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第85話 動かれる前にこっちから動こうか

最近卓を囲めてないなぁ……

「それでは、僕たちは打ち上げ(野暮用)を済ませてきますので。また後程」


「おう、飲み過ぎに気をつけろよ」


「はぁ……なんで美味い飯より不味い飯を食いに行かなきゃならねぇんだよ」


「私もセツナさんと美味しいごはん、食べたいです……」



 これから行われる歓迎会に盛り上がっていた女性陣達は、ナップの言葉に断固拒否を示していた。特にオリヴィアの拒絶は凄まじく、「行くならナップ達だけで行ってください!」や「弟子入り初日なのですから! 私はカイルさん達と親交を深めておきます!」と反論し続けた。

 しかし他冒険者との約束や現状の立場などを考慮し、大切なこと、優先すべきことは何なのかを懇々と諭され、今回は先の約束である“打ち上げ”へ行くことになった。

 ただ落胆具合が凄まじく、オリヴィアに至っては“妖精亭”から出た先は処刑台、とでも言うような重い足取りをしていた。まぁでも社会人として付き合いは大切だし、先に約束した方を優先しような。と言うか、そもそも弟子入りの許可などしていないんだがな。



「あ、カイル。一つ君にお伝えしたいことがあります」



 そう前置きしてナップは俺へ耳打ちをする。思わず顔を顰めたくなる俺へ、「お気をつけて」とナップは笑顔を浮かべた後、オリヴィア達を引き摺るように外へと連れ出した。

 ドアチャイムの澄んだ音色が賑やかさの終わりを告げる中、リルの機嫌が良さそうな声が耳朶を打つ。



「ふふ、カイルといると退屈しないわね。やっぱり面白い人間の傍には面白い人材が集まる、って本当なのね?」


「リル、それは褒めてるのか? 貶してるのか?」


「勿論褒めているわよ」


「でもその理論だとお前さんも“面白い人材”の仲間入りしてることになるんだが、そこんとこ如何に?」


「つまらないよりは良いと思うわよ?」


「さいですか」



 口に手を当てて上品に笑うリルに、まぁ本人が良いなら良いけど、と苦笑いを返しておく。



「挨拶は終わったかしら?」



 地下から上がってきたアーリアが、全員を視界に収める位置で問う。ただ視線は俺へと向いていたので、代表して「はい」と頷いておく。



「なかなかに個性的なパーティーでしたよ」


「そう? あんたの見立てではどう思ったかしら?」


「それに関しては後程、模擬戦のフィードバックの時にでも纏めたいんですが、いいですか?」



 別にこの場で軽く伝えてもいいのだが、折角ならセツナを始めとして、リルとウルコットにも落ち着いて話しておきたい。だから伺いを立て、「いいわ」とアーリアも了承する。



「これ以上話していたら、歓迎会の準備が遅れてしまうものね」


「そ~ですね~。では~、先に準備を~しましょ~か~」


「はい」


「ミィエル、私も手伝うわ。ウルコットもテーブルと椅子の準備をして頂戴」


「わかった」



 手を叩いて号令をかけるミィエルに続いて、女性陣はキッチンへ。ウルコットは会場の準備へと動き始めた。



「ミィエル、準備にはどれぐらい時間かかりそうなんだ?」


「え~っとですね~。1時間ぐらいは~、見てほしいです~」



 一時間か、と思いながら、ふとウルコットが言っていたリルの腕前を思い出したので、ミィエルに伝えておくことにした。



「それとリルの料理は危険らしいから、ちゃんと監督してやってくれな」


「あ~……わかり~ました~。なら~、余裕(よゆ~)をもって~2時間ぐらい~みてください~」


「了解。ミィエル達の料理、楽しみにしてるな」


「ふっふぅ~。お任せ~ですよ~!」



 胸を張って自信の笑みを浮かべ、キッチンへと向かうミィエルを見送る。そしてアーリア以外の目がなくなった段階で、大きく溜息を吐いた。本当、マジでめんどくせぇ……。



「そんなにあたしの手伝いが嫌なのかしら?」


「違いますよ。むしろアーリアさんの手伝いなら進んで買って出ますって。面白そうですし」



 半眼で問うてくるアーリアに、首を振って否定する。決して先程頼まれた手伝いが憂鬱なのではない、と。


 アーリアが開発した魔法――〈ディー・スタック〉を始めとし、彼女には俺のTRPG(ゲーム)知識にはない情報が山ほどある。恐らくウォーガルドが使った魔法道具(マジックアイテム)もアーリアが関わっているんじゃないだろうか。となれば、それらに関われる機会は、俺にとっては貴重なものだ。むしろこちらからお願いしたいところである。期待に胸を膨らませることはあれど、幸せが逃げる様な溜息を吐くようなことはない。



「さっき小耳にはさんだ内容に頭を抱えてるだけです」


「ナップに何か言われたのかしら?」


「えぇ。なんでもファンを名乗る馬鹿共が、サインを強請りに押しかけてこようとしてるらしいですよ?」



 さっきまで地下にいたのにナップが情報源だと良くわかるな、と感心しながら彼に囁かれた台詞を思い出す。




「《決闘(デュエル)》の話を聞きつけた奴ら(・・・・・・・)が、カイル達(・・・・)と様々な手段で交流を持とうと今も窺っているようです。ただ気持ちが抑えられない方々もいるようで、本日の夜にでも此処にいらっしゃるかもしれませんので、気を付けてください」




 正直、皆が居る時にげんなりした表情を出さなかった自分を褒めたいぐらいの面倒事だ。



「《決闘》を直に見ていたら、あんたに手出ししようなんて考えもしないでしょうね。でも掃討戦に参加していた輩の一部は、あんたの勝利やミィエルとのパーティーを認めていないって言うのは耳にしているわ。ただあたしの持っている情報よりも、ナップの情報の方が面白そうな話になっているみたいだけれど」



 さすがはアーリア。今回の面倒ごとはアーリアからすれば、面白そうなことに変換されるようだ。俺としては面白くもなんともないんだけども……。



「アーリアさん、単純な疑問なんですが、他所属の者が冒険者の宿を襲撃することなんてありますか?」



 ナップの言う「此処にいらっしゃる」がただ訪ねてくるだけならばいいんだが、もし武力行使に訴える襲撃だったら無視できるものじゃない。そう思ってアーリアに訊いてみたのだが、彼女の返答は俺の望むものではなかった。



「直接暴力に訴えて、なんてことは少ないわよ? と言っても過去に1度、“妖精亭(うち)”も被害にあったのだけれど」



 うわぁ……マジで過去にあったのかよ。寝泊まりしている一般の宿ならまだしも、自分が所属する冒険者ギルドに認められた、冒険者の宿に襲撃なんてかけるか普通? 相当の馬鹿だろ? 恐らくミィエル目的だったんだろうけど、それにしたってなぁ……。冷静に考えればその後どうなるかわかるだろうに。

 内心が表情にありありと出てしまったのか、アーリアはクスクスと笑う。



「ちなみにそいつ? そいつら? どうなりました?」


「フフ、あたしの研究所()に土足で乗り込もうとしたのよ? 単純な死(ぬるい仕置き)で済ませてあげるわけ、ないじゃない?」



 影を落として口角を釣り上げる幼女(アーリア)に、内心わかっていても背筋に怖気が奔る。そうだよねぇ、アーリアがその手の輩に手加減するはずないもんね。



「なら物理的なものへの対策は大丈夫ってことですかね?」


「えぇ。“妖精亭(ここ)”の守りは、ちゃんとしてあるから安心していいわよ。それにあんたを囲い込みたい連中への対策もしてあるわ。冒険者ギルドにも介入させているし、当分そっちの心配はしなくていいわ」


「ありがとうございます」



 「ちゃんとあたしが守ってあげるわ」を有言実行してくれるアーリアさんかっけー! しっかし今更ながら、アーリアってどれぐらいの権力をもってるんだろうな。ギルドマスターを「クソガキ」呼ばわりするぐらいなのだから、俺が想像するよりも長らくこの街に根差しているのだろうけど。まぁ、いつか酒の席にでも訊いてみることとしよう。それよりも、だ。



「権力関係はある程度こっちでなんとかするし、“妖精亭(此処)”に手を出す馬鹿共は、あたしも相手してあげるけど。あんた個人に喧嘩売ってくる冒険者(ゴロツキ)までは手を回せないわよ?」


「それは勿論、俺自身で何とかします。どうすればいいかは、まだ考えてませんが」


「面倒だから物理的に黙らせてあげたら?」


「いやいや。そこは話し合いで解決したいですよ。第一、冒険者同士で勝手に死合(しあい)しちゃ拙いんじゃないですか?」


「でも気持ちとしてはその方が楽って思ったわよね?」


「……」



 確かに、一瞬だけぶちのめして終わるなら楽でいいか、と思わなくもなかったけどもさ。



「ですがエンブレムに、冒険者同士の私闘(そう言ったこと)って記録されたりしちゃうんじゃないですか?」



 任務(クエスト)中の討伐状況なんかもしっかり記録できるわけだし、エンブレムがあったら決定的な証拠を残してしまうのではないだろうか? もしそうなら、浅はかな奴らのために犯罪者になるのは御免被る。



「あんたの言う通り、エンブレムを所持したまま(・・・・・・)私闘なんかすれば、これに記録されるのは確かね」


「ですよね。でなければ、《決闘》が抑止力になんてならな――ちょっと待ってください。今、持っていなければ良い、そう言いました?」



 思わず流しそうになったが、あまりの簡単な解決策に、聞き間違いかと訊き返す。まさかと思うが、そんな単純なことでいいのか、と。



「言ったわよ。エンブレムさえ所持していなければ、少なくとも誰と誰が殺し合ったのか、なんてすぐには判らないわ」


「マジですか……」



 じゃあ《決闘》なんてシステム、マジで意味ないんじゃない?



「顔に『意味がないじゃないか』って出ているわよ?」


「事実、意味なくないですか?」


「あら、珍しく察しが悪いわね? あたしはすぐには判らない(・・・・・・・・)、って言ったけれど、永遠に判らない(・・・・・・・)とは言ってないわよ?」


「つまりエンブレムを所持しない状態にしても、一時しのぎにしかならない、という事ですか?」


「そうよ。だって元々、エンブレムに記録される情報も元を質せば、魂の功績(レコード)から引っ張ってきている情報なんだもの」



 そこまで言われれば俺でもわかる。と言うより善悪の道徳と倫理観(アライメント)が規定されているんだから、犯罪の有無だってレコードから判別できるって気づけよ俺!



「だから殺人を犯せばレコードに記録されるし、アライメントにも影響を及ぼすわ。勿論、人を殺したからと言って必ずしも罪になるわけではないわ」


「正当防衛だってありますもんね。それにあまり気持ちのいい話ではないですが、『蛮族』を殺した所で人殺しの罪には問われないですし」


「そうね。犯罪歴の有無だって、レコードからその国の法に則って判別しているだけ。神々が定めた法とあたしたちの法も違うもの。だからエンブレムの有無なんて、『冒険者が罪を犯したのか』、それが直ぐに判別できるかできないかの違いでしかないのよ」



 「そもそも一般人はエンブレムなんてないのよ?」と言われ、俺は納得の頷きを返した。



「どう? 不安に思うことはないでしょう? 逆にあんたの場合は無実を立証できるように、常に所持していた方がいいわ。なくてもできるけれど、レコードを他者に見られるのは拙いでしょう?」


「ですね。まぁ抜け道は色々あるんでしょうけど。最悪、剣を交えても問題なさそうで安心しました」


「やっぱり、ぶちのめすつもりじゃない」


「あくまで最終手段ですよ?」



 話が通じるなら話し合いで終わらせるつもりだ。でもまぁ、人通りの多いところであれだけの殺気を飛ばしてくるのだから、一縷の望みもないのだろうけど。



「と言うわけで、気が重いですけど、少し出かけてきますね。なので“バトルドール”は帰ってからでお願いします」


「仕方ないわね。良いわ、いってらっしゃい。その代わり、楽しいお土産話を期待しているわ」



 アーリアの見送りの言葉に苦笑いを返し、気持ちに引きずられるように重い両足を動かし、俺は“妖精亭”を後にした。


いつもご拝読いただきありがとうございます!

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