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第8話 エルフと月光の夜会話

 持っていた荷物から〈ポーションクリエイト〉を試しまくってできてしまった産業廃棄物(ゴミ)巾着(マジック)バッグへと仕舞い、お招きに預かった夕食へと参加する。


 それはもう今までの食事――携帯食料の雑炊とは比べ物にならないほど豪華なものだった。兎肉の香草焼きや鹿肉のステーキ、熊鍋に後これは、何の肉だ? え? これ”ジャイアントヴァイパー”の肉なの? あれ? 会話の流れ的にやべぇと思って遠慮したはずなのに……



「確か遠慮したはずなんだが……」


「ははは! まぁ騙されたと思って食べて見てはくれませんかな? 言ってはなんですが、妻の料理の腕は確かですよ」


「それは疑うどころか二つ返事で賛同させていただきますが……ではせっかくですし」



 いただきます。一度手を合わせてから、ナイフで切って一口……美味いじゃん! 触感は厚切りの牛肉に近い感じ。味は鶏に近いかな? うん、美味い!



「美味しいです」


「ははは! 気に入ってもらえてなにより」



 いやーまじで美味いわ。ひたすら雑炊雑炊雑炊だっただけに余計に。こりゃ料理技能取得したくなるなぁマジで。でもフレーバーに経験値使っていいのか? まぁそんなのは後だ。食べれば食べるほど空腹を覚えるなんて久しぶりな感覚に、マナーが悪くならない程度にしっかり食べる。


 そしていくらか食べて少しの食休みの期間に、俺の記憶――主にPL(プレイヤー)の時に行ったセッション――に残る冒険譚を披露する。

 これでもGM経験は豊富なのだ。吟遊上等で俺は今までのセッションを語っていく。


 ある時は魔族の幼子を保護したら、アンデッド化したドレイクとの戦いだったり。


 ある時は国1つ蔓延るアンデッドの討伐であったり。ある時はアンデッド化したドラゴンの討伐だったり。過去のLv20越え(化け物)と戦ったこともあったなぁ。しっかし、アンデッドとの戦いが最も多いなこのキャンペーン。


 ちなみに俺がGMをやるとシナリオ内容は大抵謎の組織にいちゃもん付けられるか、国のお偉いさんと関わりを持ってしまうか、宗教戦争に巻き込まれるかである。なぜかって? 好みの問題だ。あとはこのカイル(キャラクター)の初期設定上絡ませ易いと言うのも理由の一つでもあるのだけど。



 食事も語りも程よい頃合い。最後に果物と気分が落ち着くハーブティを頂き「ご馳走様でした」と手を合わせる。



「それはそちらの大陸の習慣ですかな?」


「いえ、俺の故郷の習慣です。恐らくやっているのはそうそういないと思います」


「どんな意味がるの?」


「この食事を用意してくれた方々に最大限の感謝を込めた言葉、ですかね」


「もしかして同じように食事前の手を合わせて呟いてた『いただきます』も?」


「はは、聞かれてたのか。いただきますは『あなたの命を私の命に代えさせていただきます』と食材に感謝を込める意味だったかな。これも俺の出身地でしか言わないんじゃないかな」



 多分(カイル)の村では言わないかもしれないけど、日本人の俺としてはついやっちゃうんだよね。うん、嘘は言ってないぞ嘘は。

 感心するように頷くバファトとリル。どうやら日本人の心はエルフにも響くらしい。すごいな和の心。



「では私も習うとしよう。『ごちそうさまでした』」


『ごちそうさまでした』



 エルフ語でも言えるんだな、ご馳走様って。心なしか嬉しそうな笑顔を浮かべるバファトの奥さんを見て、やっぱり感謝って大事だよなぁとしみじみに思う俺だった。







★ ★ ★








 最後にもう一杯ハーブティを貰った俺は屋根裏部屋に戻り、借りた寝具を床に敷く。屋根裏部屋なのでベッドはないが、薄くともちゃんと布団があるだけで幸せだ。なんせここ数日ずーっと木の枝で寝ていたからな!

 STMも満足のいく食事だったためか78まで回復している。もしかしたら満腹度ならぬ満足度なんかも含まれてるのかもしれないな。だとすれば、しっかりとした寝具で寝られるなら、朝にはより回復しているのかもしれない。とりあえず街についたら寝具とテントは絶対に買おう。



「でもそれだとCON(コンディション)の方が辻褄合いそうだけど……まぁいいか」



 時間を確認すれば、もうすぐ午後9時に差し掛かるところだろうか。LOFでも午前午後がある24時間制だったはずだから、認識も間違ってないはずだ。

 〈ポーションクリエイト〉でMPをほぼ60%消費してしまっている現状、あまり無理もできないのは確かだが、気になることがあるので一度森を巡回したいのだが……どうしたもんか。


 胡坐をかいて唸っていると、床をノックする音が響く。振り返ればリルが屋根裏部屋に上る階段から顔を出して「ねぇ、ちょっと散歩しない?」と誘ってくれたのだ。抜け出す理由ができてラッキーと思いと、また俺なんかフラグ建てたかな、と言う思いを抱えながら了承する。


 昼と違って静かなフレグト村を二人で歩く。



「弟に見つかったらまた喧嘩になるんじゃないの?」


「姉に逆らえる弟なんていないのよ、カイル」


「さいですか」



 他愛もない話をしつつ、リルに促されるがまま、星が満天に輝く夜空をゆったりとした足取りで歩く。俺達は村を出て森に入り、しばらくすれば俺が辿ってきた川縁に到着する。


 1人で人肌を求めて彷徨っていた時には何の感慨も感じなかったが、今日は美味い夕飯を食べたうえで隣にはエルフの美少女がいる。これだけでもう雰囲気ばっちり。何も考えず勢いで告白できそうな感じだ。よーし、雰囲気に流されるように臭いセリフでも言って――



「ねぇカイル。あなた――この村に住まない?」



 ――はい?

 俺の意識が固まる。今の今までリルをからかってみようかな、と思っていたら逆に告白されたでござる。



「どう? 冒険者じゃなくて、フレグト村の住民になってみない?」


「……えーと、もしかして俺プロポーズされてる?」


「ぷろぽーず? って何?」


「結婚を前提とした告白」


「…………ぷっ、あははははは!」



 俺の言葉に目を丸くしたリルだったが、一呼吸の後お腹を抱えて笑い出した。どうやら先手を取られ、からかわれたのは俺らしい。

 はぁ、と思わずため息が出る。リルは目元に浮かべた涙を拭いながら「違う違う」と言葉を続ける。



「いくら何でも出会って1日もしてないのに結婚だなんて飛躍しすぎよ」


「おいおい、こんな雰囲気良いところに2人きりで呼び出されれば、思わずそう思っちゃうぞマジで」


「雰囲気って、見慣れた星空と静かな森じゃない」


「……どうやら認識の齟齬がとても激しいようで」



 リルからすれば見慣れた風景。言ってしまえば庭先のようなところだ。確かに雰囲気など感じるものではないだろうね。



「それに私、婚約者がいるもの。浮気なんてもってのほかよ」


「いや知らねーし。つか婚約者いたのか。どんな人か訊いても?」


「優しくて立派な人よ。村長の息子さんでね。皆から尊敬されてて、村長よりも優れた神官なのよ。確か今は神殿で司祭を務めてるはずよ」


「司祭か。それは凄い」



 成程、バファトの息子さんか。すげぇ年齢離れてそうだけど、長寿のエルフだと気にならないのかもな。しっかしバファトと同じで『秩序と平和を司る神・マイルラート』の神官かぁ。話に聞く限りだとレベルも高そうだな。


 正直言って俺はマイルラート信者――主に高位の神官ほど良い印象を持っていない。『秩序と平和を司る神・マイルラート』は『秩序』の神々の代表であり、その勢力圏は大陸全土に及ぶ。簡単に言えば『秩序』の勢力で最も信仰されている神様だ。

 多少なりとも発展した街であれば必ず神殿が建てられるほど。神殿の勢力争いでも信者の数がものを言うのだから、宗教間で最も強い発言力を持っているのもマイルラート信者の特徴だ。まぁ一応国によっては国教を別の神様にしてるところもあるのだけど。


 さて、では『秩序と平和』を主題とした神様をなぜ俺は良い印象を持っていないのか? 一言で言えば全部「俺の所為」だ。


 LOFのGMをやる上で必ず回復役(ヒーラー)として〈プリースト〉を選択するPL(プレイヤー)は存在する。役割分担ってやつだね。アタッカー、タンク、ヒーラー。とりあえずこれらがいれば戦闘はバランスよく行えるし、GMも大変助かる。


 いやほんと、キャンペーン開始したら全員が前衛っていう、殺られる前に殺るPTはバランス調整大変なんだよ。ちなみにカイル()が参加したキャンペーンなんだけどね。


 さて、〈プリースト〉は自分が信仰する神様を自由に選択できるわけだが、今まで、このキャラクターカイル・ランツェーベルが参加するキャンペーンまで、『マイルラート』を選択するPLは居なかった。


 宗教ってのは時に国家よりも権力を手にすることがある。ことそれが最大勢力の宗教団体であるならば猶更だ。そして必ずしも神官になるのは〈プリースト〉技能を持つものに限らない。金やコネクションで神官になるものも多数いるのだ。これはLOFの世界観的にもある光景だ。だから汚れた部分を内包した宗教として、『マイルラート』はとても使いやすかったのだ。


 結果としてこのキャンペーンに至るまでの間を通して、汚職に塗れた神官は俺がシナリオを作成するうえでは『マイルラート』が多かったのだ。


 いやー、「秩序」と「平和」を謳いながら裏では『秩序』『混沌』問わず、孤児院と言う奴隷育成機関を通した人身売買、封印された邪神をわざと復活させてからのマイルラート信者による封印と言うマッチポンプなどなど。

 俺がGMをやるキャンペーンで『秩序』勢力に与する神殿で最も汚濁に塗れたのは間違いなくマイルラートだろう。


 あれ? 考えれば考えるほどこれ、LOFの世界に飛ばされた俺は『マイルラート』に土下座しなきゃならない案件では? ……まぁ(カイル)の所為じゃないしノーカンだよねノーカン。


 ともかく、実は(カイル)が参加しているキャンペーンでも同様のことが起こっている。このキャンペーンはGMを交代しながら遊んでいたわけだが、他のGMも結構ノリノリで『秩序』代表の神様信者を悪の権化みたく扱った結果、まぁドロドロとした状態に持ち込まれていたりするのだ。


 まぁ引き金を引いたのは俺なんだけど。PTメンバーにマイルラート神官がいるものでね。ついついこう、ね。メンバー(仲間)をしれっと暗殺するようにマイルラート総本山から命令を出したりとかしたりしたんですよ。


 まぁそう言ったあれこれがあったがために、割と俺はマイルラート信者を警戒している。なんせ自分が創ったキャラクターで異世界転生をしているのだ。装備も、ステータスも、設定(・・)すらも同じであるとするならば。この世界ではマイルラート信者も同様の行い(・・・・・)をしていても(・・・・・・)おかしくはない(・・・・・・・)のではないか、と。


 ……どうしよう。この仮説、嫌な予感しかしない。実はリルの婚約者でありバファトの息子が裏で手を引いていて、『混沌』の勢力をも利用してこの森の奥で何らかの儀式やら、悪だくみを行っていたとしたら。それ故に森の奥にいるはずの動物たちが人里近くに現れているのだとしたら。そして村の最大戦力であるリルの両親がいない間に仕上げようとしている、なんて話だったら。


 いや、考えるのはやめよう。

 俺は頭を振って嫌な考えを排除し、半眼の表情でリルを見る。



「で、なんで俺に移住を勧めたんだ?」


「うーん、いろいろあるけど。一番の理由は信用できるから、かな」


「1日もせずに、そこまで信用されるのは大変光栄ではあるね」


「腕も立つし、何より村の人たちにあまり疎まれない人間って珍しいのよね」


「蛇から助けるまではめっちゃ警戒されてたんだが?」


「彼らは別。他の人たちに貴方、挨拶したりしてたでしょ? そう言う人間って今までいなかったから」


「ん? 行商人とか来るんだろ? 彼らなら繋がりを求めてそれぐらいしてると思うんだが?」


「あれはだめ。なんていうのかな。笑顔だけど目が笑ってないのよ。品定めするような目でみてくるから」


「取引相手としてふさわしいか、とか、嫁婿探し的な?」



 リルは首を振って手近な石に腰を下ろし、俺も隣に胡坐をかいて座る。



「どこの地域かまでは知らないんだけど。ビェーラリア大陸のどこかではエルフは奴隷として売買してるところがあるの。今付き合ってる行商人は長い付き合いだから、そう思ってはいないんだけど、過去来た人間にはそんな感じの品定めをするものが多かったのよ」


「エルフ族ってのは美男美女揃いだもんな。他種族を軽蔑する貴族が、愛玩動物(見目麗しい奴隷)として飼おうとする、ってことも確かにあるかもね」



 やべぇな。どさくさに紛れて自分の出身地である村のエルフを奴隷に仕立て上げ、有力者とコネクションを得て権力を手にしようとしている、まで想像しちまったなぁ。元婚約者(リル)をエルフの奴隷として差し出して、自分は貴族の令嬢と……なんてね。


 ちなみに俺がGMならそうする。そしてPLたちに気持ちいいぐらい成敗(ざまぁ)してもらうことだろう。



「まさかカイルも私たちを奴隷にしたい、なんて考えてないわよね?」


「冗談よしてくれよ。恩義を感じる方々にそんなことはしねーよ。さっきのは言葉が過ぎた、ごめん」


「……ま、許してあげる」



 不機嫌そうな表情から一変、笑みを浮かべるリル。本当、信用されてるみたいだな俺。



「で、どう?」


「うーん、この村に住むねぇ」



 実際のところどうなのだろうか。異世界――それも自分が創ったキャラクターに転生させられて早5日。種族は違えどリル達のように良い人たちに出会えた幸運。冒険者として培った能力を発揮しつつ、彼らとのスローライフを楽しむ。他の街にいけないわけではないし、情報だってゆっくりとだが集められるだろう。1人で旅を続けるよりは安全なのではないかとも思う。でも――




 俺の頭に過ぎる約束の言葉。俺がカイル()になる前の設定(誓い)。彼女の傍に立ち、彼女を護る者になると言う生涯を賭けた誓い。




「嬉しいお誘いだけど、俺は旅を続けるよ。せっかく知らない大陸にも来たわけだしね。つかバファトさんにでも頼まれた?」


「頼まれました。貴方が居てくれれば村の安全も飛躍的に上がるもの。まぁ引き留めるのは無理だと思ってたけど」


「リルが結婚してくれたら迷ったけどね~」



 にやにやしながら言ってみたが「それじゃあ無理ね」と一蹴されてしまった。「だって本心じゃないでしょ?」と続けられればぐうの音も出ない。



「それよりも、俺は逆にリルが旅に出たいんだと思ってたわ」


「……どうして?」


「俺の旅の話、結構食いついてたからね。割と広い世界を見て回りたいんじゃないか、と思ったんだよ」


「そうね。正直言えば、行ってみたいわ」



 空を見上げ、星々をその瞳に映しながらリルは続ける。



「元々父は冒険者をしていてね。旅先で母と出会って、母を連れ出すようにパーティに誘って、いろんなところを旅して。そして出身地であるこの村に帰ってきて結婚したの」


「少なからず憧れてるわけか」


「ふふ、年甲斐もなくね」



 ここで「え? 何歳(いくつ)なの?」って訊いたら張っ倒される地雷(やつ)でしょこれ。



「貴方がエルフだったら、ついて行っちゃったかも……」


「さらっと種族差別だぜそれ。まぁでも、俺とパーティを組んででの旅は、他の有象無象と組むよりは良いと言えるかもな。客観的に見て」


「……実際問題カイルって何者なの? 私、人を見る目は結構自身あったんだけど、全然わからないのよね。冒険者ってそんなに腕が立つようになれるものなの?」



 ベストアンサーは「英雄ウイルスに感染したプレイヤーだから」なんだけど、まぁ言えんわな。何者か、と聞かれても現状は「アルステイル大陸の、幸運の蒼き小鳥亭所属の冒険者」ってだけなんだよな。二つ名も持ってないし。いや、一応成り上がり貴族の出身ではあったっけか、カイルは。〈ノーブル〉技能ないけど。



「何者かと聞かれても、ただの冒険者。今は旅人。実力が付くかは人それぞれだし、冒険者になったからって、全員が全員強くなれるわけじゃない。冒険早々に死ぬ奴らだっている」



 事実、このキャンペーンでは最初のシナリオで、GM()はPCを殺している。神官故に蘇生を拒否して新キャラに作り直してたっけ。結果キャンペーンに良い色がついたので、後悔はしていない。



「冒険者は自由だけど、安定した生活じゃない。常に自分の命を懸け続けなきゃいけないからな。オススメできる職業じゃないよ」


「でも世界を自分の目で見て歩けるのは、羨ましいわ」


「…………」



 果たしてリルはどんな言葉を望んでいたのだろうか。エルフのことだから10年ぐらいは大した時間じゃないと言って、平然とついてくるかもしれない。


 ……いや、なんか付いて来そうだなマジで。婚約者もエルフだし。でも彼女が居てくれると大変助かるんだよな。ことビェーラリア大陸の常識に疎い俺からすると。それに低レベル(お荷物)1人守れないようじゃ、この先お話にならないのも確かだし。



「リルが望むなら、俺とパーティを組んでもいいぞ。ただし命の保証はできないし、後悔する羽目になるかもしれないが。それでも望むなら、仲間として俺が君を守るよ」


「え?」


「エルフじゃなくて申し訳ないけどな」


「…………」



 驚きと期待の眼差しから一転して半眼になるリルと、敢えてにやにや顔を止めない俺の視線。彼女の左手と俺の右手が、腕一本分空けて俺の右頬手前で重なり合う。



「はぁ。とりあえずその腹の立つにやけ顔はやめてくれる? 叩きたくなるわ」


「いや、もう叩いてるじゃん」


「しれっとガードしないで男なら気持ちよく叩かれなさいよ」


「叩かれて気持ちよくなる趣味はないよ」



 互いに見つめ合うこと数秒。振り上げた手と受け止めた手を互いに下ろし、再び空を見上げること数分。「決めた」と呟いた唇がこちらを向く。先程まで迷いがあった瞳、その目にはしっかりとした決意が籠っていた。



「正直言うとね。20年ぐらいなら私も世界を見て回ってもいいかな、って思っていたの。多分ヴァシトも許してくれると思うし。貴方となら危険も少なくなるとも思った。でも――」



 一度目を閉じ、言葉を切る。そして瞼を開いた瞳をこちらに向け堂々と告げる。



「――私は貴方と旅には出ないわ。貴方のことは信用してるし、きっと旅も面白いと思う。でも、心残りや中途半端な気持ちがあるうちは、行けない。だから結果旅に出るとしても、今じゃない(・・・・・)わ。だから行かない」


「そうか。なら、それが正解だと思うよ」


「でも旅先で会った時はお願いするわよ? 私のこと、仲間として守ってくれるんでしょ?」


「……かしこまりました、お嬢様」


「ふふ。『お嬢様』って悪くないわね。うん、じゃあ私は先に戻るわね」



 元気よく立ち上がったリルに俺は「了解」と言ってこの場に残る。あー、星が綺麗だな……


 まぁでもこれで良かったんじゃないか? サポート役としてリルに付いてきてもらえたら、本当は助かったけど。絶対に必要と言うわけではないし。


 決してさらっと20年とか言われてビビったわけではないし、薄々思ってたけど、わりとじゃじゃ馬気質なリルが来たら大変そうだなぁ、とか思ったわけではないぞ?


 月の光を反射する川面とせせらぎに、夜の川辺も悪くない、と耳を傾けながら数分。確実にリルの気配が遠ざかったことを確認し、同様に気配を絶ったまま終始こちらを見ていた視線に言葉を投げる。



「それで、何の用だいウルコットさん。お姉さんならもう戻ったぞ」



 彼も出る機会を伺っていたのだろう。

 もう気配を隠そうともせず、その手に剣と敵意を込めて。月の光を受け付けぬ木々の闇から、ウルコットが姿を現した。




 姉の次は弟、か。このまま千客万来よろしく増えはじめて村八分、なんてことは……ないよね?


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