第60話 リザルトフェイズ
「さて、“ターミナル”の使い方だけれど、中央にある水晶に手を翳せば、前回レコードを刻んだ時から今日までの功績を評価し、応じた恩恵を受け取ることができるわ。簡単に言うと、基礎ステータスとレベルの上昇、または下降を目に見える形で行えるのよ。早速やってみなさい」
俺は言われるままに3柱のオベリスク、その中央に位置する水晶まで歩を進め、右手を翳してみる。すると水晶が淡く輝き、つられる様にオベリスクも蒼い光を帯びる。そして俺の目の前にステータスウィンドウと同じものが提示され、内容を確認した俺は「やはり」と内心で呟く。
【メインクエスト――魔神将『“簒奪者”キャラハンの撃退』:達成(経験点:5,100点)〈貢献度:150点〉】
《追加報酬項目》
バファト村長の生存:未達
エルフ姉弟の生存:達成(+1,000点)〈+50点〉
5日以内撃退:達成(+1,000点)〈+50点〉
合計経験点:経験点/貢献度――7,100点/250点
【サブクエスト――エルフの集落を救え:達成(1,100点)〈80点〉】
《追加報酬項目》
奴隷商の捕縛:未達
エルフの犠牲者5名以下:未達
合計経験点:経験点/貢献度――1,100点/80点
【サブクエスト――Aランク冒険者との決闘:達成(600点)〈20点〉】
《追加報酬項目》
ガウディの不殺:達成(+500点)〈+10点〉
合計経験点:経験点/貢献度――1,100点/30点
【魔物討伐数】
全82体 合計獲得経験点――2,135点
【総合報酬 ――経験点:11,435点/貢献度:360点/基礎成長ボーナス:6回(内訳:VIT+1 MEN+1 STR+1 AGI+2 DEX+1)】
現在所持経験点:21,015点
現在所持貢献度:360点(ビェーラリア大陸)
間違いない。これはTRPG時代の『リザルトフェイズ』に該当するものだ。
TRPGでは1つのシナリオを通して遊ぶことを『セッション』と呼び、複数のシナリオ群を同一のPCで遊び続けることを『キャンペーン』と呼ぶ。
1セッション分のシナリオは『オープニングフェイズ』『メインフェイズ』『クライマックスフェイズ』『エンディングフェイズ』『リザルトフェイズ』の5つの構成から成り立っている。簡単に説明すると起承転結+感想戦と言った形になる。
この『リザルトフェイズ』では、シナリオ内のあの場面でこっちに動いたらどうなったのか、などのネタばらし。それからシナリオ内成果である報酬をPCに配っていく。ここで配られた経験点やアイテム、金銭を用いて次回セッションまでにPCを成長させることができるため、ある意味ではPLとしては一番楽しみな部分でもあったりする。
基本的には配られる経験点や基礎ステータスの成長回数はGMの判断となる。俺がやっていた卓では「シナリオ貢献度」と「最大障害ボーナス」、「魔物討伐数」や「重要NPCの有無」で公式が設定する配布経験点よりも多くなるようにしていた。その方が成長速度も速くなる上、やりたいことまで手が届きやすくなるためだ。まぁ、おかげでバランス調整が難しくなるというジレンマを抱えることにはなったが……
話が逸れてしまったが、今俺の目の前に存在する“ターミナル”を用いることで、この世界での「1セッション終了」と言うことになるようだ。
それと幸か不幸か、クエストで得られる経験値が通常よりも多く取得できている。まるで俺達の卓と同じレギュレーションと同等のものに感じる。もしかしたら俺が設定したキャラクターと世界観が適応されている以上、レギュレーションも同様に適用されているのかもしれないな。
魔物を討伐した際の経験値は、ステータス画面からその場で取得できていたことは確認できている。ただ取得量が俺の知るものと違っていたことから考えると、今後とも安定して『経験値』を得るならばクエストを受け、定期的に“ターミナル”を利用することになるだろう。俺のレベルに対して適正レベル帯の敵と戦い続けること自体がまず難しい上に、危険が大きすぎるからだ。
……まぁそう思っていたところで、これがTRPGセッションだったなら、必ず毎回セッション毎に適正レベル帯またはその上と戦わされるんだけどな。
この世界がそうでないことを祈りたい。
何にしろこの世界に『リザルト』があり、基礎ステータス、経験値の取得の方法がわかったのは大きな収穫だ。
それに取得できた経験値で必要に感じる解析判定とMPタンクを目的レベルまで習得できそうでよかった。
「どう? 何か思い出せたかしら?」
後ろから掛けられたアーリアの言葉に振り返ると、俺の結果に興味津々と言った表情を浮かべるミィエルとセツナが視界に入る。まだ手は翳しているため、見ようと思えば見えるはずなんだけど、他人のリザルトってそんなに見たいもんかね?
「あ、はい。俺達はこれを『リザルト』って言ってましたね」
「そう、言い方が違うのね。大陸が違えど、同じ世界なら呼び方も同じだと思っていたのだけれど、興味深いわ」
顎に手を当てて思考するアーリアに、「この世界のアルステイル大陸でそう言うかはわからないんですけどね」と内心で謝罪する。
「でも記録より戦果の方がしっくりくるわね」
「俺としては言い慣れたものの方が助かりますけど、ちゃんと“レコード”で統一しますね」
何処でボロが出るかわかったもんではないからね。今後は「リザルト=レコードを刻む」で覚えておこう。
「それで~、カイルく~ん、どうだったんですか~?」
「? どうって、何が?」
「レコ~ドですよ~!! 魔神将を~、倒したんですよ~!? もしかして~、Lv14になった~とかですか~!?」
キラキラと瞳を輝かせて問うてくるミィエルに、俺はウィンドウが見えるように少し身体をずらしてみる。これなら見えるかな?
「言っておくけど、あんたが見ている情報は他者が盗み見ることはできないわ。だから身体をずらした所であたし達には見えないの。あくまでそれは神々があんただけに提示するないようだもの」
……成程。さすがの魔法とか神様がいる超技術世界だ。特定の魂のみに見えるように覗き見防止フィルターまであるとは。
「そうなんですね。ちなみにこれ、全員に見れるようにできませんか?」
口で説明するのは面倒なうえ、俺からすれば『リザルト』は他PLも共通で見れる情報だ。なおかつ累積経験点などはキャラクターシートに載ってる内容だから見られても問題ない。
そう思って言っただけなのだが、アーリアは完全に呆れた表情を浮かべ、ミィエルに至っては顔を真っ赤にして「だ、だめですよ~!」と両手でバツの字を作った。
「いろんな奴にここのターミナルを使わせてきたけど、《ソウルレコード》を『見せて良い』なんて言ったのはあんたが初めてよ」
「え? そうなんですか?」
「そ~ですよ~! 《ソウルレコ~ド》は~、プライベ~トすぎて~! いくらなんでも~、だめですよ~!」
「プライベートっつっても、今回の戦果が表記されてるぐらいだぞ? 見られて困るようなもんじゃないんだけど……第一アーリアさんなら端末からこれらの情報を見ることが出来るんじゃないですか?」
エンブレムに記録されている情報はアーリアが弄れたわけだし、データベースにさえアクセスできれば見れそうなもんなのだが。
しかしアーリアは首を振ると「細かいところは見れないわよ」と否定する。
「冒険者の登録に必要な内容はデータベースにアクセスすれば見ることはできるわ。でも《ソウルレコード》に記される細かい内容までは把握できないのよ」
「でもステータス数値を見たらどこがどう成長したかの逆算は可能ですよね? 見えなくする意味あるんですかね?」
「数値的なものを見れば確かにそうだし、今回の任務だけを考えれば開示しても構わないのかもしれないわね。でもあんたがどのような行動を起こして、どのように成長したのかは秘匿されるべきなのよ。人によっては誰かに恋をしたことで成長が促されたり、その逆だってあり得るのよ? それを詳らかに見せたいっていう人間、そうそういないでしょ?」
人間の成長は何も敵を倒すだけではない、と言うことか。確かに自分の過去を詳らかにしたいと思う奴はいないよな。
「神様は~、その辺の~管理が~、杜撰なので~、一度他人に~《ソウルレコ~ド》を~、公開しちゃうと~その後許可してない~人にも~、見られる危険性が~でるんですよ~!」
「そうなったら何から何まで穿り回されるわよ? 身体的特徴から生まれてから今までの人生まで全て、ね」
「そいつは恐怖しかありませんね……」
俺は苦笑いを浮かべながら自分の言葉の迂闊さに反省する。事実、イメージを浮かべるだけで俺の目の前に表示されている表記が、今回のリザルト以外の表記へと変わっていく。身長や体重、スリーサイズは勿論のこと、所持している装備や習得した【流派】やどのような人物に出会ったかの経歴まで……様々なことが俺の視界を埋め尽くした。
まさにカイル・ランツェーベルを形作る全てがここに記されており、そしてそれら以上に意識を向けざる得ない表記に思わず息を飲んだ。
【命題――転生し、この世界へ呼ばれた謎を追及せよ:進行中】
「それと、”命題“何てものも人によってはあるそうよ」
「……命題、ですか?」
俺が目を瞠った刹那にタイムリーな内容を口にされ、内心動揺しつつもなるべく平静を保つように質問を投げ掛ける。
「何でも、一定の条件を果たした者のみに提示されるものらしいわ。“命題”を与えられた者は世界に選ばれた者の証左であり、同時に世界に恐れられる者の証明でもあると言われているわ」
「選ばれているのに世界に恐れられるんですか?」
返した疑問の言葉に「簡単なことよ」とアーリアは前置きをして答えを返す。
「“命題”を提示される人物って言うのは、歴史の流れに良い意味でも悪い意味でも影響を及ぼす“特異点”――歴史の転換点なのよ。過去“命題”を授かった人物は勇者にも魔王にもなったそうよ」
「命題のクリア報酬が勇者なり魔王の力、だったんですかね?」
「残念ながらそれは定かではないわ。ただね、カイル君。そもそもそんなもの、今の世を乱したくない奴らからしたらどう思うかしら?」
「邪魔、でしかないですね……」
「その通りよ。十中八九良いことにはならないわね」
「ははは。それも怖いですね」
成程、とても分かりやすい。この世界が『秩序』と『混沌』の神々の勢力争いだとしても、それは大局で見た話であって今世界を生きている人々が成し得なきゃならない事ではない。
善にも悪にもどう転ぶかわからないものなんて、今の世を維持したい者からすれば邪魔でしかないのは道理であるし、敵対勢力からすればいかなる手段をもってしてでも消したい対象となることだろう。もしかしたら動かぬ盤面に変化を齎す為の特殊ルールだったりするのかもしれないが、やられる方はいい迷惑でしかない。
これもTRPGにはなかったもんだ。正直対処に困って仕方がないぞ。
「もしかして、授かってしまっているのかしら?」
にやりと笑みを深めるアーリアの視線。まるで俺が命題を受けていることを確信しているかのような態度に、俺は肩を落としながら笑顔で首を振った。
「勘弁してくださいよ。ただでさえ、知らない大陸にわけもわからず飛ばされてるんですよ? そんな厄介ごとまで押し付けられたらたまったもんじゃありませんよ」
「そう? あんたなら押し付けられててもおかしくなさそうなのだけれど?」
「今の所、運良くそうはならなかったみたいですよ」
「ほんと~ですか~? カイルくん~?」
「主様、一瞬お顔の色が曇られたように感じたのですが……セツナ達ではお力になれないのでしょうか?」
俺の返答に疑うと言うよりは、心配が先行して訪ねてくる2人。そんな2人の気持ちが嬉しくて、思わず俺も笑みが零れる。
「2人とも、心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから」
「でも主様――」
「あー、あれはなセツナ。忘れたい過去を思い出さされて少し気をもんだだけさ。心配をかけて悪かった」
だから大丈夫だ、と頭を撫でることでようやく安心したのか笑顔を浮かべてくれた。
「ふ~ん。カイルくんが~、それほど動揺する~過去って~、なんですかね~?」
「ふふ、確かに気になるわね」
「はっはっは! 今しがた忘れたのでなんのことかわかりませんね!」
忘れたい過去だっつーに掘り起こそうとするアーリアとミィエルを笑い飛ばし、俺はそっと水晶から手を放して“ターミナル”から離れていく。
「本当に? カイル君、あたしはどんなことでも相談に乗るわよ?」
「ありがとうございます。相談すべきことが出来た時にお願いします」
「面倒事は大歓迎よ」と言う副音声が聞こえてくるアーリアの言葉。頼もしくもあり、同時にありがたいと思う。ミィエルもセツナも頼れる頼もしい仲間だ。でも、今ではないだろう。
判断材料が足りなさすぎる。もう少しこの世界を知ってからでも構わないはずだ。なんせ、急いで解決するような内容ではないからな。
「それで~、カイルくんは~、どう成長したんですか~?」
「最初の~質問に~答えてくれて~ないですよ~」と訴えるミィエルに、そう言えばそうだったと思い出す。
「いや、14には辿りつけなかったな」
「やっぱり~、そのレベルまで~くると~、むずかし~んですかね~?」
何故ミィエルが不服そうな表情をするのかが疑問だが、俺自身当分冒険者レベルを上げるつもりはない。ステータスを誤魔化す意味でも、Lv15を目指すのは後回しだ。
「さてな。さ、とりあえず俺の“レコード”は終わったぞ。次はミィエルの番だ! 俺の分まで上がってこい!」
「もっちろ~んですよ~! 見ててくださいね~!」
俺と入れ替わるように軽い足取りでオベリスクへと歩を進めたミィエルは、勢いよく自分の身長程ある高さの水晶に手を翳した。
いつも閲覧いただきありがとうございます!
更新速度が上がらず申し訳ありません。
何とか頑張ります!
よろしければ下の☆に色を付け、ついでにブックマークしていただけると励みになります。