第63話 勧誘
取りあえずウルコットは放置して、俺は早速運ばれてきた荷物を振り分けることにする。
「さて、じゃあちゃっちゃと振り分けようか。まずはお金だな」
「ちゃんとそれぞれが賭けた口数で小分けされているみたいだから、すぐに済むと思うわ」
リルの言葉通り、マジックバッグの中には既に3つの皮袋に小分けされていた。
今回の《決闘》によってそれぞれ得た金額は、俺が262.5万Gで、ミィエルが175万だ。リル達が幾ら賭けたのかは知らないが、それでも8.75倍の掛け率ならそこそこの収入にはなっただろう。その証拠に、俺に「治療代よ」と言って皮袋を差し出してきている。
「申し訳ないけど、あなたの好意に甘えさせてもらうわね」
「それは構わないんだが、これから相当要りようになるんじゃないか? 生活が安定してからで俺は構わないぞ?」
ただでさえ住んでいた村を追われて慣れない街に住むんだ。お金は村にいた時よりも多くかかるはずだ。そう思っていたのだが、リルは首を振って「心配いらないわ」と言う。
「普通に生活する分ぐらいの蓄えはあるのよ。だから足りないのは、あなたへの支払いぐらいなの」
「まぁ無理をしてないなら、ありがたく頂戴するよ」
「そうして。と言っても、まだ弟の治療費分しか払えないんだけど」
「……ちょっと待て。『まだ』って、他の奴らの分もリルが払うのか?」
「そのつもりよ。お金を稼ごうにも当人たちは身体が動かないのよ? なら誰かが立替えてあげて、治ってから返してもらうのが一番でしょ? それに村の中で共通語を話せるの、今のところ私だけだもの。その所為もあって、問題なく働けるのも私だけなのよね」
まぁリルの言うことは道理ではある。けれど、リル1人で果たしてどうやって残りの金額を稼ぐつもりなのだろうか。彼らが五体満足になるまで、前回の分と合わせて最低でも80万はくだらない。勿論俺との友情価格で、だ。
俺としてはそこまでリルが背負い込むことはないと思うんだけどなぁ。
「でも~、リルはどうやって~、お金を~稼ぐ~つもりですか~? 普通に~働いても~、数年は~かかりますよ~?」
ミィエルのもっともな発言にリルは「そうなのよね」と困ったように肩を落とす。
まぁ80万Gは俺が居た日本に換算すれば単純に800万と言うことになるわけで。俺の生きた時代で考えれば高所得者と言える年収額に匹敵するものとなっている。
この世界の一月当たりの平均賃金は知らないが、そう簡単には貯まる額ではないだろう。
「カイル、あなた此処に10年ぐらい拠点を置き続ける気は?」
「そんな『ちょっと寄り道してかない?』みたいに気軽に10年とか言うなよな」
人間の寿命は良くて100年なんだぞ? そんな最低でも2~300年は生きるエルフと同じ時間軸で考えないでほしいもんだ。
「やっぱりそうなるわよね。アーリアさんにご相談なのですが……何か私にできる割の良い仕事はありませんか?」
「あたしは職業斡旋所の職員じゃないのだけれど?」
冒険者に仕事を斡旋していることを考えれば、あながち間違いではない気がするんだけど。と内心思いつつもアーリアの言葉を俺も待ってみる。
「そうねぇ……あたしの知る限りでいいかしら?」
「はい、お願いします」
「リルの技能次第だけれど、真っ当な手段なら――冒険者ギルドの職員となれれば、日々不自由なく暮らしながら貯金できて、凡そ8年ぐらいかしらね? 冒険者ギルドではなく、領主お抱えになるって手もあるわ。どちらにしろ数年かかるわね」
「そうですよね……」
「短期間で、手段を選ばない、エルフであることを最大限利用するなら、水商売系が手っ取り早いわ。他にも大金を手に入れる手段として“奴隷落ち”、なんてのもあるわね」
「それは流石に、いくら仲間の為でもちょっと……」
『そんな姉さんを犠牲にするような真似は俺が許さんっ!』
「あら、再起動できたのね」
ようやっと動き出したウルコットに、「なら」とアーリアは言葉を続けていく。
「姉であるリルになんでも押し付けてないで、男として、弟として、『俺が稼いでくるよ』ぐらいの甲斐性を見せたらどうなのかしら?」
『勿論、俺だって仲間の不自由を憂いているんです。当然、金は稼ぐつもりはあります』
「共通語も喋れないのに? どうやって稼ぐのかしら?」
『そ、それは……』
アーリアの一言で言い淀んでしまうウルコット。その様子にリルが「あまり弟を苛めないでやってください」と苦笑いを浮かべる。
「現実は早い内に知っておいた方がいいでしょ? ただでさえ人族世界の常識を知らないのだから」
アーリアが軽く息を吐くタイミングで、セツナが「取り合えず座ってお茶でもいかがですか?」とお茶を配っていく。俺にも察知されずにお茶を用意する辺り、既に一流の侍従と言えるのではないだろうか。
「ありがとうセツナちゃん。本当気が利く娘ね。カイル君の従者なんてやめて、あたしの従者になってほしいわ」
「ダメです~! それなら~、ミィエルが~主になるんです~!」
「アーリア様、ミィちゃん。大変光栄ですが、そんな時は訪れませんよ?」
「わかってるよ~」と言いながらも、何かを企むような笑みを浮かべるミィエル。恐らく俺にとって良くなさそうな企みの様な気がするよ。
考えると余計に疲れそうなので、お茶を一口嚥下する。あぁ……美味い。
アーリアも美味しいお茶で一呼吸を入れ、同様に一息を入れたフールー姉弟を一瞥すると、俺へと視線を移してくる。その表情は輝くような笑顔で、俺はお茶を飲みながらそっと視線を外した。直感が告げてくるのだ。きっとその口から出る言葉は、ろくでもないことに違いない、と。
「いっそカイル君がリルを買ってあげたらいいのではないかしら?」
「ゴフッ!」
ほらなっ! しかも心構えをしていたにも関わらずこの俺に致命傷を決めてきてくれたよ! 危うく茶を鼻から噴き出すところだったわっ!
「確かにカイルなら信用できるし、構わないかもしれないわね」
「おいリル!?」
「これが一番手っ取り早くて確実よね。最も、リルの査定次第ではカイル君が借金塗れになるかもしれないけど」
にやりと口元に笑みを浮かべるアーリアは、完全に俺を揶揄って遊んでいやがる。リルも似たようなもんかこれは? つかウルコットの野郎が落ち着いて茶を飲んでいるのが微妙に腹立たしい。一度言い負かされたぐらいで口を噤んでんじゃねぇぞ!
「はぁ……友人女性を奴隷にするなんて趣味はありません。揶揄うのも大概にしてくださいよ。リルも悪ふざけが過ぎるぞ?」
「ふふ、ごめんなさいね。いつぞやのお返しってことで」
「……さいですか」
「ふふふ~。カイルくんが~、『買う』って言ったら~、どうしようかと~思いました~。ね~? セっちゃん」
「? 主様がお決めになったことであれば、セツナは一向に構いませんよ?」
「セっちゃ~ん……」
セツナに振ったらこの流れは予想できただろうに。再びワイのワイのと騒がしくなる2人を見つつ、アーリアに「他にないんですか?」と奴隷以外の選択肢を訊いてみる。
「他の方法となると、そうね……ならカイル君、もう一度適当に誰かと《決闘》してあげたらどうかしら? 次は“赤雷亭”の序列1位あたりで」
「却下です。あくまで今回のは露払いの為に行ったのであって、俺は戦闘狂いの剣闘士じゃないんですから」
確かに勝率の高い賭博なら手っ取り早く稼げるかもしれないが、《決闘》は乱発していいもんじゃないでしょうに。それに限りなく勝てるよう努力はするけど、俺が確実に勝てる保証があるわけじゃない。どうせその序列1位さんもLv10超えなわけでしょ? Lv9ってことになっている俺が、ポンポンそいつら倒しちゃったら不味いでしょ。
「……アーリアさんも当たり前のように勝てる前提で話をするのね。カイルも負ける気なんてさらさらないって顔してるし」
「本当にあなたは何者なの?」と呆れ顔で語るリルに、俺はただただ苦笑いを返す。異世界からの転生者であることを除けば、リルには正直に話しているはずなんだけどね。
「そりゃ負けるつもりで戦うわけじゃないでしょうよ。それでアーリアさん、前置きはこれぐらいにして本当のところはどうなんですか?」
「あたしは冒険者の宿の店主なのよ? だからあたしに出来るのは、冒険者としての仕事だけよ。その中でも実入りが良いものと言えば――」
「迷宮探索~ですよ~!」
身を乗り出すように発言したミィエルに全員の視線が集まる。そして助手のように付き添うセツナが「トレジャーハント、ですか?」と合いの手を入れる。さらに説明が足りない部分はアーリアが補足していく。
「ですです~。迷宮探索なら~、守るべきは~自分達の命~だけですし~、マジックアイテムが~手に入れば~、一攫千金も狙えます~!」
「報酬の高さであれば、要人の【護衛】依頼などの方が高いのだけれど、ミィエルの言う様に様々なリスクを鑑みると【探索】が一番手堅いのよね。何より今は時期が丁度良いのよ」
アーリアの言葉に俺は内心で「あ~、成程」と頷いてしまう。そしてそれがリルが“冒険者”となるなら、確かに都合が良いなとも思う。ただなぁ、俺はウルコットに「俺からは誘わない」って言っちまったからなぁ。その手前口は出しづらいんだよね。
と言うわけで、俺はアーリアに任せる形で成り行きを見守ることにする。
「丁度良いって、どういう事ですか? 私が冒険者を始めるとしても、カイルもミィエルもランクが違い過ぎて難しいですよね?」
「丁度セツナちゃんが冒険者になったばかりなの。カイルくんの従者故に実力はあるのだけれど、ランクは最初期であるEランクから開始になるのよ。だからもし冒険者となるなら、セツナちゃんとパーティーを組んで依頼をこなすことができるのよね」
「そうだったのですね」
リルの視線がセツナへと向かい、セツナは肯定するように首を縦に振る。
「セツナちゃんとしては、パーティーを組むのはどうかしら?」
「勿論問題ございません。むしろセツナからお願いしたいぐらいです!」
無垢な笑顔で頷くセツナに、照れ臭そうに頬を掻くリル。セツナとしても気心が多少なりとも知れている人とパーティーを組みたいだろうし、真面目で向上心が高いセツナの事だ。リルから色々学びたいとも思っているのだろうな。直近で考えるならエルフ語辺りだろうか。
「リルさん、どうでしょうか?」
「……でもそれですと、セツナちゃんに甘える形になってしまうのではないですか?」
「戦闘面ではそうかもしれないわね。でもその他の技能に関して言えば、そこまで差があるわけじゃないわ。特に低ランクの頃の採取系なんかは、リル達の方が詳しいんじゃないかしら」
「そうかもしれませんが……」
「是非ご指導しただけると嬉しいです!」
セツナの期待の眼差しに困惑気味に視線を彷徨わせるリル。アーリアはさらに「それにね」と畳みかけていく。
「セツナちゃんの実力は本物なのだけれど、かと言って女の子1人で依頼をこなさせるのは店主としては避けたいの。でも主であるカイル君があまりにも目立つ動きをしてしまったから、信用の置けない相手と無理にパーティーを組ませるわけにもいかなくなっちゃったのよね」
右手を頬にあてて「本当に困ったわ」と息を吐くアーリア。リルも何か思い至ったのか、納得の表情を浮かべてチラリと俺へ視線を投げる。
俺としては危惧すべき点に間違いはないのだけど、完全に俺の所為みたいな空気には少しだけ文句を言いたい。ノリノリで《決闘》は確かにしたが、画策したのは俺じゃないんだ、と。
……まぁ言わないけどさ。
「どちらかと言えば、提案と言うよりはこちらからのお願いであることが強いわね。だから受けてくれるのなら、”妖精亭”はできる限りのバックアップをさせてもらうわ。どうかしら?」
伺うアーリアと期待の眼差しを向けるセツナ。対するは困惑するように返答に窮するリルだ。
正直言って、俺としてはリルとの約束のことは考えなくても受けていい話ではないかと思う。冒険者ってのは確かに危険の職業ではあるが、応じて報酬は高めに設定されている。ことアーリアさんなら、依頼に応じた報酬は間違いなく支払ってくれるし、店主としての腕前は確かなものだ。
さらに腕が立つことがわかっているセツナと、同じランクからパーティーを共にできるのなら、誰とも知れない他人と組むよりよっぽど安心できることだろう。
何より、この話は俺としても大いにお願いしたい話だ。セツナが組む相手がリルなら安心できる。ランクが上がってくれば俺と組むこともできるし、約束を守ることもできる。まさに一石二鳥だ。
だから是非受けてくれないかなぁ、と黙って眺めていると、リルは意を決したように口を開き――
「良いお話なんですけど――」
『姉さん、話を受けるべきだ。親父たちにも、村の人たちにも了承は得ている』
――断りを入れようとしたリルに、ウルコットが言葉を被せる。驚いたようにリルが振り向けば、ウルコットはもう一度告げる。
『今回の件で村はしばらくこの街に厄介になる。それにまだ若い姉さんに村のことを押し付けるつもりはないってみんなも言ってるし、戻ってくる親父や御袋も姉さんのやりたいことに賛成している』
「どう、して――」
『手紙で確認を取った』
懐から取り出した手紙をリルに差し出し、彼女が読んでいる間に俺を一瞥し、次にアーリアに『姉をよろしくお願いします』と頭を下げる。
だが彼の行動にアーリアは溜息を吐く。
「何他人事のように言ってんのよ? あたしは弟君にも言っているのだけれど?」
『俺も、ですか?』
「言ったじゃない? 『女の子1人で依頼をこなさせるのは店主としては避けたい』って。リルとセツナちゃんだけじゃ、女の子が1人から2人になっただけでしょ。だから、男手のあんたにも頼みたいのだけれど。お金を稼ぐつもり、あるんでしょ?」
『それは、勿論だが……』
「冒険者の上、“妖精亭”ならエルフ語しか話せなくても当分は平気よ。腕を磨きながら共通語の勉強もしたらいいんじゃないかしら?」
笑みを浮かべながら、アーリアは再度2人に話を纏めて提案する。
「あたし達としては、セツナちゃんと組んでくれるのは信用できる人にお願いしたい。あんた達は、確かな実力者であるセツナちゃんから安全を得る――もっと言えば、手に負えないような魔物が出た時だけセツナちゃんに頼り、それ以外は自分達の腕を磨きながらお金を稼ぐ。さらに“妖精亭”のバックアップも受けられるわ」
腕をテーブルの上で組み、仕草と間を意図的に開けることで視線を集めてアーリアは笑みを浮かべる。
「改めて訊くわ。どうかしら? 2人とも。“妖精亭”の冒険者にならないかしら?」
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