第38話 人生で初めて路地裏で女の子に囲まれる日
はてさて、どうしてこうなった?
俺はなぜか数人の冒険者に囲まれながら呆れ交じりの溜息を吐きながら思う。
“隠者の花園”を出て服飾店へと向かい、店を覗いてみれば案の定ミィエルたちの姿はなかった。割と時間は経っていたし、そこは仕方がないところではある。
店員さんに確認してみれば伝言を預かっているとのことで、道順を教えてもらって俺は待ち合わせ場所となるその場所へと向かっていた。ただ近場まで来たと思うのだが場所が解らず困っていたところ、「どうしたんですか?」と声を掛けてくれた女性冒険者に道を尋ね、案内してくれるという事で礼を言って付いてきたのだが――
「あの、何故に俺は囲まれているんでしょうか?」
人通りの少ない路地裏で逃げ道を塞ぐように現れた女性たちによって――俺はなぜか囲まれていた。前方に1人、後方に2人、さらにその後ろに1人。“曇天の赤雷亭”の冒険者だからって大して疑わなかったのが悪いんだろうな。間抜けすぎるだろう俺。
「ごめんなさいね。ちょ~っと確認したいことがあってさ~」
「てへっ☆」とあざとくウインクをする案内を買って出た女性に俺は遠慮なく半眼を向ける。
「その確認とやらに4人で囲む必要はあるんですかね?」
「逃げられちゃうと困るからさー。だいじょ~ぶ。ちゃ~んと答えてくれたら開放してあ・げ・る・か・ら♪ ね?」
胸の谷間を強調しながら上目遣いに言ってくるが、状況が状況なだけにドギマギするどころか冷めた目で解析判定を行ってしまう。結果は強い抵抗を感じて失敗。んー、〈エルダーズノレッジ〉込みでファンブルでもない最低でもLv7までは見抜けるはずなんだけど、感じた抵抗感からして何か看破系を妨害するマジックアイテムでも使われたのだろうか?
「やだなぁカイル君! 女の子をそんな目で見るなんて、めっ! だよ」
「善人面して路地裏で囲い込む相手に気を使う必要はないかと」
「むっ。それは、そうかもしれないけど……」
灰色の髪を揺らしながら、ヘーゼルカラーの瞳も左右に揺れる。その何気ない仕草にも、露出の高い軽装備で露わにしている胸元やくびれたお腹、ホットパンツから覗く太ももを遺憾なくこちらにアピールしてくる。こんな状況でなければ鼻の下の1つでも呑気に伸ばせたかもしれないけど――
力量判定――致命的失敗っ!? マジか、どうしよう。【加護】の効果で成功へ反転するか?
しかし目の前の女性以外、解析判定は成功している。レベルは平均5レベル。もし目の前の彼女のパーティーだとするならば、同等のレベルと見て良いだろう。
レベル的には脅威でもないし、3人からは殺気も感じなくはあるんだけど……女性に囲まれていると言うこの現状は、強面の男共に囲まれるのとは違う、別種の恐怖が込み上げてくるんだよねぇ。
はてさて、どうしたものだろう。最悪戦闘になった場合は30秒もあれば4人とも無力化可能だろうし、壁を蹴って上へ逃げると言う方法もあるけど。派手に動いて目立つのはなるべく避けたいんだけどなぁ。
「はぁ……困らせてしまって、ごめんなさいランツェーベルさん。本当に私達は貴方に聞きたいことあがるだけなんです」
「えーっと、どういう事ですかね?」
俺の背後を取っている金属鎧を身に着けた女性が頭を下げて謝罪してくる。ワインレッドの綺麗な髪が映える美人さんだ。
「ちょっとー! カナリアはまだ口を出さないでよ~!」
「ナミ。申し訳ありませんがこれ以上の誤解は致命的です! 私の口からランツェーベルさんには説明いたします」
「そうよ! あんた程度の色仕掛けなんてこの人には通用しないんだから、これ以上は時間の無駄よ!」
ナミと呼ばれた目の前の色っぽい冒険者は頬を膨らませて講義をするが、ワンレッドの女性――カナリア・サルマルト(Lv6)は彼女の言葉を一蹴する。追随するようにオレンジがかった髪色の女性――ターシャ・シンボルト(Lv5)は「馬鹿を言ってないで話を進めるぞ」と両断する。
「ちょっとその言い草は酷くない!? ねぇねぇカイル君! カイル君には私が魅力的に見えてるわよね?」
「……まぁ女性的魅力はあると思いますよ」
「ほらー!」
「ナミ、少し黙っていてください。今は私が話をしておりますので」
こめかみに手を添えながら眉根を寄せるカナリアに自由な発言をするナミ。物凄くデジャブを感じる。カナリアは苦労性ななんだろうな。少し親近感がわく。
なんせ俺のパーティーも負けず劣らず――いや、これ以上に自由なキャラクターの集まりだったからな。
こほん、と咳ばらいを1つして場の雰囲気を変えると、カナリアは「改めまして」と前置きをして丁寧に言葉を続ける。
「初めまして、カイル・ランツェーベルさん。私は“曇天の赤雷亭”所属、序列5位のパーティー“希望の天河石”のリーダーを務めております、カナリア・サルマルトと申します。お見抜きの通り、神官戦士を務めております」
「初めまして。“歌い踊る賑やかな妖精亭”所属、カイル・ランツェーベルです」
「存じております。冒険者ギルドへの登録初日に“猛獣使い・ウェルビー”を圧倒し、最速でBランクへ昇格した一線級の冒険者、と伺っております」
あぁ、確かにボコったねウェルビー君は。彼のおかげでわかったことも多かったので大いに感謝しておりますよ。ただまぁ、その、あれだ。
「……もしかしなくとも、わりと知れ渡ってたりします?」
「うん! 剣士なのに拳でぼっこぼこにしたって有名だよ!」
「すごいよね!」とナミが笑顔を浮かべ、俺としては試験内容が駄々洩れなのはどうなのだろうか、と思ったりする。一応ウェルビーも実力者なわけだし、冒険者は舐められたら終わりって面もなくはないだろうから。まぁやった本人が心配するのはお門違いとも言えるけど。
「それで、俺に確認したいことって何ですか? こんな所じゃないと聞けない内容ですかね?」
「はい……ランツェーベルさんは、その、ミィエルさんとパーティーを組むと言うのは本当なのでしょうか?」
「呼びにくいだろからカイルでいいですよ、カナリアさん。あと質問ってそんなことですか?」
騙すように路地裏に連れてこられた挙句に囲まれた結果、訊かれたのは「ミィエルとパーティーを組むのかどうか?」なんてそんなもんミィエルかアーリアに直接訊いてくれよ、と思う。
「そんなことって……天使ちゃんとパーティーを組むんだよ!?」
天使? ミィエルの【二つ名】って“蒼嵐の剣姫”じゃなかったっけ? あとは“ザード・ロゥのアイドル”。あー、そう言えばジョンが“水光の天使”とか言ってたな。でもステータスに表記はなかったと思うんだが……
う~ん、ステータスに表記されるには何か条件がいるのだろうか?
「お言葉ですがカイルさん。ミィエル・アクアリアとパーティーを組むと言うのは、この街では『そんなこと』なんて言える程軽い内容じゃないんです。なんせ彼女は、誰とも組まないことで有名なんですから」
「正確には固定のパーティーに所属しない、ですけど」とカナリアは言い直す。成程、つまるところ、
「誰とも組まない“アイドル”がぽっと出のBランクとパーティーを組むって噂が流れているってことですか。それをカナリアさんたちは確かめに来た、と」
「噂ではなくご本人が、ですね」
公言って、ミィエルさんや。何面倒くさいことを言いふらしてくれてるんですかい!? おかげで合わなくていい被害にあってるんですけど!?
思わず肩を落としたくなる。確かにミィエルの実力であればパーティーを組んでも問題はない。むしろセツナと2人で火力担当をしてくれるなら願ったりだ。
「この街でも指折りのAランク冒険者であるミィエルさん自らが『パートナー』と公言している方です。ウェルビーさんの件がなくとも誰もが引き込めないか考えます」
「それにその外套ってハーミットシリーズでしょ? ハーミット御婆ちゃんに認められなきゃ購入すらできないって言う」
ナミの指摘に真っ赤な外套を羽織ったままだと言うことを思い出した。あー、こりゃ街中用の普段着が必要になるな。さっきまで目立たないようにとか考えてたけど、装備からして目立ちまくりで前提がなってない。馬鹿じゃないか俺?
「カイル君はいろんな冒険者パーティーから狙われているんだよ」
成程ねぇ……ヘッドハンティングされるってのは光栄なことではあるんだろうけどさー。
実力者が1人増えるだけでもパーティーの安定度は劇的に増す。安定度が増せば任務の成功率も上がり、名声や貢献度も上がる。だから新顔が出た時にスカウトをする、と言うのはわからない話じゃない。
名声や貢献度は単純に冒険者としての信用と同義である。だから名声や貢献度ってのはいくらあっても困るものじゃない。
これらがあれば王族とのコネクションだって得ることができる。事実、ゲーム時代でも名声や貢献度ポイントを消費することで、ゲームを有利に進めるためのコネクションを得ることができた。腕の立つ鍛冶師と知り合いになるのも、俺みたく多数の『流派』へ入門するのも例外なく必要となる要素の一つだ。
しかも今回はスカウトできたときに特典がヤバいぐらいに豪華だ。なんせ誰もが欲しがる“ザード・ロゥのアイドル”が俺を『パートナー』と公言してしまっている。つまり俺が入れば、自然とミィエルも手に入ると考えられるわけだ。
これからうんざりするほどのスカウト合戦が始まる可能性大ってわけだ。気が重いなぁ……
アーリアさんもギルドや領主、国に対しては対策をとってただろうけど、これはさすがに手が回ってないよねぇ……
「現在はパーティ間で牽制しあっているような状態でして。ただ現在ギルド発行の任務に多くのパーティーが参加しており、丁度私達は別任務で外れていましたので」
「タイミングがあったから接触を図ってみた、ってことですね?」
「はい。このような場所になったのは他パーティーの介入を警戒してでのことでして」
「私らは前にミィエル姉さんに手助けしてもらったことがあるんだ。だから姉さんが困らないように手助けできるならしてぇと思ってさ」
カナリアは眉尻を下げて申し訳なさそうに言い、ターシャはミィエルの力になりたいとまっすぐに俺を見る。
「姉さんがパートナーと認める男がどれ程のものか、直接見たいとも思ってたんだ」
「正直ですね。取り合えず先に質問の答えを言っておきますよ。ミィエルとは少なくない数のパーティーは組むと思います。前回も店主であるアーリアさんからパーティーを組むように打診されましたから」
「そうですか。ご返答、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ状況を教えていただいて大変助かりました」
現実となったからこそ考えなければいけない弊害の1つなのに、考えもしていなかったからね。あー本当NPCが名無しの駒じゃないだけで面倒ごとが増える増える。
路地裏で囲まれた時はどうしたもんかと思ったけど、この娘達が話ができる娘達で良かった。
「俺からも1ついいかい? ターシャさん、でいいかな? さっき俺を直接見定めたいって言ってたけど、見てみた感じどんな感じの結論が出たんだい?」
「呼び捨てでいいぞ。年齢そんなにかわらねーだろカイル?」
外見はな! 中身は君らの倍生きてるんだぜ! なんて余計なことは言わない。俺は頷いて先を促す。
「で、結論は――勝てねぇ! 勝てる気が一切しないね! コリンナ、あんたはどう思う!?」
ターシャは一番後方にいるとんがり帽子をかぶったローブの女性――コリンナ・ソンサイン(Lv6)に問う。唯一俺に敵対心を向けていた魔法使いだ。
彼女は両手持ちの杖を構えた格好をゆっくりと解き、一息を入れると困ったように首を振る。
「魔法の一発も当てられる気がしなかったわ。ミィエルちゃんにもレベル差以上の実力差を感じたけれど、カイルさんも同等かそれ以上のものを感じるわ」
「なんかすごい高い評価をいただいたみたいで、光栄ですね」
〈ディー・スタック〉でレベルは9にしてあるはずなんだけど、勘が良いのかな? 冒険者として大成すると思うよ。
将来が楽しみだなぁ、と内心で考えているとコリンナが「私からも1つよろしいですか?」と訊ねてくるので、どうぞと促す。
「先程カナリアが申し上げた通り、私たちが所属する“赤雷亭”を含めた複数の冒険者の宿やパーティーがあなた方の獲得に乗り出そうとしています。特に“赤雷亭”からは序列2位の“紅蓮の壊王”が動こうとしております。カイルさん、あなたはLv10冒険者からミィエルさんを守れますか?」
心配そうに問いかけるコリンナに俺はどう答えたものかと思案する。相手のレベル、パーティー規模次第ではあるけれど――
「安心してくれていいですよ。少なくともミィエルをマスコットかなにかと勘違いしてるような奴らには渡しませんから」
俺もミィエルも客寄せパンダじゃないからな。相手が先輩だろうがなんだろうが、失礼な態度をとるなら相応の返しをするまでだ。俺から仲間を奪いたかったら、“キャラハン”クラスの化け物3体は連れてこいってんだ。
自信溢れる笑顔で答えれば、コリンナも納得したのか頷いてくれる。
俺は争いごとにならず、ほっと胸を撫で下ろすと「すみませんが改めて道案内を頼めないですか?」と本来の目的へと戻す。路地裏に連れ込まれた所為で、もうここがどこかもわからないのだ。
「こちらこそ貴重なお時間をとってしまい申し訳ありませんでした。ナミ、案内をお願いいたします」
「それは良いんだけどー。ねぇカイル君。私達のパーティーに入らない? 冗談抜きにしてさ」
あざとい色仕掛けをせず、まっすぐな瞳で覗き込むように俺を見てくるナミ。まさかの勧誘に俺よりも彼女のパーティーメンバーの方が驚いている。
「ナミ、いきなり何を言っているのですか!?」
「私はいきなりのつもりじゃないよ? 最初っからカイル君にはパーティー加入してほしいなって思って本気で誘ってたもの」
「……確かにナミの言う通り、パーティーに加入してくれれば心強ぇよなぁ」
「うん。今はまだカイル君やミィエルちゃんの足手まといだけどさ。2人が加入してくれたらすぐに私達なら追いつけると思うんだよね」
自分たちの今の力量を正確に把握しているからこそ、将来を確信した言葉。改めて俺はナミのステータスを解析する――成功。ナミ・シーカード(Lv6)。予想はしていたけどこの娘はかなりの曲者だ。まさかメイン技能が〈シーフ〉だと思っていたが、〈セージ〉系の上位である〈プロフェッサー〉だとは思わなかった。
「それにもう一人の娘も相当腕が立つよね、カイル君」
セツナのことだろうな。彼女にセツナの情報がどこまで抜けているのかはわからない。ただどのような結果だろうとセツナが自分より上位者であることは確信していることだろう。なんせステータスが解析できていようがいまいが、システム上自分よりレベルが高いことがわかってしまうのだから。
全く、油断も隙も無いなぁこの世界は……
「で、どう?」
「すまないが断らせてもらいますよ」
「そっか。でも気が変わったら教えてね♪」
ウインクをばっちり決めるナミ。気が変わることはないと思うぞ、と内心で思いながらも、彼女の自然体なその仕草が、俺は今までで一番魅力的だなと素直に思ってしまった。
投稿が遅れて申し訳ありませんでした。
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