第93話 セツナの感想戦Ⅲ&アーリアの功績
ミィエルは紅茶を、俺はコーヒーを淹れながら「ついでだから確認したいんだが」と前置きをし、
「ミィエルがこの前使った〈ウォッシュ〉や〈ドライブリーズ〉って何系統の魔法なんだ?」
〈クリエイト・ウォーター〉は水を生み出す妖精魔法だ。これはTRPGのルールブックにも載っている、水属性の低レベル魔法――云わば初級魔法だ。しかし〈ウォッシュ〉なる水を纏わせて汚れを落とす魔法なんかはTRPGに存在しない。もし初級魔法から最上級クラスまで、俺の知らない魔法が無数に存在するのなら、これは由々しき事態だ。この〈ウォッシュ〉と言う魔法だって、衣服ではなく呼吸器官を対象として扱えば、相手を窒息に至らしめることだってできよう。
「え~っと~、元々は~、妖精魔法ですよ~」
「元々? つまり妖精魔法を基準としたオリジナル魔法ってことか? その割には他にも使える人がいるよな?」
「それは~そうですよ~。だって~」
ミィエルの視線がアーリアに向けられ、彼女は少し面倒そうに続きを述べる。
「あれらはあたしが開発し、広めた魔法よ。高度魔法文明時代、通称“一般魔法”または“生活魔法”と呼ばれていた、戦闘に用いることのない魔法を今の技術で再現したの」
生活魔法、だと!?
衝撃のあまり思わずコーヒーを淹れる手が止まりそうになる。
生活魔法という事はあれですか? 良くライトノベルなんかに出てくる、生活を便利にするための魔法ってやつですよね? そして何故か戦闘系よりも効果が高かったり汎用性が高すぎる奴ですよね!? うおぉおっ! そんなものがLOFにあったのか!
いや、そもそも高度魔法文明時代と言えば、今の時代から凡そ6千年程前の古代文明だ。今よりも魔法で何でも行えていた時代であり、ほとんどの魔法が失伝されてしまったとされている。それをアーリアさんが、再現したって――
「それめちゃくちゃ凄い事じゃないですか! 遺失魔法を再現って……しかも一般公開してるんですか?」
「当たり前よ。生活を豊かにする魔法なのだから、一般家庭にまで普及しなければ意味ないでしょう」
さも当然と頬杖を突きながら述べるアーリアに、想像以上の功績を突きつけられた俺はそっとコーヒーを淹れる手を止めた。
「……実は古代竜が人の姿に化けてたりしてらっしゃいます?」
「一応種族はこれでも『人族』なのだけれど? ただ、少なくとも此処に居る誰よりも長く生きているのは確かね。残念ながら古代クラスの竜種と知り合いだったりもしないわ」
「失礼しました。動揺のあまり、つい……ってことは、独学でやったんですか?」
「えぇ。文献から研究して、ね。生きた標本とコネクションがあれば苦労はしなかったのだけれど、まぁ振り返れば存外に楽しめたわ」
思い出すように語る彼女の表情は柔らかい笑みを浮かべており、楽しかったという事は間違いないのだろう。
ただ彼女の感情云々は抜きにして、アーリアがこの街で大きな権力を持っている理由の一端を垣間見て、大きく得心がいった。
LOFと言うTRPGの世界設定に置いて、現代より過去には様々な文明が発達しては滅びを迎えてきた歴史がある。その中で魔法は神代の時代から人族の時代に移り変わったぐらいで発展し、全盛期は高度魔法文明と呼ばれている時期がそれにあたる。その時代には魔法でほぼ何でも解決し、今よりも豊かな生活を送れていたと記録されている。
この文明が滅びたのには諸説あるのだが、凡そ発展しすぎた魔法の暴走、そして戦争が原因だったとされている。この辺りを掘り下げるには、俺の設定読破力が足りず語りつくすことは出来ないのだが、そこはまぁ置いといて。
現状、この世界の魔法は失われることはあっても新たに生み出されるようなことは、ほぼない。
当然古代の魔法――失伝した遺失魔法を現代に蘇らせた存在なんて者は、俺が知る限りLOFの公式設定ですら存在しない。つまり魔法と言えば、ほぼPC達が覚えることが出来る魔法が全てである。
もし追加されることがあるとすれば、それはサプリメントと言う形でゲームデザイナーが新たな拡張ツールを発売した時ぐらいのものだろう。勿論、GMがオリジナルで作成することも可能ではあるが、正直言ってバランス調整等を考えると、とてもじゃないが割に合わない労力となるためやる人間は少ない。なんせ現状でも多種多様な技能職と魔法があるのだ。創らずとも大体のニーズに応えることは可能なのだ。
ちなみに一応、俺自身過去にやろうとして挫折した経験がある。あれは本当に面倒だったし、作り終えた結果「別にこれとこれをとればよくね?」と既存の技能職で解決できてしまうオチまで付随してきたのだ。あの時の徒労感はすさまじかった。
何より多少なりとも魔法で都合良く行かない所を、工夫して乗り越えていくのがTRPGの楽しさでもあったわけだから、公式以上の魔法なんぞ大抵は必要なかったんだよね。
話がズレてしまったので戻すが、俺の目の前で頬杖をついている女性は、TRPG時代で考えればGMやゲームデザイナーのみが行えるような偉業を成し遂げているのである。
まぁ今にして思えば、〈ディー・スタック〉なんて魔法を創りあげているのだから、遺失魔法の一部を復活させることぐらいやってのけてもおかしくはないのだけど。
「いやぁ……アーリアさんがとんでもない人だとは思っていましたが、想像以上でした」
「ってことは~、カイルくんの~大陸では~、生活魔法は~、ないんですね~」
「ないねぇ。アルステイル大陸の学術都市の権威ですら成し得てない偉業だよ。ちなみにそれって俺でも覚えられますか? 妖精魔法使えないと難しいですかね?」
「いいえ、あんたも使えるようになるわ。人によって習熟に多少の差はあるけれど、普段使っている魔法なんかより簡潔にして使えるようにしたものだから。最上位まで上り詰めているカイル君なら、容易いと思うわ」
どうやら復元させるうえで、最も使い慣れた妖精魔法を使ってアプローチをかけただけで、他の系統でも問題ないらしい。
「なら、ミィエル。このあたりのことも教えてもらえるか?」
「もっちろ~んですよ~。では~、〈ソ~サラ~〉の~講義の~合間にでも~お教えしますね~」
「サンキューな」
こう言う情報が提示される度、当たり前ながらこの世界がLOFと類似した別世界だと痛感する。今まではまだTRPGの知識で何とか来れているが、出来うる限り早くこの世界の知識を仕入れないとな、と思う。
ちらりと見れば、3人の考察も佳境らしく、もう少ししたら結論が出ることだろう。
気持ちとしては今すぐにでも教わりたい衝動を抑え、俺はコーヒーサーバーとティーポットをトレーに乗せ、3人の答えを聞くべくてテーブルへ向かうのだった。
★ ★ ★
コーヒーを所望するメンバーのカップに注ぎつつ、俺自身はミィエルが淹れてくれた香り高い紅茶を楽しむ。時折セツナから飛んでくる質問に答え、必要であれば羊皮紙に記入する。勿論、ウォーガルドが契約可能な数――〈シャーマン〉レベル1では「3」体まで――や『英霊』や『霊獣』も一覧で渡す。それからさらに10分ほど。「お待たせしました、主様」とセツナがついに口を開く。
「どうやら纏まったか?」
「はい。彼の能力でセツナを打倒するとなった場合、様々な状況を想定しても、取るべき行動は1つだけでした」
一旦言葉を切るセツナに、リルとウルコットが頷く。
「結論を申し上げれば、初手からナルガザルダを〈憑依〉し、セツナを破壊するつもりで全力攻撃、です」
セツナの答えを聞き、俺は内心でそれしかないわなぁ、と頷きながら先を促す。
「今回は模擬戦という名の、実力を試す意味合いが強かったがため、彼は少しでもセツナの手の内を晒すべく、『グラガリア』を使用しておりました。ですが勝利を目的とするならば、自動回復を持つセツナに長期戦は臨むべきものではありません。事前に掛けた補助魔法等の効果時間を考えても、彼が勝利するには短期決戦――それもセツナが把握できず、対応する暇もない超短期決戦しかありませんでした」
例え事前に〈憑依〉の内容を変えていたところでセツナ把握はできない。それに先手はどうあってもセツナが取ることを鑑みて、【ミスリルナイフ】で攻撃する流れまでは恐らく変わらない。だからこそ、
「セツナの【ミスリルナイフ】による攻撃は、『グラガリア』などなくても大したダメージにはなりません。それにここから【グレートソード】に持ち替えたとしても、彼には〈ブリンク〉があります。このセツナの2手を潰せるうちに、〈スタンハウル〉と〈魔力攻撃〉によってセツナのHPを削り切ることこそが唯一の勝機だったと思われます」
「成程。だがセツナは高い物理防御力を持っているから、ウォーガルドが物理攻撃力を最大限強化していたとしても、少なくとも4~5発はセツナに攻撃を当てる必要があるぞ? なら魔法に頼った方が良いんじゃないか?」
「普通の装備であれば魔法攻撃もありなのだけれど、セツナが着ている【マギカハーミット】がどうあってもネックだったわ。魔法ダメージ軽減も所持していたし、弱点であるMPを攻めようにも魔法ダメージになってしまう以上、現実的ではないと判断したわ」
『そもそも、セツナとウォーガルドの実力が違いすぎる。彼女の攻撃を躱し続けるのは至難の業だし、攻撃を耐えられても1撃まで。どちらにしろセツナの攻撃回数が少ないうちにカタをつけるしかなかったんだ』
俺の魔法で攻めれば良いじゃない? と言う疑問を当然の理由でリルとウルコットが否定する。成程、ちゃんとリルとウルコットもなれないステータス表記にしっかり対応できているようだ。とても喜ばしい事である。
「ミィエルはどう思う?」
「ミィエルも~、概ね同意見です~。現状では~、ミィエルも~これが一番~だと~思います~。でも~、カイルくんは~違う視点を~持ってるんですよね~?」
ミィエルに軽いパスを放れば、ワンツーでパスが返ってくる。俺は「まぁな」と答えた後、
「俺ならセツナの実力をある程度見極められて、且つ勝利までもぎ取ろうとするなら、セツナの弱点であるMPを突いた持久戦を行うだろうな」
「主様が仰る方法は、この『呪怨霊・サダキリコ』を用いたものでしょうか?」
俺の言葉を受け、羊皮紙の一覧に綴られている『霊獣』の中から、一体を指で示すセツナに、俺は「その通り」と頷く。
呪怨霊・サダキリコ
ランク「2」 コスト:MP「5」&MP「2」点/ターン 対象:接触 抵抗:消滅
効果:
〈蝕む怨嗟〉:〈憑依〉した対象の現在MPを毎ターン「2+1d6」点減少させる。
〈精神障害〉:術者と対象の現在MP値を比べ合い、低い方の達成値を「5」点減少させる。
〈シャーマン〉のランク2で契約できるデバフ『幻獣』――サダキリコ。正直使える場面が限られすぎていて、マイナーどころじゃない『幻獣』ではあるのだが、ことセツナに対しては無類の強さを発揮すると言って良い。ちなみに見た目は人型ではあるが、分類は『英霊』ではない。まぁ怨霊が『英霊』と呼ばれるには少し抵抗があったのだろうな。
『確かにこれならセツナの弱点を突けるだろうが……そううまくいくのか?』
「少なくとも拳で殴り合うよりは勝算があるかな。セツナは呪い属性は防げないし、一度でも抵抗を抜けば、後は耐久の問題だからな」
模擬戦開始の時点でセツナの現在MPはウォーガルドの現在MPよりも下回っていた。この時点で抵抗を抜けるかどうかはほぼ半々。ウォーガルドが最大強化されるナルガザルダ〈憑依〉状態で、彼の近接攻撃が当たる確率もデバフ含めてほぼ半々。それを4~5発当てれば勝利、と言う条件より、1度でも決められれば勝利が近づくこちらの方が勝算は高いだろう。
「もしウォーガルドがサダキリコと契約していなかったとしても、準備段階で20分もあれば可能だろう。そして回復手段を多量に用意しつつ、グラガリアを多用し続ければ、凡そ1分でセツナのMPは尽きる。セツナの手札を曝け出させる意味でも、一番理に適った手段だと思うぞ?」
「あたしもカイル君の意見に賛成ね。最も、ウォーガルドがこんな搦め手を思いつくとは思えないのだけれど」
アーリアの賛同の声に、俺は苦笑いを浮かべながら「どつき合いが好きそうですからね」と続く。あの手の奴は殴り合ってなんぼ、みたいなところが大いにある。
「ですね~。こ~言う思考は~、ナップくんの~役目~ですからね~」
「あー、やっぱりか。彼、搦め手とか好きそうだもんな~。技能構築から見てもさ」
“妖精の護り手”リーダーである『亜竜族』の少年。彼の技能構築は、力こそが全てと言える『蛮族』側からすれば異例ともいえる、完全に補助寄り――メイン技能ではなくサブ技能主体で構築されていた。
近接戦闘技能を持たず、かといって魔法攻撃技能もない。味方をサポートすることのみに特化した構成。すべてのステータスが平均して高い『亜竜族』でこれをやるとすれば、思いつく戦闘スタイルは1つしかない。
「やっぱり~、カイルくんは~わかっちゃって~ましたか~」
「厄介だよねぇ。自己の力こそが正義の『蛮族』が、サポート全振りで味方強化してくるだけでも鬱陶しいのにさ。そこを潰しにかかろうとするなら〈竜化〉で補助役とは思えない戦闘能力を発揮してくるんだからさ」
そう。それは「レベル先行竜化型」と呼ばれる技能構築である。
『亜竜族』のみに許された種族スキル――〈竜化〉を主体とする構築で、スキルを使用することで自身のレベル+1のドラゴンに変身することできる。変身後の戦闘能力は〈獣化〉などと違い、レベルに対応したドラゴンのステータスに準拠する。故に変身後の強さはレベルのみが基準であり、どんな技能構築、ステータスであろうとも安定した戦力を望めるようになると言うわけだ。
レベルが高ければ高い程、強さを発揮する〈スキル〉なため、他のPCと足並みを揃えてレベルを上げていたのでは、目だった強さを発揮できない。そこで編み出された構築が、経験値が多く必要となるメイン技能系の成長を捨て、サブ技能系列で構築することで、レベルアップに必要な経験値を低くし、他PCよりも手早く最大レベルを上げていく、俗に言う『サポーター型』と呼ばれるキャラクタービルドである。
一般的な種族がこの構築を行った場合、やることを終えたら後はアイテム係か肉盾、置物にしかならない。だが『亜竜族』なら仕事を終えた後にドラゴンとして前線で活躍することが出来る。それもパーティー平均レベルよりも2つ程上でも許容されるこの構築ならば、〈竜化〉を使用することで他PCよりも「3」レベル上のドラゴンとなって活躍することが可能となるのだ。
ただまぁ、〈竜化〉スキルには1日の使用回数に制限があるし、あくまでパーティープレイ主体となるから個人の戦闘能力は限りなく低くなる。そういう意味では、普通に元から高いステータスを活かして構築したほうが扱いやすくはあるので、ある意味でロマンの域を出ない構築とも言えるんだけどね。個人的にはこう言うピーキーなやつは大好物だけども。
TRPG的考えならそれだけで済むが、現実であるこの世界で――それも個人実力主義の蛮族社会で生きいくのは大変だっただろう。かと言って『人族』からすれば不倶戴天の敵であるため、人族社会でも同じだっただろうけど。人族・蛮族社会で生きてきたにしろ、相当知恵を絞って生き抜いてきているだろうことは想像に難くない。だからこそ、
「敵に回したくはない相手だよね」
「……解析しただけでそこまで分析してしまうカイルこそ、私は敵に回したくないと思うわ」
「リルから敵に回らない限り、んなこたぁ起こらんよ。さて、最後に話が逸れちゃったけど、感想戦もこれでお開きかな?」
「そうね。時間も時間だし、ここまでにしておきなさい」
アーリアの言葉に全員が頷き、23時過ぎまで続いた歓迎会から感想戦と言うヘヴィースケジュールは完了となった。
余談ではあるのだが、
「主様、こちらの羊皮紙は頂いてもよろしいでしょうか?」
「私達も写させてもらっていいかしら。一度にはさすがに覚えきれないわ」
と3人が教材として欲しがったため、勿論、と二つ返事で渡してあげたんだけど。
「……今後の座学用に、何かしら作った方がいいかもな。あんなメモ書きなんかよりも、ちょっとした教本的な形で魔法の一覧ぐらいはあった方が間違いなくいいだろうし。明日アーリアさんとミィエルに相談しながら作ってみるか」
真剣な表情で受け取るフールー姉弟と、嬉しそうに羊皮紙を胸に抱くセツナを見て、ついついトレーナー時代の気持ちが沸き起こり、寝る間も惜しんで羊皮紙にペンを走らせてしまうのだった。
いつもご拝読いただきありがとうございます!
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あと、次話あたりから多少話が進むと思います。