第91話 セツナの感想戦Ⅰ
いつも通り、話が、進まない……です。
「お待たせ。じゃあ感想戦と行こうか」
コーヒーを配り終えた俺は、ついでに部屋から羊皮紙とペンも持ってきてテーブルの上へと広げる。そこにさらさらとセツナの情報と、ウォーガルドの情報を書き込んでいく。勿論、見慣れないリルとウルコットにもわかりやすいように注意して。
「これが模擬戦を始める前の状態。で、こっちが模擬戦中に変化したウォーガルドのステータスな。もしかしたら俺の記憶違いもあるかもしれないんで、アーリアさんとミィエルは先に確認してもらえますか?」
書き終えたステータス表を2人に先に回せば、
「……たぶん~、間違いない~です~」
「今日の事とは言え……あんた、他人のステータスどころか、〈スキル〉や〈アビリティ〉も完全に覚えているの?」
「まぁ俺自身興味もあって、注意して見てましたし。食指が動くものは大抵覚えてますけど……」
「そう言えば今日あんたを襲撃した奴らの名前とレベル、技能職までほぼ完璧にギルドに提出してたわね。30人分ぐらいだったかしら?」
「そりゃ解析判定しましたし、それぐらいは覚えてますよ。さすがにステータスの詳細までは覚えきれませんが」
名前だってフルネームでは覚えていない。ただ、高々34体分の敵性MOBを軽く把握するぐらいなら、GMやってれば割とできるようになるもんなんだけどなぁ。
ただそう思っているのは俺だけのようで、ミィエルは何やら空恐ろしいものを見る様な眼差しになり、アーリアに至っては呆れを通り越して気持ち悪いものを見る様な視線になっていた。
「つかアーリアさんもミィエルもそれぐらい普通にできるでしょ? なんで俺だけ化け物を見る様な目で見てるんですか?」
「さすがに~ミィエルでも~、30人は~、ちょっと~……」
目を逸らしながら言い訳を呟くミィエル。でもね、君は間違いなく出来るでしょ? 冒険者ギルドで囲まれたとき、誰がその場にいたか諳んじれるぐらいの記憶力でしょ、君は。
「あたしはウルコットの代弁をしたまでよ」
『ちょっ!?』
そして悪びれもなく罪をウルコットに擦り付けるアーリア。とても楽しそうな良い顔ですね!
はぁ……正直ちょっと傷ついたので、セツナが向けてくれる尊敬の眼差しで心を癒すこととする。
「カイル、あなた〈瞬間記憶〉や〈絶対記憶〉のアビリティ持ちなの?」
「そんな便利なアビリティ持ってないよ。あったらほしいとは思うけど」
リルの指摘に俺は首を振る。存在するなら是非習得したいところだが、ステータスを確認してもそんなアビリティはなかったと思う。
「取り敢えず俺の記憶力に関してはこの際置いておくとして、まずはセツナの反省点からな。セツナ、もう一度模擬戦での反省点を言えるか?」
「はい。セツナには経験も知識も足りず、予測がセツナの想定を超えてしまいました。特に魔法に対しての知識は、早急に修めたいと思っております」
「セツナの言う通り、魔法に対する知識は必須だな。セツナだけに言えることじゃないけど、魔法ってのは理不尽の塊だからな。どれだけ回避技術に優れ、防御能力が高くても、確実にダメージを与えてくるのが魔法だ。どんな魔法があり、どの技能職がそれを扱えるのか。知っているのと知らないのとでは雲泥の差となる」
特にセツナの場合はHPよりもMPを削ってくる魔法の方が致命傷になる。〈再生〉のおかげでHPはまだ何とかなるが、MPは他者から譲り受けなければ回復しない以上、セツナ最大の弱点と言える。
「少なくとも基本と上位魔法職が扱う魔法全般は覚えておきたいところだな。ただ、それは後で補足すればいいことだから、今は置いておこう。今回はウォーガルドに焦点を当て、行使した魔法、スキル、後は種族と職ごとの特色を踏まえながら振り返ってみようか」
「はい! よろしくお願いいたします」
真剣な表情で頷くセツナ、次にリルとウルコットも頷いたことを確認し、俺は全員に羊皮紙が見えるように置きながら話を始めた。
★ ★ ★
名:セツナ 種族:魔導人形 Lv11
命中:15 攻撃:11 防御:11 回避:14 HP:46/46 MP:31/48
生命抵抗:14 精神抵抗:15 魔法攻撃:0
【スキル・アビリティ】
〈ハイドウォーク〉〈イニシアティブアクション〉〈状態異常無効化〉〈ソードマスタリーⅡ〉〈クロースマスタリーⅡ〉〈魔力貯蔵〉〈能力換装〉〈限界駆動〉〈全力攻撃Ⅱ〉〈薙ぎ払いⅡ〉
【装備】
ミスリルナイフ
マンゴーシュ
ミスリル製グレートソード+1
白銀のフランベルジュ+1
マギカハーミット
名:ウォーガルド 種族:狼人族 Lv6
命中:9(+1) 攻撃:10(+2) 防御:4(+2) 回避:9(+1) HP:51/51(+10) MP:36/36
生命抵抗:9 精神抵抗:9 魔法攻撃:9
【技能】
グラップラーLv5
ソーサラーLv5→シャーマンLv1
スカウトLv4
レンジャーLv4
エンハンサーLv5
アルケミストLv3
【スキル・アビリティ】
〈組み技・投げ〉〈魔力攻撃Ⅰ〉〈乱打〉〈マルチタスク〉〈獣化Ⅱ〉〈追い討ち〉〈暗視〉〈狼人の血〉
【加護】
〈月女神の施し〉
【装備】
スチールセスタス
スチールブーツ
ラバースーツ
「これが模擬戦スタート時のステータスと装備だ。ちなみにこの時点で、俺からセツナにウォーガルドの情報は何一つとして伝えていない。確認だが、セツナはこの時点でウォーガルドの情報は解析出来ていたか?」
あの時俺は、セツナが助言等を自ら求めない限り、何一つとして手助けをしていない。理由は模擬戦だったってのもあるけど、セツナには未知の相手でも自分で考えて戦ってほしかったからだ。冒険者ランクが上がるまでパーティーを組めない以上、常に俺頼りになられては、いざと言う時に後れを取ってしまうことに成り得るからね。
一応セツナは〈セージ〉レベル「2」相当の実力はあったはずだから、判定次第でウォーガルドのステータスを把握できていたはずだ、と思い質問を投げかけたのだが、セツナは首を振って否定する。
「いえ。残念ながら主様のように正確に把握することはできませんでした。感覚的に、負けはないと思っていた程度でございます。それに今こうして拝見させていただいても、知らないスキルやアビリティもございますし、把握できたとしてもセツナの対応は変わらなかったかと」
ふむ。セツナの返答的に、素直に解析判定に失敗したのかな? と思う。それか隠蔽による対抗判定に敗れたか。ただ、解析判定にさえ成功してしまえば、〈スキル〉や〈アビリティ〉は意識を収集すれば解るはず……なんだけどなぁ。
「……わかった。なら当初と同じウォーガルドのステータスを把握しきれてない状況下、で振り返ろう。まず一つ目の質問だ。セツナは武器の選択を【グレートソード】でなく【ミスリルナイフ】にしたのか教えてくれるか?」
「はい。本来であれば未知数の敵性体に、初手から全力で行かないのは悪手かと存じます。ですが、あくまで模擬戦であることと、以前主様が仰っていた戦術を試してみたいと思い、長剣ではなく小刀を選択致しました」
ん? 俺なんかセツナに言ったっけ?
はて何のことやら、と頭上に疑問符が浮かぶ俺に、ミィエルが俺の失われた記憶を補完するように補足してくれる。
「セっちゃんが~カイルくんと~同じ~よ~に~、【ウェポンホルダ~】を~、しようとした~ときに~、お願い~した~やつですね~」
「はい。セツナが【大剣】を使えることを隠すことで、虚をつくことが出来ると仰っていましたので。折角の模擬戦ですし、実践してみようかと思いまして」
あー……あーっ! 言ったわ、確かに! セツナの装備を整えてる時(第41話)に言ったわ!
「へぇ。だからわざわざ使いづらい【ストレージブレスレット】なんて使っていたのね。あたしはてっきりあんたとミィエルの趣味かと思っていたわ」
「それは~間違ってない~です~!」
堂々とない胸を張るミィエルに、アーリアは呆れながらもやったことに関しては肯定した。
「セツナちゃんの見た目も利用したわけね。良い手段だと思うわ」
「はい! 主様の狙い通り、意識の隙を突くことが出来ました!」
「さすがは主様です!」と再び尊敬の眼差しが向けられ、俺は頬を掻いて苦笑いを浮かべる。確か俺はあの時、どちらかと言えば大剣を背負った美少女の方を推してたからな。褒めるならミィエルを褒めるべきだと思うぞ?
「俺よりもミィエルの手柄だけどな。ただ目聡い者が見れば、【ストレージブレスレット】の時点で予測してくるから、全員が全員引っかかるわけじゃないってことは留意しておくように」
「それでも相手の意識を割くことは出来るわ。さすがカイル君。普段から息を吸うように騙し討ちをするだけあるわね」
「本当、あんたはエグいわね」と俺へ人聞きの悪いことを投げかけるアーリアに、思わず俺の眉間が寄る。
「なんですか、騙し討ちって?」
「無自覚って怖いわね。今までのあんたの戦い方そのものを言っているのだけれど」
「今まで……?」
思い返してみてもさっぱりわからない俺が首を傾げていると、ミィエルが苦笑いを浮かべて答えを述べてくれた。
「カイルくんが~、普段から~これ見よがしに~剣を4本も~佩いているのに~、《決闘》でも~一切~剣を抜かなかったじゃ~ないですか~」
「加えてウェルビーとの戦闘でも抜かなかったわよね?」
「……そう言われると、そうですね」
対人戦で試したいことが多いにあったために、決着が直ぐついてしまう剣を抜かずに戦ったのは確かだ。足に装備している【ソードスパイク+1】も刃の部分は出していない。
「さすがにミィエルとセツナちゃんとの模擬戦では抜いていたけれど、公式の場であんたが剣を振り回しているの、あたし見たことないのよ」
先程30名以上に囲まれた時は剣を使っていたのだが、アーリアが見ていたわけじゃない。成程、
「だから“騙し討ち”なんですね」
ようやく納得がいく答えを得られた俺は大きく頷くのだった。
言われてみれば確かにそうなのだが、別に悪いことをしているわけじゃないし、気にすることでもないな。
「まぁ俺の事は置いといて。セツナがナイフを選択した理由は解った。じゃあ続きだ」
先手を取ったセツナが、ウォーガルドの首へ【ミスリルナイフ】を突き立てるも、彼の防御力に阻まれる形になった。ここで〈獣化〉スキルを使われた事により、セツナの攻撃は彼のHPを削るに至らなかった。
「〈獣化Ⅱ〉の効果により、物理攻撃に対して「6」点の耐性のおかげでセツナのナイフが通りづらくなっていたのですね」
「そうだ。【ミスリルナイフ】には特殊な加工は使われていないからね。まぁ、結果としてウォーガルドに『セツナの攻撃は大した事が無い』と刷り込ませることが出来た。上々の結果と言って良いだろう」
「その後~ガルちゃんが~、〈ブラストフレア〉~を選択したのも~、悪手でしたね~」
「本来なら常套手段なんだけどな。セツナの装備と、彼自身が持てる最大火力を考えたら、MPの無駄でしかなかったな」
【マギカハーミット】のおかげで魔法ダメージを「6」点まで軽減できるセツナに、レベルで劣るウォーガルドが魔法攻撃を選択するのは残念ながら間違いだ。結果、セツナに通ったダメージはわずか「2」点程度。怯むことすらない。
そしてダメージの通らなかった初撃と爆炎が良い目くらましとなり、ウォーガルドはセツナの【グレートソード】による一撃を受けることとなった。
「ここでウォーガルドは〈ソウル・ポゼッション〉で凌いだわけだが……本当『グラガリア』は強いよな。さすが〈シャーマン〉が扱う霊獣の代表格だわ」
「主様。あの見えない壁は、そのぐらがりあ? と言うものだったのですか? どのような魔法なのでしょうか?」
「あぁ、端的に言うと消費したMP分〈憑依〉した対象のダメージを軽減する防御魔法さ。最大で「15」点分のダメージを確定で軽減できる魔法さ。防御系の魔法は数多くあるけど、Lv6で1回のダメージに対してこれほどの防御能力を持つ魔法はないからね」
「同じ~レベル帯で~使える~、〈フェアリ~テイマ~〉が扱える~、防御魔法でも~、最大~「5」点が~いいところ~ですね~」
「とても強力な魔法なのね。でも、それだと皆〈シャーマン〉を目指さないのかしら? 適性の問題を加味しても、目指す価値があるように思えるのだけれど」
俺とミィエルの説明にリルが疑問を口にする。ウルコットも同じ考えのようだ。だから今例に出た防御系の魔法と、一般的に使われる他の魔法を羊皮紙に書き連ね、比較できるようにする。
〈プロテクション〉:消費MP「3」。〈コンジャラー〉の防御呪文。特定属性を除くダメージを3分間「1」点軽減する。
〈ガードストーン〉:消費MP「5」〈フェアリーテイマー〉の防御呪文。1度だけ物理ダメージを「5」点軽減する。
〈シールド・エンチャント〉消費MP「2」:〈ソーサラー〉の防御呪文。3分間、物理防御力を「1」点上昇する。
〈ブロッキングハード〉:魔石消費。〈アルケミスト〉の防御魔法。3分間、魔石の等級に応じた数値分、防御力を上昇する。
〈ソウル・ポゼッション『グラガリア』〉:消費MP「5」+追加MP&継続で「2」点。〈シャーマン〉の防御呪文。追加MPを含め、最大「15」点の物理ダメージを軽減する。
「代表的なものはこんなもんだな。大体の魔法は行使する際にMPを消費して、継続時間は変わらない。だが、〈シャーマン〉は性能が高い分、消費MP量が多いんだ」
『なるほど。燃費が悪い分効果が高いんだな』
「燃費だけじゃないぞ? 〈シャーマン〉の魔法は低射程であり、他魔法と違って複数同時対象ができないって弱点があるからな。割と扱うのは難しいんだぜ? 消費MPもそうだが、普段使いで考えると盾役がしっかりと装備を整えておけば事故は起こらないからな」
「強力だからと言って取り回しがいいわけじゃないのね。使いどころは迷宮や突発的な遭遇で、自分たちより高いレベルの相手が現れた時。または1人で多数の敵をひきつけなければならない時の保険、ってところかしら。他の補助魔法では焼け石に水な相手の攻撃を受け止められるのは大きいわ」
「ですね~。セっちゃんみたいに~、一撃の火力が~高い~相手に~、と~っても~有効ですね~」
「主様。他に〈シャーマン〉が扱う魔法は、どのようなものがあるのでしょうか?」
セツナの質問に俺は「興味を持つことは良い事だが、今は模擬戦の振り返りがメインだからな?」と前置きして、別の羊皮紙を取り出し、〈シャーマン〉が扱える低ランク且つ有用な契約を記載していく。
「〈シャーマン〉が契約できる数多の『英霊』『霊獣』中でも、取り合えず契約しとけってのが、この4柱だと言われてるんだ」
今回ウォーガルドが使ったランク「2」の『霊亀獣・グラガリア』で防御力を。
ランク「1」の『霊鳥・ホロフルオウル』で命中力と暗視を。
ランク「1」の『幻虎・キュロゥン』で攻撃強化を。
最後にランク「2」の『白蛇姫・イルル』で魔法防御と状態異常耐性を。
「対費用効果、契約できる時期を考えると、この4柱さえ使えれば大抵の状況に対応できると言われてる、言わば“鉄板”の契約先だ」
「鉄板? 手堅いってことかしら? なら、〈シャーマン〉は大体この子達と契約をしてるものなの?」
リルの疑問に「鉄板の意味は間違ってないよ」と頷くも、俺は苦笑いを浮かべて補足する。
「自信満々に言っておいてなんだが、あくまでアルステイル大陸じゃそうだった、と言う注釈が入るな」
ついついTRPG時代の感覚で口に出してしまったが、ウォーガルドが使用した『ナルガザルダ』のように、俺の知らない契約先もあるわけで。と考えると、『グラガリア』がいたからと言って他の契約先があるとも限らない。しまったなぁ、と思いつつも視線をアーリアとミィエルへ向ける。
「ビェーラリア大陸では俺の知らない契約先もあるし、アーリアさんとミィエル頼りになるんだけど、どうです?」
「その前にカイル君に訊いておきたいのだけれど、なぜその4柱を提示したのかしら?」
「先も言った通り、費用対効果が優れている点と、〈シャーマン〉はどうしてもレベルが上がらない限りランクも契約数も制限されますから、〈シャーマン〉Lv1で契約できるランク「2」以下である点。後はどんな職と組み合わせても腐ることがないと言うのが最大の理由ですかね」
俺の記憶ではランク「1」で契約できる『英雄』『霊獣』は8柱、ランク「2」も同数で計16柱。その中でも汎用性――つまり自分に〈憑依〉てもいいし、他者に〈憑依〉ても高い効果がえられるのがこの4柱である。言うなれば迷ったなら取り合えず契約しとけ枠だ。
「もしやこっちの大陸だと契約できないのが居たりします?」
「いいえ~。問題なく~契約できますよ~。ただ~……」
「だた?」
「その知識はあまり公にしない方がいいってことよ、カイル君」
「……どういうことです?」
どうやら俺の知識は間違いではないようだが、何やら雲行きが怪しい雰囲気だ。「わからない?」と視線で窺ってくるアーリアに、俺はLOFの世界観を改めて思い出す。確か冒険者ギルド以外にもそれぞれの技能職に対するギルドがあったから――
「あー、もしかしてギルドの既得権益関係ですかね?」
「えぇ。こと魔法技能職に関しては、魔導士ギルドの存在は大きいのよ」
頷いたアーリアに、あぁそう言うことか、と俺も納得したように頷いた。
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