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第35話 平和な時間

 俺が安堵の息を漏らしていると、アーリアが「しっかし本当に感情豊かね」と顎に手を添えながら呟く。



「“名”を与えただけでこうなるものなのかしら?」


「俺が名付ける前から感情豊かでしたよ。言葉は今よりカタコトでしたけど、自我もありました。名付け後はご覧の通り、流暢に話せますし見た目、質感も人間に近くなりましたね。触覚もあるようですよ。もしかしたら五感全てあるかもしれません」


「知覚の強化も入ってるのね。やっぱり普通じゃないわね。〈バトルドール〉系列の使役獣(ユニット)は〈クリエイト〉系魔法で創造した中でも高い知能を持つのは確かだけれど、自我を持つほどではないはずよ。それに創造した使役獣に“名付け”ができたことも正直に言えば異常事態よ」


「やっぱり本来はここまで自我のあるわけじゃないんですね」



 そりゃそうだよなぁ。基本的に〈クリエイト〉系の使役獣は使い捨てだ。命令を忠実に実行できるだけの知能があれば自我や感情など不要。あれば俺みたいに使い捨てられなくなる術者も続出するだろう。中にはどれだけ自我を持とうが使い捨てに出来る術者はいるだろうけど――



「ここまでだとあたしでも愛着が邪魔をして使い捨ては無理ね」


「正直扱いに困りました。表情豊かに『頭を撫でて褒めてほしい』とか『自分は幸せ者だ』なんて言うんですから。いざとなれば〈マイン・ドール〉、なんて考えは消し飛ばされましたよ」



 人形を爆弾化させてダメージ与える攻撃魔法〈マイン・ドール〉。攻撃手段が限られる〈ドールマスタ―〉には重宝される魔法であり、作成した“バトルドール”を対象とすれば攻撃魔法の花形である〈ソーサラー〉にも負けない広範囲・高威力の攻撃魔法を放つことができる。まさに〈ドールマスタ―〉の切り札とも言える魔法だ。

 


「あの娘を対象にそんなものを使ったら、さすがに軽蔑するわね」


「使いませんよ。ただ今後はセツナだけじゃなくて、他の“バトルドール”を創造したとしても、この魔法の対象にできなくなる漠然とした不安がありますね……」



 後程改めて検証する時間は取るつもりだが、たとえセツナの様なイレギュラーが今後起こらないとしても、爆破するには抵抗を覚えてしまうかもしれない。俺からすればセツナと他のバトルドールは完全に別物でも、セツナから見れば同族となるだろうから。無慈悲に爆破される光景を見て、内心で何を想うだろうか……



「〈ドールマスター〉としては手痛い代償ね」


「まぁ俺は剣士なんで、別に攻撃魔法の1つや2つ、使えなくなっても困りませんけど」


「ぬいぐるみや人形も同じ目線にならないといいわね」



 ぐっ……。念のためセツナには一度ちゃんと話しておこう。〈ドールマスタ―〉技能全てを封じられるのは、さすがに痛い。特に〈スケープ・ドール〉〈キャスリング〉は俺の生命線になっている。

 思わず苦い顔を出してしまう俺にアーリアも苦笑いを浮かべる。俺よりも魔法を主体とするアーリアは魔法を使えなくなること自体死活問題となる。同じ立場に立ってしまった場合を考えれば、笑い飛ばすことなどできないだろう。

 論点を変えるようにアーリアは原因の追究へと話を進める。



(おおやけ)に〈ネクロマンサー〉技能も使えないのよ? 早期解決を目指すことをオススメするわ」


「そう、ですね」



 思わず気が重くなり溜息が出る。ちなみに俺が持つ範囲攻撃の最高威力が〈マイン・ドール〉ならば、単体の攻撃魔法は〈ネクロマンサー〉で覚える〈グラスプ・ハート〉となる。魔力で形作った心臓を文字通り握り潰すことで、対象に直接呪い属性のダメージを与える魔法だ。確率で即死効果もつく、最もえげつない魔法と言える。ただ使ったことはないんだけどね。斬った方が火力出るし。



「それで、イレギュラー(こうなった)心当たりはないのかしら?」


「わかりません。素体も追加素材もよくあるものを使用したので。俺自身、バトルドール自体創造することは稀でしたし、高レベルの創造は今回が初めてでした」


「カイル君はゴーレムも創れるものね。普段使いならそっちを使うわよね」


「えぇ。俺自身もそうですが、所属していたパーティーも単純な防御力が不足していたので、補う意味でもゴーレムが一番使い勝手良かったんです」



 なんせ殺られる前に殺れ、がコンセプトの物理攻撃特化パーティーだったからな。おかげで初ターンの手数は、メンバー4人全員合わせて最大28回攻撃と言う、敵のHPが1000近くあっても削り切れるインフレ具合になっていた。うん、今考えても頭が悪いわ。



「移動が遅い以外はゴーレムの方が利便性高いものね。いいわ、あたしも興味あることだし、落ち着いたら実験するわよ」


「よろしくお願いします」


「それと今回の報酬なのだけど――」



 アーリアがセツナの話から報酬の話に切り替えたタイミングで、ミィエルがセツナの手を引いてこちらに駆けてくる姿が見えた。それを見て「後で話すわ」とアーリアの話はお預けとなる。俺的には重要な話なので聞いておきたかったのだが、まぁ急いではないからいいか。



「じゃじゃ~ん。お待たせしました~!」


「お待たせして申し訳ありません、主様」



 着替えを終えたセツナは、淡いピンクを基調としたチェック柄のフリルのワンピースに、色を合わせたリボンがアクセントのニーソックスと足元は控えめなローファーを履いている。関節部分は長袖にニーソックス、手はレースの手袋を着用しているので人形らしい部分が隠れて人間の少女にしか見えない。ガーリーファッションに合わせたのか、髪型はカントリースタイルと呼ばれる結わえ方で纏められている。どこかの令嬢だと言われても疑わないのではないだろうか。

 ただ何故か袖を通さず、肩からアラミドコートを羽織っている点だけ疑問だが、それ以外は素晴らしい仕事だ。内心でミィエルにグッジョブと何度もサムズアップする。

 さて、この「素晴らしく良く似合っていて、めちゃくちゃ可愛いセツナをどう褒めてあげようか――」



「えへへ~。ほら、カイルくんにも~、似合うって褒められたでしょ~?」


「あ、ありがとうございます。主様」


「――ん?」


「あんた、内心が声に出てるわよ」



 どうやら声に出していたらしい。なんか前にも内心をポロっと吐露していた気がする。俺にこんな悪癖あったかな、ちょっと不安だ。まぁ率直な意見という事でいいか。2人とも嬉しそうにしているし。



「ミィエル、なんでアラミドコートを羽織ったままなの?」


「セツナちゃんが~、脱ぎたがらないんです~。ですから~、仕方ないので~肩から羽織る形にしたんですよ~」


「なんで脱がないんだ? もっと可愛いものもあるだろうに」



 俺も疑問に思っていたのでセツナに問うと、彼女はコートの襟を掴んで寄せるように脱ぐことを拒絶する。別に返せとかいうつもりもないんだけど……



「これは、主様から初めて下賜されたものですから……」



 あー、確かに最初に装備させたものではあるな。ぶっちゃけ使い古したものを渡しただけなんだけど。ちょうど他に持ってなくて。あの時装備させたミスリルナイフとマンゴーシュに至ってはルナライトソードを手に入れるまでの繋ぎで売ることすら忘れていた余りものだ。バトルドールを創る素材は揃えていたけど、装備させる武器と防具まで気が回っていなかった、なんて言えない。



「そう言ってくれるのはありがたいけど、俺のお古だぞ? 新しいのを買った方がよくないか?」


「っ! いえ、これがいいです!」


「そ、そうか? じゃあグレードアップするまではそれで行こうか」


「はいっ! ありがとうございます、主様!」



 まぁ本人が良いって言うならいいか。セツナはある程度自立行動もできるし。そうだ、彼女専用の雑囊(マジックポーチ)も買わないとな。



「あ~もう~! セツナちゃんは~、可愛すぎです~!」


「ふふ、いじらしいじゃない? 本当に使役レベル1なのか疑いたくなるわね」



 ……この様子で使役レベル(好感度)が1だとするならば、上がっていったらどうなるのだろうか。

 俺は何かとてつもなく嫌な予感に襲われる。変なお約束が発動しないといいな。


 ……とりあえず、ヤンデレ化しないようにだけしっかり育てよう。



「それじゃあいい加減話の続きをしましょう。ここでもいいのだけれど、そろそろいい時間だし上でお昼を食べながら話しましょう」


「そうですね、俺も腹減ったんでそうしましょう。ちなみにセツナは飯を食べられるのか?」


「可能、だと思われます。ですがセツナは主様の給仕を優先したく思います」


「いや、一緒に食べよう。いろいろとセツナのことは知っておかなければならないからね」


「ですが……」


「給仕ができるのはもう確認済みだからな。他に何ができるのか、いろいろ挑戦してみよう」


「かしこまりました。では、僭越ながらお食事をご一緒させていただきます」



 ハイスペックになるのは良いのだが、人間に近くなればそれだけ性能が上がるわけではない。弱点も増える可能性がある以上、今のうちに調べておくのが丁度いい。それにセツナ自身が何に興味を持ってくれるのか、気になるところだ。

 折角なのでいろいろ試せるときに試させてもらうとしよう。



 1階へと上がり、4人卓でミィエル以外が席に着く。ただ待ってもしかたないので、アーリアに今回の報酬と今後の施策を俺に教えてもらうことにする。



「カイル君、まず今回の報酬なのだけれど、残念ながらどうあがいても黒字にはならないわ。仕方なかったのかもしれないけれど、170万Gは補填しきれないわ」


「パーティーの大事さとソロの辛さを知ることができた勉強代だと思っているのでお気になさらず。それで、如何程になるんですか?」


「まず情報提供で冒険者ギルドから30万G、さらに情報の正確さの証明と現地での蛮族・魔族の討伐、村人の救出で+40万Gってところね」


「随分高報酬ですね。Lv9ならその半分以下が相場でしょうに。さすがアーリアさんですね。約束通り分捕ってきてくれたんですね」


「当然じゃない。情報の内容から対処までの動き出し、不確定要素への投入人材、全てが高水準なのよ? これぐらい貰わなければ割に合わないわ」



 本当頼もしい限りだ。合計で70万Gは破格と言える。ミィエルと分けても35万あれば、セツナの装備ぐらいは買い揃えられそうだ。嬉しい知らせに思わず頬が緩む。



「首謀者に関してはまだ調査中。解決には至ってないわ。内容が内容なだけに慎重に成らざる得ないのは仕方のないことだけれど」


「フレグト村での失敗は伝わっているはずですから、早期決着しなければ逃げられますね」


「ミィエルが動いた時点でザード・ロゥの冒険者で今回のことを知らない人間はほぼいないでしょうしね。それでこれの使い道なのだけれど」



 アーリアはテーブルの上に【群青の魔将宝玉】を置く。そう言えばこのアイテムの効果をまだ訊いてなかったな。



「そいつの効果ってどんなのなんですか?」


「効果は、簡単に言えば最高品質の魔晶石ってところね。こいつの中にはMP300点分の魔力が込められているわ」


「そいつは凄いですね」


「さらに込められた魔力の質が“魔神将グランドブレインイーター”の魔力だから、そいつをこちらの世界に呼び出す触媒としても最高のアイテムと言うことになるわ」


「ならとっととMPを使い切っちゃうのが一番ですかね?」


「それじゃ防げないわ。この宝玉自体が“簒奪者・キャラハン”と(ゆかり)の深いものだから、MPさえ足りればそのまま触媒として使えちゃうのよ」


「もうぶっ壊した方がいいんじゃないですか?」


「壊せるならその方がいいわ。でも1撃で150点以上削れる攻撃を扱える人材なんているかしら?」



 1撃で150点は、ちょっときびしいなぁ。可能性がありそうなキャラクターを1人……いや、2人知ってるけどこの大陸にはいない。俺の【魔剣クレア】の刃を4つ同時に着弾させたらそうなったりしないかなぁ? ならないだろうな。



「俺の魔剣の多重攻撃を同時に行って、一撃判定になるなら可能ですけど」


「……あんたのもう一つの魔剣の能力だったわね。“キャラハン”をもそれで倒したってミィエルから聞いたわ」


「俺の切り札なんで、言いふらさないでいただけると助かります」


 「しないわよ」とアーリアは手を振る。



「どちらにしろまずは冒険者ギルドに提出するから、壊すかどうかはその後ね」


「提出した時点で壊せなくなります(・・・・・・・・)ね」


 「まぁね」とアーリアは頷く。なんせ見つけた時から壊れていたのならまだしも、完全な状態から壊した、となればそれを行える人材がいると簡単に証明してしまうことになる。それは俺達にとって都合が悪い。だから提出した時点で壊せなくなるのだ。



「まぁ壊すことは重要ではないからいいの。で、こいつを使って今回あんたとミィエルが討伐したのは村長に扮した“ダブル”。【宝玉(これ)】は“ダブル”が自らの主をこの世界に呼び出すために触媒にしようとした魔法アイテムってことにするわ。あんたたちはその儀式を未然に防ぎ、これを回収してきた」


「成程」


「ついでに“キャラハン”を失ったことによる補填として【宝玉(こいつ)】を狙ってくるやつらを釣り上げる餌としても使わせてもらうわ」


「なら余計に破壊するって選択肢はないですね」



 壊されていたら餌になりようがない。いや、壊した事実さえ隠しておけば安全な餌にはなるのだろうか? まぁそのあたりを決めるのは俺達じゃない。放置ってことで。



「それと2日以内にフレグト村の人たちがザード・ロゥへ到着するわ。この件が片付くまでは村の復興にはできないでしょうね。その間、この街で生活を送ってもらうことになるそうよ」


「まぁ妥当な所ですね。言葉が通じないでしょうから、そのあたりは大変でしょうね」


「通訳を付ければ問題ないわ。それとエルフの村人には、ミィエルが事前にあんたの実力を漏らさないように根回ししてくれてるわ。最も、あんたの実力に気づいていたのは2人だけだから大して苦労はなかったみたいだけど」


「リルとウルコット、フールー姉弟ですね」


「問題はやってきた騎士と冒険者なのだけれど、“ジェーン・ザ・リッパー”と“アイアンゴーレム”に関してはあんたのアイテムを使った、ってことで口裏は合わせておくわ。他にいい方法も思いつかないもの。もし問い詰められたら、あんたで何とかして頂戴」


「あ、はい。すみません」


「主様……」



 セツナが物凄く申し訳なさそうに眉尻を下げるので「お前の所為じゃない」と頭を撫でて励ましておく。取り合えず丁度良さげなアイテムでもでっち上げるとしよう。



「そうだ、アーリアさん。〈ディー・スタック〉って対象を術者以外に変更できませんか? セツナのステータスに被せておきたいんですけど」


「対象を外部にできるようにとは考えてなかったわね。元々あたし個人でほしかったから研究した魔法だし」


「【スペルカード】に封じて他者に発動させるとかできませんかね?」



 対“キャラハン”で使った、魔法を封じた消費アイテム【スペルカード】。あれなら任意の魔法を封じることで他者にも使えるようにできる。ただ〈エンチャンター〉の技能を持つ人のサポートが必要になるが、俺の予想ではアーリアは〈エンチャンター〉技能を持っているんじゃないかと思っている。なんとなくだけど。



「【スペルカード】なら確かに可能ね。ただコストが物凄くかかるわよ?」


「魔法の改善よりは手軽ですから」


「それもそうね。どうせならこの際にでも必要MPさえ支払えば効果が持続するよう、装飾品(マジックアイテム)の開発をしてもいいかもしれないわね」


「俺にも手伝わせてください。正直、毎回掛けなおすのも面倒なので、そういったアイテムがあると助かります」


「セツナにも手伝わさせてください。アーリア様」


「えぇ、その際は嫌でも手伝ってもらうから楽しみにしておきなさい」



 ここまで話したタイミングでミィエルが「お待たせ~しました~」と作り終えた昼食を運んできてくれる。

 今日は手軽に食べれるハンバーガーのようだ。ポテトとニンジンに味を変えるためのソースもついている。俺のだけサイズが他の3人よりも大きくしてくれている心遣いが嬉しい。うん、やっぱり一家に1人、ミィエルだな。



 食事を並べ、人数分のナプキンを配り終えるとミィエルも着席する。



「お待たせ~しました~」


「ではいただきましょう」


「いただきます」


「っ。いただき、ます」



 スプーンも揃えられ、アーリアの言葉に俺は手を合わせる。セツナも俺を見て真似をし、早速フォークとナイフを手に持ってみる。そう言えばこういった知識と言うのは“バトルドール”にはあるのだろうか?

 俺もナイフとフォークを手に持ち、セツナの視線に頷いてハンバーガーを丁寧に切り分け、一口。



「うん! 美味い! さすがミィエルだ。セツナも食べてごらん」



 こくりと頷いてナイフで切り分け、口に運ぶ。



「……っ!?」



 口に入れた瞬間、驚きのあまりナイフとフォークを置いて両手で口元を覆う。その仕草にミィエルは顔を青くするが、「ダメそうか?」と俺が問えばセツナは首を横に振って応えた。ただどうしたら良いのかわからない、と視線で訴えてくる。



「大丈夫そうなら、ゆっくりとちゃんと噛んでから飲み込むんだ」



 俺の言葉にセツナは頷き、ゆっくりと噛み始める。噛むたびに肉の旨味が染み出てくるため、都度瞳に驚きの感情が垣間見えたが、慣れ始めると頬が緩み、目尻が下がり始める。そしてこくん、と可愛らしく嚥下すると、セツナの顔には優しい笑顔が浮かんでいた。



「これが“お食事”なんですね」


「情報の多さにびっくりするだろ?」


「はい。多様な刺激に驚きが止まりませんでした」



 初めての味覚に衝撃の連続だったと告げるセツナに、俺は「どうだ?」と言葉を続ける。



「美味しかったか?」


「はい! これが“美味しい”と言うことなんですね。凄く、凄く嬉しい気持ちになるのですね!」



 言葉が嘘ではないと言うように、もう一度口に運んでは笑顔を浮かべるセツナ。セツナの言葉と浮かべる笑みで、ミィエルも胸を撫で下ろす。



「よかったよ~~」


「何不安になってんのよ。あんたの腕は確かなのだから、自信をもって堂々としてなさい」



 呆れたようにアーリアはミィエルのおでこを軽く小突き、自分も切り分けて食事を開始する。まぁミィエルもセツナもお互いに初めて同士だったのだ。その不安は仕方がないことと言えるだろう。けど、アーリアの言葉も真実なので俺も便乗しておくことにする。



「そうだぞミィエル。お前の料理はビェーラリア大陸一……いや、全世界一だからな!」


「えへへ~、そうかな~?」


「はい! ミィエル様は料理で人を幸せにできる天使だと思います!」


「えへ、えへへへ~。ありがと~、カイルくん~、セツナちゃ~ん」



 俺の追撃とセツナの止めの言葉により、耐えきれなくなったミィエル。恥ずかしそうに両頬に手を当てるも、緩んだ表情は止めきれず蕩けたような笑みを浮かべている。



「不安があるとすれば、最初に口にしたのがミィエルの料理ってことだけだな。もう下手な料理は受け付けなくなるぞ」


「いいじゃない。食べる価値もない不味い料理なんて食べる必要ないわよ」


「くそ不味い料理ってのも振り返ると良い思い出だったりするんだけどなぁ」


「あたしには理解できない考え方ね……」



 俺の言葉に何かを思い出したのか、苦い表情を浮かべるアーリアに苦笑いで返す。

 セツナは嬉しそうに食事を続けているし、今のところ問題ないようだ。食べたものがどこに行くのかはおいおい考えるとして、俺はナイフとフォークを使ったお上品な食べ方をやめ、手掴みでかぶりつく。

 うん! ハンバーガーを食べるならやっぱりこうだよなっ!

 マジで美味いなぁ、と満足してるとセツナが目を丸くしてこちらを伺っていた。



「あ、主様?」


「ん、あぁ悪い。俺の故郷ではこう言う食べ方でな。こっちの方がより美味く食べれるんだ」


「そう、なのですか?」


「セツナちゃん、カイル君のそれは個々人の気の持ちように大きく左右されるものよ。無理に行儀の悪い食べ方を真似する必要はないわよ」


「ん~、でも~。野外での食事では~、手掴みもありえるので~、慣れておくのはいいかもですよ~?」



 意外にミィエルが賛同したことでセツナも意を決したのか、つけている手袋を外して俺と同じように手掴みでかぶりつく。また違う食感と味わい方に目を細めて「美味しい」と呟くセツナと目が合い、俺はにやりと笑みを浮かべる。



「また違った美味しさがあるだろ?」


「はい!」


「えへへ~、ミィエルもお揃いですよ~!」



 最後にはミィエルも手掴みでかぶりつき、さらに食卓に笑顔が増える。呆れながらもアーリアだって笑顔だ。



 いいね、こう言う時間ってさ。

 しみじみ思う。こっちの世界に転生してきて、一時はどうなるかとも思ったからこそ余計に。



「カイル君、何にやにやしてるのよ?」


「……いえ、これからの予定を考えていただけですよ」



 アーリアの視線に俺は急いで苦笑いを浮かべて言葉を返す。



「な~に言ってるんですか~! この後は~、セツナちゃんの買い物~ですよ~」


「勿論だとも。アーリアさん、食後報酬を頂いてもいいですか?」



 今のままでは手持ちがないので、とは言葉に出さずに目で訴える。



「わかってるわよ。まだ買取査定は終わってないから、さっき言った分だけ渡すわね」


「ありがとうございます」



 俺はミィエルとセツナが慌てないように食べるペースを合わせながら、もらった報酬でどこまで準備が可能かを考える。

 そうだ、TRPG時代と違って生活費もしっかり考えないといけないんだった……

 今の部屋だとベッドが1つしかないからな。セツナの部屋を借りるか、ベッドが2つある部屋に変えてもらわないと。それと余裕があるうちに次の依頼を見繕ってもらわないとな。


 宵越しの銭は持たない、なんてゲーム時代では当たり前の手法だったが、現実となった今ではそんなことが出来るはずもない。



 ったく、やることが多くて参るぜ全く……



 そうして頭の中でやらなければいけないことを整理していた俺は、もっと目先の話。この後行く買い物が『女性の買い物』であることを失念するのだった。


いつも閲覧ありがとうございます。

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