第86話 話し合い
「いらっしゃいませー。あ、カイルお兄ちゃん。今日はどうしたの?」
「ちょっと外に出る用事があったからさ。ついでに予算が出来たから、前から欲しかったあのローブを買いに来たぜ」
“妖精亭”を後にしてから俺一人と言うのもあって、突き刺す様な殺気は貫く様な殺気へと変貌を遂げる中。俺は彼らとの対話の前に、どうせだから自分の買い物を少し済ませてしまおうと思ったのだ。
と言うわけで、訪れたのが“隠者の花園”と言うわけである。何だかんだ言って、やっぱりあのローブは欲しかったのだ。
「前から? もしかして【ダーカーザンハーミット】のことかな?」
「そうだよ。それと革鎧系もついでに見せてもらおうかと思って」
「もちろん構わないよ! でもこんな短い期間にそこまで入用になるのかな?」
「まさか転売なんて考えてないよね?」と口にするカレンに、俺は首を振って否定する。
「考えてないって。2度も提示されて入手しなかったのが引っかかってたから、手持ちがあるうちに購入に来ようと思ってたんだよ。それと革鎧系の装備は、新たにパーティーメンバーになるエルフの姉弟用に購入を考えてるんだ」
「噂のエルフ姉弟だね! そう言うことなら、紹介ついでに連れてきてくれれば良かったのにー」
「エルフならモデルとしても良い素材なんだからさー」と頬を膨らませて言葉を続けるカレンに、次回は連れてくるよ、と約束することで抑えてもらう。
「カレンちゃんとしては、実際に見てオススメしたいんだもんな」
「その通りだよ――と言いたいところだけど、実際は購入可能かどうかを見定めたいだけなんだけどね」
「ん? そりゃどう――って、もしかしてエヴァさんか?」
俺が呟くとカレンは頷き、盛大に溜息を吐いた。
「お兄ちゃんとセツナお姉ちゃんが街中で着てくれてたでしょ。おかげで宣伝効果は抜群だったんだけど、押しかけてきた人達の失礼さ加減に、おばあちゃんが怒っちゃって……」
「あー……。ちなみにどんなことされたんだ?」
「恫喝だけなら良かったんだけどね。私を人質に脅そうとしたりしてさ。前もって蒼炎騎士団の人に相談しておいたから、大事には至らなかったけど」
想像以上に大事だった。まぁ予測して防衛策を講じていたのは、見事と言うかなんというか。大した13歳だと思うよ本当。
「……カレンちゃんが無事で良かったよ」
「お兄ちゃん達を広告塔にしようと思ったのは私なんだから、身から出た錆だよ。でも心配してくえてありがとね、お兄ちゃん」
「はは! カレンちゃんは強いね。何かあれば必ず俺に言ってくれよ? できる限りの協力はするからさ」
「うん。じゃあエルフさん達を連れてくること。お願いね」
はいはい、と俺は頷いて早速目的のローブを購入。現在作業中のエヴァさんにも軽く挨拶をし、別室に案内してもらってから俺はカレンに小声でもう一つの事を訊ねた。
「じゃあ早速革鎧系を見せてもらうんだけど。見させてもらいながら、ここで魔法を使っても良いか?」
「魔法? 一体何をするの?」
驚きつつも、何か期待するような眼差しのカレンに、俺はニヤリと笑って雑囊から人形を取り出すのだった。
★ ★ ★
「へぇ……こんな所があるんだな」
「またね、カイルお兄ちゃん!」と、カレンに見送られながら“隠者の花園”を後にし、夕飯までの時間も考慮して足を運んだのは、ザード・ロゥの中でも北西方面の外壁近く。
昔、この区画に住む貴族が何やらやらかしたそうで、立派な家が立ち並んでいようとも、誰も住まなくなってしまったそうな。
一応建造物はしっかりと管理されていて、綺麗な状態を保たれている。だが、如何せん問題を起こした貴族の屋敷を中心とした一定区画には誰も住もうとしないため、異様な静けさを保っていた。沈みゆく夕日と相まってか、「終末」的な雰囲気を醸し出している、ような気がする。
さすがアーリアにオススメされた場所だけあって、確かにここなら多少の荒事が起こっても問題なさそうだな。
区画の中でも少し広めの広場で足を止め、俺の周囲に点在する気配に注視する。どうやら先方もこちらの思惑を察したのか、または元々ここを目的としていたのか、途中からここへ誘導するような素振りを見せていた。おかげで街の外まで足を運ばずに済んで、内心ほっとしている。なんせ街の外まで出歩いたら、歓迎会に間に合わない可能性があるからね。
俺はぐるりと周囲を見回して口を開く。
「さて、と。いい加減、要件を話してもらえませんかね?」
危険感知判定は成功し続けている。おかげで感知できている視線の数は、減るどころか増えている。取り合えず正面に潜む相手に言葉を放てば、建物の陰から3人の男が姿を現す。落ち着いた雰囲気の男と、見るからに冒険者の風体の2人。
解析判定――成功。レベルは「6」と2人が「4」か。少なくとも見覚えのない顔だ。恐らく《決闘》関係の時にはいなかった人物ではなかろうか。まぁ正直、あの場にいた全員の顔なんて覚えていないんだけども。
「こちらの要件はわかっていると思うんだがな? カイル・ランツェーベル」
3人の中で最もレベルの高い男が、すまし顔で口を開く。しかし俺自身予想はついても確証はない。だから答えは、
「わかりませんね。嫉妬の視線なら心当たりもあるのですが、殺意を向けられる覚えはありませんね」
「くくく……私は君がそこまで察しが悪いとは思っていないのだが?」
「申し訳ないですが、心当たりがありません」
俺が眉根を寄せて答えると、取り巻き2名の表情が怒りに染まる。代表の男がそれらを片手で制すると、「では改めて私の口から告げよう」と鋭い視線をもって口にする。
「1つ、イカサマを使い、貶めたガウディ氏への謝罪と所持品の即時返還、及び【最上位決闘申請】の破棄。2つ、“蒼嵐の剣姫”と結んだ不当なパートナー契約の解消。3つ、貴殿が無理やり従えている奴隷の開放。最後に、“歌い踊る賑やかな妖精亭”からの脱退。これらが穏便に済ませるために我々が提示する要件だ」
……果たしてこいつは何を言っているのだろうか?
「…………随分とふざけた物言いですね。まるで私が犯罪者のごとき言いようではないですか」
「その通りだろうが! 白を切るのもいい加減にしろ!」
レベル「4」の1人が怒りの形相で怒鳴り散らす。だがしかし、こちらからすればそっちこそ「いい加減にしろ」と言いたい。
俺は単なる言い掛かりでしかない彼らの発言に対し、もう背を向けてこの場から去りたい気持ちを抑えながら言葉を続ける。とりあえずは対話だ。
「……まず第一に『イカサマを使い貶めた』とありますが、そもそも《決闘》を吹っ掛けてきたのは彼であり、私からではありません」
「白々しい! ガウディさんと“天使ちゃん”の事を利用し、《決闘》になるよう誘導したのはお前だろう!?」
「いいえ、誘導したのはミィエルです」と言いそうになるのを堪え、「例えそうだったと仮定して」と続きを紡ぐ。
「過程はどうあれ、大衆観戦の中《決闘》をしておりますし、ギルドマスター公認の場ですので不正も不当ありませんよ」
「ふざけるな寄生虫が! 正々堂々と戦えば、ガウディさんに勝てるはずがねぇんだよぉっ!」
「そう思われるのなら、《決闘》の裁定を下されたギルドマスターであるロンネスさんに、直接抗議をされれば良いでしょう?」
俺は確かに当事者ではあるが、決定権はギルドマスターなのだ。
そもそもな話、《決闘》のルールはガウディが『なんでもあり』のルールと決定しているわけで。情報収集を含めた事前準備すら加味されているルールなのだから、イカサマもくそもないと思うんだけどなぁ。《決闘》開始前に闇討ちしたって言うんならわかるんだけども。
と言うか何故に”寄生虫”? あー、ミィエルにくっつく悪い虫、的な?
レベル「4」の二人組は交互に捲し立てるが、レベル「6」の男は先程とは打って変わり、静かに成り行きを見守っている。それもその瞳は冷え切ったように冷たい。
随分と開きがある温度差に違和感を感じながらも、短絡的に怒鳴る2人を無視して「第二に」と声高に音を通す。
「『ミィエルと不当な契約をしている』と言いますが、パートナー発言はそもそも私ではなく彼女自らが発言し、拡散しております。私から弱みを握って迫っているような、虚偽の発言は取り消していただきたい。そもそも私とミィエルの個人間の話に、無関係な君らが口を出すことではないでしょう」
ミィエルの親兄弟や、アーリアなら兎も角。職業が同じだけの人物にとやかく言われる云われはない。当たり前のことだ。
「第三に、俺は奴隷など所持していないので、誰を指して『無理やり従えている』などと述べられるのかも不明です。ですのでこれについては聞かなかったことにしておきましょう。最後に――」
――パパンッ!
俺の言葉を遮るように乾いた音が響く。それはすました男が両手で発した拍手であり、同時に近くの石床に小さな陥没を発生させた音でもあった。
予測した射線を辿れば、家主のいない屋根の上に1つ――いや、3つの影。
それだけではない。左右から、後方からも俺を囲むよう、身を隠していたはずの複数の気配が姿を現す。数にして……30人って所だろうか? 危険感知判定でカウントした数よりも多いんじゃないだろうか。
周囲に走らせた視線を、未だに拍手を送る男へと戻す。
「いやはや大した胆力だ。さすがは罠だと解っていて尚、この場に足を運んだ傑物なだけはある」
「暴力は嫌いでね。少しは会話ができればと期待していたんですよ」
「ははは! だからこうして我々も穏便に済ませるために、顔を出して要件を述べたのだよ? 残念ながら言い訳ばかりで聞き入れてもらえないようだったが」
「全て言い掛かりですからね。誰も『はいそうですか』と頷きませんよ」
「くくく、解っていないなカイル・ランツェーベル。残念だが、これが全て真実なのだよ。何故なら――もう白だろうと黒へ塗り替えられているのだから」
「っ!?」
四方八方から危険感知判定が警鐘を鳴らす。刹那――
「心配するなカイル・ランツェーベル。冒険者ごっこではなく、騎士は騎士らしく仕官先を紹介してやる」
――俺の身体を無数の閃光が貫いた。
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