第94話 徹夜明けのテンション
誤字脱字報告、本当にありがとうございます!
「それで、徹夜してまでこいつを仕上げたってことなのね」
「えぇ。ちょっと興が乗ったので……」
朝。いつもより早い時間に1階へ降りてきたら、アーリアが既にカウンターに座っていたので、一夜の傑作を渡してみたところ、呆れた表情を返されてしまった。俺、思わず苦笑い。
実のところ迎会の後、俺はついつい気持ちが乗ってしまったためにセツナ達用の参考資料――主に魔法の一覧――を書き起したのである。ただこれだけであれば徹夜する程の事でもなかったのだが、ついつい「やれるときにやっちまうか!」とTRPG時代に頭に叩き込まれた知識を総動員。基本技能職から最上位技能職まで、特殊条件を加えてまで書き起こしてしまい、気づけば午前3時。今から寝てもしゃあないか、という事でそのままスキルとアビリティの一覧まで手を出したら……徹夜作業になってしまったのである。
まぁ一応、徹夜で起こるペナルティ――TRPG時代では睡眠不足によってペナルティが発生していたから、これの確認したかったところだし、丁度良かったと言えば良かったんだけども。ちなみにペナルティはしっかり24時間睡眠をとらないことで発生しておりました。恐らくペナルティの解除も、TRPG時代と同様と考えてもいいと踏んでいる。後で確認するけども。
「で、あたしにこれの確認をしてほしい、と?」
「はい。勿論ミィエルにもお願いしようと思ってます。俺の認識違いもあると思いますので、出来ればお願いしたいかと」
今もキッチンでセツナと仲良く朝食を用意しているミィエルが、「呼びました~?」と顔を覗かせたので、後で頼みがあることだけ伝えておく。
アーリアと言えば、ぱらぱらと資料を見ながら徐々に眉根を寄せて表情を険しくし、凡そ魔法の一覧を見終えたあたりで盛大な溜息を吐いた。
「はぁ……カイル君。とりあえずあんたの頭の中が相当危険だと言うのが確定したわ」
「ええぇえ……。確かに今徹夜の所為でテンションは高めですけど、頭イカれてるまではないですよ?」
「既にその返答がイカれている判定に入ると思うのだけれど? まぁいいわ。これについては後程話しましょう。ほら、あんたも朝の鍛錬があるのでしょう? 行って来たら? それとも仮眠でもとるのかしら?」
「いえ、たまには寝ずに動く鍛錬も必要ですから仮眠は必要ないですね。では、朝食まで身体を動かしてきます」
イカれ判定に少々納得がいかないものがないわけでもない。だが「全く、昨日の今日でとんでもない爆弾を放ってくれたものだわ」なんて台詞と裏腹に、目と口が笑っているアーリアを見たら正直どうでもよくなった。彼女の興味を引けたのであれば問題ないだろう。
地下室でいつも通り日課をこなすし、アーリアに頼まれていた2体の“ジェーン・ザ・リッパー”の作成を行う。このあたりで丁度良く、朝食が出来上がった時間になり1階へ。リル達用の護衛作成は、彼女らの予定を聞いてから行うつもりだ。さすがに〈クリエイト・バトルドール〉は時間を要するからね。
同じタイミングでロビーに集まってきたリルとウルコットに挨拶をし、アーリアに続いて朝食が並べられているテーブルへと着く。
配膳を続けていたセツナ、ミィエルとも挨拶を交わし、全員が着席した段階で「いただきます」と口にする。うん、今日も2人の手料理が美味い! こっちの世界に来てからと言うもの、食事の質が逆に上がったのが本当に嬉しいよと思う今日この頃だよ。
「主様。昨夜は遅くまで起きていらっしゃったみたいですが、どうなさったのですか?」
「ん? あぁ、ちょっと作業をしてたら熱が入っちゃってな。もしかして五月蠅かったか?」
「いえ。ただ、いつもなら消灯している時間に明かりが漏れていましたので」
どうやらハイテンションのまま独り言で喚いていて気づかれたわけではなく、単純に漏れてた明かりで起きていたとわかったらしい。いや良かった。安心した。こっちの世界に来てからと言うもの、無意識に口に出していることが多かったからな。
「魔法の研究でもしていたの?」
「研究なんて大それたものは俺にはできないよ。ただの復習。丁度3人の座学用の資料でもあれば、と思ってさ。それを作ってたんだよ」
「それは助かるわ。あの後でミィエルにも妖精魔法について少しだけ教わっていたのだけれど、口頭で教えてもらうよりも資料があった方が覚えやすかったのよ」
俺の言葉にセツナに続いてリルも嬉しそうに瞳を輝かせる。驚いたことに感想戦の後、まだ勉強に励んでいたらしい。控えめに言ってもやる気の塊だな、をい。
「そう言えばリルは〈フェアリーテイマー〉の適性があったもんな」
「えぇ。でも適性があるからと言うよりも、知らないことを教えてもらえるのが楽しいのよ」
『昔から姉さんは知識欲が強かったからな。知らないことや興味のあることに首を突っ込んでは何度面倒ごとに巻き込まれた事か……』
思い出すように遠い目をするウルコットに、「何十年前の話をしているのよ」とジト目を向けるリル。思えば確かに、しがらみ等一切なければ、一番冒険者になりたかったのはリルなんじゃないかとも思う。
「それで、その資料はいつ見せてもらえるのかしら?」
「勢いのまま俺の記憶を元に書いただけだからな。アーリアさんとミィエルに確認してもらってからにしようと思ってるよ。間違った知識を渡すわけにはいかないからな」
今のところTRPG時代と現実とで、効果や射程などで大きな違いは感じられていない。とは言え、〈キャスリング〉のようにTRPGではできなかった使い方もあるだろうから、その辺は是非とも詰めておきたいのだ。
「マスタ~。先に~目を通してみた~感じ~、どうですか~?」
「そうね……あたしがざっと見た限り記述されている内容に間違いはないと思うわ」
「大丈夫そ~ですか~?」
「どうかしらね? ただ、少なくともあたし達だけなら問題ないと思うわ」
「う~ん、そうですか~」
困ったように眉尻を下げて視線を向けてくるミィエルに、俺も思わず眉根を寄せる。
「どうしたミィエル?」
「い~え~。カイルくん~らしいな~って~」
「?」
そう苦笑いを浮かべられてもなぁ、と思うも「それより~」と続くミィエルの言葉に俺の思考は奪われた。
「今日は~、セっちゃん~達の~監督官になって~、採取任務を~こなそうと~思って~るんですよ~」
「おぉ! 早速任務を受けることにしたのか!」
「はい。昨夜ミィちゃんに少し教えてもらった時に、採取任務のついでに、魔法を実際に見せてもらえると言う話になりまして」
「野草の採取なら今のままでも問題なくできるもの」
『村にいた時と変わらないからな』
苦笑を浮かべるリルとウルコットだが、村のお手伝いと冒険者としての初仕事では、気持ちの持ちようも違うのではなかろうか。と言うか、本当のことを言えば俺もEランクから冒険者を始めたかった!
「でも冒険者としての初仕事だろ? 可能であれば俺もついていきたいんだがなぁ」
「我慢なさい。監督官として許可は出ていたとしても、過保護すぎるのはかえって成長の妨げにしかならないわ」
「ですよね。セツナもMPが不安になる程遠出するわけでもないですし。そもミィエルが付いて行ってくれるなら、その問題もないですし」
別にリルとウルコット、そしてセツナのパーティーが任務を達成できるか不安である、と言うわけではない。ミィエルが付いていくなら、例え不測の事態があろうとも問題はないだろう。セツナへの魔力補給もミィエルなら可能だと解っている。
ただ面倒を見ると言った手前、初回は俺自身がリル達を見てやりたかったな、と個人的なの拘りみたいなものでしかない。ほら、結果としてアーリアがリルを冒険者に誘った形にはなったけど、それよりも前に冒険に誘った人間として、最初から付き添いもせず「じゃあがんばってね」なんて真似は避けたかったんだよね。
「見てみたけど、低ランクの任務はそこまで危険じゃないもの。私達3人でなんとでもなるわ」
「むしろあんたが付いてったら、任務以上の事が起こりそうよね」
「俺を疫病神みたいに言わないでくださいよ……」
と言いつつもこの数日を思い返すと、あながち否定もできない気がして思わず肩を落とす。
『俺達からすれば“疫病神”どころか“救世主”なんだがな』
ウルコットのフォローに、それはそれで重いから遠慮願いたい、と苦笑いを返す。もうちょっとこう、生活しやすい感じのに落ち着きませんかね? 間違っても称号なんかにならないでくれよ、マジで。
俺は「もう感謝の気持ちも言葉も受け取ってんだから、それ以上はなしにしてくれ」と手で振り払う仕草をし、「午前から動くのか?」と任務の話へ流れを変える。
「はい、そのつもりです。今回は任務主体と言うより、お二人の新たな装備の具合を確認する意味と、ミィちゃんから魔法を教えてもらうことに比重をおいておりますので、取れる時間は多ければ多い程良いと判断いたしました」
「良いんじゃないか? 現状を確認するのは大事だからな。ちなみに何を採って来るんだ?」
「【ヒールポーション】、【アンチドーテポーション】用の薬草ね。それ以外にも採取出来たらするつもり。セツナの勉強にもなるでしょうし」
「はい! お料理に使える野草など、たくさん覚えたいと思います!」
「そいつは楽しみだ! 期待してるぞ、セツナ?」
「はい!」
隣でわんこのように、ぶんぶんと尻尾が揺れるイメージの浮かぶセツナの頭を思わず撫でる。任務よりも料理に意識が向いているのはどうか、とも思わなくもないが。ただ嬉しそうな笑顔を浮かべるセツナの頭を撫でているうちに、割と「まぁいいか」となってしまうあたり、俺はセツナに甘いのだろう。
しかしそうなると、今日の俺の予定はどうしたものだろうか。
「じゃあ俺はアーリアさんのお手伝いですね。色々あってまだ何一つやれてないですし」
「助かるわ。ただ、まずは一眠りしてきなさい」
「そ~ですよ~、カイルく~ん。体調~、崩しちゃいますよ~?」
「ん? 単なる徹夜だからな。体調が崩れる程じゃないぞ?」
「【不眠】状態の所為で些細なミスをされる方が、あたしとしては困るのだけれど?」
「あー……それもそうッスね」
個人的には一徹ぐらい精神的に屁でもないのだが、不眠状態「-1」点の所為でミスをしないとも限らない。それに徹夜明けの俺の体調を慮って言ってくれているのだ。ここは言う通りにするのが一番だろう。
「なにより締め切り明けのような、異様に高いそのテンションがうざったいわ」
「……はい」
ざばーっと冷水を頭から掛けられたかのような言葉に、思わず頷く俺。気持ちは解るんですけど、そこまで鋭利に突き刺さなくてもよくないですか?
「あはは~……。では~、予定も~決まりましたし~。早速~動きましょ~!」
「「『ご馳走様でした』」」
そうして朝食を終え、セツナへ魔力補給を行った後、俺は言われた通り一眠りすることとなった。
ちなみに【不眠】によるペナルティはTRPG同様、きっかり3時間で解除されることが確認できましたとさ。
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