第79話 妖精亭の冒険者パーティー
更新が遅くなり申し訳ありません。
流行り病で床に伏しておりました。症状は普通の風邪みたいなもんですが、ちょっとしつこいので皆さんもお気を付けください。
「カイルくん~、今日は~、そろそろ“妖精亭”へ~戻りませんか~?」
「ん? あー、確かに。割といい時間だもんな」
ミィエルが言うように、ガンショップ”火薬の芳香”を出たタイミングで、時刻はすでに午後の3時半を過ぎていた。どうやら買い物に夢中になりすぎて昼飯すらも忘れてしまっていたらしい。
「今から戻ってお食事のご用意をさせていただければ、ご夕食にも丁度よろしい時間になるかと思います」
セツナの言うように、移動時間と調理時間を考えれば丁度良いっちゃ良い。まだ買いたいものはあるものの、 “隠者の花園”に顔を出して、消耗品の補充、価格調査ぐらいなもんだから急ぐものでもない。
「それに~、今日は~、リルと~ウルコットの~歓迎会ですよ~!」
ミィエルの言う通り、リルとウルコットは本日付で“歌い踊る賑やかな妖精亭”所属の冒険者となった。なれば歓迎会を開くのは必然であり、俺とセツナの時の豪勢な食事を思い出せば、自然と期待に胸が躍る。
「そいつは楽しみだな!」
「腕に~よりを~、かけますからね~! 期待~しててください~! ね~? セっちゃん!」
「っ! 勿論です、ミィちゃん」
一瞬反応が遅れるセツナを不思議に思い、「どうしたセツナ?」と問えば、
「いえ、少々不躾な視線が気になりまして」
「あー、それか」
チラリとセツナが視線を向けた先は、俺の感覚と同一の場所を示している。セツナのスカウトレベルなら余裕で気づくよな。
ミィエルも気づいているのか、困ったように苦笑いを浮かべている。
「もし主様の許可さえいただければ、セツナが直接、御礼申し上げてまいりますが?」
ニコリ、ととても良い笑顔を浮かべるセツナだが、雰囲気は表情と真逆をいっている。御礼参りと洒落込みそうな程だ。俺がナミに絡まれた時ぐらいには怒ってるかな、こりゃ。
実際問題、最初はまだ美人処による注目が主だったんだけど、時間が経つにつれ俺個人への殺気が増していってるんだよねぇ。嫉妬とか羨望の感情ならまだしも、純粋な殺意はねぇ……あまりいただけない話ではあるよな。
つか、俺そんなに恨み買うようなことしてるかね? 確かにウェルビーとガウディはボコったけども、それだけだよね? 後者に至っては両者合意の《決闘》だったんだけどなぁ。
様子見でしばらく放置するつもりだったけど、あまりに酷い様なら動かないとな。
俺は代わりに怒ってくれているセツナに「ありがとな」と感謝の気持ちを込めて頭を撫でる。陰からコソコソと殺気を飛ばすことしかできないような奴のために、セツナが怒る必要はないのだから。
「そんなことよりも、帰って歓迎会の準備をしようぜ? 2人が他に寄るところがなければだけど」
「私達はカイル達のおかげで準備できたから問題ないわ。でもあなたの買い物がまだ終わってないんじゃないの?」
「俺のか? 急ぐもんじゃないから気にしなくていいさ」
『すまないな。俺たちの準備に付き合ってもらったばかりに』
「何言ってんだよ。むしろ近いうちに任務を受けるお前らの準備の方が重要だろ」
何せ早ければ明日にでも初任務になるんだからな? 3人のランクアップ待ちの俺と、どちらを優先させるべきかなんて比べるべくもない。
「そ~ですよ~! 後輩は~、先輩に~頼ればい~んですよ~」
「ミィエルの言う通りだ。2人の指導を買って出たのは俺なんだから、遠慮すんな」
「それもそうね。そもそもカイルが私達の面倒を見てくれるって先に約束してくれたんだもの。頼れるだけ頼って、守ってもらいましょ」
「自分から無謀なことに首突っ込んでって守ってくれ、なんてのは無しにしてくれよな?」
「いくら俺でも目の届かない所で命を粗末にされたら守れないぞ」と釘を刺せば、「ふふ、どうしようかしら?」と不敵に笑われる。リルは美人だから物凄く絵になるのだが、割と言ってることは冗談ではすまないので勘弁してほしいところだ。
呆れるように『姉さん……』と呟くウルコットに、「冗談よ」とリルも苦笑いを浮かべると、「それよりも」と先程の話題へと戻していく。
「いいの? 私達の歓迎会なんて開いてもらって」
「もっちろ~んですよ~! リルも~、ウルコットも~、“妖精亭”に~所属~してくれて~、ミィエル達は~すっっっご~く嬉しいんですから~!」
全身で喜びと、太陽のような笑顔で肯定するミィエルに、誰もが思わず頬を緩める。ミィエルみたいな娘がたくさんいたら、それこそ世界は平和になるんじゃないだろうか。
「ふふふ。そう言って貰えると、とても嬉しいわ」
「えへへ~♪ じゃあ~、みんなで~帰りましょ~!」
「はい!」
つられる様に微笑んで肯定するセツナに抱き着き、そのまま腕をとって先を歩き出すミィエル。あまりの微笑ましさに、俺たちの周りを優しい空気が包んでいく。思わず心の中で、この2人ならアイドル界の頂点へとたどり着ける、なんて確信すら抱いてしまう。
「本当、ミィエルもセツナちゃんも可愛いわね」
「しかも可愛いだけじゃなくて、2人の手料理は最高だぞ?」
「それは楽しみね。ウルコットもそう思わない?」
『あぁ! 実に楽しみだ!』
今までにない程力強く頷くウルコットに、男ならそう思うよな、と内心で同意する。美少女の手ずからの料理なんて、高級店以上のご馳走だとも。
『何より料理できる人は尊敬する。俺も姉さんも料理が得意ではないからな』
何かを思い出すようにしみじみと呟くウルコット。その表情は少し苦い色を映している。リルはと言えば自然に視線を逸らしていた。あー、これはあれか? あれだろうな。
「そうか、リルは料理が出来なかったのか」
「失礼ね。出来ないわけじゃないわ。ちゃんと食べられるもの。ただ、どう頑張っても美味しくならないだけよ」
『姉さん、食べた後に腹を壊す様な物は「ちゃんと食べられる」物とは言えないよ』
「うっ……」
「よし。何があってもリルには料理当番はさせないでおこう」
ミィエルもセツナもいないような状況下で野営となった場合、絶対にリルには料理をさせまいと心に決める。うちのパーティーには〈プリースト〉が居ないのだ。毒や病気の状態異常は少しでも遠ざけておきたいのだ。ウルコットよ、ナイスな情報に感謝する!
「そう言うカイルはどうなのよ?」
「俺か? 一応人並にはできるぞ」
一応〈コック〉技能はLv3あるからな。誰もが絶賛するようなものは作れないが、普通に食えるものは作れる。
「できる、のね……」
「ミィエルに教えてもらおうかしら」と肩を落とすリル。教えを乞えばミィエルは喜んで教えてくれることだろうけど、個人的に人には向き不向きもあるわけだし、そこまで気にする必要もないと思うんだけどな。
それから“妖精亭”へ戻るまでの間、リルの申し出をミィエルが喜んで頷き、セツナと共にリルも料理を習うことになったのだった。
★ ★ ★
「ただいま~戻りました~!」
ミィエルが勢いよく“妖精亭”の扉を開くことで、ドアチャイムと可愛らしい声が、静かな店内を明るくしてくれる。ただいつもならアーリアの素っ気ない返事がカウンターから返ってくるのだが、今回に限っては新しい音が俺達を出迎えた。
「あ、おかえりなさいミィエルさん」
「おう、帰ったみてぇだなミィエル」
アーリアの代わりにカウンターに立つのは、160cm前後の身長。雪のような白髪を腰まで伸ばし、髪の色と対比するように映える優しそうな赤い瞳。顔のつくりは人族と同じだが、決定的に違う点として人の物ではない頭部に見える大きな耳介――兎の耳をした可愛らしい女性だ。
もう1人はカウンターの椅子に座って頬杖を突く男。座っているためわかりづらいが、恐らく俺よりも高い身長に灰色の髪に灰色の瞳。野性味ある顔つき故か、目つきは鋭く、口元からは犬歯が覗いている。ラバースーツの上からでもわかる鍛え抜かれた肉体と、こちらも顔のつくりは人族だが、異なる特徴としてイヌ科のような耳が頭部から覗いている。
確かうさ耳は『兎人族』で犬耳は『狼人族』だったか。
LOFに存在する多種多様な種族の中で半獣系に属する種族の2つだ。TRPG的な特徴としては、『兎人族』は危機察知能力と信仰心に優れており、ステータスではAGIとMENが他種族よりも高い数値になりやすい。代わりに撃たれ弱く、VITとSTRが低くなりがちだ。そのため後衛職である〈プリースト〉と〈スカウト〉に適している。
『狼人族』は狼が基になっている通り、機動力と器用さに優れた種族であり、ステータスではDEXとAGI、次点でSTRが優れた種族だ。その代わりに魔法には弱く、MENが低くなりがちとなる。前衛向きのステータスから、主に〈グラップラー〉または〈フェンサー〉が選択されやすい種族だ。
エルフ、精霊、ドワーフ、ハーフリングにリザードマンとLOF時代にPCとして作成できる種族を見てきたけれど、やっぱりまだ見ぬ種族を見ると、ファンタジー世界だなぁ、ってじわりと感動が押し寄せてくる。まぁ、リザードマンの時はキャラが濃すぎて感動なんて吹っ飛んでいったけども。
「あ~! 戻って~たんですね~。ヴィ~ちゃん~、それに~ガルちゃんも~」
「だから俺様に対して“ちゃん付け”はヤメろや!」
ぴょこんと跳ねるように前に出ながら手を振って返すミィエルに、目くじらを立てて「ガルちゃん」と呼ばれた『狼人族』の男は怒鳴る。
「え~?」
「『え~?』じゃねぇ! 会うたびに言わせんなっ!」
「でも~、可愛い~って~、評判ですよ~?」
「『可愛い』言われて喜ぶ面に見えるかゴラァッ!?」
椅子を蹴り飛ばすように立ち上がり、肩をいからせ、腰を折ってまで目線を合わせてミィエルへとガンを飛ばす様相は、もうただのチンピラである。顔のつくりはイケメンなのに実に勿体ない。
ミィエルもミィエルで慣れたものなのだろう、平然と笑顔で「思いま~す」と答え、彼は1つ舌打ちをして、ギロリと視線をなぜか俺へと鋭く向けてきた。
「ちっ! まぁミィエルはミィエルだから良いとして――テメェが姐さんとミィエルが認めたっテェ野郎か?」
値踏みする冒険者特有の視線だ。挨拶みたいなもんだし、まぁ解析されたところで痛くもないので放置となるわけだが、
「主様への下卑た視線、不愉快ですのでやめていただけますか」
「アん?」
俺への視線を遮る――ことは身長上できないが、セツナが狼人族の男との間に身体を割り込ませることで立ち塞がった。その綺麗で可愛いらしい藍色の瞳を、絶対零度を彷彿とさせる温度を浮かべている。
しまったなぁ、と思う。“妖精亭”でまで他者の視線を向けられることはない、と油断していた俺のミスだ。知らない人物がいる時点で予測してしかるべきだった。外のことで気が立っていたセツナを思えばなおのことである。
「なんだガキが、俺様に向かって何ガンたれ――ぐぉっ!?」
「わ~! すと~っぷ~!」
「主様? ミィちゃん?」
俺がセツナの肩に手を置くと同時、ミィエルもすかさずガルちゃんの尻尾を引っ張って下がらせる。おぉ、あの尻尾はもふもふそうだなぁ。
「何すんだミィエルっ!」
「何すんだ~、じゃないですよ~! ガルちゃんは~、なんで~そう誰彼構わず~、喧嘩を売るんですか~?」
「売ってネェだろうがヨォ! アイサツだロこんなモン!」
「はぁ……セっちゃんも~、カイルくんも~、不快にさせて~ごめんなさい~です~」
「いや、俺は気にしてないよ。セツナも気が少し立ってたのは、彼の所為じゃないしな。だろ?」
「は、はい。それにミィちゃんが謝罪を申し上げるようなことではありませんし」
「ありがと~2人とも~!」
セツナに抱き着いて頬擦りするミィエルに、「和んでんじゃネェよ!」と突っ込むガルちゃん。和むのは構わないんだが、とりあえず、
「話が進まないから、ミィエル。とりあえず2人を俺たちに紹介してくれないか?」
「あ、そ~でした~」
セツナから名残惜しそうにミィエルは離れると、カウンターに立っていたヴィーちゃんを手で招き、
「“妖精亭”に~唯一所属する~、パ~ティ~“妖精の護り手”の~、ヴィ~ちゃんと~、ガルちゃんで~す」
両手を広げて笑顔で紹介するミィエルだが、ミィエルよ。だからそれじゃ紹介にならんのだぞ……
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