Point8-11「回転式地表」
「ふぅ……やっと底についた」
ルカが斧槍を軽く振るって背に戻す。重力の束縛から放たれていた体に、ずんっと重さが戻ってくる。ジェイドは地下の洞窟内を覆う鉱石の柱を見上げていた。
「ねぇ、ジェイド。また何か見えるの?」
ルカは不安から、ジェイドの背に呼びかける。
「いや。ただの石の柱だ」
ジェイドはそう答えると、ルカを促して洞窟の奥を目指す。
封印を無事に解除した二人は、長い縦穴を下ってきた末、巨大な鉱石が淡く輝く洞窟内へ降り立った。おかげで明かりを用意しなくて済んだものの、不気味さはより際立つ。
「皆、無事だといいけどっ!?」
ルカは突然立ち止まったジェイドの背にぶつかり、変な声を上げた。強く打ち付けた鼻をさすりながら、ジェイドの背後から前方へ顔を向ける。
そこには何やら球体のようなものが収められた台座が設置されていた。その球体を、いくつもの円環が覆っている。
「……何の装置?」
傍へ寄って台座を調べているジェイドに、ルカが問いかける。
「おそらく……」
ジェイドの視線が頭上へ向く。すると、そこには虚空に弧を描くようにしていくつもの回廊らしきものが伸びている。それがちょうど、ジェイドとルカのいる場所を覆っているようだ。
「俺たちのいる空間を縮小し、模型にしたのがこの台座に設置された球体なんだろうな」
「つまり、ここ回転するってこと?」
ルカが嫌そうな顔になった。精霊都市でも、床全体が回転する階層を経験したことがある。
「まさか誕生するダンジョンたちは回転するのが好きなの?」
「ダンジョンの大原則は中間世界の環境を自分たちの世界に近い環境へ作り変え、侵入者については確実に『仕留める』ことを念頭に置いている。お約束なんて作ったら簡単に踏破されてしまうだろうから、そういう意図はないと思うぞ?」
ルカの愚痴に、ジェイドは大真面目な回答を寄越した。
「ひとまず、この装置を動かしてみなくちゃ何が起こるのかも予想できないのよね?」
「ああ。念のため、重力軽減の準備だけはしておいてくれ」
ジェイドの要請に、ルカは背に負った斧槍を掴んだ。ルカが身構えたのを確認し、ジェイドは装置に触れる。すると、黄金色に輝いた装置が球体と円環を回転させる。
装置が動き出した瞬間、ジェイドとルカたちの身体も大きく傾いた。立っていた床が回転し、無数の回廊も回転しながら移動している。重力を軽減させて虚空での滞空時間を増やしていなければ、すぐさま眼下に広がる奈落の底へ落ちていたことだろう。
「ルカ、来るぞ!」
ジェイドの言葉とともに、それまで回廊の石像としてじっとしていた岩人形たちが動き出した。手に石で作られた斧や槍、剣などを携えている。
「〝重力斬波〟!」
すぐさま、ルカは己の右足を基軸に斧槍を振り回す。加えて、重力の圧力を凝縮した刃が、岩人形たちを真っ二つに裂いていく。
「ふぅ、手ごたえのない連中ね」
ルカが軽い足取りでステップを踏むと、手にした斧槍を仕舞う。ジェイドはというと、岩人形たちがはまっていた回廊の壁を凝視していた。岩人形たちの形に空いた場所を見つめていたかと思うと、そのまま視線を粉々に砕けた岩人形の残骸へ向ける。
「南大陸の歴史については詳しくないんだがな……」
「え、もしかして壊しちゃまずかった!?」
青ざめたルカに、ジェイドは小さく頭を振った。
「いや、そうじゃない。この回廊に描かれた岩人形たちの姿から、この階層の特徴を読み取れるかと思っただけだ」
ジェイドはそうして、今いる床と接続された回廊へと足を向ける。その先には石造りの重厚な扉がジェイドとルカたちの来訪を静かに待っていた。
「ジェイド、下がって。〝重力軽減〟」
ルカが石造りの扉を押し開ける。室内は磨き上げられた床に石柱、精霊教会の聖堂でよく見かける眼を抱く聖人像が佇んでいるばかりだった。
「一見すると何もないように見えるけど……」
今までの経験上、こういう部屋こそ面倒くさい仕掛けが隠れているものである。実際、ジェイドも室内に入ってから床の手触りを確認したり、壁や柱を軽く叩いたりしていた。
「ねぇ、ジェイド。この石柱の位置、おかしくない?」
ルカは柱の数を数えているうちに、その配置が微妙にずれていることに気づいた。普通、建築物の構造上、柱は一定の距離を持って均一に並べられるものである。でなければ歪みが生じ、建物全体を支えられなくなってしまう。しかし、ルカの目の前に聳える石柱十本のうち、四本の立ち位置が他とずれている。
ルカの指摘に、ジェイドがズレている石柱へ近づく。細かな装飾が施された石柱は、それ一本だけでも芸術的価値のありそうなものだ。
「動かせそうか?」
「任せて」
ジェイドが振り向くと、ルカが不敵な笑みとともにズレている石柱を移動させた。
ルカが最後の石柱を床へ置いた時だった。奥の壁の一部が音を立てて開かれる。どうやら隠し扉になっていたようだ。
ジェイドとルカは互いに武器を手にして、警戒しながら奥の部屋へと足を踏み入れる。そこは剥き出しの地面があるだけの空間だった。
「これって外れってこと?」
ルカが嫌そうに顔を顰める。しかし、ジェイドは目を見開いた。
「いや、違う。……光の筋が見える」
例によって、またジェイドが何もない地面を凝視している。その様を、ルカはひどく気味悪いものを見たような表情で見守っている。
ジェイドは地面から陽炎のようにたなびく淡い光の前で足を止めた。一見すると、ただの煙に見えなくもない。しかし、地面から吹き出ているわけでも、ましてやどこかから映写された形跡もない。
ジェイドは無言で、淡い光の筋を見据える。
触れることができるだろうか。
頭の中で浮かんだ疑問を検証するために、ジェイドは光の筋に手を伸ばす。指先が淡い光に触れた瞬間、指先に突き刺すような痛みを感じた。腕を引っ込める間もなく、ジェイドの目の前に広大な砂漠が広がる。
朝焼けか、あるいは夕焼けの頃だろうか。
燃え上がるように真っ赤に染まった砂漠に、こちらを背にして立つ一人の男性の背が見えた。若者と呼ぶにはひどく疲れたような、壮年と呼ぶにはまだ早いような男性だった。ジェイドが顔を見ようと一歩近づく。
すると、こちらに背を向けた男性以外にももう一人、彼と会話をしていると思しき人影があった。ジェイドは咄嗟に足を止める。言い争っているようだ。こちらに背を向けた男性が、外套に身を包んだ男に向けてしきりに何事かを叫んでいる。ここからは距離があるためか、何を言い合っているのかはジェイドの耳にまで届いてこない。
もっと近づけば……。
ジェイドがさらに一歩踏み出した瞬間だった。
「貴様はもう人間ではない! 悪魔の手先だ!」
男の鋭い声が、ジェイドの頭を殴りつけるように言い放った。
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