第81話 セツナVSウォーガルドⅠ
大変遅くなりました! 申し訳ありません!
「なぁミィエル。なんでこうこの大陸の冒険者は戦闘狂ばかりなんだ? とりあえず気に食わなければ戦うって、そんなんばっかなんだけど?」
「あはは~……それは~、否定できない~かも~、です~」
いつもの“妖精亭”の地下研究施設。そこで戦うこととなったのは『狼人族』のウォーガルドと、俺の従者であるセツナだ。
セツナは既に戦闘準備を終えており、その身を純白のローブである【マギカハーミット】で包み、その手には【グレートソード】ではなく、フレグト村の一件で手渡していた【ミスリルナイフ】が握られている。先程、セツナが「主様、折り入ってご相談があるのですが」と上目遣いにお願いしてきたのが、1H武器の融通だったのだ。
「構わないけど、【グレートソード】より命中も攻撃力も数段劣るぞ?」
「それもそうなのですが、少し試してみたいことがありまして。ダメ、でしょうか?」
「いや、問題ないぞ。むしろサブウェポンとしてセツナに渡しておくべきだったな」
と言うわけで、セツナに当時装備させていた【ミスリルナイフ】と【マンゴーシュ】を渡すことになったのだ。
それにアーリアは「死なない程度なら何しても良い」と言っていたが、言葉のまま良しとするわけにもいかないだろう。ナイフの方が加減もできるだろうという判断からも、セツナの申し出は渡りに船だったのだ。
何より女性がレッグシースをスカートで隠す様は、男としても中二病としてもそそられるものがある。これも理由の1つだったりする。ひらめくスカートから覗くレッグシースって、良いよね?
「それと主様。持たせていただいているアイテム類を使ってしまうかもしれないのですが……」
「なんの問題もないよ。むしろ他に欲しいものは?」
「いえ。これだけあれば十分でございます!」
そう言ってセツナは笑顔を浮かべると、足早に研究室の中央へと向かっていった。
何やらセツナなりの考えがあるようだし、後俺がすべきことは壁際で対戦者を待つセツナを応援するだけである。ちなみにMPの補給は戦闘後で構わないとのこと。おそらくこれも、あえて、なのだろう。
丁度良い機会だし、自由にやらせてみるつもりだ。
正直、この模擬戦自体は何も心配していない。むしろ今後ザード・ロゥで活動するうえで、この町の人間たちとの関係の方が心配になる。だからこそ、今こうして壁に背を預けて待つ間、ミィエルに愚痴を零しているわけだ。
「否定してほしいところなんだけどなぁ、そこは。俺としては新入りを暖かく迎え入れてほしい――までは思わないから、軽い挨拶をしたら放っておいてほしいよ」
「大抵の~人は~、決闘したら~、放っておいて~くれますよ~?」
「わーい、悲しすぎて涙が出るぜ……」
「……あの、本当に申し訳ありません、カイルさん」
ミィエルのあまりの言葉に思わず嬉しくて肩を落とす俺に、ミィエルの隣へ訪れたオリヴィアが謝罪の言葉を述べる。
「いや、オリヴィアさんの所為ではありませんから」
「いえいえ。パーティーメンバーを諫められなかった責任はありますから……」
「う~ん……そうだとしても、彼の性格的にいずれはこうなっていたでしょう。それよりも彼のセコンドに回らなくていいんですか?」
申し訳なさそうに謝罪を繰り返すオリヴィアに、俺は気にするなと答える。むしろ、パーティーメンバーを心配しなくていいのか、と未だ地下室に現れないウォーガルドへと話を向けるが、これに関しては「必要ありません」と笑顔で断られてしまった。
「伝えるべきことは伝えましたから」
「……そうでしたか」
オリヴィアは〈セージ〉系技能をLv「6」まで保持している。間違いなくセツナの能力は判定成功していることだろう。それにミィエルが言ったように、アーリアの指導を受けているのであれば、ステータスを数値として確認できているはずだ。であるならば、セツナの弱点は把握できていると言える。だからこそ、未だにウォーガルドが顔を出さないのであろう。
「むしろ、カイルさんはサポートされなくてよろしいんですか?」
暗に、事前準備を目撃しても私は何も言いませんよ、と言っているオリヴィアに、俺は首を振って答える。
確かに待っているこの時間、効果時間の長いバフならセツナに施せるし、戦いは事前準備から始まっていると言うのも間違いではない。ウォーガルドだって今この時間に持てる限りの準備を行っていることだろう。だが、
「今回に関しては、セツナが望まなければやりませんね」
俺から口を出してセツナに何かをするつもりはない。勿論セツナが自分で考えて、先程のようにお願いしてくるのならば喜んで行うつもりだ。
ただ、当分はセツナとパーティーを組めない以上、俺が居ない想定で様々なことを経験しておいてもらいたいとも思う。だからこそ、今回の身内で内々に済ませられるこの模擬戦は丁度良いのだ。これに関して、流石はアーリア、と思うところだ。
「……私としては、その“特別なバトルドール”について詳しくお伺いしたいのですが?」
「構いませんが、それは後程にいたしましょう」
実験室へと降りてきたウォーガルドに視線を向け、俺は再び目を細めて彼を解析する。
名:ウォーガルド・フラウエン 24歳 種族:狼人族 性別:男 Lv6
DEX:18 AGI:24(+2) STR:17 VIT:24 INT:19 MEN:12
LRES:9 RES:8 HP:41/41 MP:36/36 STM:77/100
《判定基準表記》
HIT:9(+1) ATK:10(+2) DEF:4(+2) AVD:9(+1) HP:51/51(+10) MP:36/36
MOV:22 LRES:9 RES:9
行動:敵対的 知覚:五感(暗視) 弱点:銀属性ダメージ+2
【状態】
ステータス上昇効果:「HIT+1」「ATK+2」「DEF+2」「AVD+1」「最大HP+10」
その他効果:「月光の影響下」「〈憑依〉状態」
《メイン技能》
グラップラーLv5
ソーサラーLv5→シャーマンLv1
《サブ技能》
スカウトLv4
レンジャーLv4
エンハンサーLv5
アルケミストLv3
【取得スキル】
〈組み技・投げ〉:二足歩行のキャラクターを対象に宣言が可能。命中判定に成功すれば、対象を転倒状態にする。
〈魔力攻撃Ⅰ〉:近接攻撃によるダメージに「魔力」点分を加算する。回避・生命・精神抵抗判定に「-1」点の修正を受ける。
〈乱打〉:〈カテゴリー:格闘〉の武器で3体まで、1度ずつ攻撃することができる。ただし、HITに「-2」点の修正を受ける。
〈マルチタスク〉:1度のメインアクションで「魔法行使」と「近接攻撃」を行うことができる。
〈獣化Ⅱ〉:獣本来の姿へと近づけることで、ATK・AVDを「1」点上昇させ、【魔法加工】または【銀の武器】以外からの物理ダメージを「冒険者レベル」分軽減する。このスキルはサブアクションで変身・解除を行うことができる。
【取得アビリティ】
〈追い討ち〉:〈カテゴリー:格闘〉での攻撃を行った場合、もう1度攻撃可能となる。
〈暗視〉:暗闇でも視界を確保できる。
〈狼人の血〉:満月の夜であるならば、ATK・AVDを常時「1」点上昇させる。
【加護】
〈月女神の施し〉:1日に1度だけ、月明りの下にいる間、HPとMPを「10~20」点回復する。
ATK、DEF、AVD、そしてHITへのバフ。さらには最大HPの増強と【加護】を活かせる状態付与か。ステータスは〈アルケミスト〉技能と【ポーション】類――【デクスタリティポーション】と【アジリティポーション】、ついでに【ムーンライトドロップ(月光の影響下)】を使用ってところか。それに〈シャーマン〉らしく事前に〈憑依〉もセット済みときているな。
ふむ……〈憑依〉の内容まではわからないが、やれるだけのことはやってきているらしい。まぁ、それぐらいはしてもらわないと練習にもならないからな。
「……2人とも準備はできたかしら?」
ウォーガルドの後からフールー姉弟を引き連れて降りてきたアーリアは、セツナ達の間に立って2人に視線を飛ばす。
「はい、問題ございません。アーリア様」
「いつでもいいぜ、姐さん」
頷く2人に「そう」とアーリアは1つ頷き、
「なら――始めなさい!」
開始の号令を室内へと響かせた。
さて、「ガウディに勝つだけならできる」と嘯いた実力、見せてもらうとしますか。
★ ★ ★
開始の合図と同時に両者が動く。ステータス的に先制判定はセツナが有利。俺が見た限りの基準値の差は、セツナ「14」に対してウォーガルド「8」。余程出目が悪くなければセツナが後れを取るはずもない。
果たして結果は、セツナの背後からの一撃。加速し、二足でウォーガルドの視界から消えるように背後へ移動したセツナは、身長差を補うために跳び、横回転の勢いそのままにウォーガルドの首筋へと【ミスリルナイフ】を突き立て――
「っ!?」
ガギィッ!――金属同士がぶつかり合う硬質な音を響かせた。
セツナが突き入れた刃は、灰色のたてがみに阻まれるように突き進む足を止めている。
「速ぇなオイッ!」
首に奔った衝撃でようやっとセツナの姿を捉えたウォーガルドは、人の貌ではない――文字通り狼の貌へと変化した口元を歪めながら振り返る。
スキル〈獣化〉。獣人系が生まれた時から習得しているスキルであり、その効果は文字通り。人の姿から獣の姿へと変化することにより、ステータスを上昇させるバフスキルだ。
上昇するステータスは種族ごとによって違うが、『狼人族』の場合は攻撃力と回避力の上昇。それと【魔力加工】または【銀】属性以外からの物理ダメ―ジを、冒険者レベル分軽減すると言うものだ。
当然、知らないセツナは一瞬驚くも、ウォーガルドの背を蹴り飛ばすことで後退し、態勢を整える。そして改めてウォーガルドの全身――上半身を灰色の毛並みで覆われた、二足歩行の狼――を視界に収めたセツナは、瞬きを数度繰り返して呟く。
「……やっぱり犬ではありませんか?」
「オオカミだゴラァッ!」
離された距離を詰めるべく、ウォーガルドは【マジックポーチ】から魔石を取り出しながら駆ける。
砕かれた魔石からエネルギーを吸収し、【アルケミストグローブ】から放たれるは〈スタンハウル〉。セツナのAVDを低下させ、さらに自身には〈エンハンサー〉技能によるHIT上昇を掛けながら、ウォーガルドは左から右拳への鋭いワンツーを放つ。
回避判定にマイナス修正を受けながらも、セツナは体捌きで躱しきる。そして一歩、再び自身の間合いへと踏み込んだ瞬間――
「我が手に集い我に従え炎のマナよ。踊り弾けろ――〈ブラストフレア〉ァアッ!」
セツナの眼前に翳されたウォーガルドの左掌から――セツナを覆う紅蓮の爆発が咲き誇る。
〈ソーサラー〉技能Lv5までで覚えられる魔法の中で、射程が短いながらも最も火力が出る爆発魔法〈ブラストフレア〉。
近接攻撃が当たらないならば魔法による攻撃を。〈マルチタスク〉のスキルによる、物理と魔法を併用した攻撃。見た目と言動に反し、正しい判断と言えよう。ただ、
「〈ブラストフレア〉怯ませることもできないんだけどな」
爆発の炎が晴れるよりも先に、躍り出たセツナの斬撃が煌めく。
「なッ!!?」
その手に握られているのは【ミスリルナイフ】ではない。本来セツナが扱うべきメインウェポン【ミスリル製グレートソード+1】。
短刀だと思い込んでいたウォーガルドの表情が驚愕に染まる。身を捩ろうにも躱せるはずもない。セツナの刃は右逆袈裟にウォーガルドを捉え――ガラスが砕け散るような甲高い音と共に、鮮血が宙を舞う。
「ぐっ……」
傷口を抑えながら大きく背後へと後退するウォーガルドをセツナは追わず、不可解そうな表情を浮かべる。
「腕一本いただくつもりだったのですが……一体どんな魔法をお使いになられているのでしょう?」
恐らくセツナは今の一撃で決めるつもりだったのだろう。事実、セツナの全力の一撃ならば期待値で「40」点程のダメージが出せるはずだから、死ぬことはなくとも瀕死の重傷までは追い込んでいたことだろう。
しかし腕一本って……可愛い顔して恐ろしいことを言うなぁ。セツナよ、ぶっちゃけ火力的には腕どころか命すらも危ぶまれる攻撃だったと思うぞ? 最初も思いっきり急所狙いだったしな……
TRPG時代であれば、【ミスリルナイフ】なら相当の会心の一撃を叩き出さないと殺すことはないと解っているんだが、現実だと急所狙いってだけで死をイメージしちまうよな。例え算出ダメージ的には死ななかったとしても。まぁどちらにしろ、
「勝負あり~、ですね~」
「そうだなぁ」
ミィエルの言うように、模擬戦である以上ここまでで止めておく方がいいだろう。
ウォーガルドも事前準備――〈シャーマン〉の魔法である〈憑依〉によって致命傷は避けられていたが、今の一撃で効果切れ。どう足掻いてもここからセツナを負かすのは難しいだろう。俺としては何かやってくれるのかと期待してたんだけどなぁ……
「クソ、が……」
「ここまで、でしょうか」
「なん……だと?」
切っ先を下ろし、セツナはウォーガルドへ追い討ちではなく言葉をかける。
「先程のセツナの攻撃を防いだ魔法は見事でした。どのようなものかは存じませんが、手応えからしてもう消費されてしまったのでしょう? その魔法なしに、セツナの攻撃を貴方が防げるとは思えません。大人しく敗北を認め、平身低頭で主様への暴言を謝罪していただき、今後同じようなことをしないと誓っていただきましょう」
それで構いませんか? とセツナが俺へと視線で問うてくる。勿論俺は構わない――と言うより、そもそも怒ってすらいない。有象無象の罵詈雑言など俺自身どうでもいいのだ。ただ『人族』に対して“劣等種”と呼んだことは気になってはいる。
ただこの辺りは後程確認すればいいだけのこと。だから俺はセツナの問いに頷き、審判であるアーリアに視線を送る。もう模擬戦は終わりで良いだろう、と。
しかしアーリアは含みのある笑みを浮かべ、「残念だけど、これで終わりにはできないわね」と呟いた。なぜなら、ウォーガルドは降参する処か――
「現世で果て、界の狭間に座し、尚も天地に名を轟かせる魂――英霊・ナルガザルダよ。我が魔力と肉体を依り代に、契りの下に降臨せよ――!」
受けた傷口が蒸気を上げながら急速に塞がっていき、背後に3mはあろう巨大な二足歩行の大蛇を従え、
「まだ終わってネェぞオラァア!! ――〈ソウル・ポゼッション〉ッ!!」
その身に宿した刹那――爆発的な踏み込みでセツナに肉薄したのだから。
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