Point9-12「真実の覗き硝子」
ジェイドたちとの通信が途切れた後、ミザールたちは武器を手に下船した。
「死招きの乙女」号を離れることには不安があったが、これから宮殿内へ乗り込むとなっては船では身動きが取れなくなってしまう。
「アルト、頼む」
「わかった」
ユンに促され、アルトが閉ざされた巨大扉の宝石に触れる。
「――――」
アルトの口から言葉が発せられる。
古代種特有の発声器官によって紡がれた彼らの言葉に、眠っていた宝石が反応を示した。
一瞬、眩い光が放たれたかと思うと、閉ざされていた扉がゆっくりと内側へ開いていった。
ミザールの部下たちが武器を構える。
皆が警戒しながら開き切った門扉をくぐった。
宮殿内には巨大な台座が備え付けられていた。ちょうど古代種が一匹、ゆったりとくつろげるほどの大きさである。
「アルト、ここがオセア……なんたらと謁見するための場所かい?」
「水竜王さまだよ。さっきから思ってたけど、覚える気ないだろ?」
高い台座を見上げるミザールに、アルトの呆れ顔が向く。
「覚えづらい名前なんだから仕方ないさ。なんなら略称とか愛称はないのかい?」
「もう水竜王で呼べばいい。名前を間違われるよりはマシだろう」
言い合うミザールとアルトの間でユンが妥協案を提示した。
「それでユン、さっき言ってた詩の意味はなんだい?」
「『空駆けるモノは海歌人の歌声を 海上を滑るモノは波霊の髪を 海中を縫うモノは光魚の鱗を道しるべとせよ』は西大陸において、航海に出る船へと送る詩だ」
ユンがミザールたちからの視線を一身に受ける中、淡々と続ける。
「ここからは西大陸での一般的な解釈になるが……『空駆けるモノ』とは海鳥などの空を飛ぶ生物、『海上を滑るモノ』とは船で移動する者たち、つまり我々人間のことだ。そして『海中を縫うモノ』とは海に住む全ての生物を指し示していると解釈されている」
「まぁ、普通に考えればそうだろうね。それで?」
ユンの説明にミザールも頷く。
「問題は『道しるべ』とされている手段だ。『道しるべ』が何処へ通ずる道しるべについてなのか、この解釈の違いに諸説がある。一般的には海難事故による死亡者の原因が挙げられ、曰く『船乗りや生物を死に追いやる原因』説、『海上での突然の気象変動の予兆』説、『船乗り間での難所を示す暗号』説など、色々言われている」
「なんつーか、思った以上に現実的な解釈ばかりで逆に拍子抜けだね」
何を期待していたのか、ミザールはユンの解説につまらないと言わんばかりの顔でため息をついた。
「なんだよ、ミザール。財宝の隠し場所の在り処を示していたとか思ってたのか?」
「海賊としてはそっちの方がとても魅力的じゃないか!」
アルトの指摘に、ミザールがニカッと歯を見せて笑う。
「……話を戻す。この詩が今回のダンジョン攻略の鍵になり得るかどうかは正直疑問ではある」
「けれど、この海中都市が水の妖精たちが作り上げた『海の真珠』なら、別の意味とかが隠されていそうな気がする」
ユンの解釈に異議を唱えたのはアルトだった。
「うまく言えないんだけど……意味としてはもっと単純な気がするんだよな」
「つまり、額面通りに捉えるなら、アタシら『海上を滑るモノ』は宮殿の深部へ辿り着くためには波霊の髪を辿れってことかい? しかし、波霊の肉体は水で形成されていると言われている。そんな奴の髪を入手するなんてできないだろう?」
「いや……可能だ」
ミザールの言葉に首を横に振ったのはユンだった。
「波霊の髪については古文書による伝承が残っている。海で遭難した船乗りが途方に暮れていたところ、波間より現れた水の乙女が己の髪を一束切り、船乗りにこの髪を燃やすよう助言したそうだ。言われた通りに船乗りが乙女の髪を角灯の陽に炙ると乙女の髪はよく燃え、無事に故郷へ辿りつくことができたと言われている」
「よく燃えるって……波霊の髪は油かなんかなのかい?」
ミザールはため息まじりに周囲を見回す。
「こんな時にロディルトがいないことが悔やまれるね。この辺を燃やし尽くしてくれりゃあ、波霊の髪を見つけるのは簡単だろうに」
「いやいやいや、何をしれっと恐ろしいこと言ってんだよ。ここは貴重な手がかりの眠る場所。遺跡破壊は断固反対だ」
ミザールの発言に、アルトが慌てている。
「お頭ぁ! なんか変なものがありますぜ!」
「ん? 何だい?」
ミザールたちが話し込んでいる間も、周囲を探っていた部下の一人が声を上げた。
皆が声を上げた男の傍へ駆け寄る。
それは大人の手のひらほどの大きさの魚の鱗だった。透けた鱗はまるで磨き上げられたレンズのようにきらりと輝いている。
「なんだい、この透明な鱗……」
台座に安置されていた透明な鱗を手に取り、ミザールがのぞき込む。
すると、台座にへばりつくようにこちらへ威嚇する異形の魚の姿が目に飛び込んでいた。
「風よ!」
ミザールがレンズ越しに跳びかかってきた異形に向けて風を放つ。
奇怪な叫び声が静寂に満ちた謁見の間に響いた。
「な、なんですか今の声!?」
「敵襲だよ! なんで今まで気配を感じなかったのか……!」
慌てる部下に簡潔に状況を説明すると、ミザールは腰の剣を引き抜いた。
「アルト、どうやらこの鱗を通せば目に見えない敵が見えるらしい。敵の位置情報を指示しな!」
「わ、わかった!」
アルトはミザールから鱗を受け取ると、それをレンズのように見つめる。
「正面に二体、左右に一体ずつ、計四体の異形がいる! 見てくれは、魚なんだが、鱗の代わりにうねうね動く触手を持ってる!」
「触手に捕まると厄介だね。総員、遠距離からの補佐に務めな!」
ミザールが号令とともに、風の渦を生み出す。
「剣技――〝飄風〟!」
「〝絶対零度〟」
ユンとアルトの合わせ技がミザールの風に乗って宮殿内を氷雪の景色へと瞬時に染め上げる。
姿の見えない暗殺者たちが分厚い氷の中に閉じ込められ、そのまま粉々に砕け散ったのだった。
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