第40話 炎鉄工房のドワーフ。ミィエル、手玉に取る。
「ここが~、武具店“炎鉄~工房”ですよ~」
ミィエルの案内で辿り着いたのは街の大通り沿い、一等地とも言える場所に店を構える武具店“炎鉄工房”。ミィエル曰く、一級品の腕と武器を取り揃えているザード・ロゥ一の武具店であり、【魔剣】も取り扱っているらしい。ただ【魔剣】はあくまで仕入れたものを並べられているだけで、一から作成することはできないそうだ。
まぁTRPGの時代から【魔剣】を簡単に作成できる存在なんて公式では神様ぐらいだったからな。造れなくても不思議ではない。
しかし婆さんとカレンが「ふんだくれるだけふんだくってこい」と言っていたが、店の規模からして婆さんの所の3倍はあるわけで。本当にふんだくれるのか疑問である。
「そういやフェーブルさんって種族は何なんだ? やっぱりドワーフなのか?」
「ドワ~フですよ~」
おぉ! ついにエルフに続いてファンタジー種族の代名詞その2であるドワーフに会えるのか! ハーフリングであるカレンを見た時は、アーリア達のおかげでそれほど感動を得られなかったからな。くぅ~! 楽しみ過ぎる!
「主様、嬉しそうですね?」
「? カイルくんの~、ところでは~ドワ~フが~、珍しかったんですか~?」
「そう言うわけじゃないんだ。やっぱり街一の武器屋って言われると、剣士としてはテンション上がっちゃうんだよね」
危ない危ない。それに2人には決して嘘は言っていない。ただドワーフに会えるのに興奮したなんてさすがに言えないからな。事実、どのような武器を扱っているかは大変興味がある。防具でこれほど俺の知らない装備が転がっていたんだ。武器だってもしかしたら今以上の物が手に入るかもしれない。
LOFの世界は高レベルになればなるほど「殺られる前に殺れ!」がもっとも安定するため、武器の重要度は高いのだ。
「きっと~、ここならセっちゃんに~、合った武器が見つかるはずです~」
「そいつは猶更楽しみだ」
まぁ最悪見つからなければ【ルナライトソード+1】を1本セツナに渡せば事足りるとは思っている。俺が片手で扱えるようにカスタマイズしてしまっているから、両手で使った際には多少本来の威力が出ないようになってしまっているけど。
両開きの扉を潜れば、広い店内には整然と並べられた武器の数々が俺達を出迎えてくれる。ぱっと見でも全ての武器カテゴリーの数々が取り揃えられており、“隠者の花園”と違って多くの冒険者がそれらを眺めては手に取って吟味している。
現代日本ではこれだけ武器が並んだ所なんて見たことはないため、防具よりもファンタジー感が強くて内心物凄く高揚する。可能であれば様々な武器を手に取って試してみたい。
「んふふ~。カイルくんも~、男の子ですね~」
「ん? 悪い、テンション上がりすぎてたわ。とりあえずフェーブルさんを紹介してもらえるか? セツナの武器もそうだが、俺の武器が修理できるかも確認しないといけないからな」
「わかり~ました~。こっちですよ~」
セツナの手を引いて案内を買って出てくれるミィエル。店内にいるお客の視線が注目してしまうのはご愛敬と言ったところだろうか。店内に限った話ではないが、彼女はこの街にいるだけで視線を攫っていく。さすがは“ザード・ロゥのアイドル”と言ったところだろうか。
「あの黒髪の娘は誰だ?」「可愛いな」「天使が2人になっておる」「お近づきになりたいな」「あいつが噂の男か」「なんであんなやつが」「ちっ。新顔の癖に【ハーミット】を着てやがる」「てめぇじゃ顔じゃねぇんだよ」
彼らの声に聴き耳を立てれば、ミィエルとセツナへの朗らかな視線から俺へのやっかみの視線へと変わっていく。と言うか「顔じゃない」なんて言い方こっちでもするのかよ。国産TRPGだからかな? でも相撲の隠語じゃなかったか?
にしても俺への敵愾心が凄いな。【ブラッディオブバサラ】と〈ヘイトリーダー〉の相乗効果かなこれ。
ちょっと視線を向けてにやりと笑ってやりたい衝動に駆られるが、ミィエルがそのまま従業員専用の扉を潜っていったことで俺の注意が逸れる。
「ミィちゃん? そこって従業員専用ではありませんか?」
「いいんですよ~。どうせ~、呼んでも~出てこないんですから~」
「それは店としてどうなんだ?」
「受け付けは~、ノ~ム達が~やるので~、大丈夫です~」
ちらりと見ても受付には誰もいない。まぁお店の事情なんてどうでもいいと言えばどうでもいいか。
勝手知ったると言った風にミィエルについていくと、厚手の扉が現れ、「はいるですよ~」と声を掛けて扉が開かれる。
最初に訪れたのは熱気。扉が開かれたことにより押し込められていた熱が、風となって頬を撫でる。次に訪れたのは金属を鍛える甲高い音。思わず「おぉ……」と感嘆の声が漏れる。テレビでは何度か見たことあるが、生で鍛冶を行う現場を見れるなんて人生初だ。
「その声はミィエルかの? ちょっと待っておれ」
「は~い。2人とも~、こっちなら~涼しいですよ~」
背を向けたまま金床と向き合い、金槌を振るう小柄な男を尻目に、ミィエルはセツナと俺を工房の中でも熱気が少ない場所へと案内してくれる。その間にも俺は鍛え抜かれた太い腕が金槌を振り下ろすたびに音と火花が散る様をつい見続けてしまう。
ちょっと体験してみたいなぁ。日本人だった俺では絶対にできないだろうが、カイルの身体なら鍛冶もやれるのではないだろうか。
数分と経たずに冷却用の水で熱が冷える音が響き渡る。冷えて固まった金属の塊を眺め、1つ頷くとようやっと彼はこちらへと振り返る。小柄ながらも鍛え抜かれた肉体に、髪の色と同じ腹部にまで届く手入れのいき届いた白い髭が揺れる。
やっぱりドワーフと言ったら髭だよなっ! 鍛冶をしてるとは思えないほど艶のある髭だよまじで。
思わずまじまじと見てしまったせいか、目の前のドワーフは険しい表情を浮かべる。
「なんじゃそいつらは?」
「ミィエルの~、パ~ティ~メンバ~である~、カイルくんと~、セっちゃんです~」
「ミィエルよ、そこはセツナと紹介するべきだと思うぞ。初めまして、ご紹介に預かりましたカイル・ランツェーベルです」
「セツナと申します」
2人して会釈をすれば「ほぉ、お主らが」と見定めるように髭を撫でる。
「こちらが~、フェ~ブルです~。このお店の~、鍛冶職人さんで~、エヴァおばあちゃんの~ライバルです~」
「誰があんの婆のライバルじゃ! いい加減なことを言うでないわい!」
「え~、こんなに~、意識してるのに~?」
「ふん! わしの方が上じゃい!」
目じりを釣り上げ腕を組んで「ふん」と鼻で笑うフェーブル。何となくライバルって言うより、フェーブルが勝手に突っかかってるだけで、エヴァに良いようにあしらわれてる感じがしなくもないな。
「だったら~、これも~修理できるよね~」
にやりと笑みを浮かべるミィエルが視線で合図してくれるので、俺もにっと笑って前に出る。
「フェーブルさん、こいつを修理できるのか確認していただきたい」
「お主、わしを舐めとるんじゃなかろうな? 鍛冶職人に武器の修理ができないわけ――」
俺が差し出した【ルナライトソード+1】を見てフェーブルの言葉が詰まる。剣を受け取り、鞘から刃を覗かせたフェーブルは、驚愕の瞳を鋭い視線へと変えて俺を見る。俺は笑みを変えずに頷き言葉を続ける。
「お察しの通り、魔力加工を二重付与したものです。そして武器はとある【流派】に伝わる秘伝で鍛えられた宝剣です」
「魔剣の域に達しよう【流派武器】に二重付与じゃと?」
気持ちの高揚と動揺に揺れる瞳を固く閉じて抑え、心を落ち着けるように一息を吐くと職人の目が剣を静かに見据える。
「剣を研ぎ、耐久度の回復は今のわしでも出来る。じゃが、大きく目減りした場合は無理じゃ。わしの技術では鍛え直せん」
「今の、という事は解析すれば可能ですか?」
「当たり前じゃ。こうして実物が目の前にあるんじゃ。失われた二重付与の技術を、わしなら復元できるじゃろう。なんじゃったら、この宝剣を新たに鍛えることもできるじゃろうて」
フェーブルの自信をのぞかせる不敵な笑み。静かに剣を見据えた瞳に挑戦者としての炎が宿っている。これなら武器の方も遠くない未来古代技術の復元ができるのではないか、と期待してしまう表情だ。
「でも~、それは~、カイルくんの実物が~、あってこそだよね~?」
「……そうじゃな。悔しいがその通りじゃ。アーリア嬢ちゃんの紹介に、これ見よがしにあんの婆の外套を羽織っとる時点で想像はついとったが、何が望みじゃ? 小僧」
「どうせ婆にも同様に条件付けしたのじゃろう?」と視線が語っている。お察しの通りですよフェーブル爺さん。
「話が早くて助かります。その剣をしばらく貴方に預ける代わり、セツナの武器を見繕ってほしいんです。両手持ち可能で威力の高い武器をお願いしたい。彼女は〈ソードマスタリーⅡ〉まで保持してますので、高ランクでも構いません」
「小僧はいらんのか?」
「俺には同じ剣がもう一本ありますから」
「ふん。一本だけじゃなかろう? こんな代物をポンと預けるぐらいじゃ。魔剣の一本や二本も持っとるじゃろ」
「どうですかね」
「見せろ」と鋭い視線を向けてくるが、俺は笑顔で突っぱねる。残念ながら【魔剣クレア】と【魔剣シオン】を今見せるつもりはない。アーリアの紹介であっても、だ。最悪【ルナライトソード】は替えが利かないわけじゃないが、この二本は別格だ。そう易々見せて良い手の内ではない。だから二本の耐久度に関しては、アルケミスト技能で回復させるつもりだ。
「ま、えぇわい。それらについては、わしがお前さんの信頼を勝ち取ってからにするとしようかの。安心せい、あの婆より先に完成させてみせるわい」
「期待してます」
剣を渡し、俺自身の用事はほぼ済んだので早速セツナのための武器選びへと入る。
「それで、このお嬢ちゃん――セツナじゃったか? 嬢ちゃんの身長で両手剣じゃと、オーダーメイドの方がえぇじゃろ。手をえぇかの?」
頷いてセツナの手を見て、握るフェーブル。しかし眉根を寄せて怪訝な表情を浮かべる。
「こんな剣すらも握ったことのないような細腕で〈ソードマスタリーⅡ〉じゃと?」
「あー、セツナは少し特殊でして。日頃剣を握ってるわけではないので」
「……ふむ。どうりでアーリア嬢ちゃんの紹介なわけじゃな」
ちらっとフェーブルの視線がミィエルへと向き、ミィエルはにこりと微笑む。さすがはアーリアさんだ。「面倒事」を「楽しい事」なんて言うだけあって、訳ありが多いらしい。
「じゃなら、筋力や太刀筋、本人の振りやすさを見ないといけんのぉ。どれ、こっちに来るんじゃ」
「よろしくお願いします」
頭を下げるセツナに好々爺の様な優しい笑みを浮かべ、工房の奥から地下へと進んでいく。この街特有なのかはわからないが、やけに地下室完備が多い気がする。
案内された地下室はアーリアの実験室同様戦闘訓練ぐらい余裕で出来る程に広く、試し切りができるように巻藁が数本立てられていた。壁や樽には様々な武器が収められており、フェーブルはその中から片手剣と両手剣をいくつかピックアップしてセツナの前に並べる。
「まずはどこまで触れるのかを調べんとな。小僧の見立てじゃどれぐらいなんじゃ?」
そう言えばわからないな。PCデータと違って魔物データはステータス表記が違う上、計算式が不明だから逆算することもできないんだよね。うーん、とりあえず持ってほしい20ぐらいを言っておくか。
「…………必筋20ぐらいまでは問題ないと思うが」
「詳しくは知らんわけじゃな。ほれ、まずはこれを振ってみるんじゃ
渡されたのは片手でも扱える【ミスリルソード】。片手剣の中でも威力のわりに軽いため、二刀流剣士の目指す高ランク武器の1つだ。
受け取ったセツナは右手、左手の順番で何とか振ってみて「問題ありません」とフェーブルに頷く。「じゃあ次はこれじゃ」と渡されたのは一般的な【ツーハンドソード】。次は【グレートソード】、【フランベルジュ】【クレイモア】と様々持ち換えて振ってみる。
「ふむ。見かけによらず振れるもんじゃの。じゃが【クレイモア】じゃと少し身体が流れとる。凡そ必要筋力25よりも低めにしておけば問題ないじゃろ」
「セっちゃんすご~い。ミィエルよりも~全然力持ち~だよ~」
「がっはっは! ミィエルは非力じゃからのぉ!」
「いいんです~! 〈刀術〉には~力よりも~、器用と敏捷なんですから~!」
「力がありゃ〈火霊〉と〈土霊〉も使えるんじゃがのぉ」
「精霊には~、向き不向きがあるんです~!」
「がっはっはっは! 強がりも程々にするんじゃのぉ!」
楽しそうに盛り上がるミィエルとフェーブルにセツナと一緒に首を傾げていると、フェーブルが「すまんすまん」とミィエルとの関係を口にする。
「わしとミィエルは同じ【流派】――【妖蓮一刀流・霊刀術】の門下生なんじゃよ。わしが兄弟子にあたるのぉ」
「そ~ですね~。ミィエルは~、フェ~ブルの妹弟子に~なります~」
「あ~、だからフェーブルさんには呼び捨てだったんだな」
「はい~」
「それって俺やセツナも入門できたりするのか?」
教えてもらえるなら是非教えを請いたいとミィエルの戦いぶりを見て思ってたんだよね。形状からして刀だし、居合い抜きとか見てて格好良かったからな!
それに戦闘人形も努力次第で習得できるのかを知りたかったから、可能であれば試したいと思っていたのだ。
「ふむ……師範に訊いてみんことには何とも言えんのぉ」
「え~。ミィエルと~フェ~ブルで~、推薦すれば~だいじょ~ぶですよ~!」
「馬鹿言うんじゃないわい! 嬢ちゃんは兎も角、流派武器をほいほい他の鍛冶師に渡すような小僧はそうそう推薦できんわ!」
ってことはミィエル達の【流派】は専用の武器が存在するってことだな。それでなければ使えない類だと、さすがに教わっても使いづらいか? しかし【特技】で属性攻撃を付与できるのは優秀なんだよなぁ。いや、MPを消費するタイプだとセツナには厳しいか? いや、そこは魔晶石を使えば代用は可能のはずだ。
「ミィエルの~パ~ティ~メンバ~が~! 信じられないって~! 言うんですか~!?」
「あったりまえじゃ! アーリア嬢ちゃんが連れてきた奴らじゃぞ! 厄介事大好きな変わりもんの連れを、はいそうです、と簡単に信じられるわけないじゃろがっ!!」
俺が思考の海へと潜っている間にもミィエルとフェーブルの言い合いはヒートアップをしていく。耳にしている内容的には概ねフェーブルに同意できてしまうが、さすがにここまで「信用できない」と言われると、さっきお願いしたことを取り下げたくなってくる。
「主様」と袖を引いて見上げるセツナに俺も頷いて話に割って入るタイミングを計る。
「フェ~ブルのことを~! 信用して~! 宝剣を~、預けたのに~! その言い草はなんですか~!!」
「むっ……そう言われると辛いのぉ」
「なにが~『つらいの~』ですか~っ!! 師範代として~、自分の愛剣を~預けるから~、マスタ~が信用できる~って紹介してくれたのに~! 技術りゅ~しゅつを~覚悟で頼みにきたのに~! フェ~ブルは~! カイルくん~だけでなく~! マスタ~の信頼をも~裏切ってるんですよ~!!」
ミィエルの言葉にぐうの音も出なくなったフェーブルが黙り込む。と言うか俺、ミィエルに師範代だって話をしたことがあっただろうか。まぁいいか。とりあえず、今なら話に割って入れる。正直本題から逸れすぎているので話を元に戻したい。
「まぁまぁ。ミィエルも落ち着いて。フェーブルさんも。【流派】入門の件は取り合えず置いておきましょう。機会があれば師範に問い合わせていただければいいですから。それとミィエルの言う通り、やむを得ぬ事情ゆえ今回の依頼であること。好きで技術漏洩してるわけではないことをご理解いただけると助かります」
「……そうじゃったな。わしこそ悪かった」
「いえ。フェーブルさんがどれだけ【妖蓮一刀流】を大事にしているかはわかりましたので」
「すまんの……」
頭を下げて謝罪してくれるフェーブルに「では話を戻しましょう」と先を促す。彼も頷いてくれ、今持てる最高のものを用意してくれると約束してくれた。
「と~ぜんだよ~。フェ~ブル~、勿論お代は~いらないよね~?」
「ふん。言われんでもわかっとるわい! 嬢ちゃんのメインとサブ、それに小僧の代替武器全部わしが面倒みるわい! ちょっと待っとれ!」
そう言って地下室を上がっていくフェーブル。その後ろ姿を見送り、俺は改めてミィエルに「ありがとな」と告げる。
「俺の代わりに言いたいことを言ってくれて助かった」
「えへへ~。でも~、本当はカイルく~ん。技術のろ~えいなんて~、気にしてないよね~?」
「そうなのですか? 主様」
「……まぁな」
まったくもってその通りです。TRPG時代に習得してるので苦労なんてしてないし、別大陸である以上元がないのだから流出・漏洩と言うより布教の感覚に近い。だから責められても痛くも痒くもなかったわけだけど。
「ミィちゃん、もしかしてわざとですか?」
「えへへ~。これで~、少しは~、前回の~出費の回収になったかな~?」
「あぁ、完璧だよミィエル」
にっこりと笑うミィエルの頭を、俺は盛大に感謝の気持ちを乗せて撫でるのだった。
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