第98話 待ちに待った実験Ⅱ(精製魔法)
すみません、1週間以内は無理でした。時間がほしい……
「それは、【スペルカード】ですか?」
「えぇ、そうよ」
バトルドールが持ってきた縦×横×厚さが100mm×50mm×2mm程の無地の金属板――【スペルカード】を手にしてアーリアは続ける。
「カイル君は【スペルカード】の作成方法については?」
「俺は〈エンチャンター〉でないので作れませんが、知識として大まかに知ってはいます。確か――」
【スペルカード】とは、簡単に言えば自分が使用できない魔法を使用できるようになる魔法道具である。
作成方法は〈エンチャンター〉が覚える特殊魔法――〈エンクロウズ〉を使用し、素材アイテムである【ブランクカード】と、封入する魔法に応じた【魔石(属性結晶)】を消費すること作成することが可能となる。
ただ、素材アイテムは普通に売っているため揃えるのは簡単だが、封入する魔法は〈エンチャンター〉自身、またはNPCや他PCの誰かが使用可能な状態でなければ作成することが適わない点に留意する必要がある。
また〈エンクロウズ〉を覚えたとしても、〈エンチャンター〉のレベルを上げていかなければ、有用な魔法を封入することができない点や、他者の協力によって成り立つ魔法――神々の奇跡である〈プリースト〉系列の神聖魔法、妖精や精霊の力を借りる〈フェアリーテイマー〉系、悪魔や魔神の力を扱う〈デーモンサモナー〉も封入が出来ない点に注意、だったかな。
「――と、俺の知ってるのはそれくらいです」
「概ね間違いないわ。プラスαで〈エンチャンター〉自身が魔法に関する知識――術式の詳細を得ていないと、そもそも封入すらできないのも注意ね」
「封入する魔法が使える人材だけじゃダメなんですね」
「とても面倒なことにね。無条件で誰でも使えるようにするには、相応の知識と技術が必要なのよ」
仰る通りで、と思わず深く頷く俺。
ちなみにTRPG時代は、GMに相談した上でNPCショップから購入することができるルールであった。ただ対応する技能職のレベルを上げることなく魔法を使用できる、と言う点で十分に壊れアイテムと言えたので、販売価格は目玉が飛び出る様な物が公式で設定されていた。ならパーティーメンバーの一人が確実に習得すればいいじゃないか。と思うかもしれないが、そう簡単でもないのだ。いや、だからこそ販売価格は公式でも高額に設定されていると言える。
「それで、俺は何の魔法を封入すればいいんですか?」
「最初は〈アースヒールⅠ〉あたりで良いと思うわ。セツナちゃんの回復にも使えることだし、【ポーション】以外の回復方法がリルやウルコットにも必要でしょう? 次のステップでレベル6以上の魔法――できれば〈クリエイト・バトルドール〉を封入したいわ」
「あー……俺が遠征に行った時用、ですかね?」
「そうね。他にも用途はあるのだけれど、今は重要じゃないから良いわ。ただ、あくまでこれはカイル君に慣れてもらうための過程よ。あたしが最終的に封入したい魔法は――〈リザレクション〉よ」
「っ!? それは、確かにできればいい、ですけど……」
アーリアの言葉に可能であれば俺も賛成だと頷くが、思わずこれから訪れるだろう結果を予想して、思わず口の回りが悪くなる。
〈エンクロウズ〉によって作成できる【スペルカード】にかかる最低限の費用は、基本魔法技能職までの魔法であれば、【二級魔石】が5~10個。上級魔法技能職の魔法で【一級魔石】が5~10個。最上級となれば、【特級魔石】が最低でも5個以上必要となる。しかもGMの許可があればどこでも購入できるTRPG時代と違い、現代で【特級魔石】が数多く流通しているわけじゃない。現にアーリアとミィエルにこの前指摘されたばかりである。
ただ正直言ってそれだけなら、大した問題じゃあない。難しいのは【特級魔石】を集めることだけなのだから。
なら何が問題なのか? 答えは――
「……いけますかね? 最上位魔法となると、成功確率は2割あるかないかじゃないですか?」
「カイル君の見立てだと2割もあるのね。正直、あたしは手を出したことがないから初めての試みなのよ」
「ってことは――」
「恐らく良くて1割って所じゃないかしら」
そう。この〈エンクロウズ〉と言う特殊魔法は、作成できる魔法アイテムの都合により――成功確率が極端に低いのだ。
成功確率を求めるのは簡単で、〈エンチャンター〉のレベルにDEXとINTの合計による目標値と達成値の対抗判定によって決まる。ただ目標値が〈上位魔法職〉から上がり、技能レベルが同等程度では三割を切るレベルだ。
当然〈最上位〉ともなれば目標値のテーブルもさらに上がる。故にPLの間では通称“ギャンブル魔法”または“ガチャ”と呼ばれていたのだ。まぁ、ソシャゲのガチャ排出率よりは全然優しいのだけれど。
「現状の手探り状態では、成功なんて偶然の産物でしかしないでしょう。だから確実を求めるために段階を踏んでいくのよ。そのために、カイル君には自分の魔力を知ってもらわないといけなかったの。〈ハイアルケミスト〉として仕事を効率よく進めてもらうためにも、ね」
「と言いますと?」
「カイル君には素材を揃えてもらうのを手伝ってもらう、と言うことよ」
成程、素材調達班か。確かに俺ほど素材調達に向いている人材はいないのではなかろうか。
「となると、素材そのものを狩りで揃え、〈オルタレイト〉で【魔石】を作成するのが俺の仕事ですかね?」
「確かに近場に高レベルの迷宮でもあれば、カイル君に素材調達をしてもらうのが理想ね。でも、あたしがしてほしいのは狩りじゃないの」
アーリアは俺の前に魔法陣が複雑に描かれた金属板と、緑の三級魔石を10個置く。そして手を翳し「〈リファイン〉」と紡ぐ。
刹那、魔法陣が淡く輝くとそれぞれの魔石から緑の帯――魔力が中空の一点へと収束し、全ての魔石が色を失うと同時に、純度の上がった結晶が創造された。
「カイル君には〈リファイン〉を使えるようになってほしいのよ」
「これって、下位の魔石から上位の魔石へ変換したってことですか?」
「変換ではないわね。抽出して精製したのよ。凡そ10個で1つ上位の魔石を精製できるわ」
「おぉ! これは凄いですね!」
この〈リファイン〉と言う魔法はTRPG時代になかった魔法だ。もしあれば、無駄にため込んだ三級魔石を腐らせずに済んだかもしれない。
「〈アルケミスト〉系統のレベルが最低でも「7」あれば覚えられるはずよ。もう一度やるから、しっかりと見て覚えて頂戴」
今度は金の三級魔石を並べ、再びアーリアが「〈リファイン〉」と呟いて魔石を二級へと精製していく。解析判定――失敗!
「どう? 覚えられたかしら?」
「……すみません、もう一度お願いします」
途中まで理解できていた魔法陣が、途端に意味不明な幾何学模様に見え始めたせいで、さっぱり理解ができなかった。途中まで理解できたのだから、恐らくあと少し達成値が足りなかったのだろう。俺はINT系が低いからなぁ。
「ならもう一度やるわね?」
「お願いします」
次は失敗したくないため、判定前にINT上昇のバフ――〈エルダーズノレッジ〉を使用する。解析判定――成功。
【特殊魔法】〈リファイン〉 取得前提条件:〈アルケミスト〉系技能Lv7以上
コスト:精製する【属性結晶】ごとによる 対象:【属性結晶】 効果:瞬時
効果:対象となる複数の【属性結晶】から、一等級上位の【属性結晶】を精製する。消費コストは下記の通りとなる。
基準値:〈アルケミスト〉系技能レベル+(DEX+INT)/2
二級精製:三級【属性結晶】×10個+MP5(目標達成値12)
一級精製:二級【属性結晶】×10個+MP10(目標達成値16)
特級精製:一級【属性結晶】×10+MP20(目標達成値20)
達成値から考えて一級までなら余程ヘマこかない限りは問題なさそうだな。特級は現状だと何もせずにやって約半々って所か。むしろ問題ないのは、消費MPの多さかな?
無事理解し終えた俺は、一息を吐くと「ありがとうございました」と頭を下げた。
「何とか使えそうです」
「そう? なら後は失敗しないよう二級の精製から練習してもらえるかしら。特に自分の魔力の色と同じ属性の物は成功確率が上がるわ」
成程。自分の魔力と合う属性であれば、達成値にボーナスが入るという事か。この辺りは試しながらやってみるしかないな。
俺は頷くと、アーリアは「なら次は」と前置きし、
「その間にあたしは〈リザレクション〉の術式を理解したいの。だからカイル君、今〈リザレクション〉を使ってもらえるかしら?」
「構いませんが、対象はどうしますか?」
「心配しなくとも用意してあるわ」
アーリアが指示を出せば、バトルドールが一匹の鼠を運んできた。実験動物と言えば鼠、と言うのはこの世界でも変わらないんだなぁ、となんとはなしに思ってしまう。ちなみに既に息絶えているようだ。
「先程安楽死させた鼠よ。折角なら、蘇生が成功する場面を見たいから、手持ちの中で一番生きることに執着しているだろう子を選んでおいたわ」
「思ったんですけど、死と隣り合わせな冒険者は兎も角、世の人々は『蘇りは禁忌』って思ってるじゃないですか? 動物ってどうなんですかね? 本能的に刷り込まれたりしてないんですかね?」
「神々が生物を創造する時に、根幹部分に刷り込んでいたのなら、そもそもあたし達だって蘇生を本能的に拒否するわよ。現実そうなっていないのだから、問題ないわ。尤も神聖魔法を使う動物がいるなら、蘇生を拒否するかもしれないけれど」
「〈プリースト〉技能持ちの動物……いたら是非お目にかかりたいですね」
「えぇ。是非ともテイムして手元に置いておきたいわね」
ざっと思い出してみても、公式では動物種に神聖魔法を扱えるようなものはいなかった。いるとすれば幻想種と呼ばれる幻獣ぐらいだろう。だがTRPGと言うのはGMとPLが互いに楽しみ合って世界を創造するRPGだ。GMが突然変異種として神聖魔法が使える動物を創ったって構わないわけで。同じルールがこの世界にも適用されるのならば、可能性はゼロじゃない。
「意識して探してみたらとんでもない辺境にはいるかもしれないですね。探してみるのも一興かもしれません」
「見つけることができれば世紀の大発見かもしれないわね」
「そうやって喜び勇んでみたら、動物ではなく幻獣だったってオチかもですね」
「その時は盛大に虚仮にしながら嘲笑ってあげるわ」
「嗤われるだけで済むならまだマシですかね? そもそもテイムスキルなんて持ってないから無理ですけどね!」
「今からでも覚えてみたら?」
「大変心惹かれるのですが、まずは〈ソーサラー〉優先ですね」
そんな軽口を交わしつつ、俺は鼠を中心として〈リザレクション〉の魔法を展開する。
「万物の理に反逆する我が魂が願い、我が魔力は標とならん。朽ちるべき現の器に紐づかれた天界に昇りし魂よ。自らの根源が道半ばであるならば、今一度、理を捻じ曲げその想いを魂へと刻みつけよ――」
鼠を中心に魔法陣が展開され、俺の魔力を糧に幻想的な輝きを放つ。
「――我が魔力は魂の道標。千切れ失われた器と魂を固く結ぶ楔となる。正しき器の主よ、我が導きに応え己が意志で理を捻じ伏せよ――〈リザレクション〉」
完成した魔法陣は鼠の真上へ鎮座し、中心から光の鎖が鼠へと繋がっていく。行使判定――成功。
後は鼠が現世へ戻る意思を見せれば蘇生となり、拒否すれば失敗して魔法陣は砕けて消えるだけだ。
アーリアに視線を向ければ、顎に親指を当てながら、欠片も見逃さない鋭い眼差しで〈リザレクション〉を観察していた。
「やはり魔導士ギルドに保管されている術式と齟齬があるわね。恐らく【反魂の宝珠】の術式を参考に書き記されたとみて間違いないわ。それに【反魂の宝珠】で展開される術式よりも洗練されて淀みがないのは、3点に記述された術式と魔力の流れが――」
完全に集中しきっているアーリアの邪魔をしないよう、俺は静かに魔法を維持する。
その間、漏れ聞こえる呟きから、アーリアの知識量と分析力がどれ程凄まじい事か、感心しっぱなしだ。
確か魔法の系統ごとに使われている言語や文字も違えば、術式の構成も全く異なるものが使われている設定だったはず。言語に例えるなら日本語、英語、ドイツ語みたいな感じ、学校で習う教科なら数学、現代語、化学なんて感じで全く異なる体系をとっているのだ。
確かに幅広い知識を有する〈セージ〉系の技能や、同じ魔法技能系統のレベルが高ければ、解析判定の結果で凡そ見当をつけることはできる。だがあくまでどの系統か判断できるだけであり、内容まで詳しく把握することなど不可能なのだ。現に俺が同じように〈ソーサラー〉などの魔法を解析判定した場合、TRPG時代の知識と合わせて「これはライトニングだな!」と判別することはできるが、詳細情報である術式や魔力をどのように流すかまでは把握できないのだ。当然、使用可能となるレベルが上がれば上がるほど術式も難解になり、もはや式ではなく模様にしか見えなくなっていく。
だがアーリアは的確に把握しきっており、時折聞こえる考察も間違っていない。ステータス画面からレベルを上げて魔法を習得すれば感覚で使えてしまう俺ですら脱帽ものの知識なのだから、今世界で魔法技能者として生きてきた者からすれば、帽子どころか毛髪まで抜いて土下座するレベルなんじゃなかろうか。
それだけの知識と実力があるからこそ、アーリアは“ガチャシステム”なんて呼ばれている最上級魔法の【スペルカード】に挑戦しようと思えるのだろう。
「あ、アーリアさん。そろそろ鼠が蘇生されますよ」
俺も思考の海へ沈んでいる内に、〈リザレクション〉に反応が現れる。魔法陣から伸びる鎖がゆっくりと鼠の遺体へと向かい、鎖に引っ張られる形で小さな青い色の球体が魔法陣から鼠へと吸収される。すると魔法陣の効力を失うとほぼ同時、ビクリと身体を震わせた鼠が警戒しながら周囲を見回した。蘇生成功である。
「どうです? 必要であればまたやりますけど」
「いいえ。今ので十分把握できたわ、ありがとうカイル君」
一息を吐き、とても満足そうに笑みを浮かべるアーリアに、それなら良かったです、と返す。
「呟きを聞く限り、蘇生アイテムと結構違う部分があったみたいですね」
「ぱっと見は確かに似ているのだけれど、本物は全く別物と言っていいわね。完成された術式を見てしまったら、今更あんな【反魂の宝珠】なんて使う気にもなれないわ」
「そもそも使わなきゃならない場面に遭遇したくないですけどね」
「違いないわ。でも、人生って避けたくても避けられないことが多いから。特に、カイル君はそうなんじゃないかしら?」
「……言霊ってご存じですかぃ? そう言うのは思ってても言ったらだめなんですぜぃ?」
「ふふ、何で下っ端チンピラみたいな口調なのよ?」
クスクスと口元を隠しながら笑うアーリアに、わりと笑い事じゃないんですが? と返す。
「冗談はこれぐらいにして、あたしは〈リザレクション〉の術式を今のうちに描き留めておくわ。その間にカイル君は〈リファイン〉に可能な限り慣れて頂戴」
「わかりました。と言うか、術式を図面に起こすくらいなら俺がやりますよ?」
「ありがとう。でもただ描くだけなら頼むのだけれど、〈エンクロウズ〉を行う上で、あたし自身が留意すべき点を洗い出しながらやるから自分でやるわ」
「成程、そう言うことなら了解です。必要があればなんでも訊いてください」
「えぇ、その時はお願いするわ。尤もミィエルと同じ感覚派のカイル君に、あたしの求める答えが出せるかはわからないけれど」
「どちらかと言えば感覚派であることは否定しませんが、長嶋式程じゃないつもりなんですけど……」
決して長嶋式ではないと切に言いたいが、感覚派なのは確かなので強く否定できない俺がいる。
だがまぁ、今は然程重要ではない。後程撤回するとし、別室へと向かったアーリアから視線を外し、
「うっし! じゃあサクッとやってみますか!! 〈リファイン〉!」
ダース単位で置かれた【マナポーション】と木箱に山のように積まれた【魔石】を手にし、早速TRPG時代になかった魔法を試すのだった。
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