第88話 ゲーム時代になかった現実での弊害
後半は別人物の視点となっております。
さて、今までは後衛職1パーティー分を蹴散らすだけで済んだが、次は前衛と後衛がしっかりと隊列を組んだパーティー、と言うより小隊との戦いだ。
相手さんもこのまま各個撃破されないために、動きづらい高所を捨てて広場を中心に展開している。
おかげで俺が大きく回り込まない限り、接敵するためには前衛職に掴まる隊列が組まれ、後衛職からは攻撃も補助もできる距離で固まっている。倒し損ねれば即座に回復され、囲まれた挙句、魔法で袋叩きにされることだろう。
範囲攻撃魔法で攻めてみるのもありだが、俺の習得魔法で効果が高いとなると、〈カテゴリー:人形〉のアイテムを消費して発動する〈マイン・ドール〉ぐらいしかない。試したい気持ちはないわけではないが、人形の大きさや性能で威力や範囲が大きく変動するから、あの人数相手だと割とデカい人形を使わないといけないから、現状では選択肢に入らない。
まぁそんなわけで正面突破が基本となるんだけど、馬鹿正直に突っ込むのはさすがに控えたい。【消魔結晶】をこれ以上消費したくないし。
と言うわけで、俺は迷わずこの戦場をカイル・ランツェーベルが得意とする形へ変更する。
屋根伝いでの移動を取りやめ、相手が最も応戦しやすい地面――初めの広場へとその身を躍らせる。当然〈コマンダー〉持ちが応戦するように指示を出す。このまま進めば当然攻撃魔法によって蜂の巣にされる。だがそれは俺自身をきちんと目視で認識できた場合の話だ。
相手の攻撃魔法の射程距離に入る寸前。俺は雑脳から黒い玉を取り出し、前方――狙いは敵部隊最前列から手前10m程――に投擲。刹那、
「煙幕だと!? くそっ! 近接職は魔法職を守るよう固まれ! 迂闊に攻撃はするな! 1人で煙幕の外へ出ようとするな! 背中合わせに警戒しろ!」
鈍い破裂音と共に薄灰色の煙が勢い良く俺の前方と、敵後衛部隊を包み込んだ。
消費アイテム――【スモーク・ボール】。
名前の通り、煙玉だ。
煙幕の範囲は起点位置から半径10m。効果時間は1分間。煙の範囲内にいる限り、特殊な知覚を持たない――言うなれば五感で世界を認識しているキャラクターは、強制的に『盲目状態』に陥ってしまう効果を持つ。当然それは自分自身や味方も含まれる。
本来、このアイテムは漫画の忍者や怪盗のように、相手の目を眩ませて逃げる用途で使う。同様の効果を持つアイテムに【閃光弾】ってのもある。こちらはうまく使えば相手のみ目を眩ませられるが、生命抵抗判定に成功されると効果が発揮されないデメリットが存在する。
逃走目的であれば、どちらを使っても大差はあまりないのだが、今回の使用用途的には【煙玉】こそが圧倒的優位性を持つ。
この世界に存在する種族の大半は、五感を頼りに世界を知覚している。当然、外部情報の大半は視覚情報から得ている以上、魔法も視認できなければ対象をとることができない。これにより煙幕の中に俺が居ると解っていても、対象をとることができなければ、単体魔法を発動することは適わない。
一応対象を取らずとも、貫通効果を持つ魔法や、煙幕全てを覆うことが出来る範囲魔法を使えば巻き込むことはできる。しかし、この煙幕の中には俺以外も含まれており、対象を正確に認識できない以上、仲間を巻き込み、誤射する可能性が生まれるため、迂闊に魔法を放つことができなくなるのだ。ただし――
「げほっ! くそ、見えがぁっ!?」
「おい!? なにがごはっ!」
【蝙蝠ピアス】を装備している――俺を除く。
五感にペナルティを与える煙幕だが、視覚以外の方法――魔法による知覚を保有している場合は全く意味をなさなくなる。おかげで煙幕の中にあって俺だけが『盲目状態』にならず、的確に相手を認識して攻撃や魔法を行使することできると言う寸法だ。
この戦法のおかげで、TRPG時代は俺の所属するパーティー全員が【蝙蝠ピアス】を装備することにより、同等の条件にならない限り【スモーク・ボール】を投げ込むだけで、安定して敵に行動系判定に「-2」のペナルティを付与するデバフ戦術と化していたっけ。
いやぁ、自分で提案しておいて、いざ自分がGMの時に使われたら強すぎてどうしようかと悩んだのが懐かしい。
ただ現実となった今ではTRPG時代になかった弊害もあった。すごく当たり前のことではあるんだが――
……煙てぇ……。
今しがた気絶させた冒険者のように咳込みそうだ。いや、
「プロテ――げほっ――〈プロテクション〉」
咳込んだ。忍者が口元を布で覆うのは、顔を隠すのもそうだが、防塵マスクの意味もあるんだろうなと思う次第です。この戦術のために防塵マスクは絶対に後で買おう。
さて、俺が仕込んでいた伏兵のおかげで後衛部隊も煙幕に覆われている。潜ませていた伏兵の視覚情報からも、相手はまだ混乱状態を抜け切れていない。今のうちに形勢を決定させてしまうとしよう。
★ ★ ★
――化け物。
私は今、目の前の惨状を生み出した人物を見て、そう思わずにはいられなかった。それと同時にお嬢様の見る目は確かなのだ、と誇らしくも思う。
先日、高位ランクの冒険者同士の《決闘》が行われるという知らせを受け、興味を示したお嬢様と拝見する機会があった。
Sランク冒険者パーティー所属と、Bランク冒険者へ上がりたての、一対一の決闘。私もお嬢様を護る為に武の習得に励んだ身。現役の――それも高位の冒険者の実践をこの目で見れるならばと同行した。
しかし情報を集めるにつれ、《決闘》が始まるまで、私は試合を見る気を失っていた。
対戦カードとしてみれば、明らかに前者の方が有利であり、なぜ後者は《決闘》を受けたのかと疑問に思った。情報によれば、この街でも名が通っている女性冒険者を取り合っての決闘とのこと。しかも仕掛けたのは原因となった女性冒険者であり、Bランク冒険者は巻き込まれた形だという。何とふざけた話だろうとも思った。しかも【最上位決闘申請書】まで持ち出されている。
私は彼が吊るし上げにあった哀れな男であり、これから行われるのは《決闘》ではなく《公開死刑》である思った。
だから私はお嬢様にそのようなものを見せるわけにはいかないと申し上げたのだが……
「あら、フーは彼をご覧になっていないの? 私の直感でしかないのだけれど、皆様が思うようなことにはならないと思いますわよ?」
お嬢様は自信を持った笑みで私に答えた。
お嬢様は昔から先見の明をお持ちであった。故に12歳と言う幼さでありながら、領地経営の一部を任されている程の天才でもある。だがしかし、生粋の貴族女性である彼女には、武を収めたものの力量など測る能力などない。事実、私が直接彼を見た時に思い描いた未来は――敗北でしかなかった。
彼では“鮮血鬼”には勝てない。
しかし結果は全く真逆の光景が繰り広げられた。
上位冒険者である“鮮血鬼”がまるで子供のように手玉に取られ、会心の一撃すらも往なされ、敗北を余儀なくされた。
「ほら! 言ったじゃないフー! あはっ♪ やっぱり彼が勝ったじゃない!!」
あの時の興奮するお嬢様をお諫めするのがどれほど大変だったことか。仕舞には「彼を雇うべきよ!」とまで仰られ、どれほど私達が困惑したのかは言うまでもない。なぜなら既に、雇うべき相手は決まっていたのだから。それに私達が求める技術は一対一の《決闘》を圧倒する実力ではない。少数で多数を、数の不利を跳ね除けて相手取れる視野の広い強さだ。
しかしお嬢様に長年使えてきた私達は、彼女がその程度のことで折れないことは知ってしまっている。だから私達はお嬢様に内緒で試すことにしたのだ。カイル・ランツェーベルと言う男の実力を。私達が求めるに相応しい力があるのかどうかを。
お誂え向きに彼は一定の冒険者から恨みを買っているようだし、目ざとい貴族連中が唾をつけようと動き出しているのもわかっていた。それらを利用し、どう対応するのかをこの目で見定めようと、この場を用意したのだ。
そしてその結果が――煙幕が晴れる頃には、半数以上をほぼ1人で地面へと沈めた彼の姿だった。
遠目で見ていても見失うようなスピード、迷いのない剣筋、無駄のない戦闘技術。そしてこの人数差でも手加減をする余裕。
幾人かは殺してしまっているが、命を失っているのが貴族の私兵ばかりであり、冒険者の大半が気絶で済まされている。
圧倒的だった。彼は私達と同じ人間の括りに入れてはいけない存在だ。こんな気持ちにさせられたのは、あの二柱の守護騎士を目にした時以来ではないだろうか。
背中に怖気が奔り、冷たい汗が流れる。
お嬢様の言う通り、彼の実力に関しては疑うことはない。だがそれ以上に――危険すぎる。
軽く息を吐くことで震える身体を落ち着かせ、私は身を隠している場所から撤退を決める。
趨勢は決し、数分とせずに決着が着くだろう。これ以上此処にいるのはリスクが大きいし、気がかりもある。煙の上がり方が少し引っかかっているのだ。
心を落ち着けて周囲を探る。人の気配はない。なれば今すぐ撤退を――
「ドチラニ行カレルノデス? オ姉サン」
私は反射的にその場を飛び退きながら声の発生源へ目を向ける。そこに居たのは、影に紛れる黒いローブを身に纏う、無機質な瞳の――人形だった。
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