第43話 翌朝
更新遅くなり申し訳ありませんでした。
この身体になってから本当朝の目覚めが良いものだ。
備え付けの時計を見れば午前5時12分。日本の頃の俺ならまだまだ寝ている時間だ。なんせ会社に行く30分前まで平気で寝てたぐらいだからな。
それが今では規則正しい健康優良児だ。
本日はこれと言って決まった予定はない。フレグト村のエルフ達がザード・ロゥへ到着する日であり、それ以外はこれと言って予定を決めていない。こちらの世界に来てからと言うもの、惰眠を貪るような真似はしてこなかったわけだから、たまには二度寝と言うのもいいのかもしれない。
「そうは思いつつも、身体が自然と布団から出るんだよなぁ」
気持ちとしては二度寝もありだと思うのだが、身体はばっちり目が覚めている。自然とベッドから降りて寝て固まっていた筋肉を伸ばす。
俺が作成したカイル・ランツェーベルと言うキャラクターは、息抜きはすれどサボりや怠けをすることがない。鍛錬も毎日欠かすことはないし、自分を高めるために強者との訓練も率先して申し込む。他者の面倒見も良く、助けを求める子供や弱者を率先して助け、自分の家にまで住まわせることもある。それが例え『蛮族』であっても、だ。
まるでPC1のような――いや、世界観的にはPC1とは言い難いか――人格者な設定になったかは、まぁこの辺は割愛するとして。
本当の意味でPC=PLになった俺は、日常生活で彼が熟していた日課をするため、最低限の身嗜みを整えて部屋を出る。
基本的に“歌い踊る賑やかな妖精亭”は冒険者の宿でありながら、宿泊客は現在俺とセツナしかいない。後は経営者であるアーリアと助手兼筆頭冒険者であるミィエルのみだ。だから人の気配がすれば、この3人のいずれかでしかないわけで。
1階に降りてくれば厨房から物音が響いており、カウンター越しに覗き込めば朝食の準備をしているミィエルとセツナの姿が見てとれた。
「おはよう、2人とも」
「おはようございます、主様」
「おはよ~ございます~。カイルくんは~、相変わらずの~、早起きですね~」
「2人には負けるけどな」
「ミィエルたちも~、さっき起きたばかりですよ~」
「はい。ですから申し訳ありません。朝食まではもうしばらくお待ちください。出来上がりましたらお迎えにあがりますので」
申し訳なさそうに眉尻を下げるセツナ。
キッチンスペースを見れば確かに今しがた朝食の準備を始めたばかりのようだ。
「何も謝ることじゃないぞセツナ。慌てず、しっかりと教えてもらうと良い」
今回もセツナは料理を教えわりながら朝食を準備するようだ。そのためミィエル1人よりも時間がかかる、とセツナは言いたいのだろうが謝るようなことじゃない。俺も催促したいわけではないため、早々に目的を果たせる場所を確保しなければ。
「なぁミィエル。この辺りで剣を振れるところはあるか?」
「え~っと~、地下室を~使えばいいと思いますよ~」
「サンキュ。じゃあ軽く使わせてもらうことにするよ」
2人に手を振って「がんばれ」とエールを送り、地下の広い研究室に足を運ぶ。
誰もいない室内を見渡し、一息を吐くと意識を切り替えるように俺は部屋から持ち込んだ【ブロードソード+1】の具合を確かめる。
俺がカイルになって以来、カイルとしての記憶は薄いがないわけではない。彼が日々自らをどのように磨いてきたのかは何となく思い出すことはできる。その一つが非常時でなければ日課にしていた「鍛錬」だ。
元日本人の俺は当然のことながら「鍛錬」なんてものに馴染みはない。一応幼い頃に武術は習っていたけれど、高校で引退したし、以降は立派な運動不足気味なサラリーマンであった。当然運動する習慣もない。一時期ラジオ体操ぐらいはした方が良いと勧められたけど、結局できなかったほどのダメ人間だ。
日本では運動ができなくても直接死ぬような目に合うことは滅多になかった。しかしこの世界は違う。
力がなければ淘汰される日々が、より身近に存在するのだ。
俺が今こうして――平和ボケした日本人である俺が、こうして息をしていられるのは、カイル・ランツェーベルが日課として自分を鍛え上げていたからに他ならない。彼の努力に俺は救われている。だからこそ、心からの感謝とともに、俺は俺の為にサボるわけにはいかないのだ。
まぁそれは建前で、俺自身もっとこの自由に動く身体を楽しみたいだけだったりするんだけどな。
大分俺自身に馴染んできている感覚はある。だがもっと高いポテンシャルを発揮できる気がするんだ。だからこそ完璧にしておきたい。特に【特技】である【流派】スキルは要確認をしなければ!
まずは片手1本のみで素振り。右手が終われば左手、次に両手にそれぞれを持って二刀流での素振り。徐々に体が温まってきたらステップを刻みながら剣の重さを身体に馴染ませ、〈スキル〉を並行した素振りへと移行。一度二刀流から盾を持った動きへと変更。
普段使わないが、通常の盾とも言える【ラウンドシールド】での動きを確認したら、次は【エルハートケープ】を使った【流派】の動きへと派生。
【布操術】から【攻盾術】へ。次に【双盾術】から【光陰剣術】、最後に【二双剣】へと動きを繋ぐ。
身体に馴染んだ型が違和感なく振れるようになったら、基礎トレーニングである筋トレを行い、疲れてきたら再び剣を振るうを繰り返す。
一時間程して疲れを感じてきたので、もう一度【特技】を一通り使用し鍛錬を終了することにした。
「ふぅ……」
今まで使っていなかった【特技】も意識的に使うことで凡そ把握できた。後は実戦で使ってみて応用の幅を広げていけば問題ないだろう。
「そろそろ飯もできてるかな?」
腹も減ったし喉も乾いた。一応後でアーリアに掃除用具の場所を聞いてここを掃除しようと決め、1階へと戻れば鼻腔を擽る美味そうな匂い。
地下から上がってきた俺の姿を見たセツナが、笑顔で「あと10分もすれば出来上がります」と教えてくれる。ならば、さっさと汗を流してこよう。
ささっと自室へ戻り、備えつけのシャワーで汗を流す。再び1階へ戻れば4人掛けのテーブルには美味そうな朝食が並べられている。
メニューは白パンとホワイトシチューにデミグラスハンバーグのようだ。どれも出来たてて食欲をそそる。
「美味そうだな」
「美味し~ですよ~。なんせ~、ミィエルとセっちゃんの~、愛情がた~っぷり含まれてますから~♪ 期待して~いいですよ~」
「主様に喜んでいただければ、セツナも嬉しいです」
自信たっぷりの笑みを浮かべるミィエルと、椅子を引いて微笑んでくれるセツナ。
あぁ、癒される。ザード・ロゥに来てからドタバタしてて意識していなかったけど、今更ながら恵まれた環境に感謝と感動が押し寄せてくる。朝起きたら朝食が用意されてるだけでも嬉しいのに、それが美少女2人の御手製だ。苦節35年、今までここまでの幸運なことが果たしてあっただろうか? いや、ない!
「2人とも、ありがとう」
「えへへ~。どういたしまして~♪」
実に幸せな時間だ。自然と俺も頬が緩む。
「あ、マスタ~。おはよ~ございます~」
「おはよ、ミィエル」
カウンター奥から顔を出したアーリアは何処か疲れた様な表情をしている。何かあったのだろうか?
しかし俺を目にすると、いつもの不敵な表情へと戻る。
「おはようカイル君。なにやら随分ご機嫌じゃない?」
「おはようございます、アーリアさん。確かにご機嫌ですよ」
「おはようございます、アーリア様。どうぞこちらの椅子へ」
「おはよう、ありがとうセツナちゃん」
セツナの案内に従い、礼を言うアーリアは俺の正面へと座る。
「まぁこれだけの美少女に囲まれて朝を迎えるんだもの。ご機嫌じゃないわけないわよね?」
「そうですね。過去振り返ってもここまで華やかな朝食はないですね」
「ふふ。後はこの街の男性諸君を殺さないよう気をつけなさい」
「なんで俺が加害者なんですか?」
「嫉妬に駆られてあんたを襲った奴らを返り討ちにするからよ」
「……成程。気を付けます」
「そうして頂戴」と息を吐くアーリアはやはり少し疲れているように見える。
「それで、昨日は夜更かしでもしたんですか?」
「野暮用でね。そこでちょっとお酒を少し飲みすぎただけよ」
何でもない、とアーリアは態度で表してくれているが、ほぼほぼ俺のことで呼び出しでも喰らったのだろう。昨日の装備の補填と言い、本当アーリアには足を向けて寝られないね。
「ご迷惑をお掛けします」
最後にお茶が配膳される中、「いいのよ」とアーリアは笑う。
アーリアの隣にミィエル、俺の隣にセツナと揃ったところで朝食を食べ始める。おずおずと隣から視線が向けられるので、俺は素直な感想を口にする。
「うん、美味い!」
「本当ですか!? 主様」
「うん。ハンバーグの焼き加減なんて最高だね。俺好みだ」
「ミィちゃんに教えて頂きましたから」
「えっへんです~。カイルくんの~、好みは~、この数日間で~ばっちりです~」
事実、ミィエルには俺の食の好みはばっちり把握されている。なんでも料理人として一番満足できる形で食べてもらいたい、とのこと。俺としても好みに合わせてもらって損はないので全てミィエルには伝えてあるのだ。
「早速ミィエルに胃袋を掴まれてるのね」
「俺には得しかありませんから。この調子ならセツナにもすぐ掴まれるでしょうね」
「はい! がんばりますね、主様」
「期待してるぞ」
頭を撫でれば嬉しそうに目を細めるセツナ。本当に可愛いなこいつは。
「ほんと、可愛いわね。あら? このお茶……」
「お茶がどうかしたんですか?」
「えぇ。酔い醒ましのハーブが入ってるのよ」
すっきりとした後味のお茶だな、とは思ったけど肝臓に優しいハーブが使われているらしい。
「セっちゃんが~、マスタ~の顔色が悪いからって~、淹れてくれたんですよ~」
「ミィちゃんに教えていただきました。酒気から楽になるものはないか、と」
「ご迷惑でしたか?」と上目遣いに伺うセツナにアーリアは笑顔で「助かったわ」と礼を返す。気遣いもできるとは、本当によくできた娘だと思うよ。
「カイル君。あたしにその娘を譲って頂戴」
「ちょっと言ってる意味が解らないです」
「冗談よ」
まったく冗談を言ってる視線じゃなかったと思いますよアーリアさん。じとっと視線を送ってもすまし顔でスルーされるので、俺も冗談だったことにして食事を再開する。
他愛もない話をしながら朝食を終え、片付けはミィエル達に任せる。俺とアーリアは食後のお茶を楽しみながら今日の予定を互いに確認する。
「それで、今日の予定はどうするのかしら?」
「その件でちょっとアーリアさんに相談に乗っていただきたいんですよ」
「一応昨夜セツナちゃんの冒険者登録の件はギルドマスターに伝えておいたわよ」
さすが仕事が早い。
「ありがとうございます。ですがセツナを冒険者登録って可能なんでしょうか?」
セツナはあくまで使役獣であり、使役者である俺からのMP供給がなければ機能できない。勿論可能であればこの辺りの問題も解決しようとは思っているが、不安定な存在であることは間違いない。
「どうかしらね? あたしとしては〈奴隷契約〉を結んだ従者と変わらない扱いだと思うのだけれど」
「? 〈奴隷契約〉、ですか」
馴染みのない言葉に思わず聞き返してしまう。
俺がTRPGの舞台として遊んでいたアルステイル大陸では“奴隷”は存在したし、このキャラクターにも元奴隷の友人もいれば奴隷商の知り合いもいる。
ただあくまで“奴隷”は世界観を彩るフレーバーであり、冒険者と密接に関わってくることはなかった。無論、ゲームシステムでも存在していない。
「もしかしてアルステイル大陸では〈奴隷契約〉はなかったのかしら?」
「“奴隷”と言う身分自体は存在していましたが……何分深く関わったことがないので」
「そう。魔法による〈奴隷契約〉を交わせば主を裏切ることがないから、割とこっちでは重宝されるのだけれど。貴族によっては自分の周りを全部“奴隷”で固める人間もいるくらいよ」
「絶対に裏切られないって手駒は重宝できますからね」
本当に信用が置ける相手でない限り弱みも見せられない貴族社会では、魔法によって隷属する存在は確かに安心を買うことができるだろうね。
「貴族は優秀な従者を冒険者として登録して働かせることもあるわ。それと同じようなもんじゃないかしら?」
「その場合セツナが“バトルドール”だとわからないようにした方が良いんですよね?」
「そのつもりだったんじゃないの?」
「当初はそうだったんですが、昨日の一件で少し考えを改めまして」
「あー……スカウトの件ね。それに関してはあたしの落ち度でもあるわね。ごめんなさい、せめて出かける前に【スペルカード】の作成をすべきだったわ」
そう。セツナの正体を隠すのであれば、昨日出かける前に対策をしておかなければならなかったのだ。これに関してはスカウト合戦なんかが起こると言う知識もない俺の落ち度でもあるし、失念していたアーリアの失態とも言える。
しかし振り返ってみればフレグト村の時点で俺がバトルドールを作成した時点から誤りだったのだから、元を質せば俺の所為なのだ。
「いえ。元を質せば俺が考えなしに行ったツケですので。ですが逆に考えればこれはツケを清算するチャンスでもあると思うんですよね」
常に自身で〈ディー・スタック〉を掛けられる俺と違い、セツナは魔法アイテム頼りになってしまう。前アーリアと話した、魔法アイテムを作成できる保証もないし、【スペルカード】を毎回使用するのはコストパフォーマンスが悪い。何より折角、色々体験できるようになったセツナに、窮屈な思いをさせたくないと言う気持ちもある。
「セツナが大手を振って街を歩けるようにしたいんですよね。だから、最初からギルド自体を巻き込んでしまおうかと」
「ふ~ん。良いわ、あんたの考えを教えて頂戴」
「はい。ですがセツナの意思も尊重したいので、2人が片付け終わってからでいいですか?」
「そうね。そうしましょう」
頷くアーリアのカップにお茶を注ぎ、俺達は2人が片付け終わるのをゆっくりと待つことにした。
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