第82話 セツナVSウォーガルドⅡ
「英雄・ナルガザルダ……」
驚きのあまりに思わず呟いてしまった口元を右手で隠しながら、俺はウォーガルドの背後に降霊し、彼の中へと融け込んでいった『英霊』を見やる。
巫術師――〈シャーマン〉。
それはTRPGであったLOFにて、〈マギガンナー〉同様に追加データ集にて追加された魔法系基本技能職から派生する上位技能職の1つである。
世界観としてはLOFの世界において名を遺した『英雄』や、『霊獣』などと崇められる肉体なき存在と契約を交わし、現世へ呼び寄せ対象の肉体に〈憑依〉させることによって、彼の者たちの力や技術を借りると言うものだ。
ゲームシステムとしては、〈シャーマン〉のレベルに応じた『英霊』や『霊獣』と事前に契約しておき、それらを対象に〈憑依〉ことで応じた〈スキル〉やステータスUPを行う支援魔法職である。
契約できる『英霊』や『霊獣』には5段階のランクが設けられており、上のランクになればなるほど強力な効果となる。
イメージとしては霊能力者をモチーフにした少年漫画に近い感じかと思う。ただ弱体化魔法もあるため、個人的には召喚獣と契約を交わし、様々な魔法を行使する某シミュレーションゲームの方がしっくりくるかな。っと、閑話休題。
また〈シャーマン〉は契約を交わした霊を降ろすと言う特性上、直接相手を攻撃する術を持たない。代わりに他魔法職が覚える支援魔法よりも強力なものが多く、〈スキル〉付与や一時的に技能職のレベルそのものを上昇させるなど、他では真似できない強さを発揮することができる。
それ故に発表当初は、味方をサポートするのが好きなPLは誰もが目を輝かせたものだ。俺もその一人だったのだが、内容を見た刹那、「これは後衛じゃない」とあまりの癖の強さに思わず声を出して笑ってしまった記憶がある。
その理由は簡単で、〈シャーマン〉が使える魔法――【巫術】は全て、対象数『単体』のみ。さらに射程も手が届く範囲の『接触』型だけ。つまり近接戦闘では何もできない魔法職でありながら、支援魔法するために乱戦の中に突っ込む必要があるのだ。こと弱体化系を扱う場合は敵対対象に肉薄しなければ使えない以上、乱戦突入は必須仕様とも言える。
しかも〈憑依〉と言う設定上同じ対象に重複は不可。かつ効果継続のために常時術者のMPを消費し続けなければならないため、他にMPを使用する技能職との折り合いも難しいと言う扱いづらい面もある、尖った仕様となっていたのだ。
個人的にはこういうコンセプトは割と好みではある。俺やウォーガルドのように近接戦闘可能な〝魔法戦士型〟にしてしまえば、射程が短いなんて弱点は補える。優秀な技能なのは間違いないので、正直カイルのレベルが低いうちに実装されていたら習得していたことだろう。
あ、でもそうなるとセツナを創ることができなかったわけだから、実装は遅くてよかったと言えるか。
話を戻そう。
例えば先程までウォーガルドが纏っていた、セツナの攻撃をも凌いでいた防壁。あれは〈シャーマン〉の代表格とも言える『ランク2――霊亀獣・グラガリア』。
効果は「〈肩代わり〉と言うスキルにより、効果時間内に対象が受ける防御力を超過した物理ダメージを、最大累積「5+追加MP(合計して15まで)」点まで軽減する」と言うもの。
発動に最大で消費MP「15」点と重いうえ、〈憑依〉状態を継続するために、1ターン――時間にすると凡そ12秒ぐらいだったか?――毎にMP「2」点を消費することになるので燃費はすこぶる悪い。だが、それを含めても正直言ってL6~Lv9帯で、破格の性能と言って良い優秀さだろう。
盾役に〈憑依〉しておくだけで事故率は大幅に減らすことができる。
そして今、ウォーガルドが降ろして見せた『ランク4――英霊・ナルガザルダ』も強力なものだ。しかも解析した限り、〈シャーマン〉に成りたてが契約できる英霊ではない。『ランク4』はTRPG時代で〈シャーマン〉Lv「4」からやっと契約できるレベルの『英霊』だからだ。
効果は……
【巫術魔法】〈ソウル・ポゼッション〉
対象英霊:英霊・ナルガザルダ
ランク:「4」 コスト:MP「5」+「15」点&MP「4」点/ターン 対象:接触 抵抗:消滅
効果:
〈グラップラー〉系技能レベル「+3」
〈魔蝕の毒手Ⅰ/Ⅱ〉:〈憑依〉状態の対象がこのスキルを宣言した場合、対象の「魔力点」分物理ダメージに加算せず、攻撃対象の現在MPを減少させる。このダメージは魔法ダメージ扱いとする。このスキルは前提としてスキル〈魔力攻撃Ⅰ/Ⅱ〉を習得している必要があるが、習得していない場合、代わりにHIT「-3」点の修正を受ける。
〈武器崩し〉:〈憑依〉状態の対象がこのスキルを宣言した場合、手に持つタイプの武器を絡め取り、非装備とすることができる。このスキルは前提としてスキル〈組技・投げ〉を習得している必要があるが、習得していない場合、代わりにHIT「-3」点の修正を受ける。
……強いな。実に良い。
手で隠した口角が思わず上がり、内心で心が躍る。俺が知るゲーム知識では決して扱うことのできないランクとの契約。しかもTRPG時代にはなかった英霊を。
知りたいなぁ。どうやってランク制限を越した契約を行ったのか。そのリスクはあるのか。そして――
名:“カイルの従者”セツナ 種族:魔導人形 Lv11 使役Lv2 使役者:カイル・ランツェーベル
HIT:20(+2) ATK:20(+2) DEF:11 AVD:16(+2) HP:46/46 MP:31/48
MOV:30 LRES:14 RES:15
【状態】
ステータス上昇効果:「HIT+2」「ATK+2」「AVD+2」
その他効果「ヘイト減少・隠密効果増加」「魔法ダメージ軽減「6」点」「自動回復「4」点」
名:ウォーガルド・フラウエン 24歳 種族:狼人族 性別:男 Lv6
HIT:13(+5) ATK:15(+7) DEF:6(+4) AVD:13(+5) HP:46/60(+19) MP:21/36
MOV:22 LRES:11(+2) RES:11(+2)
【状態】
ステータス上昇効果:「HIT+5」「ATK+7」「DEF+4」「AVD+5」「LRES+2」「RES+2」「最大HP+19」
その他効果:「月光の影響下」「〈憑依〉状態」「〈加護〉使用済」
――どこまでウォーガルドが勝機を手元に戻せるのか。
向けた視線の先で、再び2人が激突する。
★ ★ ★
ウォーガルドは雄叫びと共に〈スタンハウル〉の行使。直線ではなく、ステップを刻み、肉薄するも先に間合いを制するは両手剣のセツナ。即座に構え直し、迎撃の斬撃を放つ。
例え『英霊・ナルガザルダ』の力を借りようとも、ウォーガルドの回避能力ではセツナの攻撃は躱せない。絶好の間合い、最適なタイミングでセツナの水平斬りがウォーガルドを捉える――刹那。
「っ!?」
何かが砕け散るような音ともに、ウォーガルドの身体が明滅するように半透明となってセツナの斬撃がすり抜ける。
「ふっ飛べヤァアアッ!」
目を瞠るセツナへ向けさらに一歩踏み込み、ウォーガルドの左手でセツナの腕を掴み捻りあげ、右拳は剣を握る手を正確に打ち抜いた。
弾かれるようにセツナの手から離れていく【ミスリル製グレートソード+1】を尻目に、さらにウォーガルドの追撃で左首筋へ【牙】による噛み付きが入る。
「おぉ、見事に決まったな」
強制回避魔法からの〈武器崩し〉。そして〈追い打ち〉アビリティからの噛みつき。
本来ウォーガルドが使えるはずのない魔法は、魔法を封じる【スペルカード】を使用すれば可能だ。しかしメインアクションでしか使えないため、ウォーガルドが装備している何かしらの魔法道具にて、サブアクションで起動したものと推測できる。これもTRPG時代にはなかった物だ。
間違いなく、ウォーガルドは奥の手を切った。だからこそ、
「惜しいな」
「そ~ですね~」
ミィエルも俺と同じことを思っていることだろう。何故、今なのかと。
しっかし狼男が可憐な少女へ鋭い牙を突き立てる様は、まるでB級スプラッター映画のようだなぁ。もっとも、この後繰り広げられる光景は無残に引き裂かれる少女の姿ではなく、
「セツナに歯を立てて良いのは主様だけですっ!」
「ッ!」
右手でレッグシースから抜き放った【マンゴーシュ】を逆手に持ち、遠慮なく耳から頭へと突き立てる。寸でで掴んでいた腕をガードへ回すことで、刃はウォーガルドの腕に刺さり、止まる。
しかし致命傷を避けるも、噛む力が緩んだ隙をセツナは見逃さない。自由になった左手で思いきりウォーガルドの鼻っ面に拳を減り込ませた。
短い悲鳴を上げながら後退するウォーガルドへ向け、全身をしならせるように跳躍したセツナは美しいまでのローリングソバットを側頭部へ叩き込んだ。
ふらつきながら倒れまいと蹈鞴を踏むウォーガルドを尻目に、美しい濡羽色の髪と、ふわりと広がるスカート携えて着地するセツナの姿は、身内である俺ですら目を奪われ、ブラボーと手を叩きたくなる。だがそれよりも、俺は一言言わせていただきたい。
「……カイルく~ん~?」
「してねぇししねぇよ!」
俺は! セツナに! 甘噛みするようなことはしていない! と切に言いたい! オリヴィアもそんな目で俺を見るんじゃないっ!
思わぬところから俺への口撃に怯まされてしまったが、終局へと向かう模擬戦へ思考を切り替える。
名:“カイルの従者”セツナ HP:31/46 MP:30/48 状態:再生中
名:ウォーガルド・フラウエン HP:27/60 MP:11/36 状態:怯み(中)
数値的には互角に見える。だが高ランクの〈憑依〉をし、的確に攻撃を与えられるようになったところで、ウォーガルドの攻撃は歯を立てられた程度のダメージ量しかセツナに与えられていない。ほとんどが自身の〈限界駆動〉でHPが減っているに過ぎない。
しかも時間が経つにつれウォーガルドの強化魔法が切れていくのに対し、セツナのHPは10秒ごとに自動回復してしまう。HPを削り切るなら、ウォーガルドは息を吐いている暇などないのだから。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
ウォーガルドも解っているのだろう。勝機が残されているとしたら、今しかないと。だから咆哮し、揺れる視界を奮い立たせる。そして彼はこう考えるだろう。
――彼我の距離は約3mもない。一歩で拳の届く距離。セツナの手に武器はない。あっても【ミスリルナイフ】だろう。ならば回復される前に、俺のバフが切れる前に、〈魔力攻撃〉を叩き込めば――と。
ターン制であったTRPG時代ならば、まだ可能性はあったことだろう。なんせ攻撃権が平等に訪れるのだから。しかしリアルタイムバトルとなってしまった現実では、そんな奇跡は起こらない。
側頭部に衝撃を受け、セツナの姿を視界から外した時点で、ウォーガルドに彼女を捉える術はない。たとえ獣の嗅覚をもとうとも。
「何処ニ――ッ!!?」
白銀に煌めく炎がウォーガルドの右足を奪い、突然のことにバランスを崩した彼は抗えずに倒れこむ。なぜ倒れたのか、理解しようと振り返った先――
「そこまでよっ!」
次は右腕をその炎のように波打つ刃【白銀のフランベルジュ+1】で切断しようとする寸前で――アーリアの決着を告げる声が響き渡った。
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