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第37話 ザード・ロゥ一の防具職人

「ここか」



 アーリアに紹介してもらった2つの店の内の1つ――エヴァ・ハーミットと言う老婆が営む革・布系防具屋“隠者の花園”。アーリアの話では質の良いローブやクロークを扱っており、修復もザード・ロゥ屈指の腕前らしい。大通りからは外れた位置にあるも、少なくとも“歌い踊る賑やかな妖精亭”よりは見つけやすかった。



隠者(ハーミット)って言う割には“妖精亭”の方がより隠れてるように見えるな」



 アーリアに聞かれたら睨まれそうな言葉をつい口にしながら、ドアをくぐる。店内には様々な皮鎧や魔法のローブが飾られており、パッと見ただけでも良品揃いなのがわかる。他にも魔力加工処理やマナコート加工も承っており、加工済みの展示品はどれも見事なものだった。



「凄いな。さすがはアーリアさん一押しの店だな。これは期待しても良さそうだ」


「へぇ、アーリアさんからの紹介なんだ?」



 展示されている品物を眺めていたら後ろから声を掛けられ、振り返れば小柄で活発そうな少女が、興味深そうにこちらを見上げていた。また小さい娘か、とか、アーリアの紹介だから小さいのかな、とか一瞬頭が過ぎったが、解析して(見て)みれば納得の理由だった。



名:カレン・ハーミット 13歳 種族:小人 性別:女 Lv2



 小人族と呼ばれる種族――ハーフリング。身長が人族の半分ぐらいまでしか成長しない種族で、手先が器用なことで有名だ。年齢も若いし、この娘が店主ってことはないだろう。

 俺はアーリアに渡された羊皮紙(紹介状)雑囊(マジックポーチ)から取り出して彼女に手渡す。



「今手元にエンブレムはないけど、代わりに紹介状を預かってるんだ。確認してもらえるかな?」


「やっぱり冒険者さんなんだ。いきなり不躾な視線をするのって貴方達の特徴だよね。いいよ、貸して」



 反射的に解析判定をしてしまったが、確かに失礼だよなと苦笑する。苦笑で返す俺に構わず羊皮紙を確認したカレンは、「ちょっと待っててね」と店の奥に向かっていく。奥からは「おばあちゃん! お客様だよ! それもとびきりの!」と声が聞こえる。

 俺もカレンが向かった先、カウンターへと足を運ぶ。



「ほらおばあちゃん!」


「わかってるよ! そんな大きい声出さんでも聞こえとるわい」



 カレンに手を引かれて現れたのは、まさしく『隠者』と呼ぶにふさわしい格好をした老齢な女性だった。

 カレンと変わらないほどの身長を遮光性の強そうな黒のフードで覆っており、その手には木の杖が握られている。外気にさらされている手も顔も年相応に皺を刻んでいるが、格好程に怪しい雰囲気をしていない。ただ俺を射抜くような視線は歴戦の職人を感じさせるほど鋭いものではあった。

 この婆さんが此処“隠者の花園”の店主である、エヴァ・ハーミットなのだろう。



「初めまして。最近“妖精亭”で冒険者となりましたカイル・ランツェーベルです。アーリアさんの紹介で伺いました」


「いちいち言わんでもわかっとるよ。変わった防具(もん)を修復してほしいんだって?」



 俺を上から下まで舐めるように見定めた老婆は「ふん」と鼻を鳴らしてカウンターを指先で叩く。



「早くお出し。それと、あんたが身に着けてるそのローブもね」


「ん? こいつはまだ耐久に不安はないんですが……」


「んなもんわかっとるわい! あたしが言いたいのわね、そいつがあたしに直せるかどうか見てやるって言ってんだよ!」



 え? 直せない可能性があるのか? と内心眉を顰めると、婆さんは一度溜息を吐いて続ける。



「あんた、それは魔力加工を二重付与しとるじゃろ。どこから拾ってきたか知らんがの、その技術は過去に失われた技術じゃ。仕組みがわからにゃあたしでも直せないよ」



 婆さんの言葉に思わず「マジかよ」と頬を引き攣らせる。そう言えばこの【荊のローブ+1】はあるセッションで遥か過去へと跳んだ結果、加工した代物だったな。TRPGの時は道具に『耐久度』なんてなかったから全く気にしてなかったけど、技術的に再現できなければ修復できないのは道理かもしれない。


 思わず頭を抱えて蹲りたい衝動に駆られながらも、老婆の言葉に納得して俺はローブを脱いでカウンターへと広げる。続いて今回修復してほしいボロボロになってしまった【エルハートケープ】も彼女の目の前へと広げる。



「こちらが修復していただきたかったケープです。マナコート加工もしてあります」


「見ればわかるよ。残り耐久度1割切ってるじゃないかい。どんな使い方したんだい?」


「武器にしたり盾にしたり魔法を受けたりしましたね」


「ふん。金属繊維で加工しとっても、そんだけ乱暴に使えゃボロボロにもなろうさね」



 もっと大切に使えとでも言いたげに口を動かしながら、鋭い目としわがれた手で確認していく。でも物を大切にした挙句命を落としたら意味なくない?



「それにこの織り方、此処にゃあないねぇ。こりゃ“秘伝”と呼ばれる門外不出のもんじゃないのかい?」


「……さすがですね。ご明察です」



 婆さんの言葉を肯定する。

 俺が習得している【特技】と言う特殊な〈アビリティ〉や〈スキル〉は、冒険者レベルが上がれば自動的に取得可能となるもの――これらを【基礎技術】と呼ぶ――と違い、一定の条件と相応の対価を支払うことによってレベルに関係なく習得できる【特殊技術】である。


 これらの技術は別称で“秘伝”とも呼ばれ、これら特殊な〈アビリティ〉や〈スキル〉を得るために対応した『流派』の門を叩くことによって得ることができるようになる。

 門下生として入門するには、それぞれの『流派』に条件があり、冒険者としての一定数以上の貢献度と、見合った金品を支払うことで教わることが出来るようになる。

 俺が扱う【特技】布操術は確か『心影流鋼布操術』と呼ばれる流派で、ケープの名は創始者であるラヴィ・ヒートと言う女性からつけられている、とかいう設定だったはず。バリバリ日本語な流派名なのに創始者が横文字って辺り、国産ファンタジーらしくて心躍ったものだ。


 話を戻し、この【エルハートケープ】の入手も入門してからでなければ行えず、お金と素材を支払うことでようやっと手に入る代物であり、通常のショップでは入手不可と言う設定だった。

 まぁTRPGだとその辺GMに「これでいい?」と聞けば「OK」で終わるので苦労するようなことはない。うちの卓は物品の入手や『流派』の習得などわりと緩めで許可していたため、本来なら現地までいかなければ入門できないような『流派』も「そのためにシナリオ考えるの面倒だからいいよ」と許可を出してたりする。


 苦労して手に入れる楽しみもあるし、厳密なルールの下でやりたがるGMもいるだろうけど。やりたいことをやれる、試せる楽しさの方が俺自身好みであったため、取得理由(フレーバー)さえしっかりしてれば基本問題なかったのだ。


 そして俺の要望も他GMがOKしてくれた結果、5つの『流派』を掛け持ちすると言う流派コレクターとなっていた。いやー、別々の『流派』スキルを組み合わせると結構面白かったからついついやっちゃったんだよね。その割に使用頻度低くて取った意味があったのか不明になったのもあるけど。


 こちらをギラついた目で見る婆さんに、俺はさらに言葉を続ける。



「これは心影流鋼布操術と言う流派で使う装備品です。念のため伺いますが、心影流に心当たりはございますか?」


「聞いたことも見たこともないねぇ」


「であれば、新しく入手する方法も今はないと言うことになります。俺自身じゃ修復も作成もできませんからね」


「当たり前さね。師範代クラスでなければ、流派のキモたる道具の作成なんて教えられもしないじゃろうな」


「……えぇ、その通りです」



 くつくつと笑いながら興味深げにケープを眺める婆さんの言葉に、俺は相槌を打ちながら内心で「俺、一応師範代なんですよね」と呟く。


 『流派』は誰でも条件を満たせばお手軽に〈スキル〉を入手できる方法ではあったが、一応乱雑に取られないように縛りがある。最下位である“門下生”では他流派へ所属することができず、装備等の入手にも制限が課せられる。そして“錬士”、“範士”と昇級するにつれ緩和され、“師範代”以上でようやっと別『流派』への入門が可能となるのだ。

 当然、条件や金銭も相応にかかってくるのだが、腐ってもLv13の最高位クラスの冒険者であった俺は、GMとの相談の下全てをクリアし、全部の流派の“師範代”となっているのだ。


 余談ではあるが、俺の相談でシナリオを思いついたGMが、『流派』に興味のないプレイヤーすらも巻き込んで「流派対抗天下一武芸会」なんてセッションをが生まれたりもした。いやー、あれはあれで面白かった。まじ知識系の流派とかどう戦うんだよ、とか思ったら学術コンペの様相で研究評価点を競う研究者らしい戦いを繰り広げていたし、戦闘系は【特技】をメインとしたタイマンで大いに盛り上がった。わざわざ技名を叫ぶって縛りがなお面白かったわ。



「それで、お前さんはどうしてほしいんだい?」



 ギラついた婆さんの視線に遠い思い出の旅路から戻った俺は、口にしなくてもわかってるだろう婆さんに告げる。



「エヴァさん、貴女には【エルハートケープ】の技術の解明と修復、または作成を依頼したいと思っています」


「良いのかい? こりゃ心影流のキモを漏洩させることになるだよ?」


「使えなくなるぐらいならその程度は些末なこと(・・・・・・・・・・)です。むしろ上質な門下生が少なくて困ってたんです。いっそ布教させる足掛かりにでもさせてもらいますよ。勿論その際には、この店での専属販売という事でどうでしょう?」



 話しながら公式の設定とセッションの内容を思い出して付け加えていく。心影流は現師範が創始者の生まれ変わりと言われるほどの腕前と容姿で盛り上げてはいたが、彼女にお近づきになりたいばかりの門下生が増えてしまい質の低下に悩んでいた。その結果俺に泣きついてきて「武芸会」に出場させられた過去がある。まぁ思惑通りにはいかず大した成果にはならなかったんだけど、このセッションの結果はこちらの世界にも反映されているはずだ。



「フェッフェッフェ! 随分と面白そうなことを言うじゃないかい坊や。じゃがのぉ坊や、そう言う商談はのぉ――」


「わかってますよ。流行るかわからない“流派装備”の商談を今したいわけではありません。まぁ技術漏洩しても良い言い訳として受け取ってください」


「――わかってるならいいんだよ。さて坊や、あたしゃ面白そうだしアーリアの紹介なら受けてもいいと思ってるんじゃがね? あんたは対価に何を支払うんだい?」


「秘伝と金銭では足りませんか?」


「1から調べながらだからねぇ、秘伝技術を解明できたとしても手間賃はだいぶ貰わにゃならんねぇ。それと、この【荊のローブ】も今のあたしにゃあ直せないねぇ」



 くつくつと笑いながら俺に試す視線を送る。成程、やはり婆さん――エヴァは最初から終着点を【荊のローブ】(ここ)に持ってきたかったわけだ。



「坊や、【荊のローブ】(こいつ)をあたしに預けてみんかね?」


「そいつは俺のメイン装備なんで、長期間はさすがに厳しいんですが」


「でも尚更直せないと不味いんじゃないのかい? こいつを預けてくれるなら、対価にケープの件とついでに代わりの装備をあんたにくれてやるよ」



 悪い話ではない、か。

 事実【荊のローブ+1】が修復できないのは困る。ケープ程消耗はないはずだが、いずれは壊れてしまうだろう。こちらの世界でどのような装備が出回っているかはわからないが、少なくとも現状俺のスタイルに最も適した装備だし、TRPG時代から最終装備として整えたから愛着もある。



「わかりました。そちらも預けます。ですが無理をして壊すようなことがないようお願いします」


「わかっとるよ。それと秘伝ケープの方を優先するから、安心おし。こっちは1カ月以内に何とかするさね」


「ありがとうございます。それと古代技術の復元の成否に関わらず、俺がこの街を長く離れなければならない時はローブも回収させてください」


「えぇじゃろ」


「では、交渉成立という事で」



 俺は右手を差し出すと「フェッフェ」と笑いながらエヴァも握手を返してくれる。そして思い出したように不敵な笑みをエヴァは浮かる。



「坊や、後で武器屋にも寄るんじゃろ? アーリアの紹介じゃから、フェーブルの爺の所じゃろ?」


「えーっと、はい。そうですね。炎鉄工房のフェーブルさんの所ですね」


「フェフェフェ。じゃったら坊や、どうせ武器も重複魔力付与加工しておるんじゃろ? あたしの見立てじゃあ作成できない魔剣も持っとるとふんどる。違うかえ?」


「えぇ、まぁ……」


「フェフェフェ。重畳重畳。じゃったらあんの爺からふんだくれるだけふんだくってきな! あたしと違って分不相応な試みじゃからの。保険として絞れるだけ絞っとくんだよ」



 直接的に自分の方が実力が上だと笑うエヴァに曖昧な笑みを返しながら「ありがたく助言を受け取っておきます」と言っておく。下手に突っ込んで藪蛇だったら笑えない。

 俺が頷いたことに満足したのか、カウンターの上にあるケープとローブを丁寧に畳んで抱え、子供のようにはしゃいだ笑顔を浮かべる。



「古代に失われた重複魔力付与加工技術の復元……フェフェフェ! この年になってこうも胸が躍るとは思わなかったねぇ! アーリアも粋なことをしてくれるもんだよぉっ! カレンや、坊やにうちで出せる最高の防具を提供してやりな」


「うん。わかったよ、おばあちゃん。年甲斐もなくはしゃぎすぎないでよ!」



 「わかっとるよ」と頷きながらもウキウキしながらカウンター奥へ引っ込むエヴァ。苦笑いを浮かべるカレンに俺は思わず笑ってしまう。



「まったく、頼もしいお祖母ちゃんだな」


「当然だよ! おばあちゃんは世界一の防具職人なんだから! それよりカイルさん、でいいんだよね?」


「あぁ、君のことはカレンちゃんでいいかな? それとさっきはごめんね。女の子に無遠慮な視線を送ってしまって」


「うぅん、いいよ。冒険者さんの嗜みと言うか挨拶みたいなものなんでしょ? でも、謝ってくれてありがとー」



 にかっとヒマワリが咲いたように笑顔を浮かべるカレン。うん、この子は客商売の才能があるね。実に良い笑顔だ。



「じゃあ早速防具を見立てちゃおうか。おばあちゃんを楽しませてくれたお礼に、うちで最高の物を見立ててあげる♪」


「あぁ、頼むな」


「まっかせて♪ カイルお兄ちゃん」



 カレンは「こっちだよ」と軽やかなステップでカウンター脇の扉を開けて奥の部屋へと手招く。



「ここはおばあちゃん――エヴァ・ハーミット傑作シリーズが置いてある別室なんだ。信用できる人の手にしか渡らない幻のシリーズなんだよ! 現国王にすら見せてないんだから!」



 現国王にすら見せないって、強気すぎるだろ婆さん……

 思わず顔が引き攣りそうになる俺の気も知らず、当たり前のようにカレンは別室の一角からいくつかの防具を取り出してくれる。



「カイルお兄ちゃんは身体つきからして回避主体だよね。それも魔法も使うから発動を阻害しないように革鎧(ハードレザー)系は嫌ってるし、防御力よりも回避力を優先したいから布製(クロース)系が好みだよね? 本当は回避力に補正さえ入れば防御力なんていらないとさえ思ってるよね?」



 さらりと俺の好みと実情を言い当てるカレンに思わず感心する。



「さっきのローブは回避の補正がないけど、付与されている効果が回避しながら相手を削る戦術(スタイル)と相性が良いから、補正よりも効果を優先してるんだよね。防具による補正を気にしない程に回避力に自信があるってことでもあるんだろうけど」


「凄いなカレンちゃん。確かに回避力に自信はあるよ。でも防具(ローブ)に補正がない分、さっき見せた(ケープ)で補ってるんだよ」


「じゃあ、ケープがない分補正が効いた方が良いよね?」


「一応もう一枚あるからそこまで気にしなくてもいいぞ?」



 耐久力が過剰に下がったのは魔法を受けたり、“キャラハン”の目隠しに使うためにナイフを突き刺した方であって、もう一枚は割と無事なのだ。だから「回避にばかり目を向けなくてもいいぞ」と暗に伝えたのだが、カレンはじっと俺の足を見て言葉を続ける。


「カイルお兄ちゃん、もしかしてだけどケープを2枚使うこともあるんじゃないの?」


「……どうしてそう思う?」


「普通足に着ける武器に魔法刻印を施すことがないもん。ただでさえ費用が高いのに、扱い辛いもの。わざわざそれを行うってことは、両手とも魔法発動媒体を持たないことがあるってことじゃないかなって思って。ほら、魔法使いの人が良く持ってる発動媒体用の指輪とかもしてないし。重戦士の人で大楯を両手に構える人もいたから、そんな感じかな~って」



 「間違ってたらごめんね」と上目遣いに意見を述べるカレン。いやはや凄い洞察力だ。諸手を挙げて拍手喝采だよカレンちゃん。



「お見事! カレンちゃんの言う通りだよ。その年で凄い洞察力だね、オジサンびっくりだよ」


「? カイルお兄ちゃんは“おじさん”って年齢じゃないよね? それともカイルおじさんって呼んだ方がいい?」


「……いや、お兄さんでお願いします」



 つい昔の癖で自分をオジサン呼ばわりしてしまったが、思えば俺は17歳だ。できればお兄さんの方が良い。



「うん、わかった。だったらケープで補えない分は防具で補うべきだと思うよ。いくらおばあちゃんの腕が良くても、魔法効果の反撃ダメージを与えるようなものは作れないからね!」



 そう言いながらカレンは黒い外套と赤い外套を手に持って近くのテーブルに綺麗に並べてくれる。早速解析判定を行いたいが、ここで失敗すると恥ずかしいので〈エルダーズノレッジ〉でINTを強化してから挑戦――成功。





【鎧】ダーカーザンハーミット 価格:300,000G

カテゴリー:軽鎧 ランク:A 必要筋力:1 回避補正:+3 防護補正:+3

耐久値:150/150

〈効果〉

闇よりも深い黒色の強化繊維で縫われた隠者のためのローブ。光すらも吸収し、闇夜に溶ける外套は高い隠蔽効果を発揮し、敵から発見されづらくなる他、敵対値の上昇を抑える効果を持つ。


【鎧】ブラッディオブバサラ 価格:300,000G

カテゴリー:軽鎧 ランク:B 必要筋力:1 回避補正:+2 防護補正:+3 属性防御:火属性ダメージ-3点

耐久値:130/130

〈効果〉

太陽のように燃える紅色と血よりも深い赤色をした強化繊維で縫われた、隠者とは対極に当たる婆娑羅(バサラ)のローブ。目立つ外套は周囲の目を惹きつけ、敵対値上昇を高める効果と火属性に対する耐性を持つ。





 こいつは、すげぇな。正直言って荊のローブから乗り換えを考えてもいいかも、と一瞬考えるレベルだ。何の効果もないローブであれば近い能力のものは「Sランク」になれば存在するし、価格も安い。だが誰もが装備可能な汎用性があるなか、この効果・性能は破格と言ってもいい。特にこれ、赤の外套は俺のためにあると言ってもいい気がする。



「カイルお兄ちゃん、〈アーマーマスタリー〉系のアビリティを持ってないでしょ? だから装備可能な範囲で回避力が高いのはこの辺りになるかな。私的には汎用性では黒い方、壁役(タンク)なら赤で、多分だけどカイルお兄ちゃんは赤なんじゃないかなって思うんだけど」


「ははは! カレンちゃんの見立ては完璧だな。【ブラッディオブバサラ】、こいつは俺の回避盾(スタイル)にとても合う」


「やっぱりカイルお兄ちゃんって回避型の壁役(タンク)だったんだね。【秘伝のケープ】と【荊のローブ】でそうじゃないかなって思ってたんだ」



 「当たってたみたいでよかった」と胸を撫で下ろすカレンに、なんで自信が持てなかったのかと返してみる。



「だって今まで見た回避を主体とする冒険者さんの大半が、攻撃力を重視してる傾向だったし。回避力に自信があっても意図的に敵対値を上げようとする人もいなかったから……」


「まぁ回避主体でヘイトを一手に担うのは事故の(もと)だしな。ちょっとのミスで死を覚悟しなきゃならないリスクを背負える奴はそうそういないよな」



 防御能力が高ければたとえ致命的失敗(ファンブル)でも生き残れるけど、紙防御で同じことをしたら死しかないもんな。まぁ俺はそれらを〈スケープ・ドール〉や〈窮地逆転の加護〉で補ってるから簡単には事故なんざ起こらんけども。



「あはっ。カイルお兄ちゃんって、やっぱり変わってるね。じゃあ【ブラッディオブバサラ】でいいかな?」


「えーっと、それなんだがな? カレンちゃん、【ダーカーザンハーミット】も欲しいんだけど、購入できないかな? できればカレンちゃんが着るサイズよりちょっと大きいくらいのサイズが欲しいんだけど」


「魔力繊維を含んでるから、着ればサイズは自動的に調節されるけど。と言うか、私より少し大きいくらいってことは……もしかしてカイルお兄ちゃん! ミィちゃんとパーティを組むの!?」


「ミィちゃんって、ミィエルのことか?」



 コクコクと頷くカレンに「まぁ確かに組むかもだけど」と前置きした後、



「ミィエルの分でほしいわけじゃないんだ。と言うか、ミィエルの分ならカレンちゃんより小さいサイズになるだろ?」


「あ、そっか。アーリアさんは現場に立たないし……もしかしてオリヴィアちゃん?」


「オリヴィアちゃんってのが誰かは知らないが、俺の連れに装備させたいんだ」



 サイズが自動的に変わるなんて実に都合の良いファンタジーだし、性能的にもセツナが着るに丁度良い。是非とも購入したい。


 俺の申し出にカレンは顎に手を当てて「うーん」と考え込んでしまう。もしかして婆さんの信頼を得た個人でなければ贈与もできないのだろうか。それはちょっと不便だから、場合によっては今からでも頼みに行きたいところだ。「だめなのか?」と訊ねればカレンは首を振り、



「うぅん。ダメじゃないよ。と言うか、このレベルでいいならこっちも対価としてお渡しするよ」


「え? いやいやちゃんと購入するって。勝手やってカレンちゃんが怒られても困るだろ?」


「それはないから安心して! 第一、古代技術が使われた装備そのものを研究材料として提供してくれてるんだよ? 正直【ブラッディオブバサラ】だけじゃおばあちゃんが得をしすぎだもん」



 あー、俗にいう付加価値ってやつかな。確かに古代技術を復元したくてもヒントが1つもない状態で行うのと、完成品が目の前にあるのとでは期間も成功確率も雲泥の差になってくるもんな。俺としては苦労もせず手に入れてるから、そんな意識は1つもないんだけど。



「だから、代わりの装備のお渡しと以降の修繕費用等は全額無料にするつもりだったし、新作が仕上がれば優先してカイルお兄ちゃんに回そうと思ってたんだ」


「それは願ってもないサービスだけど、本当にいいのか?」



 「勿論!」とカレンは頷き、「だけどね」と次の言葉への前置きをする。



「カイルお兄ちゃんに渡すのは問題ないし、そのあとどう使おうが本来だったら何の問題もないんだけどね。どうせなら渡す予定の人にちゃんとあったものを私としては渡してあげたいなって思ってさ!」


「ふむ。確かにカレンちゃんの見立ては確かだからな。わかった。後で連れてくるから、その時に見立てを頼んでいいか?」


「勿論だよ! じゃあ取り合えず【ブラッディオブバサラ】を先に渡しておくね」


「ありがとう」



 俺は【ブラッディオブバサラ】を受け取ると、早速羽織る。赤の色彩が物凄く派手だが、着心地も良く動きも阻害されることがない。良い装備だ。



「どのくらいに戻って来れるかな? 多分だけど、“炎鉄工房”に行く前に寄ってくれた方が都合が良いと思うよ。その連れの人にも武器を買ってあげるんでしょ?」


「あぁ、そのつもりだ」


「だったら、おばあちゃんの防具を付けて入店するかそうじゃないかで、印象変わると思うな~」



 「にひひっ」と笑うカレンに「そうさせてもらうよ」と俺も相槌を打つ。どうやらカレンもエヴァと同じでフェーブルを譲歩させる手助けをしてくれるようだ。大変助かる。



「時間に都合が悪いときはあるか?」


「う~ん。20時にはうち閉めちゃうから、それまでには来てほしいかな」


「わかった。じゃあ早ければ1時間後ぐらいに戻ってくるよ」



 まだ服飾店にいればそんなに時間はかからないと思うけど、店から出てたら探す時間も必要だからな。



「うんわかった。じゃあ待ってるね、カイルお兄ちゃん」



 うまくすれば、想像以上に装備が整いそうで金銭的にも精神的にも安堵の息が漏れる。何より知らない装備が様々あって心が躍る。


 カレンの声を背に”隠者の花園”を後にし、俺は早速服飾店へと戻るのだった。


いつも閲覧ありがとうございます。

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