第5話 初の実戦
狩りは今から1時間後ぐらいに出発するらしい。俺はバファト宅の屋根裏部屋を借り、荷物を置く。剣も案外早く返してもらった。返してもらえるまではもう少しかかると思ったのだが、話しているうちに存外に信用してもらえたようだ。
と言っても正直狩りなら全てを持っていく必要はないのだが……
「まぁ予期せぬことが起こってもまずいしな。準備は万全にしておこう」
なにやら今の時期は動物たちも縄張り争いで荒れているとのことだし。回復アイテムもしっかりと持っていくこととしよう。俺自身の危険よりも、リルや他エルフたちの危険だってあるわけだし。
むしろ考えればエルフたちの危険の方が大きい。
先程どのような狩りを行うのかと聞いたところ、兎や鹿などの獲物を狙う狩りと、野生動物がフレグト村近くに縄張りを作らないように、また作ってしまった時のための狩りを行うとのことだった。
勿論森の中の生態系を乱すようなことはしないが、ある程度の間引きは必要なのだ。本日の狩りでもそう言った巡回を含めた狩りを行う、とのことだった。そしてリルさんが快く俺の同行を許してくれた理由の一つでもあったのだ。
「カイルさんには獲物の狩りよりも、どちらかと言うと危険動物の間引きをお願いしたいの」
「間引き、ですか。どのような種類が確認されているのですか?」
「あなたに遭遇する前に村から比較的近い場所に“グリズリー”と思しきひっかき傷と、“ジャイアントヴァイパー”らしき動物が通った後が発見されているの」
「ひっかき傷と言うと、縄張りのマーキングですか?」
「えぇ」
「なるほど。“グリズリー”は縄張りにいるとして、“ジャイアントヴァイパー”はまだ姿を見ていないのですね?」
「なので捜索も同時進行で行います。ですが発見できたとして、今村には最大戦力である戦士と魔術師が両方とも不在なので、討伐も撃退も難しいの」
「その手伝いを俺にしてほしいと言うことですね?」
真剣な表情で頷くリルに、同席していたバファトも続けて「お願いします」と頭を下げたのだ。
「私の見立てでも、カイル殿が今この村にいる戦士で最も強者と見込んでいます。是非にお願いします」
「わかりました。協力させていただきます」
こうして話がまとまったのが10分ほど前だ。
今思えばバファトはLv5の神官であったし、村を取りまとめるためと外交の代表も行うのだから、人を見る目は確かなのだろう。おそらく会った時に俺の力量を測り、会話の流れで今回の狩りに参加しやすいように誘導していたのかもしれない。善意の協力であれば依頼扱いでもないわけだし。まぁ依頼されなくても話を聞けば手伝うつもりではいたけどさ。
「”グリズリー”と”ジャイアントヴァイパー”ねぇ」
名前を聞いた時点で解析判定は成功している。〈セージ〉系統のLvが低いせいで苦手な分野ではあるが、相手のLvが低かった分成功したと思われる。
GMとしての知識でLv帯は想像ついたが、判定に成功するとまさか降ってわいたように相手の情報が閃くのだから面白いものだ。
両方とも動物系魔物でありLvは「6」。まだ狩人たちを目にしていないから何とも言えないが、リルとウルコットのLvと、村最大戦力が不在という点からみて危険極まりない状況なのは明白だ。村人の危険を減らすためにも強い護衛がほしいところだろう。
まぁ俺自身、実践が欲しいと願っていたところだし丁度いい。一宿一飯の恩義ってことで。
俺は雑囊に、回復アイテムや補助アイテムを考えうる限り入れる。巾着バッグ程ではないが、雑囊も魔法化されているため、見た目よりも多くのアイテムを収納できる。元の世界でこんなカバンが欲しかったものだ。
次に自分が装備しているアイテムを改めて確認し、頭の中のステータスウィンドウを確認しながら必要のないものは付け替える。
【武器1・2】マグマタイト加工されたルナライトソード+1
カテゴリー:ソード ランク:B 用法:1H両 必要筋力:15 威力:20 命中補正:+3 ダメージ補正:+3 クリティカル性能:B
耐久値:158/250 専用化:カイル・ランツェーベル
〈効果〉
黒い両刃の刀身に魔術刻印が施された魔法の剣。スキル《魔力攻撃》使用時、ダメージ補正に+2の修正を受ける。
【武器5】ソードスパイク+1
カテゴリー:格闘 ランク:B 用法:2H(脚) 必要筋力:5 威力:10 命中補正:0 ダメージ補正:+1 クリティカル性能:B
耐久値:110/150 専用化:カイル・ランツェーベル
〈効果〉
金属で作られた爪先まで覆う脚甲。攻撃方法〈蹴り〉の威力を上昇する。足の親指を押し込むことでつま先から刃物が飛び出し、〈カテゴリー:ソード〉として使用することもできる。
今回の狩りで使うメイン武装はこの2つだ。魔剣は持ってはいくが使用するつもりはない。次に俺は最も試したい武器ではなく防具を確認する。
【盾】マナコート加工されたエルハートケープ
カテゴリー:盾 ランク:A 用法:1H 必要筋力:1 回避補正:+2 防護補正:+1
耐久値:85/100 専用化:カイル・ランツェーベル
〈効果〉
金属繊維を織り込んだ厚手の布。防護能力は低いが、相手の視線を誘導したり攪乱したりと回避能力を上昇させる。【特技】布操術を使うために必要なアイテム。
【鎧】荊のローブ+1
カテゴリー:c ランク:B 必要筋力:1 回避補正:0 防護補正:+2
耐久値:173/200 専用化:カイル・ランツェーベル
〈効果〉
白を基調とした軽めのローブ。魔法化された青い糸により魔法陣を刺繍されており、敵味方問わず装備したキャラクターに接触を図ろうとする場合、半透明の魔法の茨が出現し対象に魔法のダメージを与える。
【装飾品:腰】マジックベルト・マナブレイダー
カテゴリー:装飾・腰 耐久値:120/150 専用化:ライル・ランツェーベル
〈効果〉
革に魔晶石と魔法化の糸で魔法陣が描かれたベルト。装着者の周辺極僅かに魔法の斬撃を発生させる。戦闘中、相手の近接攻撃に対して回避判定が特に優勢であった場合、不可視の刃でカウンターダメージを与えることができる。
盾は専用の【特技】と回避能力を高めるもので、ローブとベルトこそがある意味では防具でありながら俺のメイン武装とも言える装備だ。
このキャラクターは相手の攻撃を全て躱すことを前提とした回避型ビルドをしており、敵を排除する殲滅能力には欠けていた。しかし、防御しながらでも相手にダメージを与えることができる防具と装飾品により、一撃の威力は低くとも手数で自ターン・相手ターンともにダメージを与えることができるようになっているのである。
ヘイト上昇スキルに高い回避能力、攻撃しても躱せれてなぜかダメージを受け、スキルによりさらにヘイトが上昇する。場が固まれば固まるほど、このキャラクターにヘイトが集まり、しかし攻撃が当たらないためヘイトを減少できず、他PTメンバーが後ろからタコ殴りに出来るという回避盾。
自分で作っておいてなんだが、GMとしてはこれ見よがしにうざかった。自分が行うシナリオでは操作するのも戦闘の場面にいるのもバランス調整が面倒になったので、よくイベントで別のところに行ってもらったほどだ……と、閑話休題。
俺が今回実践で試したいのは武器よりもこれらの効果だ。ゲームと同じ効果で使えるのか、それともより使い勝手が良いのか悪いのか。是非とも試さなければならないのだ。
一通りの準備を終え、屋根裏部屋に置いてもらった時計――この世界は機械仕掛けではなく、魔力が含まれる魔晶石を電池代わりにして動いているようだ――を確認し5分前に到着できるよう部屋を出る。部屋を出る際にバファトに挨拶をし、村での多人数集合場所として設けられている広場へと向かう。広場へ向かう途中、すれ違う村人にエルフ語で挨拶をする。一応先程のリルやバファトに教えてもらった、事になっている。
『こんにちは』
『あら、噂の旅人さんね。こんにちは。狩り頑張ってきてね』
『ありがとうございマス。がんばりマス』
とりあえず覚えたて―ーなのは間違いないが、完全に話せてしまうという状況を悟られないよう、なるべく片言な感じで話しかける。正直、挨拶と簡単な言葉以外は会話できないLvにしておかなければならない。ボロが出ないよう気を付けなければ……
村自体は広いというわけではないので、目的の場所にはすぐ辿り着けた。
既に広場には9人の装備を整えたエルフが、リルとウルコットを中心に段取りを行っているところだった。
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「いえ。少し早いぐらいです。今はカイルさんに同行していただくための段取りをしていたところなんです」
そりゃ飛び入りの、しかも得体も実力もしれない人物が参加するとなれば事前の段取りは必須になるか。連携なんて取りようもないもんな。
メンバーの表情を伺ってみれば、全員が美形の顔を怪訝そうに歪めている。特にウルコットは俺に向ける目が殊更に厳しい。
『姉さん。やはり人間を連れて行くのは反対だ。こいつのせいで俺たちが危険に晒されるんだぞ!』
事実とは違うとしても彼の言うことは正しい。飛び入り参加、実力不明、言葉も通じない。命の危険を伴うのだから不安要素は排除したいだろう。気持ちはよくわかる。ただ確認してみれば、ここにいる全員のLvは平均すれば2~3。俺が同行することで危険が増すというよりも、安全性は増すと思うよ?
『悪いけどウルコット、逆なの。彼がいる方が危険が減るのよ』
『リル。先程にも話は聞いたし、君と村長が嘘を言っているとは思えない。しかし本当に彼は君の両親と同等以上の実力者なのか? 私にはそう見えないのだが』
『安心して。彼の実力が高すぎて測れないだけよ。私の勘だけど、父さんたちより強いと思うわ』
ただただ食って掛かるウルコットと違い、冷静に俺を見定めている男性が代表して不安を口にする。その言葉に自信をもって頷くリル。言葉からしてリル自身は俺のLvを正確に測れていないみたいだが、知っている両親のLvは見抜けても俺のLvは見抜けず、また装備の充実具合から高Lvであるとあたりをつけたってところかな。
事実、俺のLv13と言う数字は異質とも言える強さだ。
LOFの世界的にLvの数値は高いとされるものでも7~9であり、10を超えた時点で、最高ランクに位置付けられてもおかしくないのだ。冒険者ならLv5で一端であり、Lv7を超えれば一流冒険者と言える。この基準で見てもLv13は圧倒的な力と言えるだろう。
ゲームであれば解析判定に失敗した時点で「こいつ、俺のキャラより相当強い」と言う目安になる。だが現実であれば剣道の達人や、空手の達人を目にしたところで、まず目の前にいるのが武術の達人かどうかなんて見分けはつかないし、実力差なんてわかるはずがないのだ。今彼らに起こっている現象はまさしくこれであり、俺からとやかく言うことでもない。一応エルフ語、わからないって体でいないといけないしね。
「えーっとリルさん。何となくニュアンスは伝わってくるのですが、彼らはなんと?」
「あなたの実力に懐疑的なだけですよ。お気になさらず、冒険者としての力を存分に奮ってくださいね」
「わかりました。そう言うことでしたら大船に乗ったつもりで良いですよ」
リルは包み隠さず告げてくれている。俺自身も彼女のことはもう信用したいところだし、期待に応えられるよう頑張るとしましょうか。
『ではきびきび行くわよ! 討伐班は私とともに、まずはグリズリーを。捜索班はヴァイパーを見つけ次第警笛を鳴らすこと! 無論食材となる獲物の確保もしっかりすること!』
リルの声にエルフたちは頷き、各々の役割のために班ごとに散会していく。今この場に残っているグリズリー討伐隊は俺、リル、ウルコットと名も知らぬエルフの男性1名だ。ウルコットがいるのは俺の同行を否定しているから、実力を確認させるためでもあるのだろう。
「ではカイルさんは私と共に、まずグリズリーを狩りに行きましょう。ヴァイパーは発見し次第、笛が鳴りますから、その後向かいます」
「了解です」
俺は頷き、いくつか作戦内容を確認した後、縄張りの場所を知るウルコットを先頭に森へと足を踏み入れた。
★ ★ ★
村を出て周囲を警戒しながら進むこと20分程だろうか。ウルコットが指を指す太い木の幹には、縄張りの象徴である爪痕がきっちりと刻まれていた。
村から距離にして20分程度の距離に縄張りを作られたのか。これは確かに危険だ。
「さてと、じゃあ行ってきます」
俺はリルたちが高めの木の上へと身を躍らせたことを確認すると、今まで気配を消す動きから一変。堂々と縄張りの中へ足を踏み入れる。
広場を出発する前に、俺はリルに一つ提案をしている。内容は簡単で、「俺がグリズリーを一人で討伐するので、皆さんは安全な場所で見ていてください」と言うものだ。
初めは弓を得意とするリルたちも援護する、と言うものだったが、下手にヘイトを持ってかれて怪我でもされてはたまらないという気持ちと、ウルコットを始めとした懐疑的な視線を黙らせたいという考えから「単体でやらせてほしい」と頼んだのだ。
俺は【ルナライトソード】抜きつつ、自分の存在をしっかりアピールするように声と物音を盛大に発てる。
「おーい熊やーい。人間様が侵入したぞー!」
爪痕を残した木に刃を立て、蹴り上げ、縄張りを荒らしているアピールをする。こちらから探しに行ってもいいのだが、縄張りの規模までは調べられていない。またあまり森の深くまで入りたくなかったので、最も近い縄張りで音を立てて本人から来てくれるように仕向けることにしたのだ。
アピールすること数分、果たして待ち人ならぬ待ち熊は、大気を震わす低い唸り声とともに俺の前に姿を現した。
俺の姿を視認するや否や、二足歩行で立ち上がり前足を掲げて恐怖を煽るように吠える。全長3m以上はあるだろうか。巨体が俺に影を落とし、獣の臭気を真正面からぶつけてくる。
人間社会にいる限り出くわすことがない、巨体が眼前へと迫る現実。恐怖で身体が竦んだらどうしようかとも思ったが、正直恐怖など感じていなかった。
むしろやっと訪れた実践の時間だ。動物系は魔法など使うことができない代わりに、物理的な能力と高いタフネスを有していることが多い。全力で攻撃を叩きこまない限り、ある程度もってくれるはずだ。熊には悪いがいろいろと試させてもらうとしよう。
彼我の距離は5m程。グリズリーが威嚇に怯まない俺に、明確な殺意を向けて四つ足の構えを見せる。その刹那、グリズリーの前足が地面に着くより先に二歩で距離を詰め、スキル〈挑発攻撃Ⅱ〉を起動し足に装備されている武器――【ソードスパイク+1】で蹴りを鼻っ面に叩き込む。
悲鳴を上げて前足で顔を覆うグリズリーに対し、先制判定に難なく成功した俺は〈イニシアティブアクション〉の効果で側面から背後へ流れるようにポジションを整える。続けざまに尻を蹴り上げる。クリティカルの手ごたえが足に確かな感触を伝えながら、情けない声を上げるグリズリーから二歩距離をとる。
なるほど、こんな感じか。俺は今すぐにでもTRPGでのLOFと今の世界との違いについて考えそうになる思考を後回しにし、左手の人差し指だけをクイッと曲げる仕草でさらに挑発を行う。
「ほらほらどうした熊公。お前も殴ってこいよ」
手に持った【ルナライトソード】を使うことなく、【ソードスパイク】も刃物を使わずに蹴り上げただけと言う舐めプレイ……と言うのは果たして熊にわかるのかは疑問だが、スキルの効果も重なり、逃げるどころか激昂してグリズリーは俺へと突進する。
3mをも超える巨体と質量から、俺を轢き潰さんとするグリズリーの突進をギリギリまで惹きつけてから紙一重で躱す。すれ違いざまに【荊のローブ】から現れた半透明な茨の棘が、グリズリーに絡みつき、【マジックベルト】の不可視の刃が攻撃部位を切り刻む。
爪で攻撃しようと。噛みついて攻撃しようと。圧し掛かろうとしても。俺は全てを完全に見切って躱す。
攻撃はグリズリーが絶えず行っている。だと言うのに傷つき力を失っていくのは、攻めているグリズリーだ。そしてグリズリーの目は挑発された怒りではなく、恐怖と脅えに塗りつぶされる。
生存本能を刺激されたグリズリーは俺を攻撃することをやめ、一目散にこの場から離脱しようと背を向ける。
「悪いけど、逃がしてやることはできないよ」
俺は逃げようとするグリズリーとの距離を一足で詰め、魔力をのせた【ルナライトソード】で一閃の下に切り捨てた。