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第95話 知識の価値と高貴な少女

新作に手を出していたら、予約更新をミスっているのに今気づきました。モウシワケアリマセン。

後、誤字脱字報告、いつもありがとうございます!

あと前半はアーリア視点です。

「それでは行ってまいります」


「おう、気をつけてな」



 朝食を終え、本日の方針が決まったミィエル達4人を見送ると、「じゃあ俺も3時間程寝てきます」と苦笑いを浮かべた彼に頷きを返す。



「そうしなさい。あんたが思っている以上に精神が不安定よ?」


「ははは。資料作成時のテンションをまだ引き摺ってるでしょうね。言われた通り、クールダウンしてきます」



 正直に言えば、あたしも彼の気持ちが解らないわけでもない。研究がノッている時など、不必要な程に気分は高揚する。ただその状態は一時的に功を奏しても、必要以上に維持し続ければ疲弊し、思わぬミスに繋がるのだから使い方を間違えればマイナスにしかならない。

 この資料を見て、カイル君には是非とも研究を手伝ってもらいたいところだけど、今のままでは邪魔にしかならないと想像に難くない。



「あ、そうだ。“バトルドール(いつもの)”は下に待機させてますんで、好きなように使ってあげてください」


「助かるわ。ありがとう」



 階段を上り切ったあたりで思い出したように告げたカイル君に、あたしは感謝の言葉を贈った。実際、彼のバトルドール――“ジェーン・ザ・リッパー”は些細な事なら実に有用な結果を齎してくれている。ただ欲を言えば、一度効果が切れて創り直すと、以前教えた内容を忘れてしまう事だけが難点なのよね。本当、あたし専用の“ネームド(セツナちゃん)”が欲しいわ。



「さて」



 いつもならこのまま地下の研究施設で作業を開始するところなのだけど、今日は下の階にいるバトルドールに掃除の指示を出すに留め、束となって置かれている羊皮紙に目を通していく。昨夜、カイル君が書き上げたセツナちゃん達用の参考資料である。




 資料に書かれている内容は大きく分けて3つ。

 〈基本魔法職〉~〈最上位魔法職〉まで習得できる魔法の一覧。

 〈基本技能職〉~〈最上位技能職〉に至るまでの各技能職の習得条件と特色。

 習得可能な〈スキル〉〈アビリティ〉の対応レベルと効果。




 先程一通り軽く目を通した魔法一覧を改めて確認する。

 書かれているのは本当に教科書の様な内容で、各魔法職が習得できる魔法の「レベル」「消費MP」「射程」「対象数」「効果」、そして「威力」と全て(・・)簡潔に纏められている。さすがに呪文までは記述されていないが、代わりにどのような状況で使われやすいか、効果的な使用法、見落とされがちな優位点が注意書きで記述されていた。


 カイル君はこれを何でもないもの(・・・・・・・)と言った風体であたしに見せてきたのだけれど……



「この羊皮紙の束を、魔導士ギルド(あいつら)は喉から手が出るほど欲しがるでしょうね」



 あたしとしても〈基本魔法職〉までならば全てを把握しているし、〈上位魔法職〉もある程度(・・・・)は把握している。



「だけど、あたしが確認する限りの〈最上位魔法職〉で習得できる魔法と効果まで全て、となると正直不可能ね」



 そもそも現代(・・)において〈最上位〉まで辿り着けているものが一体何人いるのだろうか。一般的に〝壁〟と言われている二桁レベルでさえ、あくまで〈上位〉限界まで修めたに過ぎない。だからカイル君が疑問を呈したように、本来ならば〈上位〉と〈最上位〉の境であるLv「10」とLv「11」こそが本当の壁だと言える。


 でも現実問題、〈上位〉を限界まで極めることすらできていない人間が大半という事実から、世間一般ではどうしてもここが壁といわれてしまっているのよね……。


 〈上位〉を極められて一流。〈最上位〉に辿り着けた者は“超一流”と呼ばれるか、はたまた“化け物”と呼ばれるか。


 だから今目の前にある情報がどれほど貴重なのか。過去の文献等を読み解くことで魔法の存在自体は発見されている。しかしどれ程の技量(レベル)に達すれば扱えるのか、そこまでは解明しきれていないのである。



大魔導士(マスタークラス)に師事していた結果、なのかしらね? でも魔法だけじゃないのよね。技能職の情報だって、ここまで明確に条件開示されている資料なんて、もしかしたら国の禁書庫にすらないかもしれないわ」



 それにミィエルがこれを見たら、どう思うかしら……。

 『精霊族』でありながら剣の道を進み、ひたむきに努力し、学んできたあの娘が望み――手に入れられなかった技能職(もの)。ここに書かれている条件が事実であるなら、あの娘が成れなかった(・・・・・・)のは道理でしかなかった。



「もっと早くにカイル君に会いたかった、と言うかしら? 少なくとも、彼に師事して未来を見られるあの姉弟を羨むでしょうね」



 既に冒険者を引退したあたしですら(・・・・・・)、この資料を若い頃に手に入れたかったと思うほどなのだから。



「ん? これは随分と走り書きね。内容は――」



 資料を読み進めること2時間ほど、他者に読ませることを踏まえて比較的綺麗な字で書かれていたものとは別に、カイル君本人だけが読めれば良いと言えるようなものが数点混在していた。他の羊皮紙より大きさも小さく、メモ書きとして書いていただろう内容を読めば、自然とあたしは口元を手で覆っていた。



「これはリルの技能設計よね。こっちはウルコット。それにセツナちゃんに……ミィエル」



 そこにはカイル君がパーティーを組む予定のメンバーの未来の道筋――冒険者設計とも言うべき内容が描かれていた。それもLv「15」に至るまでのものが。

 ミィエルから話には聞いていた。リルとウルコットの指導が既に、その道の先達(・・・・・・)であるかのよう(・・・・・・・)だった、と。

 彼は弟子を持つことは「初めて」だと言っていた。だからこそ間違えないように前もって考察している、と言われれば間違いではないかもしれない。でも、



「そうだったと仮定しても、これは知識だけで考えられることじゃないわ。同じ剣士であるミィエルなら納得できないわけでもない。近接職と言うことでウルコットも100歩譲って納得しましょう。でも分野(はたけ)が違うリルの設計(これ)は――」



 彼の事だ。身近に〈最上位〉クラスの弓士が居たとしても驚きはしない。ただその人物の体験談や稽古をつけてもらった経験から導き出された答え、だと仮定したとしても書かれた内容が、そう――詳しすぎるのだ。



「……いえ、ウルコットの方も100歩譲ってもおかしいわ。でも、この“偶像戦士(アイドルマスター)”計画は面白いわね」



 〈ファイター〉系列をメインに沿えながら、適性が高い〈バード〉を効率良く扱う戦術。歌い、踊りながら戦う戦術は私では思いつかないほど目新しいものだった。



「ふふ、是非見てみたいわ。この“全距離対応型オールレンジファイター”なんかよりよっぽど興味を惹かれるわ」



 見る限りどちらの育成方針でも問題ない計画となっており、冒険者ランクが「C」ランクに上がる頃には、リルもウルコットもそこらの冒険者と比べるべくもない実力を手にできるだろうと予測できる。あたしの“目”から見ても、無駄のない理想的な育成方針だと思う。



「リルはともかく、ウルコットは本人の意思次第なところはあるのだけれど。楽しみね。それと――」



 あたしはもう一枚、カイル君から見たミィエルの育成設計を眺める。今でこそ胸を張って「A」ランク冒険者と名乗っているミィエルだけれど、当時は“あの時”ほどではないにしろ、落ち込んでしまった要因。近接職でないあたしでは慰めようがなかったこと。



「この紙、ミィエルに見せちゃダメかしら?」



 いえ、むしろカイル君に直接言って貰った方がいいかしらね。


 あたしは参考資料とは関係がない、カイル君の走り書きを横に避ける形で仕分けをする。これは彼が起きたらその場で返すつもりだ。ただし、セツナちゃんの内容に関しては、あたしも付き合わせてもらうつもりなのだけれど。



 そうして今後の楽しみが増えたと確信したあたりで、入り口のドアチャイムが知らせた来訪者に、あたしは視線を向けて告げるのだった。



「申し訳ないのだけれど、“妖精亭(うち)”は一見さんお断りなのよ」








   ★ ★ ★







 この身体は本当に優秀だなぁ、と目を覚ました俺は素直に感心した。

 時刻を見れば、仮眠をしてから予定通り3時間後。近くには今から俺を起こそうと行動を起こしていた“プロトドール・ウッドマン”が佇んでいた。


 “ウッドマン”は俺が起きたことを確認すると、任務を終えたといった風に頷き、後はただ近くに佇むだけだった。まぁ元々俺が寝過ごさないための目覚まし代わりに作ったのだから、それでいいんだけどさ。レベルが「3」と低く、会話と言う機能がないため仕方のない事なんだが、如何せん物足りなさを感じてしまう。



「やっぱり会話ができるってのは、大きいんだな」 



 “キラー・マリオネット(Lv5)”までは喋ることができない。だからこそ、ジョンの所にいたバトルドールも人形然とした風体しかなしえなかったのだろう。


 まぁジョンの事情など俺の知ったことではないわけで。

 改めてステータスを確認すれば、3時間の睡眠をとったことにより、【不眠】によるペナルティはしっかりと消えていた。STMも72と回復している所を見ても問題なさそうだ。



「じゃあウッドマン。ご苦労さん」



 手早く“ウッドマン”の魔法を解除して素材へ戻し、寝癖だけついていないか確認をして1階へ。今日はこのまま参考資料の確認をしてもらったら、楽しみであったアーリアの研究を手伝っていくかな。なんて思いながら顔を出せば、



「あら、丁度良いところにいらっしゃいましたわね」



 カウンターに座るアーリアと向かい合うように佇む3人の女性。その中でも明らかに身分が違う少女が、階段を下りる俺に視線を向けて微笑んだ。



 身長は155cm前後、年齢は大人びた雰囲気からか15歳ぐらいに見える。腰まで伸びたプラチナブロンドの髪が光の具合で美しく輝き、澄んだ空の様な蒼い瞳からは年齢以上の知的さを感じさせる。凹凸のはっきりした肢体を包む白いワンピースは平民を意識した品質だと思われるが、その程度では決して隠し切れない高貴さが表に出てしまっていた。



 そんな紛れもない良い所の美少女(お嬢様)がこちらに笑みを浮かべながら、「お会いしたかったですわ、カイル様」と口にするのだから、男として嬉しい気持ちはあれど、何やら面倒ごとの匂いがプンプンして仕方がない。なんせ視線で「部屋に戻っていいですか?」と問えば、アーリアの表情が完全に外様に向けた(・・・・・・)笑顔(・・)となったのだから猶更だ。

 これは完全に降りてくるタイミングを間違えたと言って良い。かと言って離脱できるわけもなく。

 仕方なく階段を下りて目線を合わせ、彼女たちと話すことにした。勿論ポジションはアーリア寄りだ。



「俺のことを知ってるみたいですけど、どちら様でしょうか? 多分にお初にお目にかかると思うのですが?」


「礼儀がなっておりませんね下郎が。誰が口を聞いて良いと言いましたか?」



 お嬢様の後ろに控えていたお付き女性の内1人が、一歩前に出てこちらを見下すように殺気を放ってくる。


 俺よりも高い身長、凡そ180cmに届くかぐらいのスーツ姿の女性。灰色がかったセミショートに隠れた眼帯に覆われた左目。しかし露になっている右目は刃物のような鋭利さを持っている。いや、雰囲気そのものがまるで抜身の刀のような鋭さを纏っている。

 挨拶早々殺気を叩きつけられた俺は、反射的に目を細め、解析判定――成功。





名:レオーネ・オウダディア 26歳 種族:人間 性別;女 Lv8

《メイン技能》

ファイターLv5→スレイヤーLv3

《サブ技能》

スカウトLv2

エンハンサーLv4

レンジャーLv5→ファーマシーLv2





 そんじょそこらの冒険者よりよっぽど強いな、この女性(ひと)。しかもあの【眼帯】は確か、中二病御用達の魔法道具(マジックアイテム)だよな。普段はペナルティを負う代わりに、外すと一時的に能力が増すアレ。


 実力から鑑みても、恐らくお嬢様の護衛も兼ねているのだろう。俺が怪しい動きの1つでもしてみれば、腰に佩いている剣が瞬きする間もなく抜かれるんじゃないかな。まぁ抜かれたところで対処は容易いし、問題はないんだけども。



「まずは跪き、首を垂れるべきだと知れ、痴れ者が」



 さらに饒舌に続く罵声に思わず苦笑いを浮かべそうになる。いやぁ、初対面の他人にいきなり罵倒されても、正直反応に困るよね。つか“下郎”なんて初めて言われたわ。そもそもリアルで言ってる人間初めて見たレベルか。



「ましてやお嬢様に直接質問をするなど、卑しいその舌を今すぐ切り落としてやろうか?」


「ちょっ!? レオ姉さん、さすがにそれはヤバいですって!」



 俺が対応に悩んで口を噤んでいると、ついに腰の得物に手をかけ始めた護衛。同時に先程から気配を消すように立っていたもう1人の付き人が、慌てて静止を投げかけた。


 背はお嬢様より少し高いくらい。健康的に焼けたその身に同じスーツを纏い、少し癖っ毛の茶色の長髪に、クリッとした瞳が可愛らしい。そして何より頭部に生やした猫耳が、彼女が『猫人族(ウェアキャット)』であることを指し示していた。身のこなしからしてこちらも護衛だろう。



「第一レオ姉さんでもあいつには――ひっ!?」



 ついでにと思い解析判定してみると、視線に気づいた彼女が蒼い顔をして俺から隠れるように気配を薄くした。

 しかし一瞬早く解析判定に成功した俺は、「あー成程ね。そう言うことか」と内心で大いに納得してしまった。なんせ彼女は、俺が集団リンチを受けている場面を、直にその目で(・・・・・・)見ていた(・・・・)のだから。



 アーリアの最初の態度からして、身分は相当高そう――おそらく伯爵より上な感じがするけど。相手がこういう風に出てくるなら、対応もある程度強めで行ってもいいよな?



 チラリとアーリアに視線を向ければ、何かを察したような笑みへと戻っていた。もしかしなくとも、『猫人族』の反応で、答えに辿り着いたのだと思う。



「お止めなさいレオーネ。(わたくし)は貴女に恫喝する(その)ような許可はしていませんことよ?」


「……失礼いたしました、お嬢様」



 今まさに抜剣されるのではないか、と言う殺気に体感温度がさらに冷え込み始めた頃合いで、ようやっと飼い主からの「待った」がかけられた。重苦しい空気がウソのように払拭されるも、ちぃと止めるのが遅いよね。



「私の護衛が大変失礼いたしました。主として謝罪いたします」



 「よく言うよ」と内心で思う。まぁ、こちらの反応を窺うために敢えて止めなかったのだろうとは思うけど。軽く目を伏せるように謝罪するお嬢様に、俺は営業時代に培った完璧なスマイルで「いえ、お気になさらず」と返答した。



「なんせ、ならず者と呼ばれるような冒険者ですから。あながちお付きの方が仰った『下郎』と言うのも間違いではございません。それに可愛らしい子犬に(・・・・・・・・)吠えられた程度(・・・・・・・)で怒るほど、俺は狭量ではありませんので」



 ピクリと下がった護衛――レオーネの眉が上がり、お嬢様は俺の言葉に「可愛い、子犬?」と目を丸くした。

 さて、どうでるか。と軽いジャブのつもりで言葉を贈ってみれば、「お嬢様!?」とレオーネの言葉を無視して俺の前まで歩み寄り、



「カイル様。貴方、レオーネの伴侶におなりなさい」


「……は?」



 俺の手を両手で包み込むように取り、澄んだ蒼の瞳を輝かせてそんなことを宣うのだった。


いつもご拝読いただきありがとうございます!

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