Point7-21「再生の獅子」
ルカたちの目の前で翼の騎士が塵と消える。焼け野原のような有様になった庭園を見回すと、ルカは小さく悲鳴を上げた。花壇の下からは炎から逃れようとしたと思しき、無数の腕が伸びていたためだ。
「悪趣味だね」
ミザールが風に吹かれて消えていく腕を無感動な目で見下ろす。アルトは顔を真っ青にして、ユンの肩上で震えていた。
「ゲルダって奴はなんて野郎なんだ……。なぁ、ユン。ゲルダは本当にお前らと同じ人なのか?」
「生物の分類学上では同族だ。ただ……このような嗜好の持ち主と同族というのはいささか抵抗がある」
淡々としているが、ユンもなかなかの酷評ぶりだ。
「花壇に咲いていた花が空間を捻じ曲げていたせいで、翼の騎士に我々の攻撃が通用しなくなったのですね」
「周囲への警戒も怠ることができないな」
ロディルトの呟きに、ジェイドも同意する。
「あ、ジェイド!」
ルカの呼びかけに、ジェイドたちは顔を上げた。城への入り口が独りでに開いていく。頑丈な鉄の扉が上へせり上がり、赤い絨毯の敷かれた王城の広間が伺えた。
「……どうやら、このダンジョンの主の部屋は近いらしい」
ジェイドは剣を手に、一歩踏み出す。
「皆、いつでも戦えるように備えてくれ」
ジェイドの呼びかけに、皆が心得た様子で武器を軽く掲げた。
一行は城門をくぐり、高い天井から陽光が降り注ぐエントランスホールを見回した。天井に近い柱付近では、真っ白な天使の石像が四体、ガラス張りの天井から覗く空に向けてそれぞれの楽器を奏でていた。横笛、喇叭、リュート、ヴァイオリン。それぞれ手にした楽器を丁寧に演奏している様が表されているようだ。
「奥の扉が、このダンジョンを支配する主の部屋かもしれないね」
ミザールが階段の先、中二階に設えられた豪奢な扉を見上げる。金で縁どられた青い扉には、四つの透明な宝玉が埋め込まれていた。ジェイドがさっそく扉の前へ歩み寄ると、その透明な宝玉を覗き込む。宝玉を観察し終えると、豪奢な扉に手を添えて力を込めた。
扉はびくともしない。鍵がかかっているらしい。
「主の部屋に入るためにはこの扉の鍵を探さなきゃならないようだな」
ジェイドが小さく息をついて改めてエントランスホールを見回す。豪華な宝飾品、絵画の類が邪魔にならないよう適度な距離を保ちつつ飾られている。ジェイドの視線が天井付近の柱にある四体の天使像を仰いだ。
「集める鍵は四つ……天使像とも何かしら関係があるのだろうか」
独り言のように呟くと、ミザールが皆を呼ぶ声が響いた。
「皆、こっちへ来てみろ」
ミザールがいるのは、エントランスホールを入って右側の部屋だった。地下へと続く階段を下っていくと、中央の台座に喇叭が納められた。喇叭が祀られている台座には何やら文字のようなものが書かれているが、ジェイドはおろか、ロディルトとユンも読めないと首を横に振っている。
「天界の文字ってこと?」
「その可能性が高いでしょうね」
台座の文字を指差しながら、ルカが首を傾げる。ロディルトが頷いた。
「エントランスホールに設置されていた四体の天使像。それぞれが手にした楽器にも、何か意味があるはずだ」
「でも……おいらにはただ楽器を演奏しているだけにしか見えなかったぞ?」
「それにこの台座に置かれた喇叭は勝手に持ち出されないよう結界のようなものまで張ってある。解除するためには仕掛けを解除する必要がありそうだ」
楽器に共通するものと言えば……。
「音?」
ルカが喇叭を睨みながら呟く。
「中間世界、中でも西大陸や中央大陸では軍隊における合図に使われている」
ユンも言葉を継ぐ。
四体の天使像が掲げる楽器の共通点は「音楽」である。では、天界における「音楽」の位置づけを類推することがこの階層の踏破に繋がるはずだ。
「『どうせ天界のことなんかわからないだろう』って魂胆が見え見えね。腹立つ」
こうなったら意地でも謎を解いてやる。
ルカは腕を組んで息巻いていた。
「天使像の持つ楽器のうち、もっとも遠くまで響く楽器構造をしているのは喇叭です。あながち、進軍の合図という考え方は天界でも通じそうな気がします」
ロディルトがユンの意見に同意するように告げた。
「あっ!」
突然、頭上からアルトの叫ぶ声が聞こえる。皆が天井を仰ぐと、アルトが床を前足で示しながら言った。
「ここの床の模様、上から見たら矢印みたいな模様が描かれているぞ!」
「アルト、それ本当!?」
ルカがパッと表情を輝かせた。アルトはミザールの背後にある壁を前足で指差す。
「ああ! ミザールの後ろの壁に向かって伸びている!」
ジェイドたちはミザールの背後にある壁へ駆け寄る。ジェイドが軽く壁を叩くと、なんだか軽い音がした。
「ルカ」
「任せて! みんな、下がって!」
斧槍を振りかぶり、ルカの重い一撃が目の前の壁を粉砕する。すると、もう一つの部屋があり、そこに獅子のような姿をした獣が一匹、背の翼を広げてこちらを威嚇してきた。
「お、大きい……」
ジェイドたちの身長を優に超えた獅子は立ち上がると部屋の天井付近にまで頭部が達した。ただ大きいだけの獣ならまだよかったのだが、問題はその胴体だ。
「あの獅子、胴体が変じゃない?」
獅子の胴は植物の蔦が絡まり、胴体を形成しているようだった。その中心から心臓が脈打つように赤い光がもれている。
「天界に生きる生物でしょうか。中間世界の獣とは身体的な特徴も異なるようです」
ロディルトが手のひらに炎を生み出しながら告げる。獅子の咆哮が空間を震わせた。
「とにかく、今は目の前のこいつを倒すぞ!」
ジェイドも剣を抜き、ルカとユンとともに飛び出した。
「〝重力斬波〟!」
「〝水鋭刃〟!」
ルカの重力の圧が乗った斬撃が獅子の四つ足を切断、ユンの水を纏った刃が獅子の背の翼を切り落とした。そこへジェイドの刃が獅子の額を貫いた。
獅子は三人の攻撃に対して微動だにしない。それどころか、獅子の胴体の蔓が伸びていき、ルカたちが切り落とした箇所をすぐさま再生させた。
「自己再生能力の持ち主か……」
「ジェイドさんたち、離れてください!」
ジェイドが獅子の額から剣を引き抜き、そのまま虚空へ跳ぶ。そこへロディルトの生み出した火炎が獅子の全身を包み込んだ。ロディルトの火力を前に、獅子の全身が灰へと帰す。しかし、獅子の体内にあった紅の鉱石が輝くと、再びそこから蔦草が生える。そうして再び、元の獅子の姿となってジェイドたちの前に立ちふさがったのだった。
「しぶといね……」
「あの紅い宝石みたいなのを壊さないとダメなのかもしれない」
「ミザールさん、補佐お願いします」
ロディルトが両手に炎を灯した。彼の鳶色の双眸に冷めた殺意が宿る。
「〝炎獄の審判〟」
足元から吹き出る炎の柱が獅子の全身を再び包み込む。襲い来る熱気から、ユンが素早く水の防御膜を張ってジェイドたちの身体を保護する。
「剣技――〝空風〟!」
ミザールの放った乾燥した冷たい空気が、ロディルトの炎をより勢いづかせる。
「ルカ!」
「〝重力斬波〟!」
ジェイドの合図を受け、ルカが重力の圧を乗せた斬撃を獅子の核がある辺りに向けて放つ。炎の中で、ルカの斬撃は確かに獅子の核を捉えた。ジェイドたちの耳に、何かが割れる音が届く。刹那、炎と風の渦を飲み込む形で、砕けた核の衝撃がジェイドたちを襲った。
「〝防風壁〟」
アルトが風の防壁を展開することで、ジェイドたちを衝撃波から守った。
「やったか……?」
警戒しているミザールが呟くと、再び虚空に紅の光が瞬いた。次の瞬間、ジェイドたちが見守る中、獅子の姿が見る見るうちに蘇る。
「嘘でしょ!? あんだけ跡形もなく燃え尽きたのに……」
ルカの呆然とした呟きを嘲笑うように、獅子の咆哮が再び響く。大地から無数の蔦が芽吹き、呆然と獅子を見つめるジェイドたちへ襲い掛かった。
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