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Point1-1「冒険者の少女」

 カルバイン暦2750年、夏。

 ヴァノス国は、照りつける太陽がまぶしい季節であった。

 道を挟んだ広大な畑には大輪の花を咲かせたヒマワリが、風に揺れることなく伸びている。熱気や空気もこもっている感じだ。ジリジリと照り付ける太陽の光を受け、熱せられた地面からも湯気が立ち込めているようだ。そんな錯覚すら覚える、暑さに耐えがたい日だった。

 ヴァノス国は中央大陸にある六つの大国の一つであり、南部に位置した温暖な国土を有していた。東西をミテラ山脈、ノイス山脈に挟まれ、南大陸からの温かい熱気はこぞってヴァノスへ流れ込んでくる。中央大陸の中で、一年を通し気温が高いこの国はまさに南国の楽園であった。

 そんなヴァノス国の北部に位置するコロコ村の冒険者ギルドは、年季の入った木造二階建てで、白塗りした壁が剥げかけていた。田舎の小規模ギルドの例にもれず、コロコ村の冒険者ギルドも農業ギルドの古い集会所を改修したもので、建物の前では舗装されていない砂利道が続いている。その道を、牛を引きつれた男たちがのんびりとした足取りで冒険者ギルドの前を通り過ぎていく。


「どういうことよ!」


 冒険者ギルドの建物の外までも響いたのは、少女の甲高い怒声だった。

 ギルド内のロビーでたむろしていた人々が一斉に窓口を振り返る。そこでは受付の男性職員に鬼の形相で詰め寄っている少女の後ろ姿があった。

 歳は十六、七くらいだろう。頭の高い位置で黒髪を一つにまとめ、大きな黒い瞳が愛らしい少女だ。その細い身体には黄地の服の上から赤い軽鎧、籠手、具足を身につけていた。背には少女の身の丈を超える包みを負っている。柄の長い槍か戦斧のようだ。

「で、ですから……現在、隣国エルインでのダンジョン出現を受け、依頼人から報酬の支払いを少し待ってほしいと……」

 窓口に座る男性職員が周囲を目で見回しながら、興奮する少女を宥めている。

 ダンジョン――十年前、東大陸ルトス国の滅亡を機に各地で出現する特殊領域である。

 この世には三つの異世界が空間障壁を隔てて隣接して存在しているとされる。我々人間が住むこの中間世界と、天使たちなどの神族(しんぞく)が住まう天界、そして悪魔などの魔族(まぞく)が住む魔界である。

 中間世界では、十年前より魔界側からの侵攻を受けていた。

 悪魔たちは自分たちが活動しやすい特殊領域「ダンジョン」を中間世界に構築し、そこを前線基地として人間世界に干渉している。

 ダンジョンは出現からある一定の期間を経ると、周囲の環境を侵食しながら拡大し、やがてはその土地を魔界そのものの環境へと変異させてしまう。そのため、中間世界の国々は世界協定を結び、ダンジョンの出現には各国の正規軍・冒険者ギルドの人員の派遣を義務付けた。それだけでなく、独自に傭兵や腕に覚えのある戦士たちを募ってダンジョン攻略に派遣する場合も多い。

 まさに人間と悪魔の戦争時代であった。

 少女の目が鋭さを増す。

「だから何? 依頼人が住んでいるのは麗国に近い北部地区でしょ? ダンジョンが出現したのは東大陸に近い東部地区沿岸だって話じゃない! 報酬を払えない理由にはならないでしょうがっ!」

 ダンッと少女の拳が窓口の机を叩いた。ミシッと嫌な音が鳴る。

「そ、そのように言われましても、こちらとしても、エルイン国でダンジョンが出現したことは事実である以上、無理に入金を促すことはできませんし……」

 男性が必死に説明するが、少女の目が剣呑な光を帯びるばかりだった。

「ダンジョンが出現したことを理由に、金も払わずとんずらする連中(依頼人)が多いのも事実でしょ! ギルドが取り立てに行ったらもぬけの殻、なんてこのご時世珍しくもないの! だから受ける依頼が後払い一括ってのは、嫌だったのよ!」

 少女は地団太を踏み、木製のカウンターを力任せに殴りつける。

 木製のカウンターが耐え切れず、大きなヒビが入った。

 窓口の職員が顔を青ざめて身を引いている。

「こっちは生活がかかってんの! 依頼人が報酬を入金できないって言うなら、私への報酬の支払いを待つんじゃなくてギルドが立て替えて支払いなさいよ! そうすりゃあんたたちも少しは依頼人への取り立てを全力で取り組むでしょうよっ!」

「ぼ、冒険者ギルドは商業ギルドのようにはいきません! 報奨金を含めた金銭のやり取りを支部ギルドの一存で扱うことを禁止しています! それに我々としましても、依頼人からの入金がなければ冒険者の皆さまにお渡しできる金銭がない状況でして――」

「こっちは装備や下調べに入念な準備をしたのよ! その費用を差し引いてもいいと思える額を提示されたからこの仕事を受けたのに、報酬が手に入らないんじゃ今ある手持ちでどう生きていけと!?」

 少女が窓口の職員に詰め寄る。少女の恐ろしい形相を前に、窓口の職員が悲鳴を上げている。

「おい、騒がしいぞ」

 窓口での騒ぎを聞きつけた髭面の男が、奥の部屋からのっそりと姿を現した。

「マスター!」

 窓口の男性職員が男の姿を見るなり、ホッとした表情になる。彼がこの冒険者ギルド支部のギルドマスターなのだろう。

 熊のように大きい図体を屈めて扉をくぐり、ギルドマスターは少女を無言で見下ろす。正確には、その首に下げたギルドメンバー証だ。そこには「硬貨(コイン)」の印が刻まれている。

「お前さん、新入りだな? 名前は?」

「ルカ・アルリアよ。何? 新人だからすっこんでいろとか言うわけ?」

 凄むルカに、ギルドマスターは首を横に振った。

「いや、それはない。俺も元は冒険者の端くれ。駆け出しの頃にゃ、色々苦労したからな。あんたの不満ももっともだろう。だから、ちょいと中で話をしよう」

 ギルドマスターはそう言うと、ルカを奥の部屋へ促した。

「あら、どういう方法で黙らせる気かしら?」

 ルカの手が背に負った武器に伸びる。ギルドマスターは殺気立つルカを見つめたまま、あっさりと背を向けた。

「その警戒心は大事だな。とはいえ、まぁ落ち着け。商業ギルド風な言い方をするなら『交渉』ってやつだ。別に何もしねーよ」

「……」

 ギルドマスターが奥の部屋へ引っ込んだのを確認し、ルカもため息をつくとギルドマスターの後を追った。

 執務机と椅子、来客の際に使用する応接ソファがある簡素な部屋だった。冒険者時代に討伐したものか、巨熊(キラーベア)の毛皮が絨毯として使われている。

「とりあえず、座れ」

 執務机から書類の束を手にすると、ギルドマスターはルカに向かいのソファを勧める。ルカは不機嫌顔のまま、ドカリとソファに腰を落とした。両手足を組み、ギルドマスターを睨みつけている。

「仕事の斡旋? 言っとくけど、今回の依頼以上の報酬の仕事じゃないと納得しないわよ」

「まぁ、お前さんの気持ちはわかる。だが……時期が最悪だったな」

 ギルドマスターは書類を卓の前に放ると、声量を落とした。


「近々、このヴァノスにもダンジョンが出現すると国から通達があった」


「……はぁ!?」

 ギルドマスターの言葉に、ルカは額に青筋を浮かべたまま思わず声を上げた。

「私を馬鹿にするのも大概にしなさいよ! ダンジョンの出現を事前に察知することができないのは、もはや常識よ!」

 ダンジョンの出現は極めて不規則であり、唐突である。

 街中に突然現れることもあれば、人が足を踏み入れないような森の奥や海上に出現することもある。前者ならばまだ対処のしようがあるが、後者のようなダンジョンだと発見が遅れ、ダンジョンの拡大による環境汚染――「ダンジョンブレイク」が引き起こされてしまう。

 十年前、東大陸の中央部に位置したルトス国を皮切りに、各地に出現したダンジョンの大半は後者のような発見の遅れにより、人間たちが土地を追われる形となった。そうしてたったの十年で、中間世界に住む人類は東大陸を放棄せざるを得ない状況へと追い込まれたわけである。

「お前さんも噂くらいなら聞いたことがあるだろ? ()()()()()()()と呼ばれるダンジョン攻略者のことを」

 ギルドマスターが眉間のしわを深め、ルカに声を抑えるよう身振りで示した。ルカはひとまず口を閉ざす。

「渡り鳥」とはあくまで俗称である。中間世界における世界協定では「ダンジョンを発見する者」と呼ばれていた。彼らは中間世界の国々より特別な許可を受け、ダンジョンブレイクを阻止するべく、世界各地の秘境に分け入ってダンジョンを発見し、いち早く近隣の国々へ知らせるために派遣された偵察員である。個人から団体まで、幅広い人材が中間世界の国々から委託されて日々ダンジョンの発見に尽力している。しかし、それも人材の確保が厳しい状況が続いていた。

 主な理由は三つ。金、命、精神である。

 ダンジョン発見者は危険な区域を常に捜索し、発見に至るまで様々な困難に身をさらす。運よくダンジョンを発見しても、そのまま悪魔たちの餌食になることも少なくない。それだけの危険を冒しても、国から支払われる報奨金は平均して国の兵士の一か月分の給料しかもらえない。割に合わない仕事とはまさにこのことだ。誰もやりたがらないので、国が独自に政策を打ち出しているが、どれも芳しくないのが現状である。

 ルカはギルドマスターを見据え、口を開いた。

「ダンジョンを発見するだけでなく、己で攻略にも携わる翡翠眼の渡り鳥が、このヴァノスに来たということ?」

 ルカの質問に、ギルドマスターが静かに頷いた。

「渡り鳥」の中でも、「翡翠眼の渡り鳥」と呼ばれる者は異質な存在だった。

 たった一人でダンジョンを発見し、国々にダンジョン攻略の助言を与えた上で、己もダンジョンに潜って戦うという命知らずの強者(つわもの)だ。その渡り鳥は翡翠眼を持ち、どこからともなく現れては次々とダンジョン攻略を成し遂げていると噂で聞いたことがある。

「今回、ヴァノス国の上層部が冒険者ギルドに出現する前のダンジョンについて、人員の確保を促す通達を寄越したのは、その翡翠眼の渡り鳥が関与しているからだと言われている」

「噂じゃ予知能力があるとか、悪魔の手下とか色々言われているけれど……事実なのかしらね?」

 ルカは半信半疑といった様子だ。

 ギルドマスターとしても、頭を振ってなんとも言えない顔をしている。

「どちらにしろ、国の要請には従わにゃならん。だから冒険者ギルドでもB級以上の冒険者を集めて、ダンジョン攻略部隊(チーム)を編成している」

 冒険者ギルドでは「ダンジョン」攻略には階級制限が設けられており、S級、A級、B級、C級、D級、F級の六つの階級のうち、ダンジョン攻略に参加できるのは上位三階級のみである。参加と言っても、B級冒険者は支援物資の運搬や負傷者の救護などの後方支援が主であり、基本的な戦闘はS級とA級が担う。

 B級以上の冒険者が不在の間、冒険者ギルドは大規模な討伐依頼は自粛する傾向にある。依頼があったとしても、冒険者ギルドの留守を預かるC級が討伐系の依頼を独占してしまい、ルカのような駆け出しの冒険者は雑用に近い依頼しか受注できないだろう。

「さて、こちらの事情も理解してもらえただろう。俺がお前さんにしてやれる提案は三つ」

 ギルドマスターは卓上に置いた書類を顎で示す。

「F級であるお前さんでも受注できる依頼だ。その中でも報酬が任務達成時払いで、当面の生活費として最低限過ごせる額を用意した」

 ギルドマスターは不満げな顔のルカを真っ直ぐ見据える。

「この依頼を受けて生活費の足しにし、先の依頼の報酬が入るのを待つか。この依頼で得た報酬を元にして他国へ拠点を移すか……もしくはこれら一切を拒否して生活苦を味わうか。さて、お前さんは……どうする?」

「……」

 ルカは苦い顔で卓上に広げられた書類を一枚、ひったくる。それをギルドマスターに無言で突き出した。提示された依頼の中で、最も金額の高いものを選んだのは言うまでもない。

「賢明だな。依頼人は北部の森林地帯に近いピッケ村に在住している。直接会って、依頼内容を確認するといい」

 ギルドマスターはルカが突き出した書類を受け取ると、「受諾」の印を押した。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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