第47話 模擬戦の終了。次なる検証は・・・・・・
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飛んできたのはボーリングの玉ほどの石礫。左腕で受けはしたが、日本人だった俺なら複雑骨折は免れぬ衝撃に肝を冷やす。ただこの身体では大したダメージを負うことはなかったため、吹き飛ばされながら冷静に魔法の発射元を確認する。
――成程、使い魔かっ!
そこには“アルフ”よりも小さい緑に光る光が躍るように浮遊していた。あれは〈エレメンタラー〉であるミィエルが契約している使い魔で、緑色ってことは風の妖精か。〈ラピッドシュート〉も風属性の魔法だから間違いはないだろう。
〈フェアリーテイマー〉系統の魔法使いが使役する使い魔は、〈ソーサラー〉系統が創造する使い魔とは使用感が異なるのが特徴だ。詳しい話は省くが、〈ソーサラー〉系統の使い魔が“道具”ならば、〈フェアリーテイマー〉系統の使い魔は“使役獣”と認識する程の違いがある。まぁ分類としてはどちらも使役獣として扱われるんだけど、使用感はそれほどの違いがあるのだ。俺に当てはめるなら前者が【魔晶石】であり後者は【セツナ】と言うぐらいの違いとなる。
使い魔から受けた〈ラピッドシュート〉のダメージはわずか「4」点。威力基準が使い魔となるのだから、大したダメージが与えられないのは仕方がない。しかし積み重なればいつかは削り切れるし、何より態勢を崩すだけで状況をひっくり返すことも可能な現実であればTRPG時代よりも有効な手段となる。現に俺はノックバックから2人に追撃が行えなくなっている。
身体を回転させ、受け身をとりつつ視界を上げれば、ミィエルも態勢を立て直しつつ再び魔法の行使を行おうとしている。それは使い魔も同様のようだ。セツナは――後ろかっ!?
俺の死角へと周り再び剣を振り上げるセツナを【蝙蝠ピアス】で知覚する。バカの一つ覚えみたく感じるが、意識を背後に回さなきゃいけないだけに非常に厄介だ。おかげでミィエル達への対応が一瞬遅れ、投擲による中断を断念せざる得なかった。しかも相変わらずのベストタイミングで俺への〈スタンハウル〉が飛んでくる。仕方ないので俺は左手の【バックラー】をセツナの剣筋に添えることで軌道をズラし、そのまま盾を手放す。空いた両手で魔剣の柄を掴み、回避姿勢に移れないセツナに蹴りを放つ。
「っ!?」
身体が小さいセツナは簡単に蹴り飛ばされ、思わず俺の眉根が寄せられる。ミィエルを剣の腹で叩いた時もそうだが、わかっていても罪悪感が押し寄せてくる。それを意識的に捻じ伏せ――
「〈アクアバレット〉~っ!」
「~~♪」
ミィエルと彼女の使い魔が〈アクアバレット〉と〈ラピッドシュート〉を俺に向けて放ち、迫る攻撃魔法を――抜き放った【魔剣シオン】で文字通り斬り裂いた。続けざまに右手の【魔剣クレア】を起動する。溶けるように失われた刀身の代わりに、俺の周りに白金の短剣が5本生成される。
射程内にいる対象は3つ。短剣は宙を踊るように翔け抜け――
「そこまでよっ!」
2本ずつミィエルとセツナの首筋、背中へと突きつけ、残り一本は“アルフ”に突き刺さる直前で停止した。
勝負あり、のアーリアの声に皆一様に肩の力を抜き、ミィエルは悔しそうに声を上げる。
「結局~、一撃もいれられませんでした~!!」
白金の短剣を掴み、ブンブン振り回すミィエルを見て思わず「え? それ掴めるの?」と目から鱗が落ちる思いをする俺。いつの間にか宙に停止している短剣をアーリアも手に取り、興味深そうに見つめていた。
「これがもう一本の魔剣の能力なのね」
「はい。アーリアさんにはまだ見せていませんでしたから。ついでにお披露目を、と」
「ただ消費MPが半端じゃないので維持は難しいですけど」と俺が告げると、効果時間が切れて短剣は霧散し、俺の右手に刀身が戻っていく。
「燃費は確かに悪そうね。カイル君、悪いんだけど後でもう少し付き合ってくれるかしら? 試してみたいことがあるの」
「構いません。俺も丁度試してみたいことができたので」
俺が頷くとアーリアは「ありがとう」と微笑み、ダメージを負ったミィエルに回復魔法を行使してくれる。
「主様、お疲れ様でした。どうぞ汗をお拭きください」
アーリアとの話を終えたタイミングで、傍に控えたセツナが良く冷えた濡れタオルを差し出してくれる。「ありがとう」と礼を言って剣を収めた手で受け取る。
「結局セツナは、ご期待に応えることができませんでした。申し訳ありません」
まるで自分が役立たずであった、と言わんばかりに悲痛な表情を浮かべるセツナ。俺は一瞬何を言っているのか理解できなかったが、恐らくセツナは先程の模擬戦の内容を恥じているのだろうと考えた。でも恥じるよなことはなかったよなぁ。むしろ誇っていい内容だと思うんだが……
「何言ってんだセツナ? 正直言って期待以上の動きだったぞ」
「そのような優しい言葉を掛けていただく資格は、セツナにはございません」
「いや、別に気遣ってるわけじゃないぞ?」
「ですがミィちゃんは、魔法を駆使して主様に有効打を与えることができました。なのにセツナは……」
そこまで言ってさらに肩を落とす。ん? この模擬戦は、俺に一撃でも当てられないとダメって話だったか? 確か「殺すつもりでこい」とは言ったけど……もしかしてセツナは、俺に一撃も当てられない腕前――つまり、俺を殺せないような腕前じゃダメだ、と思ってる?
思わずこぼれる苦笑いと溜息。俺は「セツナ」と呼びかけ、視線を上げた彼女の額を指先で小突いた。
「っ? 主、さま?」
「最初に言っただろ? この模擬戦はセツナとミィエルの連携を見るためのものだって。その結果は即席とは思えない程見事だったんだぞ。割と命の危険を感じる程に、ね」
「でもそれはアーリア様が手を貸していただけたからで――」
「あぁ、あれはアーリアさんが俺達パーティーを想定して動いてくれたもんだから、あれでいいんだよ」
俺は突然支援魔法を行使したアーリアを思い出して苦笑いを浮かべた。でもあれは俺が口にしたように、アーリアさんが俺達パーティーを想定した結果を反映しただけなんだよね。もし俺達がパーティーを組んだなら、間違いなく俺はアーリアと同じ支援をしたことだろう。だからアーリアも俺に出来ない支援はしなかった。
「むしろ突然の支援に対応して最大限利用しようと動いた2人が偉いんだ。誇れこそすれ、恥じることなど何もない。さっきも言ったが、セツナは俺の期待以上によくやった。俺はセツナを誇りに思うぞ」
俺は本心から告げてセツナの頭を撫でた。
「セツナになら俺の背中を預けられる。よろしくな」
「っ! はい!」
よし、良い笑顔になった。
俺は嬉しそうに頭を撫でられるセツナに、ほっと胸を撫でおろす。全く、回避特化型の俺に一撃でも当てられなきゃ失格、だなんてとんでもない目標を立てたもんだ。こっちは俺の主として、高レベルである先輩としての自尊心を護るために必死だったっつーに。
「わりと良い模擬戦になったんじゃない? カイル君」
「おかげさまで、俺自身も良い訓練になりました」
ミィエルの回復を終えたアーリアが、頃合いを見計らって俺に声を掛けてくる。「迷惑だったかしら?」と悪戯が成功した子供の様な笑顔で覗き込まれると、「迷惑でした」なんて言えるはずなかろうに。事実迷惑でもなんでもなかったんだから責めることは何もない。
「とんでもない。いい勉強になりました」
「なら良かったわ。でもさすがね。これだけの条件下で、ほぼダメージを負わなかったんだもの」
「そこは運と経験の差でしょうね。ですが、セツナのバックスタブには何度も肝が冷えましたし、ミィエルの不意打ちに対応できなかったんですから。俺もまだまだ未熟です」
実際、使い魔の存在を頭の片隅にも置いていなかった俺の落ち度だ。ミィエルが使い魔を持っているのは神殿の一件で知っていたし、“アルフ”を召喚した時点で気づくべきことだった。
まったく、TRPG時代の先入観――使い魔は戦闘に参加させないものって考えは捨てておかないとな。
「あれは見事だったぜ、ミィエル」
「えっへへ~♪ でも~、それ以外には~、ま~ったく有効打を~あげられませんでした~」
「レベル差5以上あって不意を突けただけでも大したものよ、誇りなさいミィエル」
本当それな。ここから先ミィエルが成長して、レベル差がなくなったら間違いなく俺より強くなるよこの娘は。
「そうだ。セツナ、ダメージを受けただろう? 回復しないと」
「大丈夫です主様。セツナには〈再生〉がありますから、回復は既に終えております」
そう言えばスキル〈再生〉があったことを思い出す。10秒ごとに「4」点の回復があれば、さっきの会話中に回復しきっていてもおかしくはないか。
しかし改めて考えてみると――
「セツナちゃんは“バトルドール”の強さじゃないわね」
「アーリアさんの目から見てもそう思います?」
「えぇ。装備とスキル構成次第で、ここまで化けるものなのね。世に言う一流冒険者と同等、またはそれ以上かしら」
「〈ドールマスタ―〉も捨てたもんじゃないわね」と呟くアーリアに俺も自分の事ながら頷く。
俺をも脅かす隠密能力と命中性能に攻撃能力。回避型とは思えない物理・魔法防御能力と〈再生〉スキル。これ、下手なLv11より強いんじゃなかろうか。これなら、大抵の相手に後れを取ることはあるまい。
「間違いなくこの街最強のパーティーが結成されたわね」
「あったりまえ~! ですよ~!」
アーリアに褒められて我がことのように喜ぶミィエルに、俺も思わずつられて頬が緩む。
「絵面からしたら最強パーティーじゃなくて、ただの仲の良い兄妹にしかみえないんじゃないかしら」
そうっすね。俺もそう思います。
客観的に見ても、果たして誰が平均レベル10越えのパーティーにだと思うだろうか?
俺に頭を撫でられて猫のように目を細める、少女の姿をしたセツナ。セツナよりも幼い笑顔で元気に跳ね回るミィエル。そしてぱっと見優男にしか見えない俺。うち2人が二桁レベルなど誰も思うまい。
まぁそう言うところが『ファンタジー』って感じで何となく納得しちゃう俺もいるんだよね。見た目ほど当てにならないものはないってね。
そう納得していると、袖を引っ張られる感覚に目を向ければ「主様」、とセツナが上目遣いと視線が合う。
「そろそろ、その、補給をして頂きたいのですが」
黒髪美少女の上目遣いからのおねだり。破壊力はバツグンだ。可愛すぎる仕草にのぼせそうになるが、昨晩を思い出して一気に頭が冷える。
え? 昨晩のあれをここでやるのか? マジで!?
「あー、部屋に戻ってからじゃだめか?」
「主様が、そう仰るなら……」
しゅんとするセツナに、思わず言葉が詰まる。いやー、しかしあれをここでやるのはなぁ……
「あ! それミィエルも見てみたいです~!」
「あたしも見たいわ。どう補給しているのかしら?」
俺とセツナの会話に2人の意識が滑り込む。恐らくミィエルは単純な興味から。アーリアは研究者としての好奇心から、見学したいと申し出ているのは解っている。わかっちゃいるんだけど、あれをここでやるの?
セツナの上着を脱がして晒された胸部に俺が手を当てがって、補給するたびにセツナの艶やかな吐息が漏れるあれを? ここで!?
間違いなく冷めた視線に俺は晒されることになるだろう。事情を理解している2人でも、その態度は変わらないだろう。セツナだけは満面の笑みを浮かべてそうだけど。
さて、どうやってこれを回避しよう。いや、実際俺は何も悪くないんだからやってもいいっちゃいいんだけど、絶対あらぬ疑いを掛けられるんだよなぁ。絶対アーリアは面白がるだろうし。
はぁ……なぜ昨晩の内に考えておかなかったのか……何が明日の俺に任せるだよ昨日の俺っ! 後悔先に立たずとはまさにこの事だよなぁっ!
どうする? どうするよ? いっそMPが足りないから、とこの場は辞退するか? と俺が内心でこの場をどう乗り切ろうか考えていると、アーリアが【マジックポーチ】からミィエルに【マナポーション】を数本手渡していた。
「ミィエル、カイル君のMPを回復してあげなさい。さっきの模擬戦で結構使ったみたいだから」
「まっかせて~、ですよ~!」
で・す・よ・ね! そうなりますよね! 確かに今の俺のMPはセツナの回復を行えるほどないから助かるが、回復してもらったらこの場でやらなきゃいけなく――
「では~掛けますね~」
俺はミィエルに【マナポーション】を掛けてもらいながら自分のMPの回復を確認していく。その回復値を見ながら――俺はこの場を利用して確認しなければならないことを思いつく。と言うか真っ先に確かめなきゃいけないことの1つだ。
だからミィエルが持つ【マナポーション】が残り二本になった時に「ちょっと待ってくれ」と使用を止めさせ、セツナに視線を合わせて問う。
「セツナ。魔力補給の件でちょっと確かめたいことがあるんだが、協力してくれないか?」
頭に疑問符を浮かべるセツナ。しかしアーリアとミィエルは気づいたのだろう。ミィエルは手に持っていた【マナポーション】の1本をアーリアに渡し、俺も雑囊から【マナポーション】を1本取り出す。
次にセツナのステータスを確認し、アビリティである〈魔力貯蔵〉について確認する。
〈魔力貯蔵〉:使役者が望むタイミングでMPを補充することができる。このキャラクターは1時間に付きMPを2点消費する。
俺が望むタイミングでMPを補充することができる、と効果には書かれている。しかし、補充は使役者しかできないとは書かれていない。もしかしたら俺が望むのであれば、俺から直接補給しなくてもMPを回復できるのではないか。そう読み取れなくもないからだ。
不思議そうに俺を見つめるセツナに、俺は「実は」と前置きをして言葉を続ける。
「セツナへの魔力補給を、俺以外で行えるのかを確かめたいんだ」
「――っ!?」
驚きのあまり眼を見開いて硬直するセツナ。しかしこれは必要なことだ。俺が居なければMPの補給ができないのと、俺が居なくてもできるのでは状況が大きく変わる。特に俺とセツナが別行動をとっている場合に補給ができれば、それだけセツナの安全にも繋がるし、パーティーの手札が増えることにも繋がるからだ。
「確かめるべきはアイテムによる回復が可能かどうか。対象は【ポーション】と【魔晶石】だ。可能ならば使用者でどれほど効果が変わるのか。俺が許可をした人物と許可していない人物で回復が可能なのかどうか。さらに俺以外の人物からアイテムではなく直接MP補給ができるかどうか。これらは最低限確かめなければならない」
この場に〈プリースト〉が居ないため、MP譲渡魔法である〈トランスファー〉の魔法を試せないのが残念だがそれは仕方がない。
「後は使い魔経由で補給できるか確認できれば完璧ね」
「そうは言っても俺は使い魔を造れませんけどね」
「MP消費量が多いんだし、考慮してもいいんじゃないかしら?」
「一理ありますね」
今貯蓄している経験点を使えば、使い魔を作成する魔法を覚えるレベルまでは余裕で辿り着けるしな。そう考えていると、先程から表情が動かないセツナに疑問が浮かぶ。「セツナ?」と呼びかけると、ビクリと肩が震える。
「あ、主様が……望まれるのであれば…………」
俺を見つめる瞳には不安や恐怖、拒絶の色が揺れている。どうやらこの検証はセツナにとっては嫌なことのようだ。
俺は不安そうに揺れるセツナの頭を撫で、「ごめんな」と前置きをし、
「アーリアさん、ミィエル。今のなしでお願いします。セツナが嫌がることはやりたくないんで」
「っ!? 主様?」
検証の取り止めを2人に申し出た。
いや~、だってねぇ。理由はわからないけど、必要なことだからって、セツナの嫌がることはさすがにやりたいくないからね。ついでにこのまま魔力補給を2人に見られたくないって感じに挿げ替えられないかなぁ、なんて思ってないよ?
「あや~。セっちゃんが~、嫌なら~仕方ないですね~」
「そうねぇ。本当にカイル君の言う通りなら、仕方ないわよねぇ」
素直に頷くミィエル。しかしアーリアは含みのある視線を俺へと向けている。何故だろう。俺は何も悪くないはずなのに俺が悪いみたいな気分にさせられるのは……
アーリアは俺へと向けていた視線を外し、戸惑っているセツナの前に立って「ねぇセツナちゃん」と呼びかける。
「もしかしてなのだけれど――」
耳打ちするようにセツナに言葉を紡ぎ、セツナは再びビクリと身体を硬直させた。
いつも閲覧ありがとうございます。
今回は思ったより長くなってしまったので、一度ここで投稿します。
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