第4話 そこは知る世界だが知らない大陸だった
しばらくあるけば、木製の塀で囲まれた人々の生活感溢れる居住区が姿を現す。
建てられた家々も同様に木製で、田舎の日本家屋のような作りをしていた。
瞳に映る人数は多くはないが、話に聞いていた通り全員耳が長いエルフ族だ。
「ここが私たちの村――フレグト村です。まずは村長に会ってください」
「村長の許可がなければ泊まれないですよね?」
「それもあるのですが……」
リルは途中で言葉を切ると、ウルコットに振り向いて指示を飛ばす。
『ウルコット、貴方は警邏隊の後に他の人にも人族の旅人が一人訪れてるって伝えて』
『姉さん! まさか本気で村に泊める気かよ!?』
『……決めるのは村長です。ですが皆に事前に知らせることでよそ者への不安を和らげておいてください』
『しかし姉さん!』
『お願いよ』
まだ何か言いたそうなウルコットを笑顔で黙殺するリルさん。どこの世界も弟は姉に逆らえないらしい。俺の友人もよく飲みの席で愚痴ってたなぁ。
「ではこちらへ」と村の中でも中心に位置する家屋へ案内してくれる。ここが村長の家なのだろう。
『リルです、旅の方をお連れしました』と声をかけて家に上がっていくリルに同じように「お邪魔します」と俺も続く。
通された部屋にはテーブルを挟んで二人ずつ座れるよう、椅子が用意された応接室だった。
上座には一人、エルフの男性が座っている。
白銀の長髪に切れ長な目。素人目だが上等そうな白いローブに身を包んだ40代ほどに見える叔父様と呼ばれそうな外見。エルフ族で村長なのだから、恐らく見た目年齢の倍以上は生きているのではなかろうか。向けられる瞳の目力がそれを物語って言う気がする。
また胸には四つ星を象った金属製のペンダントが下げられている。恐らくと言うかほぼ間違いなく聖印だろう。つまりこの村長さんは神官であり、象られた聖印から見て『秩序と平和を司る神・マイルラート』の神官のようだ。
俺は右手を胸に当て丁寧に頭を下げて挨拶をする。
「どうも、初めまして。カイル・ランツェーベルと申します」
「初めまして旅の方」
「村長。カイルさんは森で迷ってしまわれたようで、村に一晩泊めてほしいそうです」
ウルコットと違い、笑顔で挨拶を交わしてくれる。腹の中で何を思っているかはわからないけど、いきなり排他的な態度をとられなかったことだけはホッとする。
「カイル殿。まず話を進める前に一つ、魔法を受けていただけますかな?」
「神聖魔法ですね。わかりました」
やはりと言うか当然と言うか。神官である村長のもとへ真っ先に連れてきたのはこのためでもあるのだろう。
どうぞどうぞ、と俺はその身を村長の前へと進める。
考えられるのはマナーとも言える三種の神器ならぬ魔法。〈ディティクト・フェイス〉、〈ディティクト・アライメント〉、そして『マイルラート』の神官のみが扱える特殊神聖魔法〈サーチ・カオス〉だろう。
〈ディティクト・フェイス〉は低レベルの神官でも使える神聖魔法の一つで、対象が信仰する神様を明かにする魔法。
〈ディティクト・アライメント〉はその人物の属性を明らかにする魔法。
そしてこの世界で最も信仰が厚いとされる『秩序と平和を司る神・マイルラート』の神官のみが扱える〈サーチ・カオス〉は種族が『魔族』または『蛮族』の場合反応する効果がある。これは見た目を人族へと化ける魔族もいるので、お手軽な対策の一つと言える。
この世界――LOFでは『秩序』と『混沌』の勢力に分かれた神達が世界の在り方、命運をかけて戦争を行っている。それも神々が直接戦争するのではなく、この世界に住まう様々な種族を用いて戦争を行っているのだ。言うなれば俺たちは神々からすれば盤上の駒と言える。
基本俺たち『人族』と呼ばれる種族の大半は『秩序』に属する神々を信仰していることが多い。これは『エルフ族』でも同じことが言える。
逆に『魔族』や『蛮族』は『混沌』の勢力の神々を信仰している。これらの信仰する神の名を術者へと開示するのが〈ディティクト・フェイス〉だ。神の名が分かればどちらの勢力を信仰しているのかすぐにわかるのだ。
また普段の行いから『善』の存在なのか、『悪』の存在なのかを判断するのが〈ディティクト・アライメント〉である。普段から犯罪行為をしていれば『悪』と認定され、ルールを守り生活を行ってたり、人助けなどをしていれば『善』と評価されるのだ。
ただ例外はある。まずこの世界でも異質とされる無信仰者。存在するどの神をも信仰していない場合は〈ディティクト・フェイス〉では信仰する神の名を得られない。次に〈ディテクト・アライメント〉では冒険者のような職業の者は善行も悪行も”依頼”として行うものも少なくない。この場合『中立』と評価される。
無信仰はともかく、『中立』と評価された場合、場所によっては『悪』と同評価に扱われる場合があることだ。
カイル・ランツェーベルには信仰する神はいない。これは俺が作成した設定上仕方がないことだから良いとして、問題はアライメントだ。
俺を含めたGMたちが作成したセッション内容を思い返しても、このPCたちは善行を積んでいると言っていい。不要な殺害を行わず、困る人を助ける見本的なプレイヤー達だったからだ。
ただ俺のPCであるカイル・ランツェーベルは、少し特殊なRPを行ってきた。基本的には善行を積んできてるとは思うが、魔族の娘を保護して実家で匿ったり。敵対組織に属していた人材を勝手に登用したり。単独行動で表面上とは言え、人族のために尽くしていた組織を潰したりしている。自分の中で悪と確信した相手は人族でも殺めてきた。
俺たちの判断ではアライメントは『善』であったが、果たしてこの世界の判定ではどうなるか。そこだけは正直言って不安である。特に村長が進行している神が『秩序と平和を司る神・マイルラート』であるからこそ。何せ『マイルラート』は『秩序』の神々の代表であり、その信者たるや『魔族』や『蛮族』、『悪』に対して特に排他的なのだ。
「〈サーチ・カオス〉、〈ディティクト・フェイス〉。〈ディテクト・アライメント〉」
村長が胸に下げた聖印を握り、対象を俺に指定して神聖魔法を発動する。俺の周りを村長から流れる魔力で囲われるイメージが湧く。
魔法をかけられた対象は、本能的に自分が対象であることを悟れる。この感覚に抵抗の意思を見せれば、体内の魔力が魔法防御力となって抵抗判定を行えるわけだ。しかし今かけられている魔法を抵抗などすれば、神の名はわからなくとも自ら『混沌』の神を信仰していると言うようなものだ。
俺は抵抗せず、かけられた魔法を受け入れる。
「リル。この方は大丈夫です。私の魔法に抵抗せず、混沌の勢力でも悪でもありません」
「疑いが晴れたようで良かったです。改めまして、カイル・ランツェーベルです。以後お見知りおきを」
「私はフレグト村の代表を務めております、バファト・フレグトです。ようこそ、フレグト村へ」
微笑むこの村の村長――バファトに同じように笑みを返し、勧められるままに村長の対面へと腰かける。リルは村長の隣に座るようだ。全員が席に着くと、丁度良いタイミングでエルフの女性がお茶を出してくれる。この方は村長の奥さんかな。これは香りからしてハーブティだろうか。
実はハーブティは苦手だったりするのだが、出されたものを飲まないわけにはいかない。
「いただきます」と前置きして一口……美味い! 俺の苦手なえぐみがなく、すっきりとした味わいがとても心地良い。
「美味しいですね。こんな美味しいハーブティ、初めて飲みました」
「気に入っていただけたよう。このハーブは村で育てているものでしてね。特産品の1つなのです」
「よろしければいくらか売っていただけませんか? 実は野宿の時は白湯ばかりで味気なかったものですから」
「構いませんよ」
「ありがとうございます!」
やった! これで少しは食事に彩りができると言うものだ。香草だから料理にも使えるだろうし――最も正しい使い方とかは知らないが――売っていただけるのは本当にありがたい。っと、それよりも本題に入らなければ。
俺は美味しさのあまり飲み干してしまったハーブティを、注いでくれるエルフの女性にお礼を言い、早速本題を切り出す。
「バファト村長。できれば今夜は村に泊めていただきたいのですが、どうでしょうか? 屋根さえあれば物置でも馬小屋でも構いませんので」
「ふむ。私の家の屋根裏部屋で良ければ構いません」
「助かります!」
「いえいえ。困ったときはお互い様ですから」
柔和な笑みを浮かべるバファトに心の中で、えぇ人や、と評価を下す。
「それにしてもこんな時期にカイル殿はなぜ山奥に? 今の時期は獣たちが縄張り争いで荒れる時期ですから、お一人ではとても危険ですよ」
「私も気になっていたのですが、上流から降りてきましたよね? 奥に進むにつれ危険な動物や幻獣がいるはずです。良く無事でしたね」
……ん? 危険? 危ない動物や幻獣がいる、だと?
正直に言おう。まったく危険を感じませんでした。いや、食糧危機は感じておりましたけれど。
確かに途中鹿やら兎やらは見かけて狩ってはみたけど、基本的に俺と敵対的な生物はいなかった。おかげで今のところちゃんとした実践をこなせないでいる。
「えーっと、運良くそう言ったものには出会わなかったので」
なぜか怪訝な表情を浮かべるリル。二人の表情から、多分本当に危険なところだったんだろうけど、マジで遭遇しなかったんですよ。野生の勘でレベル差でも感じ取ってくれていたのかな?
「そうでしたか。それは幸運でしたな」
「えぇ、本当に。それと他にもいくつかお伺いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「私に答えられることでしたら」
「ありがとうございます。ではまず、ここは何処なのでしょうか? 村の名前とかではなく、地方名をお伺いしたいのですが」
そう。次に聞きたいのは場所だ。LOFの舞台となったアルステイル大陸のどの地方に現在俺がいるのか? それをまず把握したい。場所さえわかれば、カイルの生まれ育った拠点へ戻る算段も付けられる。
それにTRPG仲間も、もしかしたら俺と同じようにこの世界に転生しているかもしれない。もしそうなら手掛かりを探し、是非とも合流したい。もっとも俺以外は全員TS状態になってしまうだろうが。
「? カイルさんはクォーラル地方の出身ではないのですか?」
「クォーラル地方?」
GM時代に調べつくしたLOF知識を最大限手繰り寄せるが、全く聞いたことのない地方だ。いや、もしかしたらゲームデザイナーがあえて地名を与えてない箇所もいくつかあったため、その辺りだろうか?
「すみません、勉強不足だったようで。クォーラル地方とは、アルステイル大陸のどのあたりになるのでしょうか?」
「? カイルさん、ここはビェーラリア大陸ですよ?」
「びぇーらり、え?」
し、知らねぇ……
まさか大陸ごと全く知らない場所だとは思わなかった。マジかよ……ちょっと軽く絶望感。
「カイル殿。私もアルステイル大陸と言うのは存じません。見ている限り、貴方がウソをついているとも思えませんが……貴方は一体どのようにここへ?」
気づいたら転生して此処に居ました、なんて言えるはずもない。はぁ、まさかここは人里が見つかった時に使おうと思っていた設定が、想像以上に現状に当てはまるものだとは思わなかった。俺は気持ちを落ち着けるようにお茶を一口いただくと、用意していた設定を語ることにする。
「実は冒険者としての依頼中に、魔法実験の暴走に巻き込まれてしまいまして。気づいたらこの森にいたんです。まさか大陸ごと転移させられているとは思いませんでしたが」
と言うかLOFの世界で間違ってないよね? 今更ながら本当不安だよ!
いやでも冷静に考えれば、LOFは惑星の中に存在する一つの大陸をメインとしてデザインされたゲームであるだけで、他の大陸が存在していてもおかしくはないはずだ。流星が見れる時期とかもフレーバーにはあったし、神代の時代には隕石群が降ってきた的な話もあったはずだ。
つまり、俺が知らないだけで世界観は同じである可能性は高い。神と聖印のマークも同じなんだし。よし、少し落ち着いた。
「一応確認なのですが、通貨はゴルドでよろしいんですか?」
「えぇ。『貨幣の神・ゴルディア』様がお創りなったものですから、間違いありませんよ」
よかった。やはり世界観はLOFだ。可能であれば知っている大陸の方が、いろいろと事前情報があったのだが、それはこの際仕方がない。別大陸であっても通貨が同じだったこともありがたい。あとは物価など街を回って確かめるしかないだろう。
「フレグト村から最寄りの街まではどれぐらいかかりますか?」
「そうですね。馬なら3日ほどでしょうか」
「馬で3日ですか」
案外近いじゃないか。俺のステータスなら馬よりも早く走れる。休憩をはさみつつでも2日はかからないんじゃなかろうか。
俺は他にも聞けるだけのことを、バファト村長と同席しているリルを交えて確認していく。
LOFにいる数多の神々の中で、ビェーラリア大陸では主に何が信仰されているのか、クォーラル地方ではどうなのか。『魔族』と『蛮族』への認識はどうなのか。冒険者ギルドはあるのか。忌避される魔法はあるのか。
別大陸出身ゆえに認識のすれ違いから問題を起こしたくはない、と頼み短くはない時間相談に乗ってもらった。代わりと言っては何だが、アルステイル大陸と出身地の地方の話を返しておいた。
「ありがとうございます。お二方のご厚意のおかげで、これから先見知らぬ土地でもやって行けそうです」
「なに、構いませんよ。私としても別の大陸のお話が聞けて面白かったですから」
バファトも満足そうに笑みを浮かべてくれているし、おそらく連れてきた責任から同席していただろうリルに至っては、知らない世界の話に目を輝かせて聞いてくれた。与えてくれた情報の対価としては十分だったようで安心だ。最も、自分の目で見てきたわけじゃない薄っすらと覚えているカイルの記憶と俺の知識によるものでしかないが。
でもおかげでいきなり常識外のことをして、衛兵のお世話になるようなことにはならなくて済みそうだ。
冒険者ギルドもあるようだし、依頼をこなしつつ情報収集をしていけば良いだろう。
「そうだカイル殿。夕食はどうされるのですかな? 予定がなければご一緒いたしませんか?」
「それは願ってもないお誘いですが。急に一人増えても大丈夫なのですか?」
「えぇ、問題ありませんよ。代わりと言ってはなんですが、アルステイル大陸やあなたの冒険譚などお聞きしたいと思っておりますがどうでしょう?」
「その程度でしたらよろこんで」
「バファト様! 私も同席してよろしいですか!? 食料でしたら丁度これから狩りにも向かいますので!」
「ははは! 勿論だとも。むしろ期待しているよ」
身を乗り出して提案したリルに、孫娘も見るような優しい瞳でうなずくバファト。嬉しそうに笑顔を浮かべるリル。どうやら外の世界の話はとてもお気に召したらしい。
それにしても狩り、か。ふむ。
「リルさん、よろしければ狩りに俺も同行させていただけませんか? 仮にも冒険者として生計を立てる身ですから、多少なりともお役に立てると思いますし、お世話になるのですから少しは働きで返したいと思うのです」
俺の提案にきょとんとした顔を浮かべたリルは、俺が預けた剣に視線を向けた後、「ではお願いします」と頷いてくれた。