第55話 決闘Ⅰ(準備)
「ふ~ん、それでカイル君は了承して、わざわざミィエルが用意した対戦相手と生死を賭けた《決闘》にサインしたわけね」
「まぁそう言うことになりますね」
訓練場控室にて《決闘》で使用する装備を確認していると、アーリアが面白そうな笑みを浮かべて合流。事の顛末を確認していた。セツナはと言うと、俺が装備を整える手伝いをしてくれている。
ちなみに三者面談の方は恙なく終わったらしい。一応後で最終決定を聞きに行く予定だ。
「それにしても随分と手回しが早かったわね、ミィエル」
「だって~、いい加減~窮屈でしたし~」
どこに行ってもミィエルが注目を集めてしまうのは仕方のないことだったが、一緒に歩く俺へ向けられる様々な――主に敵愾心を伴う視線に、俺よりもミィエルの方が辟易していたらしい。だから早々に面倒な視線を片付けてしまいたい、と考えていたと先程俺も聞いた。
「俺としては助かりましたけどね。いずれ何とかしようとは思っていましたが、どうしようかは考えていなかったので」
実際ミィエルとパーティーを組む以上、いちいち絡んでくる面倒ごとなどは早めに鎮静化させるたいと思っていたところだ。だから今回のお膳立てしてくれたことに感謝しかない。最も、最初は何を狙っているのかわからなかったんだけども。
「それにしたって相手を“鮮血鬼”を選ぶあたり、ミィエルも容赦ないわねぇ」
「可哀そうに」とくつくつ笑うアーリアに、ミィエルが不服そうに抗議する。
「だって~、間違いなく~後で~、突っかかってくるんですから~。早めに~、潰して~おこうかな~って~」
「別にミィエルを攻めてるわけじゃないわよ。ただ、彼も気の毒よねってこと」
もしかしてと思って2人に確認してみれば、前に教えてくれた、過去にミィエルにしつこくまとわりついた結果、直々に斬り捨てられた冒険者であると教えてくれた。
その時の条件で、ガウディはミィエルの半径3m以内に近づくことができず、彼女に《決闘》を含めた全ての打診――パーティーへの協力要請や技術交流など――もできなくなったらしい。
「ちなみにその時のレベルはいくつだったんだ?」
「2年近く~、前ですから~、ミィエルが~Lv5で~、アレが4の時です~」
「へぇ……という事は、その間にミィエルのレベルを抜いたのか。すげぇ努力家じゃん」
現在ミィエルがLv8でガウディはLv10だ。相当な努力をしてきたのだろう。その点は尊敬できるし、好ましくも思えるよね。
「だからこそ、可哀そうよね」
「何を~、言ってるんですか~? そもそも~、チャンスすら~なかったのに~、機会を~設けてあげたんですから~。温情だと~思いますぅ~!」
まぁ永遠に訪れる事が無かった挽回のチャンスを与えられた、と考えれば温情とも言えるのか……相手が俺でなければ、の話だけど。
「希望をチラつかせてから絶望のどん底に突き落とすってわけよね」
「確かに容赦ないな」
「む~! まるで~、ミィエルが~悪い~、みたいじゃ~ないですか~!」
「自分の手を汚さない辺り、悪女のやり口よね」
「うぇ~ん。セっちゃ~ん、マスタ~が~、苛めるよ~~!」
泣き真似をしながら抱き着くミィエルをセツナは受け止め、笑顔でよしよしと頭を撫でる。ただ浮かべている笑顔がいつもよりも影が落ちている気がするのは気のせいだろうか。
「セツナがその場にいれば、主様の手を煩わせることもありませんでしたのに」
気の所為ではなかった。ミィエルの頭を撫でながらも、セツナはふつふつと怒りを滲ませている。
どうやら経緯を聞き、俺を虚仮にしたことに対して怒ってくれているのようなのだが、俺自身は別段気にしてなどいない。むしろ怒るなら勝手にセツナの身柄まで賭けの対象になったことを、俺に怒るべきだと思うんだけど。
まぁ言ったところで小首を傾げて「セツナは主様の“所有物”ですので、主様の取り決めに不満などございません」と笑顔で断言されそうだけど。だから俺は、セツナの頭をぽんぽんと撫でて怒りを散らすだけにとどめる。
ミィエルの頭をセツナが撫で、セツナの頭を俺が撫でる。客観的に見てほんわかするね。
「で、この”生贄”をどう料理するつもり?」
とても愉しそうに尋ねるアーリアに、俺は《決闘》の準備を再開する。腰の装飾品である【マジックベルト・マナブレイダー】を外して雑囊へと仕舞い、代わりに着ける装備があるか確認し――ないので装備欄を空欄にする。
「さすがにそれは外すのね」
「はい。公開情報で相手のレベルが上なのに、こいつが発動しちまったらステータスの二重偽装がバレてしまう可能性がありますからね」
ただ攻撃を回避し続けるのと、余裕をもって回避した挙句反撃をするのではわけが違う。他にもレベルが推察されるような装備は外し、先程確認したガウディのステータスから脳内でシミュレーションを行う。
GMとして戦闘パートを何度もテストプレイするのは慣れているし、ステータス差から凡その必要ターン数も計算できる。まぁ現実となった今では全く違う考えをしなければならないが、あくまで参考程度でしかないけど。
「そこまで余裕があるといいわね」
「どれくらい彼がアイテムを使用するかによりますね。俺以上にアイテムをばんばん使う相手だと油断ならないです」
「……心配しなくてもそんな冒険者はそうそういないわよ」
「俺はそうは思いませんね。なんせ2年近く接触できなかったミィエルとパーティーが組めるんですよ? 2~300万Gぐらいの出費は平気でしてもおかしくはないかと」
「そもそも個人でそれだけのアイテムを所持できる冒険者の方が少ないわよ……」
そうなのだろうか? まぁ取り合えず油断だけはしないでおこう。
――コンコンコンッ!
「カイル、いるかしら?」
「あぁ、いるぞ。入ってくれ」
丁度控室の扉を叩く音と共に、リルとウルコットが扉を開けて顔を出す。その表情は呆れながらも少しの心配を孕んでいた。
「聞いたわよ、あなたが生死不問の《決闘》をするって」
「おう、そうなったな。まぁ折角だから、催し物だと思って楽しんで見ててくれよ」
「楽しんでって……随分と余裕ね。相手は“二桁レベル”なんでしょう?」
「みたいだな。まぁ何とでもなるよ」
リルは俺の実力をその目で見てはいるが、ステータスを看破してはいないはずだ。だから明確にステータスが公表されているガウディ――それもLv10超えが相手だと聞いて心配してくれているようだ。
「何とでもなるって……」
『知ってるか? この《決闘》は賭け試合になってるぞ。今の所対戦相手の方が圧倒的に人気だ』
「え!? 賭博してんの!? まじ!? 倍率は!?」
ウルコットの言葉に思わず身を乗り出してしまう俺。マジかよ、こんな勝ち確の臨時収入を逃すわけにはいかない。俺の勢いにウルコットは目を丸くしながら、『ガウディが1.125倍、お前が4.5倍だ』と答えてくれる。
「へぇ、思ったよりつかないね。アーリアさん、この賭けって出場者も購入できるんですか?」
「出来るわけないでしょ。冒険者ギルド公認の賭博なのよ? 出場者が購入出来ちゃったら八百長し放題じゃない」
呆れながらに言うアーリアに俺はそうかなぁ、と思わず首を捻る。
「だって胴元は投票額から既に何%かは控除してますよね? だから八百長されようが痛手はないと思うんですが……」
「一応冒険者ギルドは公正な立場にいなければならないのよ? だから八百長が及ぶような真似は極力排除されるわ」
「ちなみに~、ミィエルも~当事者なので~、賭けれません~」
「あたしもダメね。ただ、あたしの場合は誰かに頼んでおけば済むのだけれど」
にやりと笑みを浮かべるアーリアに、俺も便乗することにした。
「セツナはどうでしょう?」
「ダメでしょうね。ガウディが勝利した暁にはパーティー参加だもの」
「ですよね。ってわけでよろしく!!」
俺は今所持している金額――30万Gをポンとウルコットに渡した。
『ちょ、おま――』
「俺の勝利にベットしといてくれ」
「ミィエルの~、分も~お願いね~」
「あんまり投資すると倍率が下がるわよ?」
さらにミィエルまでこの前の報酬である20万Gをポンとウルコットに預けるのを見て、アーリアはクスクス笑う。逆にウルコットは手渡された金額に引きつった表情を浮かべ、リルはその様子に口元を抑えて肩を震わせている。
「本当、心配なんて必要なかったのね」
「ないない。それよりリルとウルコットも、持ち金全部俺に賭けといた方がいいぞ。勝ちが決まったギャンブル程良い稼ぎはないからな。治療費に充当できるぞ?」
『お前、わかってるのか!? 相手は俺でも知ってる“鮮血鬼”だぞ!? Lv10を超えた相手なんだぞっ!?』
「それが?」
俺の言葉に唖然とするウルコット。
そんなに勝負にならないと思われてんのかね? 確かに名声では敵わないが、俺は一応Lv9の冒険者としてギルドに登録している。たったレベルが「1」しか変わらない相手に、そこまで負ける恐れを抱く必要があるもんかね?
確かに経験値テーブル的にはここいらから必要経験点の増加が激しくなるが、「壁」と言う程の差はなかったはずだ。むしろLv10とLv11ならば明確な差が現れる。習得できる〈スキル〉がLv11以上からずば抜けて優秀になるからだ。
「セツナ、リルとウルコットの護衛を頼めるか? ギルド内だから大丈夫だとは思うけど、念のためな」
「かしこまりました。ではリル様、ウルコット様、参りましょう」
ウルコットはまだ何か言いたそうしていたが、リルが諦めて彼の背を押して、セツナに続き控室を後にした。
一応俺とリルが知り合いなのは街にいた人間には見られているからな。変な嫌がらせが来ないように、セツナが同行すれば問題ないだろう。
俺は装飾品を最終確認。まぁ【マジックベルト・マナブレイダー】を外しただけなんだけどね。
武器として帯剣ベルトには【ブロードソード+1】を2本のみ佩く。足には当然【ソードスパイク+1】。今回盾は使わないつもりだ。
そのため【特技】系もほとんど封印。ただでさえ観客が多い中、自分の手の内を晒す必要はない。
「オーソドックスにいくのね」
「そのつもりです。一応魔法剣士らしく戦おうかと」
「ほんと~ですかね~?」
にやにやしながら俺の顔を覗き込むミィエルに苦笑いを返しつつ、念のため訊いておかなきゃならないことを今のうちに訊くこととする。俺の知るLOFの知識的に大丈夫だと思うのだが、確証がほしい。
「アーリアさん。念のため聞きたいんですけど。書類には『生死問わず』でサインしましたけど、実際死んだら冒険者ギルドとしては多大な損失ですよね? 一応AランクとBランクの冒険者ですから。【蘇生アイテム】はあったりするんですか?」
『生死問わず』の《決闘》なんざ本来そう簡単には認められないはず。なんせ高ランクの冒険者だ。代わりが早々いるわけがない。だから最悪死んだ場合の蘇生手段があるはずだ。
俺の知るLOFでは一応【蘇生を行える魔法アイテム】は存在した。ダンジョン産の貴重品ではあるが、金を積めば手に入るレベルのものだ。ただ『秩序』勢力の神殿からは良い顔はされないし、〈ネクロマンサー〉技能による蘇生よりもリスクが上がる仕様となっている。
なんせ、〈ネクロマンサー〉技能による〈リザレクション〉であれば確定で蘇生できるが、このアイテムの場合は確率で失敗する仕様だからだ。しかも失敗しても魂に《烙印》が刻まれるため、人によっては永遠と成功できずロスト……なんてこともありえたのだ。
「【反魂の宝珠】なら、冒険者ギルドにもいくつか保管されているはずね」
アーリアの言葉に胸を撫で下ろす。良かった。これでミスって殺しちゃっても俺が〈リザレクション〉を行使する必要はない。
「なら間違って死んじゃっても一応何とかなるんですね」
「一応そうなるわね。ただ流通価格より割高になる上、ギルマスが蘇生する価値を見出してくれるか次第でもあるのよね」
いやいやさすがに価値を見出すでしょ――って、アーリアが心配してるのは俺が死んだ場合か。まぁ恐ろしい事故が起きないとも限らないしね。
ちゃんと安全マージンを確保しつつ取り組むとしましょうか。
気になることも聞けたし、時間を見ればもうすぐ《決闘》の開始時間だ。
「んじゃま、行ってきます」
「はい~。ギッタンギッタンに~、しちゃって~ください~!」
「ま、程々にね」
俺は2人に見送られ、訓練場へと歩を進めた。
★ ★ ★
コロシアムの様相を呈した訓練場は、どこから話を聞きつけたのか観客席は満員御礼の熱気に包まれていた。
「しっかし……これは凄いな」
ざっと観客席を見回してみれば“希望の天河石”の面々は勿論、“隠者の花園”のカレンちゃんにエヴァの婆さん。“炎鉄工房”のフェーブルや、名前は知らないが服飾店の店員さんまでいる。お、あっちにはフレグト村の件で世話になった蒼炎騎士団第一部隊隊長のフォルテと、その部下がずらりと並んでいる。
この街に来てまだ日が浅いと言うに、顔見知りになった人たちがほぼ全員来てくれていると言うのは、案外嬉しいものだ。だからこそ余計に無様な姿は見せられないプレッシャーもあるんだけど。
前世を含め、コロシアムで観戦なんてしたことないので、次は俺も観客としてあそこら辺に座ってみたいものだ。
「どうやら逃げ出さなかったようだな、腰巾着」
訓練場の中央には既にガウディが仁王立ちで待ち構えており、恐らく立会人であるロンネスは俺達の中間に位置する場所に佇んでいた。
「カイル、君は何かしら騒ぎを起こさないと気が済まないのかね?」
「いえ、別にそんなつもりはないのですが……」
こちらとしては全くそんなつもりはないのだが、俺の周りが自然と騒ぎを起こしちゃうんですよねぇ……本当、ご苦労おかけしてすみません、と内心で頭を下げて謝罪しておく。
「……まぁ良い」
ロンネスは悟ったように――いや、何かを懐かしむ様に息を吐くと、「これよりギルドマスター立ち合いの下、ガウディ=ヨルモナキアとカイル・ランツェーベルの《決闘》を執り行う!」と宣言した。
「ルールは我々冒険者を基準とし、武器あり、魔法あり、アイテムありを採用。結果により相手を死亡させてしまったとしても罪には問わないものとする。勝敗は敗者が『敗北を認める』または『死亡を含めた戦闘不能』となった場合決着とする。ただし、明らかに勝敗が決まった後への過度の追撃、または私の指示に従わない場合も敗北とみなす。これらは【最上位決闘申請書】に基づいたものであり、順守できぬ場合は【契約と制約の神・フルールシパーレ】の名の下に神罰を下るものとする」
満員の観客全てが静かにロンネスの声を聴き、言い終えた彼は「準備は良いな?」と俺とガウディに問う。
「勿論です」
「あぁ、いつでもいいぜ」
「2人とも、事故が起ころうとも私が責任をもって蘇生を請け負う。故に全力でカタをつけると良い」
ロンネスの言葉に、ガウディが今まで抑えていただろう殺気が歓喜の産声を上げる。
「感謝するぜギルマス! これで心置きなく全力を出せるってもんよ!」
「俺からも感謝を。おかげで負かした時、『手加減してやった』なんて台詞を言われずに済みそうです」
「クハッ! よく吠えた!」
凄惨な笑みを浮かべ、背負っていた【インペリアルハルバード+1】を振り回し、石突を地面へと突き立てる。
「この俺に敗北した記憶すらなく、天使たちを奪われた未来に絶望させてやるよっ!」
ロンネスが十分俺達から離れた刹那、ガウディが自分の手足のように【インペリアルハルバード+1】を操って俺を薙ぎ払う。が、それよりも速く――先制判定――成功。
「なら俺は忘れられない敗北の記憶をあんたに贈ってやるよ」
――ガウディの側頭部にローリングソバットが直撃した。
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