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導の先に立て ―ダンジョン攻略して世界を救う英雄の物語―  作者: 紅咲 いつか
Area3:憎悪の水底と渡り鳥

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Point8-20「再会」

 ルカが目を覚ましたのは、ガオの屋敷で借りている部屋だった。色とりどりのタイルがはめ込まれた天井が、陽の光を浴びてきらりと輝く。

 ルカが寝台の上でむくりと身を起こすと、タイミングよく誰かがドアをノックした。返事をしないうちに外側から開かれ、水桶を片手に抱えたジェイドが顔を覗かせる。

「っ!」

「あ……ごほっ、げほっ!」

 ルカが起き上がっていたことにジェイドが驚いた様子で目を見開く。ルカは声をかけようとして盛大に咳き込んだ。ジェイドが駆け寄ってくると、水桶をサイドテーブルにおいてルカの背をさすってくれた。

「まずはゆっくり呼吸しろ。声もいきなり出そうとしなくていい」

 ルカは咳き込みが落ち着くと、ジェイドを振り向く。どこか思い詰めたように深刻な表情だ。

「ジェイド、ごめ――」

「すまない」

 言いかけたルカの言葉を遮り、ジェイドが先にルカへ頭を下げてきた。

「いや、あれは完全に油断していた私の方が悪いって!」

 意識を失う瞬間、ルカのおぼろげな記憶の中で炎に飛び込んできてくれたジェイドの姿があった。守るべき側の人間に助けられるなんて、普段なら自分を叱りつけたい気分だった。

 でも、ちょっと嬉しいとか思っちゃったんだよね……。

 ルカは少しばかり頬を赤らめ、今は頭を下げているジェイドにホッとした。

 こんなしまりのない顔をジェイドに見られるのだけは、嫌だった。

「よかった。目を覚ましたんだね」

「ギルっ!?」

 ルカが咳き込んだのを聞きつけ、ギルがひょっこりと顔を覗かせた。ルカが驚きのあまり裏返った声を上げる。

「どうしてここに!?」

「砂漠で遠征軍と戦っている最中に、君たちが精霊教会によってとらえられたという情報を目にしたんだ。君たちが危険を承知で南大陸へ戻ってくるとしたら、ダンジョンの出現しか考えられないからね」

 それで、クグリ山脈を越えて駆け付けたわけ。

 ギルがにこやかに笑う。

「じゃあ、オルデラは? 奴はどうなったの?」

「ギルが倒した。あのままだったら、俺たちは全滅していた」

 ジェイドは苦い表情で呟く。

「でも、だからってこんなところにいていいわけ? ギル、リュサ・ノーレン国とは敵対していたでしょ?」

「ああ、そのことなんだけど……例の風聖さんが色々と準備してくれていたらしい。今は休戦協定という形をとっているよ」

 ルカの心配をよそに、ギルは余裕の態度だ。

「教会側の様子はどうなの? 教皇(ゲルダ)火聖(オルデラ)、二大トップが消えたんだから国内は大騒ぎじゃない?」

「アリエスはこの状況を上手く利用している」

 ジェイドはベッドに座り直すと、ルカに顔を向けた。

「まず、アリエスは民衆の暴動を抑えるため、一つの『嘘』をつくことにした」

「嘘?」

「教皇の座を狙ったオルデラによって、教皇ゲルダは殺された。という風に民衆に今回の出来事を伝えたんだよ」


 ――たとえその手を血に染めていたとして、ゲルダはリュサ・ノーレンの人々の(ひかり)でした。


 オルデラとの戦闘後、アリエスはジェイドたちに今後、リュサ・ノーレン国での混乱をどう収めていくかについて胸の内をそう語った。

「リュサ・ノーレン国の……精霊教会の教皇とはそれほどまでに影響があるのです」

「なら、ゲルダの死を真実とは違った形で民衆に伝えるというわけか?」

 ジェイドが確認するように聞き返すと、アリエスは頷いた。

「ロディルトさん、ギルヴュヴェルト殿……そして『蠍の心臓(アンタレス)』の団員の皆さまには非常に酷なことを申し上げるようですが……私たちがリュサ・ノーレン国の民に言い聞かせる『真相』はこうです」


 教皇ゲルダは天啓を授かったことで、火聖オルデラによって罪なき民が無残に殺されていたという真実を知る。その上、火聖オルデラはダンジョンの悪魔と結託し、リュサ・ノーレン国を「ルトスの悲劇」と同じ末路へと導こうとしていた。教皇ゲルダは火聖オルデラの監視の目をごまかすため、南大陸にダンジョンを踏破する偉業を成す「翡翠眼の渡り鳥」を呼び寄せることにした。しかし、火聖オルデラが先手を打ち、本物の教皇ゲルダをクグリ山脈の寺院に幽閉。偽物の教皇を立てて翡翠眼の渡り鳥を罪人に仕立てて抹殺しようとした。教皇ゲルダは側仕えの者に「蠍の心臓」への書簡を託し、翡翠眼の渡り鳥を助けてくれるよう願った。真実を知った翡翠眼の渡り鳥とその仲間たちは、教皇ゲルダを救うべく、牢獄から抜け出し、クグリ山脈の麓の寺院へ向かった。しかし、一足遅く教皇ゲルダは火聖オルデラの凶刃の前に倒れていた。教皇さまの無念を晴らすため、翡翠眼の渡り鳥と「蠍の心臓」は協力し、火聖オルデラの野望を打ち破ったのだ。


「……うわぁ、すごい脚色ね」

 ジェイドからアリエスの立てた偽の「真相」を聞き、ルカは口元を引きつらせた。ルカはギルを気遣うように見た。

「ギルや他の団員さんはそれで納得したの?」

「無理やりね。憎き教皇はダンジョンの礎とされて消滅、火聖オルデラは僕が討った。……奴らによって踏みにじられた命はもう戻らないけれど、団員たちの中でまた次に進むきっかけにはなったはずだ」

 それに……、とギルがジェイドへ目を向ける。

「君たちの汚名を返上するには、教皇ゲルダの威を利用するのが一番手っ取り早い。利用できるものはとことん利用しないとね」

 そう言って、ギルはどこか寂しそうな笑みを浮かべた。

「炎を宿す蠍の栄光は、常に迷える者たちに希望を照らすだろう。六百年、僕らが背負い続けた『呪い』が消えたように、きっとリュサ・ノーレンの人々も前に進むことができるはずだ」

「ギル……」

「きっと南大陸は変わる。変えてみせる。時間がかかっても……」

 ギルはジェイドとルカに向き直ると、満面に笑みを浮かべた。

「心から礼を言うよ。ジェイド、ルカ。君たちに出会えて本当によかった」

 ルカとジェイドは互いに顔を見合わせると、穏やかな表情で頷いた。

「あー! なんかホッとしたらお腹すいちゃった!」

 ルカは大きく伸びをする。ギルも小さく笑った。

「姐さんが買ってきたのはつまみばかりだから、ちょっと胃に負担がかかるね」

「ユンとアルトは港町アキアスへ出ている。サユンに出す報告書を船乗りに託すのだとか……」

「なら、久しぶりにロディルトの作った野菜スープ飲みたいな。疲れた時とかに飲むとすごく落ち着くの」

「それは南大陸を出るまでやめてやってくれ」

 ジェイドが珍しく首を横に振った。

「今……ロディルトはかつて南大陸で別れた家族と再会しているんだ」

「……そっか」

 神官見習いになり、その後ゲルダによって殺されかけたロディルトは、家族と再会できずに北大陸にある精霊都市ミルネフォルンへと移った。精霊術師となったことで、実の両親との再会を諦めていたのだろう。

 今回、アリエスの尽力でロディルトは家族との再会を果たすことができたのだという。ゲルダとオルデラの非道の数々を第三者に教えることには危険性(リスク)も伴うが、アリエスがロディルトを優先して実行に移してくれたのだという。

「生きて会えたんだ。たくさん、話したいこともあるだろう」

「ジェイド……」

 そっと目を閉じて呟いたジェイドの右手に、ルカは己の左手を添えた。目を開いたジェイドは静かに微笑む。

「せっかくだから、今回は俺がルカに食事を作ってやるよ。ルトス国名物の牛の乳を使った穀物とチーズの粥だ」

「……それ、美味しいの?」

 ジェイドの表情に安堵したのもつかの間、ルカは怪訝な表情でジェイドに尋ねた。

「騙されたと思って一度食べてみるといい。なかなか病みつきになるぞ?」

「何で疑問形なのよ!」

 ルカはベッドから起き上がると、キッチンへ向かうジェイドの後に続く。言い合いをしながら部屋を出て行く二人に、ギルは思わず噴き出した。

「本当、お似合いな二人だよ」

 この日、リュサ・ノーレン国史上初めての、魂に精霊核を宿した教皇が誕生した。

 世界的な変革の日、ルカはジェイドの傍らで談笑しながら暖められた牛の乳の香を楽しんでいた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2023

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