第65話 バトルドール創造実験Ⅰ
長くなったので2パートに分けます
結局お金の使い道は俺の中ではある程度決まっていても、市場を見なければ定まらないため一旦保留となった。お風呂へ向かったミィエルとセツナを見送りと、時間も時間だからと何をしようか考えていたら、アーリアが1つの提案をしてきた。
「カイル君、まだ寝ないなら、この後魔法を試してみない?」
「構いませんけど、俺の手持ちの素材では低位のバトルドールしか作れませんよ?」
「心配いらないわ。ちゃんとあたしの方で“ジェーン・ザ・リッパー”を含めた、カイル君が作成可能な使役獣の素材は一通り用意してあるのよ」
そこまで準備が済んでいる状態で「どう?」と聞かれれば、答えは「YES」に決まっている。俺は頷き、先導するように地下室へと向かうアーリアの後へついていく。
地下室には既に今回の魔法研究に必要な素材が集められており、傍にはダース単位で箱に積まれた【マナポーション】の山が備えられていた。まさに完璧な布陣。至れり尽くせりである。
「MPが足りなくなるようならそこに積んである【マナポーション】を自由に使ってちょうだい」
「ありがとうございます。あ、そうだアーリアさん」
丁度セツナもミィエルもいないことだし、と思い先程分けたお金の一部――凡そ30万Gが入った革袋をアーリアへ渡しておく。
「素材代ってことなら別に気にしなくていいわよ? あたしもあんたには大分儲けさせてもらったのだから」
「さすがちゃっかりしてますね。っと、そうではなく、これは1年程“妖精亭”に宿泊させてもらう上での宿泊費と、セツナがミィエルの料理教室で使用する食材代です」
俺とセツナがそれぞれ一室を借り受けて、食費込みで1日当たりが600G。365日に換算すれば22万Gほどになる。それに使用する食材費などある程度上乗せした見積もりで、アーリアにはお金を渡しておきたかったのだ。特にセツナがいない時にどうしても渡してしまっておきたかった!
「ミィエルが先生しているのだから、あたしにお金を払う必要はないと思うのだけれど、食材費と言うなら受け取っておきましょう。それでも多いと思うのだけれど」
「まぁどれぐらいかかるかは予想つかなかったので。足りなければまた言っていただければと。余るようなら研究費に充ててください。俺も研究には参加させてもらいますから」
「でもどうして今のタイミングで――あぁ、2人が居ない方が都合良かったのね」
「えぇ、間違いなく」
俺の考えを察したアーリアは得心が言ったと頷いてお金を受け取ってくれた。
実際問題、セツナとミィエルがいる状況で1年分の宿泊費兼料理教室代金を渡すとなると、もれなく以下の場面が付随すると予想したからだ。
宿泊費に関しては俺とセツナで2部屋を借りているわけだが、俺が1年分を纏めて支払うと言えばセツナは間違いなく――
「2部屋借りる必要はありません。セツナは主様の“従者”なのですから、寝食全て共にすれば良いと具申いたします。その方が経費も浮きますし、浮いた経費でアイテムを揃えた方が良いと愚考いたします」
「ダメです~! そんなの~! ぜ~~~~~ったいに~っ!! ダメですぅ~~!」
――となり、また不毛な言い争いが始まってしまうことだろう。
事実、俺とセツナが別々の部屋で過ごすようにと言ってきたのはミィエルであり、その件でセツナは多少なりとも不服に感じていた嫌いがある。間違いなくこの場面は再現されることだろう。
さらに料理教室や食材代金だと言えば、今度はミィエルが遠慮するどころか自分の身銭を切ってまで提供しそうだし、セツナも晴れて冒険者になれたことで今後得るだろう稼ぎを、全て俺に提供する料理に注ぎ込んだ結果、一食当たりのエンゲル係数が鰻登りで上がりそうだ、と嫌な想像が頭を過ったからだ。
こちらは確定ではないうえ、先払いしてあると言っても防げる確証は一切ないのだけど、まぁ気持ちの問題である。
「あんたも大変ね」とアーリアは皮袋を【マジックポーチ】へ仕舞うと、俺は早速素材を手にしながら本題に入ることにした。
「カイル君、まずは“ジェーン・ザ・リッパー”をお願いできるかしら」
「ですね。セツナとの違いが一番わかるのは間違いないですから。オプションパーツはどうしましょうか?」
「まずはなしでいいわ」
「了解です」
必要素材となる【エルダートレントから作られた人形】と【「20」点の魔晶石】を素材として並べ、オプションパーツは今回なしでいく。
「我が意思に従い、生まれし擬似なる魂。虚ろなる器にて生命の鼓動を刻み、従属せよ――〈クリエイト・バトルドール〉」
素材を中心に魔法陣が浮かび上がり、魔法の完成した手ごたえを感じる。後は“ジェーン・ザ・リッパー”作成までにかかる時間、魔法を維持し続ければ良いだけである。
ちなみに“ゴーレム”であれば創造までかかる時間は一律30分なのだが、“バトルドール”はレベルに応じて作成時間が変わっていたりする。“ジェーン・ザ・リッパー”は凡そ20分。まぁフレーバーでしかないので、TRPGではあまり気にすることでもなかったのだが、現実だとこの時間が案外暇である。
「魔法の完成に至るまで、セツナになる前のセツナと変わりありませんね」
「ちなみにセツナちゃんとなったらどう変わったのかしら?」
「単純に呪文が長くなり、魔法の展開と魔力の注ぎ方、適切なタイミングでの詠唱が必要になりました。正直言って魔法完成まで気楽にこうやって喋ることなんてできない程に難易度が跳ね上がりましたね」
「セツナちゃんが“名持ち”になったことで、固有のものに変化したのでしょうね。でも“名”を与える前は通常の呪文と同じだったのでしょう?」
「はい。間違いないですね」
頭に浮かんでくる呪文も通常の物と同じだったことは間違いない。個人的には創造する対象が変われば自然と呪文も変わったりするんじゃないかなーって思ってたりしたんだけど、TRPGの時同様に呪文は一律同じである。TRPG時代はさすがに作成対象ごとに呪文を変更するのが大変だったから一律にしたんだと思う。ただ現実になった今でもその辺りに変更はないらしい。
「あたしが知ってる〈クリエイト・バトルドール〉の呪文と差異はなし。まずは出来上がった子で色々確認していましょう」
「ですね」
「そう言えばカイル君、セツナちゃんには魔法使用の確認はしたのかしら?」
思い出したように疑問を口にするアーリアに、俺はぎくりとしながら「まだですね」と答える。
「あの娘の事だから、否定なんてしないと思うのだけれど」
「そうですね。でもまぁ、なるべく嫌な気持ちにはさせたくないので」
「そう言いつつ〈スケープ・ドール〉は使っちゃったのだけれどね」
「ぐっ……」
俺だって早めに確認したいとは思っているんだ。だからそうだな、今日にでも確認しよう。うん。
そうして待つこと20分。浮かび上がった魔法陣の中心に置いていた素材が人の形を成していき――
「カイル君……わざとじゃ、ないのよね?」
「も、もちろんです」
身長はセツナよりもわずかに高いぐらい。だがしかし、セツナの様な可愛らしさは一切なく、乱雑に伸びた白髪の髪に襤褸を纏い、オプションをつけなかったにも関わらず骨しかないような両手に鉈を握っていた。そして何より特徴的なのが、耳元まで裂けた大きな口。まさに――現れたのは俺の世界で言う口裂き女か、しわが刻まれれば山姥と言えるような“バトルドール”だった。
「マスター、ゴメイレイヲ」
解析をせずとも術者である俺はステータスが見れるが、列記とした“ジェーン・ザ・リッパー”なのは間違いない。オプションがないため、セツナを創った時よりはステータスが多少低いがそれ以上の差異はない。いや、言葉がセツナの頃よりもカタコトに聞こえる違いもあるか?
いやしかし、なんと言うか……俺が想定していた風貌と違いすぎると言うか、むしろこれこそが“ジェーン・ザ・リッパー”だと逆に思えると言いますか……
傅く“ジェーン・ザ・リッパー”に取り合えず待機を指示。解析判定が終わったアーリアが顎に手をあてながら疑問を次々に口にする。
「もう一度確認するのだけれど、カイル君は彼女の風貌をこのような想像で創り上げたわけじゃないのよね?」
「勿論です。セツナの時も別段容姿を想像しておりませんね」
「セツナちゃんの容姿は同じ条件でも、今と似た容姿で間違いないのよね?」
「えぇ。今の方がディティールが洗練されてて可愛いですが、概ね変わらないですね」
「ミィエルが直ぐに判別して抱き着いていたのだから、それも間違いなさそうね」
「と言うかむしろ俺、創造系の魔法を姿形を想像して行使したことがないんですが。すると変わるもんですか?」
「普通は変わるわね。と言うか、明確に想像しないで行使できてることがあたし的には異常なのだけれど」
ジトっと視線だけで攻めてくるアーリアに「そう言われましても」と苦笑いで返すしかない俺。でも俺自身は明確なイメージをせずに魔法が使えていることを考えると、これはカイルの記憶が俺を補助してくれていると考えるのが道理だろうか。
「まぁ次は容姿も想像しながらやってみます。それで、彼女はどうしますか?」
「まずは会話ね。どこまで自律的に受け答えができるのか、セツナちゃんの頃のような自我が確認できるのか、ね」
「そうですね。では――“ジェーン・ザ・リッパー”。君の役割は何だ?」
「マスターニヨリ、タイキヲメイジラレテオリマス」
「では待機は撤回。折角だからお茶でも淹れてもらえるか?」
取りあえず『待機』の命令を解除し、戦闘以外の行動として『お茶を給仕する』ことを指示してみたのだが、目の前の山姥――もとい“ジェーン・ザ・リッパー”は動き出そうとしない。
「どうした? 俺達に茶を淹れてくれないか?」
「マスター、チャ、トハナンデショウカ? ドノタイショウニコウゲキヲオコナエバヨロシイノデショウカ? メイカクナシジヲオネガイイタシマス」
「……では、攻撃ではなく、そこ詰まれている【マナポーション】を1つ俺のところに持ってきてくれ」
「イエス、マスター」
“ジェーン・ザ・リッパー”は頷くと指示した通り【マナポーション】を1つ持ってきた。受け取った俺はそのまま使用し、MPを回復しながら「“ジェーン・ザ・リッパー”は何かしたいことはあるか?」と訊くも、
「マスター、ゴメイレイヲ」
反応はなく、試しに頭を撫でてみるが無機質な瞳でこちらを見つめるばかりで反応もない。うん、これなら俺も心置きなく使えるし、何の感慨もなく使い潰せてとても良いと思う。と言うか、本来これこそが“バトルドール”なのではないだろうか?
試しに戦闘行動を指示すれば、言われた通りに動くことができるため、オプションパーツがないからと言って動けないわけではないことも確認できた。
「うーん、これが本来の“バトルドール”なんですかね?」
「見た目は兎も角、反応からしてあたしの知っている“バトルドール”と相違ないわ」
「アーリアさんのって言うと、ジョンさんの?」
「えぇ。あいつは“ジェーン・ザ・リッパー”程の高レベルは創造できないけれど、下位の“キラー・マリオネット”で様々な“バトルドール”は使役しているわね」
“キラー・マリオネット”はLv5の“バトルドール”であり、俺がテントを張るときに作成した“プロトドール・ウッドマン”の上位個体となる。成程、あの人形の館の人形はそれらの素体として作られていたと言うわけだ。
「最も、戦闘用ではなく観賞用としてカスタムされすぎてて、いざとなったら何の役にも立たないのだけれど」
「そもそもLv5の“バトルドール”では、下手するとLv3の冒険者に負けますからね」
アーリアの言葉に頷きながら、如何にセツナが特別であるかが嫌でも思い知らされる。ミィエルがあれ程「違う」と言った意味がようやっと理解できたと言ってもいい。
俺は一度目の前の“ジェーン・ザ・リッパー”を解除して素材へ戻し、今度はオプションパーツを適度に選びつつ、容姿も想像しながらもう一度“ジェーン・ザ・リッパー”を創造することにする。
「次は想像力を駆使しながら行使します。何か要望はありますか?」
「あんたの好みで良いわよ」
「ではアーリアさんをモデルに創ってみますか」
「へぇ……それはあんたの好みがあたしと言いたいのか、それともあたしを〈マイン・ドール〉で爆破させたいぐらい嫌っているという事なのか。どちらなのかしらね?」
「どちらの理由でもないのは確かですよ」
さて、いきなり好きな容姿に出来ると言われても困るもので。かと言って周りには幼い容姿の女性しかいないから大人の女性を――なんて創造したら、これまた格好の揶揄い素材にされそうで。マジでどうしたものか。
「あ、それとカイル君。その子を創り終えたら、維持したまま他の“バトルドール”を創造してみてくれるかしら?」
「使役できる数の確認ですか?」
「えぇ。理論上は魔法レベルの3分の1体分使役できるはずなのよ。カイル君なら4体ね」
何それ初耳なんですが?
TRPG時代では使役獣の想像や使役に制限はなかった。ただ、戦闘中指示を出せるのは1体のみと決まっているだけで。一応〈アビリティ〉を取得すれば複数の使役も可能なのだが、GMの処理緩和と戦闘テンポを考えて、公式ルールでも多くて2体までと決まっていた。
事実、一度だけ1人で軍団作って戦闘をやってみたのだが、正直テンポが物凄く悪い上に、GMもPLも処理が煩雑になって、結局1体までにしたことがある程にテンポが悪くなるのを体験している。結果、公式のルールを採用しており、俺も無意識に2体までの使役に留めていた所がある。フレグト村で“アイアンゴーレム”と“ジェーン・ザ・リッパー”のみの創造でとどめたのはこのためだ。
しかし現実となった今では、アーリアの言葉で俺は最高4体まで使役することができると言う。正直に言って心が躍って仕方がないんだが。
「初耳です。2体までしかやったことないので、是非限界を試してみたいですね」
「そう? ならバトルドール2種と“アイアンゴーレム”か、ゴーレム2種と“ジェーン・ザ・リッパー”で試して見て頂戴」
「アンデッドは――」
「普段使いできないもので試してもしかたないでしょう」
ですよねー、と内心で頷いてまずは“ジェーン・ザ・リッパー”を再び創造するところから始めていく。
さて、今回は明確なイメージを持って魔法を行使しなければならない。うーん、どうしようかな。
「“名”を与えられるか試してほしいところなのだけれど」
「さすがにあの見た目だと“アンデッド”と間違われてもおかしくないので……この子が創造出来たら、状態の確認の後に“名”を与えられるか試してみようかと」
「これで“名”を好きなように与えられたら前代未聞ね。創造系の認識がガラリと変わるわよ」
そうアーリアは口にするものの、表情からはそこまで期待しているようには見えない。まぁそれも当然か。“名”を与える、なんて簡単なことを、過去試した人がいないわけがないし。そしてできなかったからこそ、現在まで『“名”を付ける』と言う行為が広がっていないのだろうと簡単に創造できるわけだし。
どちらにしろ何かの間違いで“名”が与えられてしまった時のことも考慮した形で行きたいところだね。だとすると容姿はセツナと差別化を図りたいところだし、そうなると――よし。これで行こう。
俺は明確なイメージを決めると、魔法を解除した素材に再び魔力を注いでいった。