Point8-13「仲間を救え」
「水が全て抜け切りましたね」
湿った土を踏みしめ、アリエスが藻に覆われた建物の壁を見回している。ロディルトも中央広場と思しき場所で足を止めると、その石畳に描かれた絵を見下ろす。
石畳に描かれていたのは、ロディルトとアリエスが佇んでいる旧リュサ・アンタレス国の町並みと、回転模型を思わせる円環に覆われた地形、それとチェスの駒らしきものを載せた盤の絵だった。それら三つの絵の下に地下宮殿らしきものが広がり、さらにその奥には太陽と月を模したと思しき二つの紋章が互いに半身を同化させながら刻まれている。
「この絵は……もしや、地図ですか?」
「ええ、おそらく」
ロディルトは石畳に描かれた絵のうち、自分たちが佇む旧リュサ・アンタレスの市街地の上に立った。
地図によると、地下宮殿への道は一つしかない。それも、回転模型の地形と盤上から伸びた砂時計らしきものが、地下宮殿の二つの扉に繋がっているようだ。
「この絵によると……回転模型の地形とチェス盤の仕掛けがこの町の地下に広がる扉の開閉に変化をもたらすようです」
「そうなると、他の面々はその二か所に降り立ったと思って間違いないですわね。しかし、地下宮殿の入り口からこのダンジョンの中心部へ赴くには、道が一つしかありません」
「はい。もしかしたら、このダンジョンは初めから我々の全滅ではなく、確実に仲間の数名を葬ることを目的としたのかもしれません」
ロディルトはその顔に微笑を浮かべる。しかし、眼鏡の奥の双眸には、彼の怒りの感情が埋火のごとく燻っていた。
「天界側も、なかなか聡いですね。今後、中間世界にダンジョンを構築することを思えば、その脅威となる存在を確実に弱体化する方策を取ってきたのでしょう」
「まぁ、敵ながら感服いたしました」
ロディルトとアリエスは互いに楽しげな笑みを浮かべている。穏やかな笑みに反し、双方とも纏う雰囲気は殺伐としていた。
「では、わたくしたちの取るべき行動は決まりましたね」
アリエスは地下宮殿への道筋を、その靴で踏みつけた。
「道が一つしかない。通ることができるのは、幸いにも地下宮殿へと至る道に降り立った者のみ。この二つの難題を打ち壊し、わたくしたちの仲間と合流を果たす――」
「そして、このくだらぬ策略を巡らしたダンジョンの主を完膚なきまでに叩きのめすとしましょう」
ロディルトとアリエスが手に火炎と暴風を纏い、地図の描かれた石畳へと叩きつける。砕けた石片が、奈落へと沈みゆく。虚空にとどまったロディルトとアリエスの眼下には、広大な地下空間に広がる宮殿が侵入者の来訪を待っていた。
暗闇の中に広がる宮殿は迷宮となっており、豪華絢爛な回廊や扉、教会や王族が住まう宮殿の類が無理やり一つにまとめられていた。
ロディルトとアリエスは地面に降り立つなり、駆け出す。ここからは時間との勝負だ。
「天井から大量の砂が流れ落ちていますわ! おそらく、すでに誰かがチェス盤の仕掛けを作動させたのでしょう!」
「砂の流れ落ちた先に水路のようなものがありました。砂の量で扉が開かなくなる仕掛けのようです。加えて、扉や壁には結界が施されているようで破壊は難しいようです」
回廊を直走りながら、ロディルトとアリエスは自分たちの情報を共有する。そうして一枚目の大きな扉に迫った。白銀で縁どられた優雅な巨大門はその扉の中央に球体が取り付けられている。その球体が回転し、文字らしきものが刻まれた箇所が入れ替わる。
「この門の鍵は、もしや回転模型の……?」
「ええ。あちらでも誰かが仕掛けに手を加えているようです」
天井から降り注ぐ大量の砂に、回転模型の地形と連動していると思われる鍵。この二つの事象を上手く利用して門を開かなければダンジョン最奥への道すらも閉ざされてしまう。
「黄金の扉の位置は……」
「この銀の扉をくぐって直進です。ですが――」
背後で壁が横へと移動する。砂埃を立てながら移動した壁は、ロディルトとアリエスの退路を断った。
「なるほど。連動しているのは扉の鍵だけではないようです」
二人は同時に頷き合うと、銀の扉の前で左右に分かれた。ロディルトは探査の精霊術を駆使し、扉や壁との連動について熱量の「流れ」を把握する。その熱量の送り込まれる先へと直走り、やがて迷宮の突き当りにたどり着く。
「〝炎の審判〟!」
ロディルトは行き止まりに向けて、最大火力の火炎を叩き込む。ロディルトが注視する中で、ロディルトの放った灼熱の炎が見えない何かを包み込む形で燃え上がった。
「やはり、不可視化した装置がありましたか!」
ロディルトは右半身を下げると、左腕に装着した法具を突き出す。法具に埋め込まれた水と風と土の劣化結晶が輝く。
「〝氷の執着〟、〝土の怒り〟!」
鋭い棘を持った氷の蔦草が見えない装置に絡みつき、それを目印に鉄の刃が一斉に降り注ぐ。空間に亀裂が生じたところへ、ロディルトは右手に火炎を宿す。
「〝炎の審判〟!」
再びロディルトの放った業火が空間の亀裂を焼き尽くす。さすがに結界も持たなかったようで、硝子が割れるように周囲へ欠片を撒き散らして砕け散る。
姿が露わになった四角い装置の中央には、宝玉が埋め込まれていた。明滅を繰り返すその宝玉の周りには、何やら文字と記号が刻まれている。
ロディルトはためらうことなく宝玉に触れる。すると、目の前の空間が開け、そこには、武器を手に人間の下半身に蛇の異形と戦うルカとジェイドの背があった。
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