第92話 セツナの感想戦Ⅱ
戦闘技能を持つ人間全てが冒険者になるわけではない。国の騎士であったり、貴族の私兵なんてのもあれば、鍛冶師であったり料理人だったり、研究者となることだってある。
当然、魔法を研究するために魔法技能を持つものが集まってできたギルドもある。それが魔導士ギルドである。
確か――魔導士ギルドに登録すれば、基本的にお金はかかってしまうものの、技能職ごとにどんな魔法が使えるのか、自分が習得する技能をどのように伸ばせばいいのか、その使い方に関する知識や技術を教えてもらうことが可能。また、ギルドに所属する高名な魔法技能者に弟子入りすることも出来る――だったかな?
正直この辺は世界観の中でも活用することがあまりなかったんだよなぁ。出してもPCの師匠が在籍している、ぐらいで。だから頭の中からすっぱり、その辺の存在が抜け落ちていたわけなのだが……。
「そんなに悩まなくても、あんたが知識の安売りをしなければ問題ないわ」
これは本格的に様々な設定を思い出さないと危ないかな、なんて考えていたらアーリア気遣うような言葉が贈られる。
「そりゃあ勿論、知識を商売道具にしようなんて思ってませんし、この手の質問はパーティーメンバー以外に答えるつもりはないですよ? 手を広げた所で、“妖精亭”に所属する冒険者まで、ですかね」
ミィエルにも一度注意されましたし、と答えれば「そうしなさい」とアーリアも頷き返してくれる。
「でも~、カイルくんの~ことだから~、カナちゃんや~ナミちゃんに~、迫られたら~教えちゃいませんか~?」
ミィエルが“希望の天河石”を例に出す。口には出さないが、その目には「色仕掛けに~屈しないですか~?」と問うているのは言うまでもない。内容は兎も角、心配してくれていることは確かなので、「気を付けるし、しても軽いアドバイスぐらい」だと返答する。
「もう厄介事は御免だからな」
「ふふ。冒険者に研究者、知識を売りにして生計を立てる高位魔法技能者。物乞い足りえる存在は五万といるわ。纏わりつかれて搾取され続けることがないよう、しっかり留意しておきなさい」
「肝に銘じておきます」
茶化すことなく贈られた忠告を素直に受け入れる。ただでさえ色々と気を回してもらっているのだ。
ただ個人的に魔導師ギルドの資料など閲覧したい所なのだが、面倒ごとが立て続けて起きている現状、しばらく見送るのがベターと言うところだろうな。
「何か~あれば~、ミィエルが~調べて~きますよ~? ミィエルは~登録~してますから~」
「ありがとうミィエル。頼り切りになっちゃうけど、その時はお願いするよ」
「い~え~。どしどし~頼ってください~」
俺の心を察したかのようなミィエルの言葉に、頭が下がる思いだ。本当、頼りになりますミィエル先生。
「アーリア様は所属されていないのですか?」
「あたし? そう言う煩わしいのには関わらないようにしてるのよ」
「マスタ~は昔~、研究内容を~、盗まれそ~になって以来~、関わらないよ~にしてるんですよ~」
「へぇ。そう言うのは何処にでもいるもんですね」
『ちなみにそいつはどう――』
興味本位で聞こうとしたウルコットだったが、心胆寒からしめんとするアーリアの笑顔に続く言葉を失くした。恐らく死よりも恐ろしい恐怖を味わったのだろうな、そいつは。
「さて、横道に逸れ過ぎたが話を戻そうか。ウォーガルドがグラガリアの防壁でセツナの一撃を凌ぎ、新たにランク4の『英霊・ナルガザルダ』を〈憑依〉、仕切り直した後だな。ちなみにこれがその時のステータスだ」
名:ウォーガルド 種族:狼人族 Lv6
命中:13(+5) 攻撃:15(+7) 防御:6(+4) 回避:13(+5) HP:46/60(+19) MP:21/36
生命抵抗:11(+2) 精神抵抗:11(+2) 魔法攻撃:9
【スキル・アビリティ】
〈組み技・投げ〉〈魔力攻撃Ⅰ〉〈乱打〉〈マルチタスク〉〈獣化Ⅱ〉〈追い討ち〉〈暗視〉〈狼人の血〉〈魔蝕の毒手Ⅰ(NEW)〉〈武器崩し(NEW)〉
【加護】
〈月女神の施し〉
「見ての通り、ナルガザルダの強力な補助を受けた状態に至れば、セツナに届きうる牙となったわけだ」
「……魔法の重要性が目に見える形になるのね。これほどの魔法があるのなら、カイルが言っていた「レベル「1」の差なんて大したことじゃない」っていうのも頷けるわ」
リルが口にしたのは、俺がガウディと《決闘》をする前に言った台詞の事だろう。巷ではレベルの9以下と10以上で豪く隔たりがあるみたいな認識だったけど、こうやって数値で見ればそうでないと言うのが良く分かることだろう。もっとも、
「その中でも『ナルガザルダ』は強力すぎるレベルだけどな。〈シャーマン〉だからこそ可能な強化魔法だな」
「本当、知らないことが敗北に繋がるのね」
「主様、セツナの攻撃をすり抜けた魔法も〈シャーマン〉の魔法だったのでしょうか?」
「あれは〈ブリンク〉って言う〈ソーサラー〉系上位職が使える魔法だな。一度限り物理ダメージを魔法によって必ず回避できるんだ。ただしウォーガルドはレベル的にまだ扱えないはずだから、【スペルカード】を使ったんだろう」
【スペルカード】は封じられた魔法を、少し多めのMP消費で発動することができる魔法道具だ。MPさえあれば誰でも魔法が使えるため、重宝するがその分値が張る。TRPG時代であれば、中身が空の【スペルカード】で2万G。封入したい魔法を扱える人材と、〈エンチャンター〉を習得した者が近くにいれば、手数料を払う形で済むが、魔法封入済みの物を購入となると、対応する魔法のレベルによって目玉が飛び出る額となる。〈ブリンク〉なら安くとも20万Gはくだらないはずだ。そんなもんを模擬戦にポンと使って見せたのだから、ウォーガルドの意地が垣間見える。
「アイテムを使うような素振りは見えなかったのですが……」
「それはあいつの持っている装飾品によるんだろうな。そこは俺も知らない手法なんだが――アーリアさんとミィエルは教えてくれたりは?」
「本来なら答えるのはマナー違反なのだけれど」と、溜息交じりにアーリアは前置きをして教えてくれる。
「カイル君は見当が付いているみたいだけど、察しているように迷宮産の【遺物】によるものよ。所持者は今のところあの子だけ。効果等は本人から直接聞いて頂戴」
「【遺物】でしたか。てっきりアーリアさんの作成物かと」
「いくらあたしでもあれと同等品を造るのは難しいわ」
であるならば劣化・模造品なら可能という事でしょうかね? と話を膨らませたいところだが、そうなると収拾がつかなくなりそうなので「その辺りの話は後程詳しく伺います」と一旦流す。
「話を戻すぞ。先程でた魔法――〈ブリンク〉は、習得者ならほぼ必ず使ってくる魔法だから覚えておくと良い。特にセツナは現状、物理攻撃主体となるからね。1度とは言え、必ず回避される魔法があることは把握しておくこと」
「はい!」
良い返事に笑顔で頷き返し、その後ウォーガルドの〈武器崩し〉からの〈追い打ち〉。セツナの反撃から体勢を崩してからの、〈ハイドウォーク〉による認知外からの〈全力攻撃Ⅱ〉による一撃。決着に至るまでの流れを振り返った。
当然ここに至るまでにセツナの発言――俺が「セツナに歯を突き立てる」ような行為(勿論そんなことはしていない)――には一切触れさせず、総括へと入っていく。
「最後の死角からの攻撃は見事だったし、全体を通して模擬戦の動きは良かったと思う。結果勝利を収められたしな。ならセツナ自身が言ったように、知識・経験不足を補う以外、他に注意すべき点はあるかな?」
「ミィエル的には~、自動回復が~あると言って~、常時〈限界駆動〉は~控えた方が良い~かと~」
ミィエルの言葉に、確かに、と俺は頷く。
結果として自動回復込みで毎ターン「1」点のダメージと置き換えられるが、回復されるまで最大HPの1割は減少したままになることに変わりはない。TRPGと違いターン制ではないわけだから、相手の瞬間火力等不明な場合、確かに危険度は増すか。
忘れがちだが、セツナは“バトルドール”だ。、HPが「0」点を下回れば気絶ではなく、素体に戻ってしまう。復帰するための時間もかかるため、万が一にもHPを失くすような真似は避けたい。
「俺やミィエルみたく、相手の情報をある程度詳細に解析できる相方がいる場合は常時発動でも構わない。だがセツナ1人で戦闘を継続しなければならない場合や、戦闘が長期化される場合は控えるべきだな」
「そこは状況に応じてね。短期決着が望ましい場合、対カイル君のように使用しなければ話にならない場合もあるから」
「俺や“キャラハン”のような高レベルが立ちはだかる状況、なんてあまり考えたくないですけどね。セツナは様々な状況に想定したイメージトレーニングもしていこうか」
「かしこまりました」
模擬戦として考えた場合はこのぐらいだろうか。
「よし。ではこれが模擬戦ではなく、実践だった場合はどうするのが一番だっただろうか?」
視線をセツナに向けると、セツナは頷いて「初手から全力で叩きます」と答える。
「敵の情報が不明瞭であるため、何が起こるかわからない状況を長引かせるのは得策ではないかと。ですので、セツナのもつ最大限の攻撃で早期無力化を図ります」
「ですね~。セっちゃんの~最初の一撃を~、ナイフを捨てて~【グレ~トソ~ド】の攻撃に~変えれば~、ガルちゃんを~瀕死近く~まで~、追い込め~ますからね~」
「リルやウルコットはどう思う?」
「私がセツナちゃんでも同じだと思うわ。相手の土俵に立つ前に終わらせるのが一番だもの」
『敵に何もさせないことこそが、最善だからな』
頭の中で同様の状況をシミュレーションしてみる。
【ミスリルナイフ】を構えてからの初手、背後から【グレートソード】による攻撃。『グラガリア』の防壁をも突破、凡そ致命の一撃でもなければ、ウォーガルドのHPは「15」点前後残ることだろう。だが返す刃による追撃で終わらせることが出来るだろう。無論決定的失敗は怖いところだが、余程重ならない限りセツナの敗北はないだろう。
「うん、俺も同意見だ。ならセツナ側から見た場合はそれでいいとして、今度はウォーガルドの視点でセツナをどう打破すればいいかを考えてみようか」
『ん? 相手側視点からも考えるのか?』
「そうだぞ。負けたウォーガルドからも学ぶことはあるし、彼が見えていなかった視点を検討することにより、俺達にも見える景色が変わることがある。状況に応じた最善手は何か? この場の悪手とは何か? 考え、積み重ねることは今後に役に立つからね」
「例え技能やレベルが違っていたとしても、知識として増やすことにより、もし私やウルコットが似た状況に陥った場合、想定や対応手段が増えることにも繋がる。そう言うことよね?」
リルの説明に俺は「その通り」と頷き、ウルコットも得心が言ったのか「成程」と頷いた。
「以前主様が行った《決闘》に関しても同様に考察され、大変勉強になりました」
「セっちゃ~ん……あれは~、参考に~ならないよ~? 消耗品が~、かかりすぎだよ~」
「そうでしょうか? あの後アーリア様にもご教授頂いたのですが、やろうと思えばやれるレベルだったかと。セツナもミィちゃんが賭けられているのなら、間違いなく実行致します」
「っ!? セっちゃんまで~何を~言ってるの~!?」
わたわたしだすミィエルにを横目に、リルが「どんな話したの?」とワクワクした面持ちで身を乗り出す。また横道に逸れそうなため、俺はさらっと新たな羊皮紙にウォーガルドが扱える魔法を追記した上で、
「その話は後でな? さ、ウォーガルドが使える魔法を追記したから、もし俺達がウォーガルドだったなら、どうセツナを攻略するか考えてみよか」
★ ★ ★
魔法名と簡単な効果が記入された羊皮紙を見ながら、アーリアは「あんた、どこまで魔法の知識があるの?」と尋ねてくる。取り合えず「一通りは」と答え、あとでその辺りも確認したいと伝える。なんせ俺は戦闘関連の魔法は兎も角、ミィエルが使ったような〈ウォッシュ〉なんて魔法を知らないからな。あれがどういった系統で俺も使えるのかは是非確認したい。便利だからね!
「セツナの時は事前情報を絶って臨んだが、彼にはオリヴィアの助言が入っていたため、事前準備を十全に行える状況にあった。それを踏まえたうえで、セツナ、リル、ウルコット。自分達ならどうするかを考えてみてくれ」
「別々じゃなくて、3人で考えていいの?」
「これからパーティーを組むんだし、お互いにどんな考えに至るのか、知っておくのもいいだろう?」
『それもそうだな』
せっかくだからこれからパーティーを組む3人で考えるよう促してみる。ランクが上がるまでは3人で行動するわけだし、こういったことからでも共同作業をとるのは良いことだと思うしね。
「主様、魔法は把握いたしましたが、消耗品に関してはどのように考えればよろしいですか?」
「そうだな。市場に販売されているものなら制限はなしとしよう。逆算してウォーガルドが使っただろうアイテムも記しておこうか」
「後できれば筆記用具もお借りしたいのですが」
「いいぞ」
「ありがとうございます、主様! リルさん、ウルコット様、宜しくお願い致します」
追加情報を記した羊皮紙と共に、筆記用具もセツナに渡す。早速3人で集まり、実際に見た模擬戦と先程までの話を統合して相談を始める。「質問があれば受け付けるからな」と言えば3人とも頷き、自分達が考えうる限りの案を出し始めた。その中にはウルコットに対し、セツナが未だ「様付」なことをリルが必要ないと断じられ、少々肩を落とす様子が見られたりした。気持ちはわからんでもないがね。
「なら~、追加の飲み物を~お持ちしますね~」
「俺も手伝うよ」
「じゃあ~、コ~ヒ~は~、カイルくんの~担当で~」
「了解。ついでにちょっといいか?」
ただ3人の相談が終わるまでの時間、ぼーっとしていても仕方がないので、ミィエルの手伝いながら俺もミィエルとアーリアに相談を持ち掛けることにした。
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