Point6-10「炎竜の強襲」
「この柱、さっきの扉と同じように変な窪みがあるわね」
棺を囲うように設置された柱には、先程ジェイドが閉ざした扉と似たような溝が掘り込まれていた。柱の正面には菱形の窪みが覗いている。
「四つの柱全てに同じ窪みと溝があります。仮にこの柱に埋め込む菱形のものが先程の扉の宝石と同じものとするなら……この部屋の仕掛けを解く鍵はこの柱に埋め込む四つの宝石にあるのかもしれません」
ルカの傍で同じようにロディルトも考え込んでいた。
「部屋の天井には特に仕掛けらしきものは見当たらないようだよ。抜け道の一つでもないかと思ったんだけどねぇ……」
一人、天井近くまで飛び上がったミザールは、その石材の天井を右手で撫でている。
「ジェイド、そっちはどう?」
ルカが壁に手を添えて歩いているジェイドを振り返る。すると、彼の右手が壁の突起に触れ、それを押した。足元から振動が伝わる。
「仕掛け? 罠?」
「隠し通路だ! ちょうどルカたちのいる場所の対面の床が横移動している!」
天井から見下ろしていたミザールが指し示す。ルカたちが駆け寄ると、床下へと続く階段が現れた。
「急ごう。罠でも何かしらの収穫があるはずだ」
「なら、アタシが先頭を行く。ルカ、殿を頼めるかい?」
「わかった」
四人はミザールを先頭に階段を駆け下りる。幸い、階段の途中に罠が仕掛けられていることはなかった。
「なっ、によこれ!?」
階段を下り切った瞬間、ルカが悲鳴を上げた。先程よりも十数度、気温が上がった気がする。それも気のせいなどではなく、ルカたちの前の部屋は僅かな岩の足場が聳える以外、全て煮えたぎる溶岩に覆われていた。
「……構えろ! 何か来る!」
溶岩を睨んでいたジェイドが声を張り上げた瞬間、目の前に巨大な火柱が上がる。
「〝水の聖域〟!」
ロディルトが水の劣化結晶の力を最大限利用して生み出した水流が、ジェイドたちに降り注ぐ溶岩を防いだ。激しい蒸気が立ち上る中、ロディルトの掲げた法具に埋め込まれた水の劣化結晶が音を立てて割れる。
「〝重力斬波〟!」
「剣技――〝草薙〟!」
ルカとミザールの斬撃が渦となって冷えて固まった岩ごと、溶岩から姿を現した巨体を強襲する。しかし冷えて固まった岩が硬い音を立てただけで、黒い影は怯んだ様子もない。真っ黒な鋼を思わせる身体に、頭部からは炎の鬣を生やしたそれは、縦に裂けた瞳孔をジェイドたちへ向けていた。
「古代種……!」
「この蛇みたいなやつも、竜なの!?」
表情を強張らせたジェイドが呟き、ルカが悲鳴まじりに叫んだ。
炎の竜は大きく口を開くと、灼熱の吐息をジェイドたちへ浴びせかける。
「風よ!」
ミザールが咄嗟に起こした強風で、ジェイドたちの身体が宙へ放り出される。
「このっ……〝重力荷重〟!」
ルカの放った重力の圧に、炎の竜の動きが一瞬止まる。しかし、溶岩の中に埋没していた尾を振り上げると、大きく横へと薙いだ。岩場の上で身を伏せ、竜の攻撃をかわしたジェイドは皆の位置を素早く確認した。
ルカはジェイドからほど近い岩場に降り立ち、ミザールは竜の気を引こうとしているのか、あえて正面の場所へと降り立っている。ロディルトはジェイドたちや炎竜からだいぶ離れた場所で、新しい劣化結晶を法具へ取り付けていた。ジェイドたちの周囲の気温がすぐさま下がる。ロディルトによって新しく張られた水の薄膜に感謝している暇もなく、炎竜の吐息がジェイドたちを襲った。
「ジェイド、竜の弱点は!?」
ミザールが炎竜の気を引きながら、虚空へと舞い上がる。ジェイドたちの中で唯一、自力での飛行手段を持つミザールを、炎竜も最初の標的として認識したらしい。ミザールを追って放たれる炎の吐息が岩の壁を溶かした。
ジェイドは炎竜の動きを注視する。全身を覆う炎竜の鱗は溶岩の熱に耐えるほどの強靭さを誇る。先程、ルカの重力の圧を物ともしていなかったことを見るに、物理攻撃への耐性も高いのだろう。ミザールの風を纏った剣撃でもかすり傷一つつかない。
もっとも効果的な方法は水の精霊術を使い、温度差による肉体の自壊を促すことだが、ロディルトの水の劣化結晶を無駄使いすることはできない。
この領域にも、仕掛けはないだろうか。
ジェイドは岩場の影、竜の下半身が埋まる溶岩、天井付近など周囲を見回す。竜が吐息を放とうとした瞬間、その眩い輝きに反射したものをジェイドの目が捉えた。
「ルカ! 後ろにある瓦礫の宝石に触れろ!」
「はぇっ!? 後ろ!? 宝石!?」
突然放たれたジェイドの指示に、ミザールを援護していたルカが裏返った声を上げた。
「急げ! 瓦礫の中に埋もれているが、そこに変な装置がある!」
「わ、わかったわよ!」
ルカが重力軽減を用いて岩場を飛び移る。ジェイドの指示があった、遺跡の瓦礫がある足場へ降り立つと、石畳の敷き詰められた地面に埋め込まれた菱形の宝石があった。ルカは宝石に手を伸ばし、触れた。青い光が瞬いたかと思うと、ルカは反射的に身を退いた。ルカの鼻先を凍てつく空気が裂く。
ひっくり返ったルカが目にしたのは、鋭い氷の刃が炎竜の背を貫いた瞬間だった。
「ミザール!」
「剣技――〝浚いの風〟!」
ミザールの放った風が炎竜の背を貫いた氷の刃を中心に渦を巻き、炎竜を包み込む。
「〝重力軽減〟!」
溶岩へと逃げ込もうとする炎竜を、ルカが阻止する。吹き荒れる寒風によって虚空へ放り出された炎竜はその強靱な鱗を散らし、岩場の上で骨となって消え失せてしまった。
「やった!」
ルカがすかさずガッツポーズをする。ミザールが竜の骨のところへ降り立つと、炎竜の頭蓋骨に剣を突き立てていた。
「ジェイド、こいつの額に面白いものがあったよ!」
ミザールがジェイドに手にした菱形の宝石を見せる。炎竜の頭蓋骨からくり貫いたと思われるそれは足元の溶岩をそのまま閉じ込めたような眩い赤であった。
「戻って柱に埋め込んでみよう」
四人は来た道を戻り、手近の柱に炎竜からくり貫いた菱形の宝石をはめ込む。すると、柱の溝に紅い光の線が駆け抜けた。建物全体が振動するように揺れ、ジェイドたちが見守る中、今度は天井の一部分が開いていく。
「何だい、隠し通路あったじゃないか……」
天井の穴を見上げ、ミザールが眉を顰める。
「また次の部屋で炎竜みたいなのと戦うの?」
「必ずしも戦闘であるかはわかりません。ですが、棺の周りを囲んでいる柱は全部で四つ。少なくとも、あと三つは試練があると覚悟しておいた方がよろしいでしょう」
ルカが嫌そうな顔になり、ロディルトも苦笑を浮かべている。
「面倒なら、さっさと終わらせればいいさ。準備はいいかい?」
ミザールの確認に、全員が頷く。ミザールが風を起こし、彼女を先頭にジェイドたちは天井に開いた穴から次の部屋へと飛び立った。
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