第83話 狼はヤンキー、兎はオタク
「そこまでよっ!」
決着を告げるアーリアの声に反応したセツナが切っ先を引き、「クソ、ガッ……」と悪態を吐きながらウォーガルドは項垂れた。
終わってみれば下馬評通り、セツナの勝利である。
名:“カイルの従者”セツナ HP:39/46 MP:30/48 状態:再生中
名:ウォーガルド・フラウエン HP:-1/50 MP:3/36 状態:出血・気絶
俺とミィエルからすれば想像通り、当然の帰結とも言えるのだが、隣で目を見開くオリヴィアには衝撃的光景だったようだ。予測と違った結果だったのか。それともセツナの愛らしい容姿とは裏腹な容赦のなさに驚いたのか。視線がセツナに釘付けである。と言うか出血によるダメージでウォーガルドが気絶したけど、君は彼の事を看なくていいのかい? 出血による継続ダメージで気絶状態にまでなってるけど。
「オリヴィアもぼーっとしてないで治療を手伝いなさい! こいつを死なせたいの!?」
「っ! は、はい!」
「あんたも片足吹っ飛んだぐらいで寝てんじゃないわよ」
「……ぶわっ、ゲホッ! ゲハッ!」
「ほら、気合入れて止血してなさい」
アーリアの声で我に返ったオリヴィアが、慌ててウォーガルドに駆け寄る。
アーリアと言えば、ウォーガルドの傍で膝をつき迷わず【アウェイクポーション】をバシャバシャと彼の顔面へ振りかける。さらに意識を取り戻すも息ができず咽る彼へ、自力で止血するよう促す。セツナも容赦なかったけど、怪我人だろうとこの容赦のなさ。さすがは“姐さん”のアーリアだなぁ、としみじみしてしまう。
「アーリア様、足はこちらでよろしいでしょうか?」
「あら、持ってきてくれたの? セツナちゃんは優しいわね。じゃあその辺に転がしといてくれるかしら?」
「おい姐さん! 俺様の身体をぞんざいに扱わネェでくれヨ!」
「うるさいわね。負け犬は黙ってなさい。なんなら口に突っ込むわよ」
「っ……」
有無を言わさぬアーリアの視線に、黙らざる得ないウォーガルド。舎弟と言うより、完全に飼い主と飼い犬の関係だと思う。
「ではこちらに置いておきます」
「いえ、これ以上研究室を汚したくありませんし、私が受け取ります。すみませんセツナさん。うちの馬鹿犬が喧嘩を吹っ掛けたうえ、負けたくせに偉そうに謝罪もしないで……」
「オリヴィア様の所為ではありません。平身低頭誠心誠意謝罪すべきはそこの犬であり、貴方様ではございません。ですので、お気になさらないでください」
「……そう言っていただけると助かります」
全ての責任はウォーガルドにあり、とオリヴィアも同意する。思わず「おい!」と声を掛けようとするが、切れた足はオリヴィアの手の中。且つアーリアは既に治療する気がないから彼の傍から離れ、いつの間にか連れてきた、彼女の助手として創った“バトルドール”に掃除を命じている。故に彼の足が元に戻るかは、回復魔法が扱えるオリヴィア次第となったため、下手なことを口にできなくなっていた。
何と言うかオリヴィアでさえも、彼の扱いが酷すぎて哀れに思えてくる。まぁ常日頃からあんな喧嘩腰で巻き込まれていればそうなるのかもしれないが。
「主様!」
装備を回収し終えたセツナが軽い足取りで駆け寄ってくる。いつもならこのまま俺の傍まで来るのだが、今日に限っては一度3mぐらい手前で足を止める。はて、どうしたのだろうか?
「ミィちゃん、お願いがあるのですが」
「まっかせて~。〈クリエイト・ウォーター〉からの〈ウォッシュ〉~!」
ミィエルが大き目な水球を作り出し、セツナを包み込むと水が渦巻き、模擬戦での汚れ――ウォーガルドの血や唾液を綺麗に落としていく。
「そ~して~、〈ドライブリーズ〉!」
汚れを落とし終えた水球は、ふよふよと排水溝へと捨てられ、次に暖かな風がセツナを抱擁すると、濡れた衣服が瞬く間に乾いていく。え、何その便利魔法。そんな魔法知らないし、教えてほしいんだけども?
「はい~、これで~、だいじょ~ぶ~ですよ~」
「ありがとうございます、ミィちゃん!」
すっかり綺麗になったセツナが嬉しそうに傍に来て、とても晴れやかで花が咲いたような笑顔を向けてくれる。何気なく使われた魔法に衝撃を受けながらも、意識をセツナに戻して「お疲れさん」と頭を撫でて労う。
「ありがとうございます。ですが、せっかく主様に買っていただいた服を破いてしまいました。申し訳ありません」
眉尻を下げて謝罪を口にするセツナに、服ならまた買えばいいから気にするなと伝える。確かにウォーガルドに嚙みつかれた部分に穴が――あれ?
「俺には破けてないように見えるが?」
「そのロ~ブは~、マジックアイテム~ですから~。耐久値を消費して~、修復されますよ~」
だからローブの下の服が破けたままだとミィエルが教えてくれる。なるほどなぁ、と思わず内心ファンタジーだなぁと感心する。まぁ羽織るだけでサイズ調整もされるわけだし、自動的に修復ぐらいするか。
ふと視線をウォーガルド側へ向ければ、斬られた足が回復魔法によって接合されていく様子がうかがえる。あれなら何の問題もないだろう。
「それで、セツナは戦ってみてどうだった?」
「はい、大変勉強になりましたし、今のセツナでは力不足なのだと実感させられました」
真剣な眼差しで答えるセツナに、傍にいたウルコットが『あれで?』と驚きを口にする。
「なぜ力不足だと思ったんだ?」
「はい。主様やミィちゃんに比べ、セツナには圧倒的に知識と経験が足りません。その結果、相手の行動への予測・想定が甘く、予想以上の損傷を被りました」
「まぁ模擬戦と言うことで、いろいろ試してたってのが原因ではあるだろうけど。ではセツナ、どうすれば解決できそうだ?」
「はい。料理と同様に、様々な方にご教授願えるようにし、これから積み上げていこうと考えております。つきましては主様、リル様とウルコット様のお勉強時に、セツナもご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「勿論だとも」
主の指示を待つのではなく、セツナ自身の意思で考え、実行できるのは素晴らしいことだ。俺は大満足だと頷き、良く出来ましたと頭を撫でれば、へにゃりと可愛らしい笑顔を浮かべてくれる。本当、俺の魔法から生まれた存在とは思えないほどに優秀で可愛いなぁセツナは!
「俺だけじゃ知識が偏るから、ミィエルも協力してくれよな?」
「もっちろ~ん、ですよ~!」
そしてセツナの可愛さに我慢できず、抱きつきながら頷くミィエル。リルも2人を微笑ましそうに眺め、ウルコットに至ってはセツナの笑顔にやられたのか、片手で口を隠しながら赤い顔を背けていた。まぁ惚れるのはお前の勝手だから構わないが、間違っても手を出すなよ?
「さて、と」
今回の模擬戦の感想戦は後程しっかりするとして。治療を終え、無事五体満足に動かせるようになったウォーガルドと、その治療にあたっていたオリヴィアへと視線を向ける。俺としては本当にどうでもいいが、模擬戦を行った以上結果はしっかりと反映させなければならない。セツナもミィエルに抱きつかれたまま、人の姿へと戻ったウォーガルドへと向き直る。
「ほら、ウォーガルド」
「…………申し訳なかった。数々の非礼、この通りお詫びする」
床に手をつき、土下座にて謝罪を述べるウォーガルドに、内心で感嘆する。てっきりガキのように嫌がり、謝罪などしないと思っていたからな。セツナも満足したのか、視線を俺に向けて頷いたため、謝罪を受け入れると口にした。
「改めまして、カイル・ランツェーベルです。先程の模擬戦、なかなかに見事でした」
床に手をつく彼に手を差し伸べて立ち上がらせ、正直に思った感想を述べる。
「嫌味かヨ」
「いえ。扱いづらい〈シャーマン〉を使いこなすだけでなく、技量以上の英霊との契約までされているのですから、順当な評価だと思いますが」
「……そうかヨ」
俺の言葉に顔を逸らすウォーガルド。反応わかりやすすぎるだろ。
「お~。カイルくんの~、評価が~高い~ですね~」
「そりゃな。今尽くせる手を尽くし、勝ちに拘る姿勢は素直に感心したよ。どこぞの肉達磨と違ってな」
『実力』ってのは近接戦闘や魔法戦術は勿論だけど、装備や保持するアイテムをいかに使いこなすか、までが本当の実力と言えるからね。この判断からすれば、ウォーガルドはレベル以上の実力者と十分に言える。それだけの実力があったおかげで、セツナが他者を侮ることなく、自分から積極的に学ぼうと決意もしてくれたわけだし。さすがはアーリアが目にかけた冒険者だ、と思ったよ。
「カイルさん、セツナさん、謝罪を受け入れて頂いてありがとうございます」
「ミィエルからも~、ありがと~ございます~です~」
頭を下げるオリヴィアに、ミィエルもセツナから離れ、改めて頭を下げる。ミィエルのお礼はウォーガルドの暴走と、店主であるアーリアの提案に付き合ってくれた礼だろうな。こちらとしてもメリットがあったので、気にしなくてもいいのにな。
「普段世話になってるのはこっちなんだし、これぐらい何ともないさ。まぁでも、ミィエルの感謝ならいくらでも受け取るけどな。な、セツナ?」
「はい! ミィちゃんとアーリア様のためなら、セツナの力が及ぶ限りなんでも致します」
「っ……えへへ~、ありがと~、ですよ~」
照れてはにかむミィエルは本当に可愛らしい。ふと視線をオリヴィア達へと向ければ、何やら目を瞠っているようだが、何か驚くようなことがあっただろうか。
「それで、2人はこの後どうされるんですか?」
俺達はミィエルとセツナの手作り料理を食べながら、リルとウルコットの歓迎会をする予定だが、オリヴィア達はどうするのだろうか。問えばハッとしたように一度視線を彷徨わせ、
「それはリーダーたちが戻ってきてから決めます。が、その間にセツナさんの事についてお訊きしてもよろしいですか!?」
ずずずいっと顔を寄せて訊ねてくるオリヴィアの瞳は、好奇心でキラキラと輝いていた。
「? セツナの事で――」
「はい! セツナさんは私が知る“バトルドール”とは一線を画すどころじゃないですから! もし何らかしらの秘術であるなら是非伝授していただきたいです! 私の適正は〈ドルイド〉らしいのですが、〈ドールマスター〉にも適正がないわけではないですから、迷わずそちらを習得いたします。と言うかカイルさん! 弟子にしてください!」
自分の名前が出たので疑問を返したら詰め寄られ、手を握られて力説されたセツナは、目を白黒させて戸惑っている。さらに視線を上にあげて俺への弟子入り志願となった。あの、性格変わりすぎじゃないですかね? いや、性格掴むほど会話もしてないけども。
「私が知る“バトルドール”は見てるだけでも吐き気がするような出歯亀野郎の物か依頼先で偶々知り合った人形師のレベルの低いものしかなかったんです! 人形師の物はあくまでマネキン人形がただ動いているだけでしたし出歯亀の人形は確かに貌は良いんですけどどうしても操り人形感が否めなかったんです! ですがセツナさんはそんな人形感が一切ありませんし遠目で見ても普通の女の子にしか見えない! その上言葉の受け答えどころか自我があり自分で考えて行動に移す所なんてもう人そのものじゃないですか! 何よりミィエルさんは勿論ですがカイルさんに向けるあの表情はもう――」
「ヴィ~ちゃんッ!!」
終いに、まくしたてる様なマシンガントークときた。言語の嵐に曝されていたところ、ミィエルに首根っこを掴まれて引きはがされたところでようやっと止まる。
「はっ!? す、すみません!」
「いや、まぁ、うん。相当興味を持ったことだけは伝わりました」
オタクやマニアと呼ばれる人種のそれだよね、これ……。
思わず圧倒されてしまった。セツナに至っては口こそ開けていないが、ぽかんとした目でオリヴィアを見ていた。ちらりと後ろを振り返れば、意外にもフールー姉弟は別段気にする風でもなかった。
『好きな物に熱中する奴って、大抵こんな感じだよな、姉さん』
『そうね。薬草マニアのマリソンがこんな感じだったわね』
どうやら同類を知っているらしい。わざわざエルフ語で会話しているあたり、配慮してくれているのだろう。
「あんた達、片付けるから話し合いなら上でなさい。邪魔よ」
「そ~ですね~。マスタ~の言う通り~、上で~一息いれましょ~か~」
ミィエルも賛同し、皆を引き連れて1階へ。俺はと言えば、アーリアに用事があると言われていたのを思い出し、気になったので訊ねてみたのだが、
「あー、それなら全部が落ち着いた後でいいわ。それに丁度戻ってきたみたいだから、あんたも挨拶しときなさい」
「つまり“妖精の護り手”の残りのメンバーが戻ってきたんですね」
「えぇ。残りの2人も気になるでしょ? あたしの要件はその後で構わないわ。気になるようなら便利な“バトルドール”を、後2体ほど創ってくれると助かるわね」
「わかりま――って“バトルドール”は既に2体お渡ししてますよね?」
現在進行形で床掃除をしている2体こそが、俺が掛ける前にアーリアに頼まれて創造、預けた“バトルドール”なのだ。昨日作ったロンネス人形は朝方に全て解除してしまったからね。色々問題があったからさ。
ちなみに今預けてある“バトルドール”は、ちゃんと俺の偽装レベルに応じた“アーミー・ドール”にしてあるので、誰かに目撃されても問題はない。
「そうなのだけれど、研究の手伝いにはやっぱり“ジェーン・ザ・リッパー”が欲しくなるのよね。一番細やかで丁寧だから」
「……俺は自重しろって言われたばかりな気がするんですが?」
「撤回するわ。“妖精亭”では存分にその力を奮って頂戴」
とっても良い笑顔ですねアーリアさん。まぁ、いいけどさ。
そんなことよりも、俺は一番に訊いておかなければならない質問を投げかける。
「取り合えず後で創りますね。と言うかアーリアさん的に、“妖精の護り手”にはどこまで俺達の情報を開示するつもりですか?」
「何処までも何も、世間一般に開示しているラインまでよ」
つまりは冒険者ギルドに報告したレベルまで、ということだ。
「良いんですか? 今日初顔合わせではありますが、同じ宿に所属する仲間ですけど」
「確かにそうと言えるのだけれど、秘匿したい情報はどんな形であれ共有すべきではないわ。どうしようもない時を除き、あんたの情報は今のままよ。でないと、身内だからって開示しすぎると、あんたが油断して余計なボロを出しそうだもの」
「違う?」と視線に乗せられた問いに、俺は情けなくも頷くしかなかった。確かに甘えが出て余計なボロを出しそうですよ。現にこれまで大分やらかしてるわけですから……。
「それに、あたしが所属させているって時点で優秀なのは解っているでしょう? だから、あんたも気づかれるような真似をしないよう、気が張れて良いと思うわよ?」
ふふふ、と下唇に指を添えてにこやかに笑うアーリアは、見た目とは裏腹な色気を纏っていて心惹かれるものがあったが、内容的には笑えないものだった。要するに普段から気を張れるようにして置け、と言う忠告なのだ。辛い。
「そう言うわけだから、挨拶を終えたら2体ほどお願いするわね♪」
「……了解です」
まぁ、仕方ない、か。
俺は頷き、先に行きます、とアーリアと別れて1階へ。
「あ! や~っと来ましたね~。カイルく~ん」
地下から階段を上がった先、顔を出せばミィエルから「待ちかねた」と声を掛けられ、テーブルに着くオリヴィアとウォーガルドとは別の2名を示される。
「では~、紹介しますね~。この男の子が~、リ~ダ~の~、ナップくんで~。こっちの~女の子が~、アンジ~ちゃんです~」
「初めまして。“妖精の護り手”リーダーの、ナップ・ヒューストンです。お会い出来て光栄です、カイルさん」
「ほぅ。あんたがカイルか。良い戦士の面してるじゃねぇか」
ミィエルが紹介してくれた2名。深緑色の髪に紫の瞳をした中肉中背の男性と、赤茶色の髪を腰まで伸ばし、銅色の鋭い瞳を挑戦的に投げかける筋肉質な女性。ぱっと見の見た目は人の姿だが、オリヴィアやウォーガルドと同じく、明らかに違う特徴が頭部へと現れていた。
「これはご丁寧に。最近所属することになりました、カイル・ランツェーベルです」
螺旋を描く細くとも力強い角と、美しい曲線を描く大きな深紅の角。その角を持つ人型の種族と言えば――解析判定、成功。
「ご覧いただいている通り、私は『亜竜族』であり、彼女は『闘牛族』です」
『人族』の領域で活動すると言うことは、すなわち闘争であり侵略と言え、あまつさえ人族社会に紛れ込み、ましてや生活するなどと言う、それこそ稀有な存在。『人族』の永遠の敵対者である存在――『蛮族』と呼ばれる存在。
それが“妖精の護り手”の、残りのメンバーだった。
全く……本当に“歌い踊る賑やかな妖精亭”は退屈しないところだと思うよ。
いつもご拝読いただきありがとうございます!
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