第57話 決闘Ⅲ(感想戦)
大変遅くなりまして申し訳ありません。ちょっとリアルがごたごたしてました。
「なーにが『魔法剣士』らしく、なのかしらね?」
目の前の訓練場で繰り広げられる《決闘》を見ながら、あたしはカイル君が控室で言った言葉に思わず突っ込みを入れてしまう。これじゃ「魔法剣士」ではなく「魔法拳士」じゃない、と。
「【ソードスパイク】は〈カテゴリー:ソード〉に属しますから剣士ですよ?」と平然と言ってきそうだけれど、だったら刃部分を出して斬撃で戦いなさいよ、とあたしは思う。
見渡せば、あれだけ騒がしかった会場は、《決闘》の経過から異様な静けさに支配されてしまっている。
相手はSランクパーティーと評価される“紅蓮の壊王”のダメージディーラー。早々超えることのないLv10の壁を突破した英雄クラス。それを赤子の手を捻るようにあしらう姿に、会場にいる大抵の人間が絶句してしまった結果だと言える。
「やっちゃえ~! カイルく~ん!」
「主様~! 頑張ってくださいませ~!」
ただ観客席の最前列の一部をだけは、変わらず明るい声を発しているけれど。むしろミィエルもセツナちゃんも、大分カイル君を馬鹿にされてお腹に据えかねていたから、今の周りの反応は気分が良いのでしょうね。最も、彼の今の評価はカイル君自身が実力を隠し、且つミィエルがべったりくっ付いて「パートナー」発言をしたのが大きな要因なのだけれど……いえ、考えてみれば大半ミィエルの所為かしら?
「……本当、可哀そうね」
生贄には可哀そうだけれど、あたし自身も罵声を浴びせていた人間ほど顔を青ざめている様は、見ていて面白いものだもの。特に、ドヤ顔で「ついにうちがミィエルを貰ってしまうなぁ!」とあたしの隣に来た“赤雷亭”のダルタニアが顔を引き攣らせているのだから、愉快な気持ちにならないわけがないわね。
「……おいアーリア。あの小僧は一体何者だ?」
「何って、あたしの所の新人冒険者よ」
「俺が聞きてぇのはそう言うんじゃねぇぞ!」
内心でわかってるわよ、と呟きつつ答えるようなことはしない。
終始カイル君が場を圧倒し、ついにガウディが勝負に出るようだけれど、〈捨て身カウンター〉全く届かないのよね。
「カイル君もなかなか良い性格をしているわよね」
回避できるのに敢えて受けてあげることで、一撃での逆転はできないと――無意味だと解らせるために。
「〈スケープ・ドール〉――なるほど、高レベルの〈ドールマスタ―〉だったのか……」
「あいつとは相性が悪いな」と呟くダルタニア。冒険者が冒険者なら、雇用主も雇用主だ。
「調べようと思えば調べられたはずよ? ちょっと危機意識が足りないんじゃないかしら?」
「……痛いところだな」
「ま、伸びた鼻っ面を折れるんだから良かったんじゃない? ちょっとばかし高い授業料かもしれないけど」
今回の《決闘》は、Aランク冒険者が他冒険者と共に囲ってBランク冒険者に圧力で合意させたような形、ともとらえられる申請状況。さらに結果としてBランクに負けてしまったという事実は、冒険者ギルドとしてもガウディの降格を視野に入れざる得ない出来事。
さらにガウディの装備を含めた財産の押収、それが条件だったものね。ほぼ確定でガウディは降格されることでしょう。まぁ死ぬわけじゃないのだし、再起まで頑張ってもらうだけよね。
それが解っているからこそ、ダルタニアの苦渋の表情が浮かぶ。でもこれは《決闘》の結果はどうあれ、こうなることがわかっていながら止めなかったダルタニアの自業自得だもの。あたしの知ったことではないわね。
ガウディが崩れ落ちる姿。明確な決着の形に様々な思いが含まれた歓声が沸く。そんな中、あたしはとある一点を注視する。
身なりはなるべく平民に沿う様に装ってはいるものの、見るものが見れば高貴な者だと一目でわかる雰囲気を纏った少女。甚く興奮した様子でお連れの者に訴える姿は、とても気に入られてしまったことは想像に難くない。
「ふふ、また面倒事が起こりそう」
このタイミングで、たまたまお忍びで現れた少女。まるで何かの力が働いて、世界そのものがカイル君を巻き込もうとしているとしか思えないわね。
「ギルドマスターの名の下に、《決闘》の勝者は――カイル・ランツェーベルと宣言する!」
ロンネスの決着宣言が高々と響き渡る。勝者であるカイル君はロンネスに礼を返し、一度観客席を見渡した後、堂々と訓練場を後にした。
その視線を客席に座る者たちがどう受け取ったかまでは、あたしの“眼”でも見抜くことはできないのだけれど……
最低限果たすべき結果は出せたんじゃないかしらね。
ミィエル達も彼の所に向かうようだし、あたしも失礼しようかしらね。
「ここまでたぁなぁ……ったく、帰ったら全員鍛え直しだな……」
「あんたの大好きな《決闘》で測れたんだから、良かったじゃない」
「カッ! 測り切れてねぇのに支払った授業料が高すぎらぁっ! おいアーリア! どうせたんまり儲けたんだろう!? なら――」
タンカで運ばれているガウディを見ながら、心底悔しそうに頭を掻き、喚くダルタニア。そんな彼の肩を軽く叩き、
「酒の一杯ぐらいは奢ってあげるわ」
後ろでに手を振りながら、あたしも彼の下へと歩を進めた。
★ ★ ★
ロンネスが俺の勝利宣言を高らかに告げてくれる。
これで大抵の人間は俺の実力を疑うことはないだろうし、ミィエルとパーティーを組むことに文句は言えなくなるだろう。なんせこの街に――そいや何人いるか知らないな――数少ないLv10越えを、正面から剣を使わずにノして見せたのだから。
「カイル。ここはもう良い。先程話していた応接室に来たまえ。セツナの件も含めて今後の話をしよう」
「わかりました。よろしくお願いします」
ロンネスが早く応接室へ向かう様に促してくる。恐らくこれ以上余計なことをせず、厄介事を増やさないでほしいという事なのだろう。
ゆっくりと観客席を見渡せば、まだ俺に懐疑的な視線や、憎しみにも似た妬みの視線が送られてきているので、できれば釘を刺しておきたいんだけど……これ以上迷惑をかけてセツナの件が流れても嫌なので、大人しく従うことにする。むしろそう言った奴らへの牽制はギルドマスターである彼にやってもらえばいい気もするし。
「カ~イ~ル~く~ん!」
「お疲れ様です、主様!」
「おう、なんとか無事勝つことができたよ、2人とも」
控室に荷物は置いていないので、そのまま応接室へと向かう俺へ、手を振りながら駆けよって来るミィエルとセツナ。その後ろを呆れた表情を浮かべてリルと無表情のウルコットが続く。
駆け寄った勢いそのままに抱き着いてきたミィエルを受け止め、控えめに傍に並び立つセツナの頭を撫でながら、「これで取り合えず一安心だな」と呟く。
「えへへ~。カイルくんの~おかげで~、スト~カ~被害も~、収まります~♪」
「そいつは良かった」
ご機嫌なミィエルの頭も撫でつつ、「そう言えばオッズは最終的にいくらだったんだ?」とリルに尋ねる。リルは苦笑いを浮かべながら「最後に大口の入金があったみたいで」と前置きがあったため、そりゃ下がるよね、と思って内心ちょっと残念に思っていたら、
「8.75倍の配当になったみたいよ」
「まじ?」
「えぇ。だから冒険者ギルドは貴方にとても感謝してると思うわよ」
衝撃の配当アップの知らせだった。俺とミィエルが割と金賭けたから倍率落ちたと思ったんだけど、予想外のお知らせだ。胴元に感謝されるってことは、恐らく控除率の差の事を言っているのだろうね。ってことは――と視線をウルコットに向ければ、彼も苦笑しながら頷いた。
『おかげで医療費の足しになったよ』
『ははは! そいつは良かったじゃん!』
良いこと尽くめで揺り戻しが無いか怖いところだね。俺はお金が貰えて他の冒険者達を黙らせることができ、ミィエルは嫌いな奴を今後一切近づけなくてよくて、フールー姉弟も所持金が増えた。間違いなくアーリアも美味しい思いをしていることだろう。
レベルを偽ってことに臨んでいることを考えると、ちょっと罪悪感が――湧かないわ。
レベルやステータスを偽装できているのはアーリアの手腕を誇るべきことであるし、そもそも冒険者ギルドは利益を得ている。文句を言われる筋合いはない。
ガウディに投票したのは賭博に自分の意思で参加したものの自業自得だし、そいつらの大半は俺への敵意を向けたりしていただろうから、うん。こちらも文句言われる筋合いはないよね。
「ねぇカイル。貴方――」
「リルさん。それはこのような場所で話すことではないかと」
「……それもそうね」
セツナの言葉にリルも頷く。なんせ今は応接室へ向かっている途中。まだ訓練場に人は多く集まっているが、今いる2階の廊下も他人の目が無いわけじゃない。と言うかリル達は何で俺達についてきているのだろうか?
「そいやリル達は何でこっちについて来てるんだ?」
「ギルドマスターから応接室2へ来るように言われてるのよ」
「ってことは目的地が同じだったわけか」
「ミィエルたちは~、応接室1~ですからね~」
「そうだったのね。それとこの払い戻し引換券だけど、どうすればいいかしら?」
「相当な大金なんだけれど」と苦笑いを浮かべるリルに、ミィエルが「“妖精亭”へって~言えば~いいですよ~」と答えてくれた。
リルとウルコットがいくら賭けたのかは知らないけど、俺とミィエルだけでも50万G――つまり437.5万Gの払い戻しだもんな。そりゃ持ち歩きたくはないわ。
「2人の~分も~、同様にしちゃって~良いですよ~」
「そう? じゃあそうお願いしておくわね。それじゃあ私達はこっちだから」
「おう。お互い要件が終われば、“妖精亭”で落ち合おう」
扉の前で2人と別れ、応接室へと足を運べば、既にお茶を片手にソファに座るアーリアの姿があった。その堂々たる姿たるや、まさにこの部屋の主のごときである。
「まだロンネスは時間がかかるだろうから、先にお茶でもしてましょ」
迷わず座ったミィエルを見ながら「一体だれが用意したんですか」と聞いたら間違いなく「職員よ」と答えるだけだろうから、ミィエルを見習って俺も席に着く。
「本当あんたは“剣”を使って戦おうとしないのね」
足を組んで優雅に紅茶を口にするアーリアが呆れたように俺の戦いぶりを口にする。いや、まぁ意図して使ってないと言えばその通りなんですがね。
「【ソードスパイク】も一応カテゴリー上は“剣”ですよ?」
「言うと思ったわ。まぁでも、カイル君からしてみればその程度の相手だったってことでしょ?」
「あー、まぁ、そうですね。拍子抜けではありました」
果たしてこの部屋でこんな会話をしていいのか、とも思わなくもないが、アーリアがしている以上問題ないと言えばないのだろう。
実際問題、この街一有名な冒険者の宿の序列第二位とか言われてるSランクパーティー、且つLv10を超えた数少ないAランク冒険者がこの体たらくだったのには、ぶっちゃけると拍子抜けだったのだ。
確かに確実なる勝利を考えたらこれで良いっちゃ良いんだけど……個人的にもう少しやってほしかったな、とは思う。
「相手の力量をレベルでしか測れていない感じでしたね。ステータスまで解析できていれば、もう少し努力もしたんでしょうけど」
と言っても、解析系の技能がなかったのだから難しいと言えば難しいんだけど、《決闘》開始までの1時間でその辺アイテムで何とかしようと思えばできたはずだし。残念ながらレベルに胡坐をかいた残念冒険者ってレッテルは張られちゃうよな。
「個人技としても悪くない戦闘能力でしたが、元から単独で活動することを目的とした俺と比較すれば劣ってしまうのは仕方ないですね。ただまぁ、あくまで個人単位での戦闘評価ですから、パーティーとなればもう少しマシな動きなんじゃないですかね?」
単独――それも一対一で戦えない技能構成でもステータスではなかったが、彼の技能構成はあくまで火力役としてパーティー前提のものと言っても過言ではない。
ヘイトを一心に集めてくれるタンクが居て、初めて全力で輝ける――そう言う構成だったと言える。
「どちらにしろ、俺のことを甘く見て機を逸したって所ですね」
「2合~打ち合った~時点で~、勝負にでないと~ダメでしたね~」
「ミィちゃんの言う通りです。ですが、それができたところで主様の魔法を封じる手段はありませんでしたから、結果は変わらなかったかと」
「例え~、魔法ダメ~ジを~肩代わりする~、【魔消結晶】が~、用意されてても~ジリ貧だよね~」
2人の意見に俺も同意する。純戦士とも言えるガウディは魔法に対して他職よりも対抗策がない。あるとすれば魔法を撃たれる前に相手を潰すぐらいだ。普通の魔法技能者なら、回避力なんて雀の涙だから攻撃を当てられさえすれば黙らせることも可能だが、俺みたいに前衛で盾役もできる魔法使いとは頗る相性が悪いと言える。
「ちなみにカイル君がガウディの立場だったら、どうしたかしら?」
挑戦的な視線を向けてくるアーリアに、ミィエルもセツナも俺の答えに興味があるのか目を輝かせて言葉を待つ。セツナは兎も角、ミィエルはある程度想像がついているだろうに、と思いつつも俺も顎に手を当て「そうですね」と一呼吸おいてから答えを口にする。
「まず前提として俺のステータスを把握できなきゃ話にならないので、使い捨てですが一度限り高レベルの解析判定が行えるマジックアイテム、【スペクタクルオーブ(1度だけ対象のステータスを達成値20で解析する)】を用いて俺のステータスを確実に解析します。
次に武器も防具も命中補正の高い物に変更。さらに〈アルケミスト〉技能を擬似的に取得できる【アプレンティスポッド(一時的に〈アルケミスト〉技能Lv1を取得したものとする。使用回数3回で破壊される)】でSSランクの〈スタンハウル(回避力低下デバフ)〉を、抵抗上等で3度まで使用。
さらに【スペルカード】で〈スワンプゾーン(自他全ての回避力低下デバフ)〉を形成。俺の回避力をとことん低下させ、【デクスタリーポーション(命中強化)】で短期決戦に持ち込みますね。
欲を言えば、相手の魔法を封じるための〈シールスペル〉系の【スペルカード】を多数用意できれば〈スケープ・ドール〉も封じる――こんな所ですかね?」
最低200万Gは吹っ飛ぶけど、ここまでやってようやっと土俵にあがれるかなって所だ。回復に不安がなければ、俺のMPを枯渇させるまで戦う長期戦スタイルも考えられるけど、俺なら短期決戦を選ぶかな。
ただし、あくまでこれはLv9の俺のステータスを参考とした場合だ。それ程まで、レベル以上にステータスの差が俺と彼の間にはあったのだ。
俺の模範的回答にセツナは「勉強になります」と頷き、ミィエルは「ないない」と否定するように首を横に振る。多分に必要となる経費が高すぎて話にならないと言いたいのだろう。まぁ、キャラハンと戦った時以上の出費になるのは間違いないしね。
「あはははははは! さすがカイル君だわ! 期待を裏切らないぶっ飛び具合よ!」
「……そうですかね? 俺ならやりますけど」
「ふぇ?」
アーリアは俺の解答を大層お気に召したのか、腹を抱えて笑い転げ、ミィエルはぽかんと目を丸くする。2人の反応をみて、思わず小首を傾げてしまう。俺としてはそこまで可笑しなこと言った覚えはないんだけどなぁ。
改めて顎に手を当てて自問自答してみる。
考えてみてくれ、ミィエルが賭かってんだぞ? そう考えたら「俺がガウディと同じ立場であるならば、間違いなくそうすると断言できるよな。今まで積み上げてきた実績と功績を全て擲ってば準備に支障はないはず。金が足りなければそれらを担保に用意できるはずだし、アイテムは駆けずり回って集められるだけ集めれば、最低数は確保できるだろう? それでも相性の善し悪しは簡単には覆せるもんじゃないから、苦戦は免れないだろうけど。それでもミィエルが賭かっているなら、俺は全てを賭してでもやるだろうな――」
「あ……うっ……」
「――うん、やっぱりおかしなところはないよなぁ。つか、そもそもな話、こんな《決闘》はミィエル自身が認可しなきゃ起こらないわけだから真剣に悩む必要はないのか。ぶっちゃけ今後もミィエル自身がそんな安売りするぐらいなら俺が貰うって話だし」
「え、ぅっ……!?」
ミィエルはそんな馬鹿じゃないから、今後そうそうやらんだろう。だから心配することはないんだろうけど。想定しておくのは悪い事じゃないか。そういう意味でも今回の《決闘》には意味があったのかもしれんな――っと、少し考えこみ過ぎただろうか。
アーリアとセツナの視線が俺に集中しているのに気づき、慌てて「すみません、少し考えすぎてました」と謝罪を述べておく。
「ふふ。いいのよ、カイル君に任せておけば安心ってわかったのだから」
「はい! 主様に任せておけば問題ありません!」
「はは、まぁ俺程度で安心できるなら光栄なことです。ただ、そもそもそんなことにならないよう気を付けるのが一番ですけどね」
「それもそうね。さて、雑談はここまでにしましょうか。待ち人が来たみたいだし」
満足そうにアーリアが場を締めたその視線の先、丁度良いタイミングで扉が開き、待ち人たるロンネスが少し疲れた表情で顔を出した。
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