第51話 カイルの作り話
冒険者ギルドに着けば、リル達とは別行動となるため入り口で別れることとなった。
「じゃあミィエル、セツナちゃん、後日またよろしくお願いするわね」
「お任せですよ~! リルも~困ったら~、いつでも頼りに~、来てくださいね~」
「はい。また後日、主様と共にお待ちしております、リルさん」
「アーリアさんもありがとうございました」
「何かあったら、いつでもいらっしゃい。リルなら歓迎するわ」
今回の案内ですっかり女性陣は仲が良くなったらしい。とても良いことなのだが、はたから見ると引率するお姉さんと子供たちにしか見えないのが何とも言えない。
「じゃあセツナちゃんは装備を整えてくれるかしら。あたしは話を通してくるから」
「かしこまりました」
受付カウンターへ向かうアーリアを尻目に、セツナは腰に提げた【マジックポーチ】から【マギカハーミット】を取り出す。それを受け取ったミィエルが楽しそうに、セツナが羽織るのを手伝う姿に、ギルド内にいる全ての人が微笑ましい視線を送っている。まぁ――
「ほら~、カイルくんも~、ぼ~っとしてないで~、行くですよ~」
「主様、失礼いたします」
ミィエルが飛びつくように俺の右側で腕を組み、おずおずと真似るようにセツナも左側で腕を組めば、先程の微笑ましい視線は何処柄やら。暖かな視線は身を潜め――すぐさま俺へと敵意の視線へと早変わるのだが。
もうね、刺さるのよ視線がザクザクと。まぁ俺も同じ立場なら同様の視線を送るだろうから責めはしませんけども。
しかし冒険者ギルドに入ってからと言うもの、俺への視線が街中よりも鋭さを増しているなぁ。耳を澄ませば、やれ「新人の分際で」だの「調子に乗りやがって」だの「コネで【ハーミット】を着る成金野郎」だの「美少女にへばりつく毒虫」だの聞こえてくる。同業者故に余計に腹立たしいのだろうな。しっかしセツナが【ハーミット】を着ていることには誰も突っ込まないのは何故だろうな……
「本当カイル君はモテモテね。羨ましいわ」
「思ってもないことを言わないでくださいよ」
受付カウンターから戻ってきたアーリアが分かりやすい棒読みで俺を揶揄ってくる。
「これであたしもくっ付いたら、どうなるのかしら?」
「殺意増し増しになるのは間違いないでしょうね」
「でも、それじゃあドMなカイル君へのご褒美になっちゃうかしらね?」
「自然に俺を変態へ貶めようとするのは何故なんでしょうね?」
「嫉妬の視線と変態とののしられる程度で、あたしに抱き付けるなんて、役得じゃない?」
「ソウッスネー」
努めて棒読みで返す俺に、アーリアはくすくすと笑いながら「2階へ行くわよ」と前を歩き始める。俺も両手に花を引き連れながら後に続く。
さっきは棒読みで返したが、実際に抱き着かれたら少々危なかったかもしれない。見た目は兎も角、態度や仕草が大人なアーリアに抱き着かれたら、平常心を保つ努力をしなければならなかったと思う。ミィエルとセツナは妹や娘的な感覚だけど、彼女は頼れるお姉さんだと認識してしまっている。この認識の差は思いのほか大きいのだ。
さらに悪いことに、アーリアは俺の心を読んでる節が多々見える。俺が狼狽えるだろう仕草で畳みかけられたら、手玉に取られてしまうことだろう未来は避けられない気がする。
「じー……」
「なんだミィエル?」
「いいえ~。ミィエルたちの時と~、マスタ~の時は~、反応が違うな~って~、思っただけです~」
「そりゃ、これ以上身を危険に晒したくはなかったからな」
「ふ~ん」
「ご心配されなくとも、何かあればセツナが排除いたしますのでご安心ください。主様」
「はは、ありがとうセツナ」
腕を固められているためセツナには笑顔で返答する。ミィエルは、取り合えずスルーだ。当然外野の視線もスルーする。
「準備はいいかしら?」
「はい。アーリアさん、ミィエル、フォローの程、お願いします」
「ふふ。任せなさい」
「お任せですよ~」
自信を覗かせる笑みを浮かべる2人に頼もしさを感じつつ、彼女に続いて2階の一室へ入れば、応接室らしき部屋で既に冒険者ギルドマスターであるロンネスがソファに腰を下ろしていた。
両手に花の俺を見て一瞬眉を顰められ、俺はそれに苦笑いを返す。別に見せつけるような意図はないですよ、と。
「こんにちは、ロンネスさん」
「待っていたよ、カイル・ランツェーベル。まぁ座ると良い」
「失礼します」
先に腰かけたアーリアの隣にセツナを座らせ、俺とミィエルという順番で続けて腰を下ろす。席には既に人数分のお茶とお茶請けが揃えられており、アーリアとミィエルは遠慮なくそれらに口を付けた。ロンネスが勧める前に手に取る辺り、流石は旧知の仲と言ったところか。
ロンネスも気にすることなく視線を俺へと向けてくる。
「まずはカイルとミィエルには、フレグト村を救ってくれたこと。そして未然に“魔神将”の降臨を防いでくれたことに感謝を伝える。よくやってくれた」
「いえ。できることをしたまでですので」
「謙遜せずとも良い。これは誇ってよい功績だ。君が気づかなければ、間違いなく“魔神将”は降臨していたことだろう。ザード・ロゥ、ひいてはハーベスター王国に属する民として、冒険者ギルドのマスターとして礼を言う。本当によくやってくれた。ありがとう」
「わかりました。感謝はありがたく頂戴いたします」
「冒険者なんだから報酬を寄越しなさいよロンネス」
立ち上がり頭を下げて礼を述べるロンネスに、俺は素直に受け入れることを伝えるも、アーリアはズバっとロンネスを切り伏せる。俺としては、既にこちらの世界に現界していた“キャラハン”のことを隠しおおせている時点で、割と満足なんだけど。
「冒険者は慈善事業じゃないのよ?」
「わかっているとも。後程、追加の報酬を支払おう」
「ありがとうございます」と答えると、ロンネスは再びソファに腰を下ろし、「さて」と前置きをして本題へと入る。
「冒険者登録の希望と言う話だったが、そちらのお嬢さんがそうかね?」
「はい。セツナ」
「お初にお目にかかります。“カイル様の従者”セツナと申します。以後お見知りおきくださいませ」
ソファから立ち上がり、優雅に挨拶を述べるセツナをロンネスの鋭い視線が射貫く。ほぼ間違いなく解析判定を行っていることだろう。一拍を置いて方眉がピクリと上がる。
「使役獣の上に“名持ち”だと?」
「はい。ご覧になっていただいた通りです」
「これほど強力な使役獣――それも“バトルドール”を作成するには少なくともLv11を超えていなければならないはずだが。まさか、私にステータスを偽装しているわけではあるまいな?」
「信じていただくほかありませんが、しておりません。何ならもう一度俺に解析判定を行っていただいても構いませんよ」
「とっくにやってるでしょ。それでもLv9なのはわかってるんじゃないの?」
呆れた視線を送るアーリアに、ロンネスは額に手を当てて眉根を寄せる。
「“バトルドール”へ偽装していると言うこともないのだね?」
「セっちゃんは~、魔法が使えないので~、偽装はできませんよ~」
「はい。ロンネス様、ミィちゃんの言う通り、セツナは正真正銘“バトルドール”で間違いございません」
「……では彼女は一体何なのかね?」
へぇ……『それ』や『あれ』ではなく、『彼女』って言ってくれるのか。
冒険者であればあるほど、〈クリエイト〉系の使役獣を『物』として扱う人間が多いかと思ったんだけど、どうやら思い過ごしだったらしい。勿論、そういう扱いを受けたところで、“ジェーン・ザ・リッパー”を創造した時の俺も、同じ考えを持っていたのだから責めるつもりはなかったのだけど。
「セツナはとある遺跡で俺が見つけた古代魔法文明の【知識ある魔法道具】――【遺物】です。今は俺と契約したことにより、使役獣となってもらっています」
「成程、【アーティファクト】であったか」
さすがは冒険者ギルドのギルドマスターなだけはある。【アーティファクト】の一言で凡そ納得してくれたようだ。
【遺物】とは簡単に言えば、現代より以前の時代に作られた魔法道具全般、その中でも現代技術では再現不可能な遺失した技術を用いられた魔法道具類を指し示す。
LOFで代表的な【アーティファクト】と言えば、何を指しても【魔剣】全般を言うことが多い。俺の持つ【飛翔剣クレア】や【飛翔剣シオン】がこれに該当する。
当然、今まで前例のない『人間』に限りなく近い魔導人形であるセツナも、現代技術で再現できないため【アーティファクト】と分類しても問題ないのだ。最も、セツナの場合は〈遺失魔法〉へ該当しそうな気もしないでもないけど。
まぁ今はそんな細かいことはどうでもいいのだ。セツナが【アーティファクト】であり、俺の所有物であることは理解させられた。次にやるべきことは、これから俺が口にする作り話をもってロンネスを納得させることだ。さて、GMで鍛えた腕を披露するとしましょうか!
「ロンネスさん。俺自身が〈ドールマスター〉を修めているため断言しますが、セツナは〈ドールマスター〉が創造する“バトルドール“とは完全に別物です。自分で思考し、判断する――つまり自立行動が可能なため、『魔導人形』と言う別種の独立した種族と考えていただいた方がいいと思われます」
「ふむ。確かに通常の“バトルドール”には「MP」は存在しないし、「使役Lv」もない。アーリアが持ちかけてきた時点で普通ではないと思っていたが――カイル。君のその言い方では彼女と同様の存在が他にもある、と言いたげだね?」
ロンネスの視線に真剣みが増す。やはり冒険者ギルドのマスターだ。未知の【アーティファクト】に興味を注がれないはずがない。「あくまで推測ではありますが」と前置きをして話を続ける。
「セツナは遺跡奥深くの研究室のような場所に眠っておりました。保存状態が悪く、ほとんどの資料を読むことができませんでした。断片的に読み解いた結果、どうやら魔力のみを糧として生きることができる、新たな『種族』の研究だったようです。また、彼女が眠っていたケースにはナンバーが振られており、他にも似たようなケースが複数置かれておりました。残念ながら中身は空でしたが、状況から考えて彼女と同様な存在が他にも存在する可能性があると予想されます」
「しかしそれは君の国での話であろう?」
「ギルマスともあろう者が何バカなこと言ってんのよ? 蛮族達が我が物顔で大陸を分けたのは、古代魔法時代以降の話なのはわかってることじゃない」
「ふむ、そうだったな。となれば、こちら側でも未発見の遺跡に彼女の同族が眠っている可能性はある、か」
「探索が~進んでない~、カマラの大森林とか~、怪しいですよね~。古代魔法時代に~、確か大国が~、あったはずです~」
「一理あるな」
顎を摩りながら思考するロンネスに、俺は内心胸を撫でおろす。なんせこの辺りの知識を俺自身は全く持ち合わせていないからだ。一応アーリアに相談した際に助言はいくらか受けているし、軽い打ち合わせもしている。だが俺は結構抜けてるところがあるので、ちょっとしたことでボロが出ないよう、アーリアとミィエルにはフォローをお願いしておいたのだ。
いやぁ、本当マジで助かるわ。
「それが、君がこちらに来た目的かね?」
「目的の一端ではありますね」
「……君の国は何を考えている? 魔導人形をどう扱うつもりだ?」
「存じませんね」
「……ほぅ」
刹那、部屋の温度が急激に冷えた様な錯覚を覚える。原因は人を視線だけで殺せそうなロンネスの殺気だ。当然殺気が向かう対象は、俺だ。
一瞬反応しそうになるセツナの肩を押さえ、「ただ――」と前置きをし、正面から笑顔で殺気を受け止める。
「俺が言えることは、祖国も一枚岩ではない、という事ぐらいでしょうか」
「君達は違う、と言いたいのかね?」
未だ眼光鋭いロンネスに、隣のセツナが不安げに見上げてくる。大丈夫だ、と頭を撫でれば安心したように笑顔を浮かるセツナ。一瞬、向けられていた殺気が揺らいだ気がしたが、ロンネスを見れば強面は変わらず俺を射抜いている。単純にセツナの癒しの笑顔に俺の空気が緩んだだけだと判断し、「あくまで俺自身の意見ですが」と話を続けることにした。
「俺はセツナを道具や兵器として扱うつもりはありませんし、扱わせるつもりもありません。付き合いがそれほど長いわけではありませんが、俺は『人族』としてセツナを対等な存在だと思っています。ですが世の中には俺達みたいな目で見ない輩は多く存在しますし、歴史がそれを物語っています。セツナのためにも、それらはなんとしても阻止したいと考えています」
俺が元居た世界である地球でも人種差別があったように、LOFの世界観を彩る歴史でも当然の様に種族差別は存在する。これは『秩序』と『混沌』と言う神々の代理戦争とは別に、今もなお、それぞれの勢力圏内で解決されることなく行われ続けている。種族戦争もあれば、多数を占める種族が少数の種族を武力に物を言わせて隷属させるようなことも、当然の様に行われている。
ただ代理戦争と言う大きな戦の所為で、目を向けられづらくなっているだけで。
この辺りの設定は俺が知るアルステイル大陸と、今生きているビェーラリア大陸でも差はなかった。当然と言えば当然だろう。なんせ住んでいる種族に大きな差はないのだから。
だからこそ俺は利用させてもらうことにした。こう言った種族間の諍いや差別などの摩擦を減らす意味でも、冒険者ギルドは存在するからだ。
アーリアに確認は取ってある。
冒険者になるために種族は問わない。必要なのは他者と意思疎通ができ、互いを尊重しあえ、自己意識をもって人族社会に貢献できること。そのうえで、荒事などを解決する能力があれば良い。それが冒険者ギルドのルールである、と言うことを。ただ、それだけじゃ俺は足りないと考えた。だから――
「だからこそ、“使役獣登録”ではなく、ギルドマスター認可の下で“冒険者登録”をお願いしたいのです」
冒険者ギルドのギルドマスターに名を連ねる有力者――ロンネスの公認を得ようと考えたのだ。
冒険者になるだけなら別にギルドマスターの許可など必要ない。認可を受けているアーリアが許可を出せば事足りるのだ。だがザード・ロゥ周辺で活動するだけならともかく、他国や都市へ出向いた際、使役獣であるセツナを正当に扱ってもらえるか、と言えば首を横に振ることになるのだ。
しかしこれが、ザード・ロゥの冒険者ギルドを任されているギルドマスターがセツナを冒険者――つまり一個人として認めているとなったら話は変わってくる。なぜなら冒険者ギルドのギルドマスターには、貴族爵位である侯爵と同程度の権力が与えられるからだ。
なぜ冒険者ギルドのギルドマスターに爵位と同等の権力が与えられるのかはこの際置いておくが、公人に正式に認められているとなれば、使役獣だからと言って無碍な扱いはできなくなる。そのうえ面倒な貴族連中からセツナを守る意味でも多大な力を発揮してくれるのだ。
なんせ、セツナをギルドマスターが認めると言うことは、所有者はカイル・ランツェーベルであると言うことも冒険者ギルドが公式に認めると同義にもなるのだから。
そんな思惑を内に秘めつつ述べた俺の言葉に、ロンネスは額に皴を刻みながらもう一度問いを口にした。
「成程……つまり君達は、他にもいるだろう彼女と同等の存在――彼女の同族が不当な扱いを受けぬよう、未来のために身元を証明可能にする前例を作っておきたい、そう言いたいのかね?」
あれ? なんか大事になってないか?
思わず俺の笑顔が固まる。彼はこう言っているのだ。ロンネスの立場を利用して、いるかもわからないセツナの同族を保護できるように仕向けたいのだな? と。
なんでそうなったんだ? と会話を思い返してみれば、俺はロンネスの注意を惹く為にセツナと同じ存在がいると匂わせる作り話をした。そして彼は俺の祖国――と言う設定の所がセツナの同族を探しており、それを兵器などに利用しようとしているのではないかと考えた。
しかし俺はその考えを国として否定はしなかったが、自身の意見として否定的な意見とともに共存していきたいとも告げた。そのうえでギルドマスターにセツナを公認冒険者にしてほしいと依頼までした。
確かにそう解釈されてもおかしくはない、かな? 俺自身、祖国の騎士って設定にしているから、俺の仕える公人がそう考えている、とまで思ってそうだな。別に都合悪いわけじゃないし、それでもいっか。一応やんわり肯定する方向で。
「そこまで大それたことを考えたわけじゃありません。ただセツナには不自由なく、人としての暮らしていける証明がほしいと思っただけです。その延長線上で、彼女の仲間が見つかるならば、同様に手助けもしてあげたいと個人的に思ったにすぎません」
「……そうか」
ロンネスは俺に向けていた殺気を霧散させ、考え込むように瞳を閉じる。
俺は彼の考えが纏まるまで待つべく、すっかり冷めてしまった紅茶を口にする。冷めても十分に美味しい。俺が手に取ったことで、遠慮していたセツナも同様に紅茶を一口。その後お茶請けとして出されたクッキーを口に含み、嬉しそうに頬を緩ませる。こんなことならもっと早く口にすればよかった、とちょっと後悔した。
セツナとクッキーを楽しみつつ、次にどんな質問が来るかを予想しながら頭を整理していると、空になったカップを置いたアーリアが「で、どうするのよ?」とロンネスに答えを促していた。
「あたしとしては紅茶もなくなったし、早く結論を出してほしいのだけれど?」
「アーリアさん、そう急かさなくとも……」
「いや、構わんさ。それと追加を持ってこさせよう」
「それなら~、ミィエルが行ってきますよ~」
「そうか。ならカイルよ、君もミィエルと共に少し席をはずしてはくれまいか?」
「構いませんが、理由を伺っても?」
「セツナと少し話してみたいのだ」
ふむ。俺への質問ではなかったか。と言うことは使役者である俺が居ない所で、セツナを確かめたい、と言うことかな。まぁ使役者が近くにいると、本当にセツナが自立行動できるのかの確認だろう。個人面談的なやつだな。
「カイル君。あたしがついてるから心配はいらないわ」
「いえ、心配はしてないですよ? 必要なことですし」
俺は何の問題もないと頷き、
「セツナ、少し席を外してくるな」
「かしこまりました、主様」
「では~、10分ほどで~、戻りますね~」
「すまないが、よろしく頼むよ」
俺とミィエルはロンネスに頷くと、ミィエルの案内の下、俺は応接室を後にした。
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