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第36話 ラッキースケベなど早々に起こらない

誤字脱字報告ありがとうございます!

「ではマスタ~、行ってきます~」


「はい、いってらっしゃい」



 カイル君とセツナちゃんの背中を押しながら店を出ていくミィエルを見送りながら、あたしはカウンターに置かれた端末を再び操作する。

 端末の横にはカイル君に持たせていた“歌い踊る賑やかな妖精亭”のエンブレムが置かれている。エンブレムから読み取られた端末の情報を見て、あたしは再度溜息を吐く。


 エンブレムに記録されている内容は到底信じがたい内容だ。

 “簒奪者・キャラハン”との遭遇と討伐。『魔神』だから送還と言う方が正しいところね。


 恐らくこの街――いや、この国に単独(ソロ)で“グランドブレインイーター”なんて『魔神』を討伐できる冒険者なんてそう居ない。一個人が保有する戦力としては過剰に過ぎる。



「これで冒険者レベル13……まだ強くなれるなんて、何の冗談かしらね?」



 カイル君がセツナちゃんを創っている間に受けたミィエルの報告を思い出す。



 ゴーレムとバトルドールを使いこなし、敵対対象の急所に正確な致命傷(クリティカル)を与える剣捌き。剣だけではなく、体術や布そのものを武器や盾にする【特技】。回復、支援、そして囮として壁役すらも1人で熟せる技量と器用さ。こと敵愾心(ヘイト)管理が今まで組んだ冒険者の中でもずば抜けており、ミィエルの全力の攻撃をもってしてもカイル君にヘイトが集中する程強固だったと言う。



「ミィエルが見込んだ通り~、カイルくんは凄かったです~!」



 途中から彼氏自慢のような様相で報告してくれたミィエルに、あたしが呆れた視線を送ったのは言うまでもない。


 カイル君自身は「ただ器用貧乏なだけだ」と謙遜していたらしいけど、こんなハイレベルな万能型(オールラウンダー)を誰が器用貧乏と認めるんでしょうね?



 エルフ族に化けていた“ダブル”と“バフォメット”を的確に見破り戦闘にすらならず撃破。

 救出対象に扮していた“グランドブレインイーター”をも見破り、ミィエルが解析できず、肌で死を覚悟する程の相手と真正面から戦闘。分裂した8本の剣を操り、圧倒して見せた攻撃力。


 Lv19の『魔神』を屠れるほどの火力がありながら、支援盾(サポートタンク)だったと言う。果たして彼のパーティーメンバーの火力役はどれ程の攻撃力を誇っていたと言うんでしょうね。


 勿論それだけでも異常なのだけれど、それ以上にそんな状況下にありながら、ただの1度(・・・・・)もダメージを(・・・・・・)負うことは(・・・・・)なかった(・・・・)と言う。

 不意打ち先制による制圧ならばわからなくもない。だけどカイル君は“グランドブレインイーター”と正面から矛を交えている。彼の魔神は魔法主体の戦闘スタイルだ。であるならば、必中にも等しい魔法を彼は無傷で凌ぎ切ったという事。


「サンダーボルトすら回避して見せた、と言ってたわね」



 持っていた魔剣シオンの能力で斬ったのではなく、躱した(・・・)とミィエルは言った。



 理論上は可能と言えば可能だ。神聖魔法には座標指定を除く魔法を回避するための支援魔法があるし、術者の意識から対象を外すことができれば魔法は不発に終わる。

 空間を俯瞰してみるためのアビリティである〈鷹の目〉がなければ遮蔽物があるだけで対象に魔法を届かせることができない。

 しかしそれらの条件さえクリアしていれば、術者が知覚している限り魔法は必中と言って良い。アビリティ〈ターゲティング〉があれば対象以外に魔法の影響を与えることもないため、剣や盾で防ぐこともできない。


 これこそが魔法使いのアドバンテージであり、戦闘に置いての存在意義でもある。


 あたし自身今でこそ前線には立たないが、冒険者時代は魔法職として確実にダメージを与えることができる主力(ダメージディーラー)を担っていた経験が自信の裏付けにもなっている。

 それらを魔剣の力だけではなく、既存の魔法で一蹴に伏したと言う。



「〈キャスリング〉の魔法がこれほど有用だとは思わなかったわ。目から鱗が落ちる、とはまさにこの事ね」



 本当に面白い子だわ。過去の経歴にあった『“ドラゴンゾンビ(Lv20)”を単独で撃破』と言うのも頷ける。


 それにセツナと言う“バトルドール”の存在。

 自立行動可能であり、感情を実装した〈クリエイト〉系列の使役獣(ユニット)など、“ハイレブナント”くらいしかなかったはず。ましてや“名付け”による『進化』なんて前代未聞ね。



「あたしの“眼”には【藍色の燐魂結晶】が原因だと映っていたのだけど、カイル君自身には心当たりないのよね。由来からしてアイテムそのものの意思によって変化した、と考えるのが妥当かしら」



 彼の目に嘘の色はなかった。あたしの“眼”で見てもそれは変わらなかった。彼自身意図しない形でいろんな厄介事(イベント)が起きてしまうのは、カイル君が持つ複数の【加護】のせいかしら。


 あたしが持つ特殊な“眼”――【神眼・精霊の眼(エレメンタル・サイト)】は人や物の『真実』を見抜く。あたしは彼の経歴を捏造する際に記録した羊皮紙を改めて確認する。






名:カイル・ランツェーベル 17歳 種族:人間 性別:男 Lv13

DEX:47(+2) AGI:43(+1) STR:36 VIT:35 INT:24 MEN:27

LRES:18 RES:19(+2) HP:76 MP:77 STM:47

〈技能〉

冒険者Lv13

《メイン技能》

フェンサーLv5→ブレーダーLv5→ソードマスターLv3

コンジャラーLv5→ドールマスターLv5→ネクロマンサーLv2

《サブ技能》

スカウトLv5→ハンターLv2

レンジャーLv3

セージLv2

エンハンサーLv5→チーゴンLv3

アルケミストLv5→ハイアルケミストLv3

コマンダーLv5→ウォーリーダーLv2

【取得スキル】

〈魔力攻撃Ⅰ〉〈挑発攻撃Ⅱ〉〈ディフェンススタンス〉〈マルチターゲット〉〈マナシールド〉

【取得アビリティ】

〈両手利き〉〈回避力上昇Ⅱ〉〈イニシアティブアクション〉〈ルーンマスター〉〈マナブレイド〉〈ヘイトリーダー〉

【加護】

〈窮地逆転の加護Ⅰ〉

《竜姫の祝福Ⅰ》《超越者の種子》《―――の意思》





 解析判定では得ることができない隠された情報(マスクデータ)。普通、これほど多くの【加護】を得ているという異常。特に、最後の【加護】はあたしの“眼”でも閲覧できない。


 人見知りなミィエルがあれだけ懐くってだけで異常なのに、前例にないことや快挙を涼しい顔でこなしていくんだもの。過去、先生から聞いたことがある眉唾物の考えが頭を過ぎる。1000年以上生きてきた先生が出会った特異点。

 まさか、と思うも先生の話以外でそんな事例はない。あたしは頭を振って思考を追い出す。


 ふと、もし彼に直接訊いたら答えてくれるだろうか、と思う。まだ本当に出会っただけの時間しかないが、彼の人となりは凡そわかっている。鋭い思考を持っているかと思えば抜けており、馬鹿がつくほどのお人よし。


 本当、直接訊いてみようかしら? ねぇ、カイル君。



「――あんたは一体何者なのかしら?」






★ ★ ★






 場所は服飾店。


 俺は確かにセツナの服を買いに来た。それは良い。先程までは予定通り洋服を選んでいたし、問題なくセツナ用に数着買うものも決めた。今回の報酬の取り分を俺が5でミィエルが2と、大半をミィエルが辞退したため、彼女にお詫びと言うかお礼にプレゼントする服も決まった。


 ここまでは実に気持ち的にも楽しいものだった。いや、楽しかった。ネトゲとかで女性キャラクターのアバターを着せ替えるのも楽しかったが、実際の美少女でやるのはそんなものじゃないくらい楽しかった。 女性陣がきゃーきゃー言いながらいろいろな洋服を着させる気持ちが良く分かった。

 俺のセンスも捨てたもんじゃなかったらしく、褒められて気分よく買い物を終えるはずだった。



「次は~、下着ですね~!」



 しかしここからが何かおかしくなった。女の子として下着も必要だ、と言うミィエルの主張は最もだろうし、それ自体はおかしくもなんともない。 だから俺は席を外すべく外に出ようとした。なのに、何故か連れてこられてしまったのだ。この、女性用下着売り場に。

 しかも、何故か、俺が、セツナだけではなくミィエルの下着を選ばなければならない状況に、何故陥っているのだろうか!?



「ねぇ~ねぇ~カイルく~ん。これなんて~、どうかな~?」



 自分の身体にあてながら黒いレースの下着を見せてくるミィエル。いや、君見た目も実年齢も幼いからそう言うのは早いんじゃないかなー? つっても精霊族って年齢ってほとんど意味をなさないから関係ないのか。確か意識が確立出来たら成人だもんな。つまりミィエルは既に成人……



「カイルく~ん?」


「あぁすまん。少し考え事をしてた」



 謝罪しつつ現実逃避から思考を戻す。

 なんでもセツナは俺に意見が欲しいらしく、どうせセツナの下着に意見を貰うならミィエルも男性の目線からの意見が欲しい、という事で俺が2人の下着を俺が選ぶ羽目になってしまった。


 いやいや、彼女いない歴=年齢の俺はどうすればいいっつーねん。女性の下着を選ぶなんて経験ねーよ! ただでさえ中身35歳のおっさんが美少女連れて女性の下着コーナーにいるってだけでもきついのに、さっきからこっち見てる店員さんの視線が余計に俺の精神を削ってくるんだっつーの!



「なぁ、ゆっくり選んで好きな物買ってくれていいからさ。俺装備の修理へ行きたいんだけど……」


「ダメですよ~! セツナちゃんも~、ミィエルも~、カイルくんの意見が~ほしいんですから~!」


「はい。主様に選んでいただきたいです」



 カイルは全力で逃げ出した……しかし回り込まれてしまったようだ。



「あ~、もしかして~、照れてるんですか~?」



 にんまりとするミィエルに俺は疲れたように溜息を1つ。ミィエルとこうやって親し気に会話を交わすだけでも、店員の視線だけじゃなくお店の外からの視線まで集中している。

 失念していたが、ミィエルはこの街のアイドル的存在だ。ただでさえ目立つのに、今は黒髪の美少女であるセツナもいる。そして傍には見慣れない男が両手に花状態で下着売り場(この場所)だ。例え俺だけ店を出たところで好奇な視線は潰えないどころか――厄介なのに絡まれる可能性が高い気がする。


 本当、“ドラゴンゾンビ”と真正面から戦う方がまだ簡単(イージー)だよ……



「あぁ、そうだよ。ミィエルもセツナも可愛いからな」



 仕方ない、覚悟を決めよう。折角こんな美少女(良い素材)を着飾れるんだ。開き直って、とことん楽しむべきだろう。な~に、先程までやっていたお洋服の着せ替えが、下着になっただけだ。うん。腹は決まった。



 舐めるなよGM。赤面しながらワタワタする主人公なんざ糞喰らえだぜ。こんなもん、ネトゲの女性キャラクターに似合う水着アバターを考えるようなもんだろう! 悪いがやるからには全力で選ばせてもらうぜ!



 俺は改めてミィエルと手に持っている黒い下着をじっと見る。

 淡い水色の綺麗な髪に翡翠色の瞳に140cmほどの身長に発育途上の少女らしい肢体。その身体に頭の中で手に持っている黒のレースの下着を着用してみる。元が美少女だから似合うだろうけど、個人的好みで言えば黒じゃないかなぁ……逆に髪色と合わせてセツナの方が黒は似合うかな?



「カ、カイルくん~?」


「う~ん、ミィエルは元々がとびきり可愛いから何着ても着こなしちゃうだろうけど、黒より淡くて明るい色の方が似合うんじゃないか?」


「ふぇ? あ、うん。そうかも~?」


「または少し薄めの紫とか、瞳と同じ色もいいかもな。お、ストライプもあるのか」



 縞柄も素直に可愛いよね。この組み合わせだと色っぽいし、こっちは少女らしさが際立って可愛いな!

 俺はいろいろと見ているうちに普段したことがない上に段々とテンションが上がっていく。ついでにネグリジェとかも買っておいた方が良いな。下着は洋服以上に数を揃えないといけないから――



「セツナ、これとかセツナに似合うと思うぞ。どうだ?」


「はい。良いと思います」


「ミィエルにはこう言うのも似合うな。色っぽくなるし迫られたら男なんざコロっと落ちるだろうな」


「カ、カイルくん~!」


「ん? どうした?」



 気づけば夢中になっていた俺は、ミィエルの声で振り返れば彼女は顔を赤らめて視線を彷徨わせていた。視線の先には女性店員さんが居り、俺と視線が合うと笑顔で会釈をしてくれる。成程、そう言うことか。



「悪かったなミィエル。気づいてやれなくて」


「え? カイルくん~?」


「そうだよな。男の俺の意見が欲しいって言っても、所詮は俺のイメージでしかないもんな。やっぱちゃんと合うかどうかは試着してみないとだよな」


「ふぇ~っ!?」



 俺は先程会釈してくれた店員さんに手を上げて呼び、試着室を借りたいと申し伝える。



「セツナも実際に着てみようか」


「はい、主様」


「ちょ、ちょ~っと待ってください~!」



 セツナとともに試着室へ行こうとしたところをミィエルが待ったをかける。



「どうした? ミィエル」


「どうしたも~こうしたも~、カ、カイルくんも~、試着を見るんですか~?」


「勿論、そのつもりだけど?」



 あくまで似合うだろうと言う俺のイメージなだけであって、実際つけてみたら印象が変わるなんてしょっちゅうだ。



「そ、それはダメですよ~」


「でもイメージと実際は違うだろ? せっかくミィエルとセツナが魅力的になるものを選んだんだ。間違ってないか確認したいと思うのはおかしいか?」



 俺の言葉にさらに顔を真っ赤にして「ダメったらダメです~!」と俺の背中を押してこの場から追い出そうとするミィエル。



「カイルくんのエッチ~! 装備の修理にでも~、行っててください~!!」



 解せぬ……疚しい気持ちなんて1つもないんだけど。理不尽過ぎない? と言うか最初に行くって言った俺を引き留めて連れてきたのミィエルだよね?


 俺は押されるままにお店の入り口に向かい、追ってきたセツナにお金の入った皮袋を渡しておく。



「セツナ、多分足りるだろうから、支払いはこれで頼むな」


「かしこまりました、主様」



 そのままお店を追い出されると、ミィエルは店の扉に「closed」の看板を掛けて閉めてしまった。え? いいのそれ? まぁミィエルが連れてきてくれた店だし、顔馴染みなんだろうけど……


 先程まで感じていた外からの視線はない。俺が追い出される前に野次馬たちは散っていったのだろうか。

 どちらにしろ此処で待ってても仕方がないし、アーリアに紹介状を書いてもらった店に行くとしよう。

いつも閲覧ありがとうございます。

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