

 ロディルトは空の劣化結晶を左腕に装着した法具に収めると、ミザールの手を取った。ミザールが小さな風の渦を生み出すと、ロディルトの法具に収められた劣化結晶がミザールの風を吸い込んでいく。

「いつ見ても不思議な感じよね。その法具を使えば、他の人からそれぞれの元素の力を借り受けることができるんでしょ?」

「はい。これも精霊都市の創始者であるアルトナ・ミエルが開発した遺物です。現代の精霊術師が身につけている法具はだいぶ改良され、ユンさんの持つ双剣のように純粋な武器として扱うことができるタイプもあります」

 ロディルトの視線を受け、ユンが背に負った双剣を示す。

「そう言えばユンはロディルトと違って前線に立つ戦闘スタイルだね。精霊術師にも得意不得意があるのかい?」

「無論。ある程度は訓練して扱うことは可能だが、私は戦闘に特化した精霊術を得意とする。隠密活動を行う場合は、もっぱらアルトの助けがないと達成はできない」

「おう! なんせ、オイラはユンの相棒だからな!」

 ユンの言葉を受け、アルトが誇らしげに胸を張る。

「そういえば、二人はどうやって出会ったの? 何かきっかけになることがあったとか?」

「確かに気になるね。古代種(ドラゴン)と人間が出会うなんて、なかなか機会があるわけじゃあない」

 首を傾げるルカに、ミザールも同意する。

「その件に関しては答えられない」

 ユンは即座に言った。その表情が僅かに曇る。

「国家機密に関わる事項だ。……すまない」

「謝らないでください、ユンさん」

 ユンの謝罪に、ロディルトは柔らかな微笑とともに続けた。

「ユンさんにもお立場があります。何でも情報を共有できるわけではないことはお互いにありますから」

「違いない。なんなら、アタシの方があんたたちよりもずっと後ろ暗いことをやってきたさ!」

「ミザール、それ、何の慰めにもなってないぞ」

 ロディルトを支持したつもりのミザールに、呆れ顔のジェイドがツッコんだ。

 心なしか、ジェイドたちのやり取りにユンの表情も柔らかくなる。

「とりあえず風の結界を張って、空気を確保するとして……ん? あれは?」

 アルトが通路の先へ向き直った途端、目を細めた。

 白い泡が通路の先、広間らしき場所に浮かんでいた。

「あれが例の泡かい?」

「ああ。何か手がかりになる情報があるかもしれない」

 ミザールの確認に、ジェイドが頷く。

 すぐさまアルトが風の結界を張り、ジェイドたちは白い泡へと歩みを進める。すると、それまでの海水の温度と打って変わり、ひやりとした冷たさが肌を刺す。一瞬、呼吸がしづらくなった。

「やっぱり、この辺から空気がなくなったな」

 アルトが風の結界を調節し、すぐに呼吸も楽になる。

 ジェイドが白い泡へと手を伸ばす。彼の指先が触れるかどうかといったところで、目の前の泡が再び人の形をとる。

 泡は、一人の男性を映し出した。

 長い髪に、上等な衣服に宝飾品を身に着けている。ただ、異様なのはその頭に二本の透明な角を生やしていたことだった。

「もしかして……『水竜王(オセアヌティス)』さま?」

 白い泡が象った姿を見るなり、アルトが震える声で呟いた。

「えっ!? 古代種(ドラゴン)って、人の姿にもなれるの!?」

「数少ない古文書や異物から、力ある古代種の中には人の姿に化けることができる個体もいたと記録には残っています」

 アルトの呟きに瞠目するルカに、ロディルトが言葉を添えた。

この頭に二本の角を生やした青年こそ、六百年前に滅亡した「海の真珠(シルディーユ)」を治めていた古代種(ドラゴン)――水竜王(オセアヌティス)である可能性は高かった。

〝貴殿の成そうとしていることは……あまりに無謀すぎる〟

 水竜王は唐突に言った。

 これも、ここにはもういない誰かに向けた言葉だったのだろう。

〝成功の確率は低い。何より、相手は悪魔……魔界のダンジョンだ。人の身である貴殿の手に負えるものではない〟

「ダンジョンを攻略しようとしてるのかね? 今も昔も、人間はダンジョンと魔界の脅威に抗い続けていたってことかい」

「そうみたいだ。でも……話し相手は、一体誰だろう?」

 ミザールが悩ましげに腕を組み、アルトも首を傾げている。

「……もしかしたら、アルトナ・ミエルかもな」

 ジェイドは水竜王を見据えたまま、ぽつりと言った。

「確証はない。ただ……そんな気がした」

 ルカたちの視線を意識したのか、ジェイドはどこか自嘲ぎみに呟く。

 精霊都市ミルネフォルンの創始者であり、ジェイドと同じく、魔界の悪魔に印を刻まれたアルトナの生涯を聞いてからというもの、ジェイドは自分と過去の偉人を重ねるような言動をすることがあった。

「私たちだって負けないわ」

 ルカが声を張り上げた。驚いたようにジェイドがこちらを振り返る。振り返った翡翠眼を、ルカは真っ直ぐ見据えた。

「六百年前から、私たちは必死に戦い続けている。ダンジョンについても、魔界についても、天界についても少しずつわかってきている。私たちだって、負けていない。これからも、負けるつもりはない」

 ルカの力強い言葉に、ロディルト、ミザール、ユン、アルトが無言で頷く。

「……そうだな」

〝危険と知りつつ……それでも、運命に抗おうとするのだな〟

 ジェイドと水竜王が同時に頷いた。あまりにタイミングが良かったせいか、水竜王がこちらの会話を聞いて受け答えしたのかと一瞬、錯覚してしまう。

〝ならば、私も協力を惜しまぬ。大切な友を、みすみす諦めるようなことはしたくはないからな〟

 水竜王がこちらに向けて手を差し伸べてくる。その表情が、深い悲しみを宿していた。

〝まずは……魔王を……せよ。さすれば……は、必ず……もたらされるだろう〟

 水竜王の輪郭が薄くなり、その姿が崩れていく。

「待って! 魔王って!? ダンジョンや魔界の悪魔たちを倒す方法は、何!?」

 消えゆく泡に向けて、ルカが慌てて手を伸ばす。しかし、白い泡はもう二度と、水竜王の声を届けてくれることはなかった。消えゆく泡を、ジェイドはただ黙って睨んでいた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2023

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