第97話 待ちに待った実験Ⅰ(魔力反応)
次は1週以内に更新する予定です。
「随分とまぁパワフルな侯爵令嬢でしたね……」
閉じられた“妖精亭”の扉を眺めながら呟く俺に、アーリアも肩肘をついて口元に笑みを浮かべた。
「完全に気に入られたわね、カイル君。あれは絶対に諦めないわよ?」
「そんな感じでしたね。出来れば勘弁願いたいんですけど」
はぁ、と思わず溜息を吐く。ただあの娘――アネモネも、ミィエルに続いて間違いなく重要人物だろうなぁ。立場もそうだけど、GMとしてセッションのキーマンとして使わない方がおかしい存在だし。まぁただの直感なんだけど。
「アーリアさん、アネモネ・アーノルド――もといアーノルド侯爵家ってどんな貴族なんですか?」
「侯爵であるアーノルド侯爵家は、ハーベスト王国の南を治める貴族よ。あの娘が言っていた様に、主に海路による貿易を担っているわ」
「立ち位置はどんな感じなんです?」
「侯爵の中でも最上位に位置しているわね。元々はハーベスト王国の穀倉地帯として、食糧の大半を担ってきていたのだけれど、海路が確立されてからは貿易によって他国の技術も吸収し、今や一番発展している領地と言ってもいいわ」
ちなみに此処――ザード・ロゥはハーベスト王国から東の方角に位置し、納めている領主はカヴァディール侯爵傘下のタダタビア伯爵だそうだ。
「なんでそんな有力貴族のご令嬢がこの街をうろついてるんですかね?」
「知らないわ。あたしは別に興味なかったし。ただ今後関わることになりそうではあるから、一応調べておいてあげるわ」
「ありがとうございます」
しっかし折角不眠ペナルティが解除されたというのに、精神的にものすごく疲れた。あー言う腹の探り合い、化かし合いは俺の苦手とするところだし。とりあえず、これから何をするにもまずは昼時だしエネルギーチャージを優先すべきだろう。
「時間的に昼ですけど、飯はどうします?」
「ミィエル達が用意してくれているものがあるわよ」
そう言うわけでミィエルとセツナが用意してくれている昼食をカウンターに並べ、アーリアと共に食べる。食後の飲み物として紅茶を所望されたので淹れてみたが、紅茶に関しては素人同然なので「微妙ね」と評価が下された。そもそも俺は店員じゃないのだが……と再び思ってしまう。
「これを飲み終えたら早速手伝ってもらうわよ?」
「勿論です。場所はどこでやるんです?」
「今回は地下でやるわ。ちなみにカイル君、〈ハイアルケミスト〉まで習得しているみたいだけれど、こういった研究に携わったことは?」
「実はないんですよ。だからすごく楽しみなんです」
現代日本では魔法なんてものはなかったし、TRPG時代を振り返ってもカイル・ランツェーベルと言うキャラクターが魔法などの研究に携わったことはない。
「カイル君の性格的に好きそうだと思ったのだけれど、完全に未経験なのね?」
「はい。正直今の技量になるまで、ひたすらに修練と任務をこなす毎日でしたから」
カイル・ランツェーベルの設定からして、“守護者”となるべくまず第一に強くなることが最優先されていた。空いた時間も保護した『亜竜族』の少女を鍛えたり、〈テイマー〉でもないのに任務中に拾ってきた様々な魔物を飼育したりしてたからな。あー、何故かカイルが所属するパーティーの配下に加わった『山犬族』の群れを鍛えたりもしてたっけなぁ。
「良くそれで〈アルケミスト〉技能が伸びたわね」
「戦闘では金に物を言わせて魔石を砕きまくってましたからね」
TRPGではそう言う役目の技能だったからね!
「だから研究者よりも金遣いが荒いのね」
「必要経費ですよ」
そもそもな話、一級魔石程度をケチってたら常に平均+3レベルの相手ばかりだったんで。
「俺の居たところの口癖は、“死ななきゃ安い”でしたからね」
「道理ね」
この世界には死者が蘇るアイテムも魔法もある。ただ魔法でもアイテムでも一般的に普及しているわけじゃない。魔法に関して言えば、壁と言われているレベル「10」を超えた先にある魔法である以上、おいそれとできるわけではないのだ。
「それでも今に至るまで、蘇生の厄介に一度あっているんで。お金だけじゃどうしようもないときってのはありますけどね」
「あたしの目から見て、あんたは勝てる算段を立てて戦える人間だと思うのだけれど?」
「イベント戦闘ってのがあったんです。確かレベル「7」ぐらいの時に、単騎でレベル「15」と戦うことになったんだったかなぁ。殺されたんで、どんな奴かってのは仲間から口頭で聞いただけなんですけどね」
確かあの時出した敵は名持ちの“ヘカトンケイル”だったかな。
シナリオの都合で単独行動が得意なキャラクターが被害者になる状況で、消去法でなくてもカイル・ランツェーベルに白羽の矢が立ったのだ。なんせこのキャラ、相手が魔法なしの物理特化なら、時間はすこぶるかかるかわり、安定してレベル「13」ぐらいまで戦うことがレベル「7」の時点でできていたのだ。今考えると相当おかしい状態だったと言える。
おかげで必ずカイル・ランツェーベルに死んでもらうための敵として、必中攻撃持ちと相性まで悪くして、確実に殺せるようにしたんだったっけ。
「それは……災難だったわね」
「冒険者なんてやってたらそこそこ遭遇すると思いますし、おかげで最善を必ず尽くすことを学べたのは大きかったですよ。今でも俺を蘇生できた環境に感謝してますし、おかげで〈ネクロマンサー〉を習得する機会を得ましたから」
まぁ一番死ぬ可能性が高い盾役が蘇生魔法を扱うってのは、どうかと思わなくもないのだけれど。敵の的になるのに一番死なない可能性が高いのがカイル・ランツェーベルだったのだから、仕方のない采配とも言える。なんせ全員アタッカーパーティーとも言えたからな。
「前向きね。良い事だわ」
紅茶を飲み終えたアーリアがソーサーにカップを置き、「地下に行きましょう」と席を立つ。俺も頷き、2人分のカップを流しにおいて彼女の後を追った。
★ ★ ★
地下室へ下りれば、既に用意しておいた“バトルドール”が準備を始めていた。
「それで、俺は何を手伝えばいいんですか?」
「そうね。まずはあんたの魔力を知るところから始めるわ。セツナちゃんの一件で少しは分かったのだけれど、あんた自身の特色はまだわかっていないものね」
「特色?」
そう言えばセツナの魔力補給の時にアーリアが「魔力に色がある」なんてことを言っていたことを思い出す。
「魔力に色があって、アーリアさんとミィエル2人とも、俺と魔力的相性が良いってやつでしたっけ?」
「前も疑問だったのだけれど、カイル君はそのあたりの知識がとんとないわよね? 大魔導士は教えてくれなかったのかしら?」
「……俺の師匠は戦闘関連でなければ端折っていたので」
そもそもTRPG時代にそんな知識がなかっただけなんだけども。
苦しい言い訳だが致し方なし。「すみません」と追加で告げると、アーリアはおかしそうに笑う。
「ふふ、別にカイル君が謝ることではないわ。なら一からあたしが教えるしかないわね」
「よろしくお願いします」
知らないものは素直に教えを乞うに限る。俺が頭を下げると、アーリアは頷いて”バトルドール”が持ってきた机の上に、〈アルケミスト〉技能で使用する【魔石】を置いていく。
「〈アルケミスト〉であるカイル君の知っている通り、魔石には『白』『黒』『金』『緑』『赤』『青』『黄』の7色が存在するわ。あたし達の身に宿った魔力も、大きく分ければこの色に分けられるわ」
「同じ生き物である魔物から採れる素材から作成できるんですから、言われてみればその通りですね」
「えぇ。【魔石】と皆呼んでいるけれど、【魔晶石】と同じ魔力結晶なの。ただし、誰でも使える純粋な魔力が【魔晶石】で、属性と言う指向性をつけ、扱うために特殊な技術が必要となるのが【魔石】と区別しているだけよ。正確には【属性結晶】と言うのだけれど、一般的には皆【魔石】で通しちゃうのよね」
「……そう言えばそうでしたね」
【属性結晶】と聞いて、あー確かにそんな設定だったなぁ、と思い出す。自らの魔力を用いる魔法とは視線を変えた技術が〈アルケミスト〉だ。PCからすれば全ての技能を満遍なく、取りたいように習得することが可能だが、LOFの世界観的にPCと同じように習得することは叶わない。それは現実となったこの世界でも同様で、『適性』と言う形で表されていた。
〈アルケミスト〉はそんな『適性』のない彼らこそ扱えるように、と研究された学問。そんな設定だったな。
「正直に言えば、あたしも通じれば正式名称なんてどうでもいいと思うのだけれど」
「研究者としてそれはどうなんですか?」
「今のあたしは自己満足で研究しているのだから良いのよ。それでカイル君の魔力をどう測るかとかと言うと――」
次に“バトルドール”が持ってきたのはワイングラスと瓶に入った透明な薬液。それをアーリアはグラスに注ぎ、
「これは魔力に良く反応するよう合成された薬液よ。これを両手で包むようにして魔力を当てれば――」
グラスを包むように両手を翳し、アーリアが魔力を放出すれば中の液体が反応し、淡く光る薄緑色の液体へと変化した。
「おぉ!」
「――薬液が反応してどの属性が強いかを測ることが出来るわ。液体が光れば白属性。それと薬液内に結晶が出来ているでしょう? これにより金の属性を有しているのがわかり、結晶の色が薄い緑色から緑属性であることもわかるわ」
他にも黒属性は光の吸い込む様に濁ったり、赤・青・黄は緑同様に色が付くんだとか。ただ色の着くものが薬液そのものだったり、今回みたく結晶だったりとマチマチらしいけど。また、複数の属性を持つほど着色される色は薄くなり、属性が少なくなるほど濃くなるそうだ。
「後は一度使うと捨てなきゃいけない薬液なのに、環境によるマナで変質してしまう点。正確に測るために一瓶分の量が必要、とかかる経費が安くないと言うのが難点ね」
使い終えた薬液を捨て、水で洗ったのちに布で拭って再び新たな薬液を注ぐ。今度は俺の番、という事なのだろう。
勿論やらせてもらうわけだが、一言言って良いだろうか?
これ『水見式』だよね!?
「何か言ったかしら?」
「いえ」
ただちょっと興奮しちゃっただけです。世代だった人なら現実に水見式ができるなんて、夢が叶ったようなものなんですよ。
……果たしてそう思うのは俺だけか? まぁいいや。
早速薬液に向けて魔力を当ててみる。感覚としては魔法を使う時のまま。ただ呪文を口にしないだけである。すると次第に薬液が反応し始め、
「おぉ……」
感動している俺を他所にアーリアが冷静に覗き込む。
「白に金、それに黒と……青。残念ね、あたしの予想だと薬液が虹色に輝くと思っていたのだけれど」
パチンコの確定演出かよ!? と出掛かった突っ込みを飲み込み、俺もグラスを覗き込む。
結果と言えば、薄く青い色の薬液が淡く輝く中央に、黒曜石の如き大き目な結晶が力強く鎮座していた。思わず虹色発言に思考の8割方持ってかれたが、アーリアの言で言うなら、
「4属性ってことですかね?」
「7種の内、4種が強いってことよ。その中でも黒が別格ね」
「金ではなく?」
「確かに結晶も大きいのだけれど、その結晶を単色でないのにここまで染め上げているのだもの。間違いなくあんたは黒属性が最も強いわね」
専門家が言うのならそうなのだろう、と今は納得するしかない。なんせ判断するための材料が俺にはないのだから。しかし1つ疑問が残る。
「それであの、これが解ると何が出来るんです?」
現状技能を使う上では知っていても知らなくても問題ない話だ。ただアーリアが気になって調べた、と言われれば終わりだが、彼女がそんな無駄なことをするとは思えない。
「元々個人が持つ魔力の属性を判明させるのは、魔法技能への適性確認のためだったのよ。何故習得できる者と出来ない者がいるのか。この原因を把握するためのものだったのよね。結果としては、種族的なものを無視すれば、3種以上の属性を強く持つ者であれば習得できる可能性が高い、と言う事に落ち着いたわ」
「成程。じゃあ【わかるくん】の適性判断は、この辺りの知識が使われてるんですね」
その通り、と頷くアーリアは使用を終えた薬液を片付けながら続きを口にする。
「それで今回カイル君に属性判別をしてもらった理由なのだけれど、単純に反応結果がどうなるのかあたし自身が興味を持っていた、と言うのが1点。次に正しい属性を判断できることにより、これから行う実験や魔法道具の作成が効率化できること。この2点を解決するためなのよ」
アーリアはそう言ってバトルドールに新たな道具を持ってこさせた。
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