第72話 カイル先生の技能職講習:シューター編Ⅱ
遅くなりました。
「では将来得意となる武器が分かった所で、目指すべき戦闘スタイルは何かを考えていこうか」
俺がそう言って続きを口にしようとすれば、「スト~ップ!」と俺に対して両手を突き出したミィエルの声と、「主様」と袖を軽く引っ張るセツナの声に遮られる。
「ん? 2人ともどうした?」
「どうした~? じゃ~ないですよ~! カイルくんが~語ってくれてる~内容は~、こんな~往来で~、世間話~みたく~、話すことじゃ~ないですよ~!」
「歩きながらではなく、少々腰を落ち着けて話されては如何でしょうか?」
言われて辺りを確認すれば、覚えている街並みから目的地まで大分近いことがわかる。
確かに話し切れないな、と思い視線をリルとウルコットに向ければ、2人――特にウルコットは安堵した表情で頷いた。
『そうしてもらえると助かる。想像以上に情報量が多いから、落ち着いてしっかりと話を聞きたいと思っていたところなんだ』
「そこまでの事は話してないと思うが……」
「十っ分に~、大した内容ですよ~!」
「そうか?」
「そ~ですよ~!」
「お、おう……?」
ずずいっとミィエルに詰め寄られ、思わず仰け反ってしまう。ふくれっ面で睨まれても可愛いだけなのだが、距離感がおかしいと言うか、ほぼ抱きついているような距離まで詰め寄られ、外野の殺気が高ぶってきてしまっている。仕方ないのでさっさと話題を逸らすことにする。
「まぁ取り合えず店に入ろう! 喫茶店でいいよな?」
「そうね。少なくともこの視線に曝されない所がいいかしら」
「でしたら主様。以前行った喫茶店は如何でしょうか? 落ち着いたところでしたし、ここから距離も近いですから」
「あぁ、あのファンシーな店だな。セツナ、案内を頼めるか?」
「はい♪」
ご機嫌な笑みを浮かべるセツナの案内の下、以前ミィエル達と待ち合わせに使った兎をモチーフにしたファンシーな喫茶店、その一角へと俺達は腰を下ろした。丁度空いている時間なのか、お客さんもまばらで落ち着ける雰囲気が大変ありがたい。
注文から持ち運びまでセルフなため、セツナに任せる形で俺は先程浮かんだ疑問をミィエルに訊ねることにした。
「なぁミィエル、ちょっとした疑問なんだけど、冒険者ギルドでは、初心者にはどんなことをレクチャーするんだ? 講習会ぐらいは開くんだろ?」
「いいえ~。少なくとも~、今は~、冒険者ギルドは~基本~、な~んにも~、やらないですよ~」
「へぇ……ってことは、昔はやってたのか」
「はい~。ただ~、受講希望者が~、あまりにも~来なくて~、辞めちゃった~みたいです~」
勿論、教えてほしいと申請を出せば個別で対応してくれることもあると言う。ただ受講料が発生するし、凡そは懇意にしている先輩冒険者から教えてもらうから、使われることはないとのことだ。
「初心者の扱いは?」
「当然~、所属する~宿ごとで~、対応してる~はずですよ~。冒険者を~、死なせてしまうよ~な~、宿には~人が集まらない~ですから~」
それもそうだよな、と納得する。そのための冒険者ギルドの下部組織である『冒険者の宿』なのだから。
そも『冒険者の宿』ってのは、簡単に増えてしまう冒険者を管理・運用を分散するためのシステムであり、冒険者を育成するための育成機関である。運営者に元冒険者を登用しているのもこのためだ。
ただ元冒険者であれば誰もが『冒険者の宿』を運営できるわけではない。育成機関である以上、指導者には優秀な人材が必要となるわけであり、結果として現役時代に高い実績と信用を勝ち得た冒険者のみが勤め上げることができるのだ。確かレベル的には8以上は必要だったはず、だったかな? 正直この辺の設定は大して気にしていなかったからうろ覚えでしかないんだけど。
まぁそれだけのレベルがあれば、少なくとも冒険者ギルドの一般職員なんかよりも、冒険者そのものの実力を見誤るようなことはないだろうから多分あってるはず。今度暇を見てこの辺の歴史でも勉強してみようかな?
「ただ~、ど~しても~所属する人員や~、店主の経験が~元となりますから~、全ての~技能職に~通じてるわけじゃ~ないんですよ~」
「あー、確かにその通りだな」
抱える冒険者の数が多い大手有名店ならば、豊富な人材から各方面の専門職が相談に乗ることも可能だが、規模が小さくなればなるほどそう言ったことは叶わなくなるのは道理だ。特に“妖精亭”ほど小規模となると、ほぼ不可能と言ってもいいだろう。まぁ実力を隠しているアーリアが、俺の想像を超えるレベルだったなら、その限りではないかもしれないけど。
「だからこそ大手と言える冒険者の宿には、人も情報も依頼も集まるのね」
「1から自力で手探りするよりも、先達から教えてもらった方が早いからな。『ザード・ロゥで冒険者になるなら“赤雷亭”』って言われるのは、それだけ人材も情報も揃っているからなんだろうさ」
その方が後進の成長にも繋がるし、無駄に命を散らしてしまう人材も減らすことができるからな。思えば来た当初は俺も最初は“赤雷亭”を教えてもらったっけ。
むしろ所属する冒険者の数が、俺が来る前は5名しかなかった“妖精亭”に辿り着けたのが奇跡と言えるよなぁ。まぁ新人を一切育てようとしてこなかったアーリアの責任でしかないけども。なんせ入った傍から「低レベルはいらない」って言われたしな。うん、懐かしい。
「ふふ。改めて現状を知ると、本当カイルと出会えたことは幸運だったと言えるわね」
「そのと~りです~。たぶん~ですけど~、カイルくんの~持ってる知識は~、“赤雷亭”よりも~多いと~、思いますよ~」
「さて、な」
と答えつつ、内心では「そうかもな」と同意しておく。なんせ歴史的な知識は兎も角として、その他に関しては転生するまでに発売されている、全てのルールブックとサプリメントの知識が俺の頭にはあるのだから。伊達に年単位でLOFと言うTRPGを遊んでいたわけじゃない。さすがに全ての技能職を遊んだわけではないが、仲間内でどのように動かしているかはPLの視点でも、GMの視点でも体験済みだ。余程バカげた夢を求めない限りは力になれるだろう。
「皆さま、お待たせいたしました」
丁度良いタイミングでセツナが飲み物を用意してくれ、そのまま給仕までしてくれる。配膳を終え、セツナが席に着いたところで礼を言い、「では揃ったところで、戦闘スタイルのことについて述べていこうか」と中断された話の続きを口にする。
「〈シューター〉が主に取れるスタイルは、並行して習得する技能職と適性距離によって左右されるんだ」
「適正距離、ですか?」
「そうだ。〈シューター〉は他の物理職と違って、唯一間合いを選ぶことが出来る技能職なんだ」
メイン技能の中でも物理職と言われるのは〈ファイター〉〈フェンサー〉〈グラップラー〉〈シューター〉の4種となる。うち〈シューター〉以外は全てがクロス~ショートレンジでの戦いになるが、〈シューター〉だけはスタイルに合わせてクロス、ショート、ミドル、ロング、オーバーと全ての距離を選ぶことが出来る。
まぁここでは大きく分けて、近距離、中距離、遠距離の3分類に分けさせてもらうけど。
「よって〈シューター〉が目指すべきスタイルは、どの距離をメインに据えるかで変わってくるわけなんだけど」
俺は一度コーヒーで喉を潤し、今更ながらテーブルがあるんだからと【雑囊】から羊皮紙とペンを取り出し、必要であれば図に描きながら説明することにした。
「まずは魔法職でも届かない距離――遠距離だ。この距離は突き詰めれば上位職の内、〈スナイパー〉と〈ガンナー〉の2種に当てはまるスタイルで、敵が手出しできない圧倒的距離から高火力で叩き潰すことを得意としているね」
〈シューター〉メインの技能職で最も長大な射程距離を持つのがこのスタイルだ。完全な後衛職で、本人はその場をほぼ動くことなく、長大な射程を利用した高火力で敵を殲滅するのを得意としている――いわば固定砲台だ。
重量級の武器を扱うことでダメージの底上げが図れるタイプで、中には自分が持って移動することが出来ないような重量武器を使うことで移動を捨てて火力を出す、なんて方法も確立していたタイプだ。
「『殺られる前に殺れ』を信条としており、気づかれる前に、または近づかれる前に倒し切る戦い方だな。都合よくこのタイプは移動を捨てられることから、金属鎧を着こんで防御力を上昇させることで、同タイプとも有利が取れるようにすることもある。上位職からもわかるように【弓】よりも【弩】や【銃】の方が好まれる傾向にある。また自分の成長も、いかに長距離から高火力を叩きだすかだけを突き詰めるから、習得したい技能職も絞ることが出来て迷うようなことはないのも特徴かな」
過去行ったキャンペーンでこのタイプを扱ったPLは、金属鎧を着こんだ上に武器は攻城兵器とも言える【バリスタ】を扱ってたっけなぁ。持ち運ぶためだけに〈ライダー〉を習得して運搬用騎獣を購入してたっけか。うん、懐かしい。
この話を一例として紹介してみたのだが、リルは心底嫌そうな顔をして、「私には向いてなさそうなタイプね」と苦々しく呟いた。
「そうか? リルの器用度なら十分にやれるぞ?」
「そういう問題じゃないわ。金属鎧なんて着たくないし、そもそも動けなくなるだけじゃない」
「別に金属鎧を着こむ必要はないんだけど……」
あくまで一例だと念を押したのだが、どうやらリルには大層お気に召さなかったようだ。鎧は兎も角、【スナイパーライフル】で敵を狙撃する女エルフとかめちゃくちゃカッコいいと思うけどなぁ。まぁその辺りはまたいずれ、と言うことで。それに【適正】が高い〈コマンダー〉を活かすなら、このスタイルでない方が良いとも言える。
「まぁ気が向いたら試してみればいいさ。さて、次は中距離だ。中衛として攻撃・支援をこなすことが出来、場面に応じた戦い方ができるタイプだ。この距離は〈シューター〉技能よりも、他に合わせて習得する技能によって大きく左右されるんだ。その代わりできることが多いため、しっかりと方針を定めないと全てが中途半端になりやすいのが注意点だな」
「そんなにできることが多いの?」
「多いぞ。〈エンチャンター〉を習得することで矢の威力を上げたり、様々な効果を付与して攻撃することができし、〈ファーマシィ〉と組み合わせて状態異常を付与する攻撃でダメージを与えながら支援しても良い。〈アルケミスト〉や〈コマンダー〉で仲間のステータスを底上げしても良い。〈テイマー〉も視野に入れれば、ソロでもパーティーと同様の動きができるようにもなるぞ」
他にも〈バード〉との組み合わせで、歌って踊って脳天を射ったり、楽器を飛び道具にする方法もある。奇をてらわず魔法職を主体としつつ、物理ダメージも担えるようにしてもいい。
それら一例をいくつか出しながら羊皮紙には次のスタイルを書き込んだ。
「最後は近距離だ。〈シューター〉で近接戦闘って時点でもう特殊な部類になるが、このスタイルも馬鹿にできない火力が出るため、火力役を担うことになる」
既存の『〈シューター〉=後衛』と言う考え方をひっくり返すこの戦い方は、射程距離が10m以下の【短弓】【弩】【銃】の3種を用いることになる、前衛回避型の射手だ。
【短弓】ならば近接での複数対象を同時攻撃する【マルチアロー】と言う特殊な矢を用いるし、【弩】と【銃】ならば追加で二丁拳銃、または短射程ながら連射可能な二丁【連弩】で手数を増やして戦うことになる。ちなみに【銃】の場合なら、サプリメントで俺の世界で言う【ガン=カタ】を再現された【流派】まで公式で存在していたりする。
「ただ当然のように分類としては前衛だ。当然前線で生き残れる回避力が必要となるため、近接職を並行して習得するか、アビリティの〈足捌き〉が必須となるかな。〈アーチャー〉に進めれば、早い段階で上位アビリティである〈射手の体術〉を習得できるから、このタイプは〈ガンナー〉より〈アーチャー〉へ進むことが多いかな」
そのまま紹介した遠距離・中距離・近距離の3点それぞれに必須になるアビリティやスキルを軽く書き込んで、そのままリルに羊皮紙を渡す。
「ちなみにカイル的には、私はどう進むのがいいかしら?」
「そうだなぁ……〈シューター〉をメインとしつつ、〈コマンダー〉での支援能力も活かせる中距離型かな。俺達とパーティーを組むうえでも前衛より中・後衛が欲しいってのもあるから」
言いながら羊皮紙をもう一枚取り出し、「例えば」と前置きをして、参考程度に書き込んでいく。
「〈アーチャー〉を目指し、追加技能として〈コマンダー〉に〈エンチャンター〉または〈ファーマシィ〉かな。〈スカウト〉と〈レンジャー〉は既にあるから、現状だと〈ファーマシィ〉の方が習得は早いだろうね。欲しいスキルやアビリティは――」
〈エンチャンター〉による自己強化で火力を出しつつ、〈コマンダー〉と〈ファーマシィ〉でパーティーメンバーとターゲットの弱体化を図るバランス型だ。スキルやアビリティも射手として一般的なものを書き上げていく。
この構成は〈シューター〉系では割と人気の型であり、やりたいことができるレベルも比較的早いのが特徴だ。
〈アーチャー〉+〈エンチャンター〉なら通称“魔弓士”と呼ばれていたビルドで、矢を属性攻撃にしたり、魔法ダメージへ変換することでダメージ量を増やし殲滅速度を上げることができる。しかも最終的には一度の攻撃で矢を複数に分裂させて火力を倍増することもできる。
〈アーチャー〉+〈ファーマシィ〉は“デバフアーチャー”と呼ばれ、矢による攻撃で状態異常によるステータス低下を敵に与えることができる。〈薬師〉による状態異常は、効果時間も効果量も魔法によるステータス低下よりも高く、味方に有利な流れを作り出すことができる。
勿論、必要となるスキルやアビリティも共通するものが多いため、余裕があればどちらも習得するハイブリッド型も大いに「有り」だ。
一応〈シューター〉だけでも専用の【矢】を購入することで、そこまで技能習得しなくても再現可能だ。ただし、多大な資金が必要になる。なんせ1戦終えるたびに安く見積もって、平均して3,000~5,000Gぐらい吹っ飛んでいくんだ。正直言ってオススメはできない。
その辺りも含めて説明を終えれば、リルは受け取った羊皮紙を見つめながら「カイルはここまで私が成長できると思ってるのよね?」と再度念押しをし、
「うん。これを参考にしてみようと思うわ。ありがとうカイル」
頷く俺に、リルは目標を見定めたように力強い笑みを浮かべてくれた。こういう反応をしてもらえると嬉しいものがあるよね。
「装備に関してはまずは使い慣れたものでならして、折を見て色々試してみるとして。次はウルコットだな」
俺に名前を呼ばれて居住まいを正したウルコットは、『よろしく頼む』と真剣な眼差しを向けてきた。しっかりと学ぼうとする姿勢に、嬉しくなりつつも、
「まぁ近接職は考えることなんて少ないんだけどな。特に【ハルバード】を使うとなると余計にな」
「どう言うことでしょうか、主様?」
コテンと首を傾げるセツナに、俺はにっと笑みを浮かべて答える。
「〈ファイター〉って言うのはな、シンプルであればあるほど良いんだ」
もっと簡単に言うと、〈ファイター〉が目指すべきはたったの2つ。腕力か、タフさか、この2点に絞られるのだから。
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