第54話 決闘申請
成程、こいつを待っていたのか。
改めて男を視線に収めた俺の感想は、でかいな、と言う飾りのない第一印象だった。
声の大きさに劣らぬ、2mを超える体躯。鎧に覆われぬ肉体は、誇るようにその筋肉を主張する。背には身の丈と同等の【斧槍】。
誰が見ても解る、前衛物理火力型の戦士だ。一応挨拶代わりに解析判定ぐらいはしておこう。
「揃いも揃って数で囲って口先だけじゃねーか。文句があるなら一対一でケリつけろってんだ」
彼が歩き出せば、冒険者達は道を譲るように左右へと開く。その重量感と強者の覇気を纏いながら、彼は不敵な笑みを浮かべて俺達の前へと立ちはだかった。
「なぁ? お前もそう思うだろ? 新入りよぉ」
「……俺は冒険者に成り立てなので判断いたしかねますね」
「クハッ! 確か前職は騎士だったか? そうだったとしても、こんな根性なしだったら性根を叩き直すぐらいするだろうよ! なぁ? カイル・ランツェーベル」
成程、冒険者ギルドに流している情報ぐらいは調べているってことか。
「実力差も解らない馬鹿なら兎も角、勝てない相手に手を出さないのは悪い事じゃないと思いますが」
「こいつら程度なら負けねぇと?」
「この人数から魔法を一斉掃射されれば殺されるんじゃないですかね」
「まるで魔法がなけりゃ負けないと言ってるみてぇだな?」
「さぁ? 賽の目次第でしょう」
少なくとも周りの冒険者程度ならば負けないだろう、とは内心で思うが口には出さない。なんせ俺と彼らでは基準値が違いすぎる。相手が決定的成功し続けるか、俺が致命的失敗を出し続けない限り、魔法以外じゃ傷すらつけることもできないのだから。
「クハッ! いいねぇ! 見どころがあらぁ! さすがはミィエルが認めた男ってぇところか!?」
豪快に笑うと、高い身長から見下ろしていた視線を下げ、ミィエルの前に跪く。
「迎えに来たぜ、俺のミィエル。俺の妻となれ」
「い・や・で~す! と言うか~、半径3m以内に~近づかない~約束ですよ~!」
「っ!? そう、だったな……」
俺の背中に隠れて拒否する仕草は大変可愛らしいのだが、告げられた言葉は強烈だった。
にべもない拒絶に大男は寂しそうに立ち上がり、すごすごと離れていく。あ~、もしかしてこいつがあれか? ミィエルにしつこく迫って切り伏せられたって言う“紅蓮の壊王”とか言うパーティーのメンバーか? ミィエルに煙たがられて、でかい身体がすげぇ小さく見えるんだが……
「……あー、改めて、先日Bランクになった“妖精亭”所属、カイル・ランツェーベルです。貴方の名を伺っても?」
「そういや名乗ってなかったな。俺は“赤雷亭”序列第二位“紅蓮の壊王”所属、Aランク冒険者兼ミィエルの未来の夫、“鮮血鬼”ガウディ=ヨルモナキアだ」
「寝言は~、死んでから~言え~ですぅ~」
再び強者の雰囲気を纏い、律義に3m離れた先で仁王立つも、ミィエルの辛辣な一言に不敵な笑顔が再び崩れる。
何だろうな、この締まらない空気は……取り合えず話を進めよう。
「それでガウディさんは何しにここへ? ミィエルに求婚するためではないのでしょう?」
「決まっていんだろ。お前を『スカウト』しに来たんだ。英雄認定されてる、“紅蓮の壊王”にな」
彼の言葉に周りの冒険者達がざわつく。しかし俺の返答に冒険者達はさらに騒然とした。
「大変光栄ですがお断りします」
「ほぉ……」
ガウディから圧が吹き荒れ、思わず小さな悲鳴を周りの冒険者が漏らす。全く、どいつもこいつも息を吸う様に相手を威圧するもんじゃないと思うぞ?
「理由を訊こうか」
「そうですね、細かい理由は多々ありますよ。俺自身は“紅蓮の壊王”に興味ありませんし、大それた名声や報酬にも今のところ興味ありません」
冒険者達が一様に騒ぎ始める。「信じられない」だの「頭がイカれてる」だの「調子に乗りやがって新入りが!」などなど。
まぁ冒険者としては高いランクになることや、所属するパーティーの名声は高いに越したことはない。その方が実入りが良いし、何より様々な都合がつきやすい。
しかし俺の場合は話が別だ。既に多大な名声を得ているパーティーなんかに参加したら、俺の目的に沿わない依頼をこさなければならなくなる。元々冒険者登録したのは身分証明できるものが欲しかっただけだし、むしろ冒険者としては本当の意味で新人な俺は、一から体験する意味でも最低ランクからスタートでもよかったのだ。
TRPG時代のように、レベルに合った難易度の任務をこなすのであれば高ランクパーティーでなければならないが、そうでないなら自由に動きづらくなるランクなど必要ない。
「第一、『パートナー』であるミィエルが嫌がる人間がいるパーティーに、参加するなど論外です」
「クハッ! 吠えるじゃねぇか腰巾着。なら仕方がねぇなぁ!」
最初からこうなることを望んでいたかのように、ガウディは獰猛な笑みを浮かべる。
「俺と《決闘》しろ!」
ガウディが発した言葉で思わず俺はカードゲームを主体としたアニメを思い出して懐かしい気持ちになってしまったが、今はそんな記憶に浸っている場合ではない。
確かLOFの世界――こと冒険者同士での《決闘》とは、冒険者同士の問題に白黒つけるために制定されたシステムだったはずだ。
基本的に冒険者を志す者たちは“ならず者”が多く、「無礼られたら終わり」と言う基本理念があるため、粗野なものほど互いに突っかかって諍いが絶えない結果が多かったらしい。
最初は冒険者ギルドも当人同士の責任として放っておいたが、大切な人的資源である冒険者を、冒険者同士のつまらない諍いで失うには惜しいと考えが改められ、こと問題が大きくなるような場合にはギルドが介入し、少しでも人材を無闇に失う状況を減らそうとした――そんな設定だった覚えがある。
正直に言えば世界観を決めるためのフレーバーでしかない要素だった。ルールブックに記載されているLOFと言うTRPGの世界観を読もうと思わない限り、永遠と知ることもなく終える知識の1つ――だったのだが、後にこの《決闘》が闘技場をモチーフにしたバトルシステムが生みだされ、主にPvPを行う上で楽しめる新要素に生まれ変わったりする。
《決闘》で使用される特殊ルールの説明はここでは割愛させていただく。ぶっちゃければ現実になった今と同じ感じとさえ覚えておけば問題ないからだ。
さて――俺の背後で大人しくしているところをみると、ミィエルの狙いはガウディとの《決闘》の流れであることは間違いないだろう。ただ内容をしっかり知識として持っていないため、少しだけ不安が拭えない。戦ったところで敗北はないと思うが、知識的抜けがあるのは怖いのだ。アーリアが《決闘》の単語を言った時に詳細を訊いておけばよかったなぁ。
「条件」は騎士道に合わせて武器のみにしてやるよ。一対一で俺が勝てば、お前とミィエル、それにもう一人連れてた娘も俺のパーティーに入ってもらおうか。逆に俺が負ければ、お前のパーティーに入ってやるよ」
俺が《決闘》について考えている間に、上から目線で勝手に話を進められている。いや、まぁ冒険者ランク的には彼の方が上だけどさ。
ちらりとミィエルを見れば、キラキラした瞳で「カイルくんの~、好きなように~してください~」と語っていた。
なら流れに乗って《決闘》を受け入れてしまうとするか。
ただ条件付けまで相手に譲ってやる義理はない。まぁ仮にだが、俺が敗北してこいつのパーティーに加入する条件は目を瞑っても良い。
しかしSランクパーティーに所属しているAランク冒険者の先輩だからと言って、ミィエルとまだ冒険者になっていないセツナまでどさくさに紛れて手に入れようなんざ、神が許そうと俺が許さん。ましてや勝ったところで対価が必要もない前衛火力1つだと言うのだから馬鹿にするにも程がある。
「勝手に決めないでいただけますかね? しかも俺の連れを巻き込んだ挙句、賞品みたく扱われるのも我慢なりません。そも俺は《決闘》の申し入れに合意していない」
「逃げるのか? 臆病者が!」
「勘違いしないでいただきたい。受けないとは言っていない。ただ俺が勝った場合の対価が釣り合わないから、受ける理由がないと言っているんです」
「何?」
「理解できませんか? ならはっきり申し上げましょう。俺達は貴方を必要としていません。勝ったところで価値のないものを対価として出されても、迷惑だから受けられないと言っているんです」
「この俺が、無価値、だと!?」
まるで自分が最上の対価だと言わんばかりに豪語する肉達磨に、俺はあんたに価値はない、と言葉で斬り捨てる。
俺はわざとらしく溜息を吐き、先程までしていた敬語も取り止める。バカらしくて相手に出来ない、と態度でわかるように。
「ないね。そもそも前衛火力は事足りている。パーティーメンバーに迎え入れるなら、回復か魔法火力がある冒険者を優先する。前で暴れて無駄な損害を受けるお荷物など必要ない。第一、勝っても負けても惚れた女の傍に侍られる保険をかけるような器の小さい男など、願い下げだね。理解できたか肉達磨?」
俺の言葉にガウディは凄惨な笑みを浮かべる。俺に向けて、先程とは質の違う殺気が放たれる。ようやくこいつは、ミィエルの腰巾着ではなく、俺を屠るべき敵と認識してくれたようだ。なんせ冒険者は無礼られたら終わり、だそうだからな。
「良いだろう。乗ってやるよ。その代わり、ルールはなんでもありのデスマッチだ。ここまで啖呵を切ったんだ。もう逃げられねぇぜ腰巾着! ミィエルも構わねぇなぁ!?」
今まで成り行きを見守っていたミィエルは、ガウディの言葉に「いいですよ~」と笑顔で頷く。
「カイルくんが~、負けたら~、ガウディの~パ~ティ~メンバ~に~、セっちゃんと一緒に~、入りますよ~。それと~、前回の~、条件も~撤回してあげます~」
「良いだろう! ならお前らの条件を言え!」
「だそうだが、ミィエルはどうしたい?」
「そうですね~。じゃあ~、非常事態以外~、今後一切~ミィエルと~、セっちゃんに~、話しかけたり関わったり~しないでください~」
「それだけじゃ足りねぇだろ。仮にもAランク様がBランクに殺し合いを売ってきたんだ。その上で肉達磨、お前の所持している全ての装備、アイテム、金銭を含む財産を譲渡してもらおうか。それでいいなら手を打ってやるよ」
「上等だ。おいバーリー! 【最上位決闘申請書】を持ってこいっ!!」
「で、ですが【最上位】は――ひっ!? かしこまりました!」
ガウディに呼ばれたギルド職員は、慌ててガウディの前に質の良い羊皮紙とペンを差し出す。そして彼がサインを終えた後、ギルド職員は俺の前へと羊皮紙とペンを差し出してくる。どうやら《決闘》を行う上での魔法の契約書らしい。これが『冒険者ギルドが定めたルールの下で行われること』、『生死問わずの仕合ではあるが、明らかに勝敗が決した後の過剰な攻撃は控えること』、『勝者の言うことに従う事』、『これらに従わない場合、【契約と制約の神・フルールシパーレ】の名の下に、魂にまで厳罰が下される事』、などなどが記載されていた。
TRPG時代には当然なかったので、実に興味深い。後でゆっくりと見させてもらおう、と思いながらサラッとサインをする。
「そ、それでは、1時間後に、だ、第一訓練場にて、け、けけ《決闘》を執り行います! お、お二方は、10分前には、し、指定の控室にてお待ちください!!」
ギルド職員――バーリーはガウディの圧に震えながら宣言し、そそくさとギルドカウンターの奥へと消えていった。
「クハッ! 楽しみにしてるぜ腰巾着野郎! ミィエルよ、1時間後に迎えにいくから、楽しみに待っててくれよ!」
「一昨日~、来やがれ~ですぅ~」
自らの勝利を疑わない態度で背を向けて歩き出すガウディに、ミィエルは可愛いらしく舌を出す。俺はそんなミィエルに苦笑いを浮かべつつ、小声で「これでよかったのか?」と尋ねる。
「はい~♪ 後は~、カイルくんが~、ささ~っと~、勝つだけです~♪」
とても良い笑顔で頷くミィエルに、俺は先程判定成功ガウディのステータスを思い出す。
名:ガウディ=ヨルモナキア 28歳 種族:人間 性別:男 Lv10
DEX:22(+4) AGI:16 STR:37(+2) VIT:31 INT:14 MEN:11
LRES:15 RES:11 HP:91/91 MP:13/13 STM:88/100
〈技能〉
冒険者Lv10
《メイン技能》
ファイターLv5→バーサーカーLv5
《サブ技能》
レンジャーLv3
エンハンサーLv5→チーゴンLv2
アルケミストLv2
ライダーLv2
〈装備〉
武器:マグマタイト加工済みインペリアルハルバード+1
鎧:ドラゴンスケイル+1
【取得スキル】
〈全力攻撃Ⅱ〉:両手武器による攻撃をする際、近接物理ダメージに「+12」点、回避判定に「-3」点の補正を受ける。
〈捨て身カウンターⅠ〉:回避判定を捨て、防御力を「0」としてダメージを受ける代わり、近接物理ダメージに「+8」点、命中判定に「+4」点の補正を与え、カウンター攻撃をする。
〈チャージⅠ〉:1ターンメインアクションである攻撃を犠牲にし、次の攻撃時に与えるダメージを「1.1~2.0」倍する。
【取得アビリティ】
〈タフネス〉:最大HPに「+15」点する。
〈アックスマスタリーⅡ〉:ランクSまでの〈カテゴリー:アックス〉を扱え、命中・ダメージに「+2」点の補正を受ける。
〈バーサーカー・ソウル〉:最大HPより20点減少するたび、近接物理ダメージに「+1」点の補正を与える。
【加護】
〈撃滅の加護〉
【二つ名】
鮮血鬼
文字通り物理攻撃のみに特化したステータスであり、一撃の攻撃力だけならセツナや俺よりも高い火力を叩き出せることだろう。この成長は一撃特化型でも人気なものであり、ガウディのステータスでも計算上、約「90」点近い物理ダメージを叩き出せるはずだ。勿論そんな攻撃を受ければ俺のHPでは一瞬でお陀仏だ。ただし、攻撃が当たればの話だが。
……全く、ミィエルもなかなかに悪い娘だ。
「取り合えず~、マスタ~たちと~、合流しましょ~」
2階へと駆けあがっていくギルド職員を見て、アーリア達の話し合いは終わりを迎えると察したミィエルは、俺の腕を取りながら慌てることなく訓練場控室へと案内してくれた。
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