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第33話 シナリオよりも濃いイベント

「なんとか3人とも無事、成功ってところか?」



 俺は居間の壁に背を預けながら、規則正しく寝息を立てる3名のエルフを見て安堵の息を漏らす。

 〈リザレクション〉は3人とも無事成功。まぁ息を吹き返したが、五体満足でいられているものは1人としていない。これ以上は本人たちが目覚めてから、どうするかを決めることだろう。



「さすがに……疲れたな」



 このまま寝てしまおうか。と思わなくもないが、寝ている間に助けた3人にキョンシーを目撃されて騒がれても面倒だな。〈ディスガイズ〉で見た目だけでもエルフとかに変えるか? 確か巾着(マジック)バッグの中にディスガイズセットがあったはずだけど……だめだ。やる気になれん。

 しかしいつ来るかもわからない応援部隊にアンデッドを使役する姿を見られても都合が悪い。



「仕方ないか……ついでに少し外の空気でも吸うか。ついてこいキョンシー」



 ちらりとステータスを確認すればSTMは34まで低下している。かと言って飯を作る気力もわかないため、キョンシーを連れて外に出て、夜空を見上げながら伸びをして思いっきり息を吸う。



「……はぁ~。改めて思うけど、こっちの世界は空気が美味いなぁ」



 〈リザレクション〉行使のために座りっぱなしだった身体を解し、律義に守っていたアイアンゴーレムの足を叩いて「お疲れ。このまま頼むな」と言葉を掛ける。俺はキョンシーが付いてきていることを確認し、広場に向かって歩き出す。

 どうせなら、と確認したいことを思い出したのだ。と言ってもこの事件に関することじゃない。〈【HL】クリエイト・アンデッド〉に関する懸念事項とも言えることだ。


 当初はこのままキョンシーを破壊し、焼こうと思っていたのだが、〈【HL】クリエイト・アンデッド〉の魔法を解除した場合どうなるのかを知っておかなければならないと思ったからだ。

 〈クリエイト・バトルドール〉や〈クリエイト・ゴーレム〉は、消失する素材を使わない限りは魔法を解除すると同時にそれぞれの作成素材へと戻っていく。しかし〈クリエイト・アンデッド〉は公式でも性能が高い代わりに素材は使い切りだったはずだ。魔法を解除するか、効果時間が切れれば消滅する。まぁ死体を何度も使い回すってのは良い気分ではないのでそれで構わないのだが、現実となった今ではどうなるのかがわからない。

 もし素材に戻るのであれば、また40もの蛮族の死体が積み上がって処理が面倒であるし、最悪魔法を解くと同時にアンデッドとしての本能で襲い掛かってくる可能性も否定できない。今後この魔法を使うかはわからないが、手札は多いに越したことはないのだ。


 俺はキョンシーに広場中央へと立つように命じ、5m程距離を空けて対峙する。解除と同時にエネミー化された時のことを考えて左手には〈ファイア・エンチャント〉を施したルナライトソードを握る。後は魔法解除するだけ、と言う段階になって、ふと俺は頭に過ぎった言葉をキョンシーへ贈ることにした。



「短い間だったがご苦労だった。それとお前のおかげで魔法の使い勝手がわかることに、感謝を。ありがとな」



 俺自身としても、カイルとしても初めて使役したアンデッドだ。意思のない肉人形と言えばそれまでだが、一応俺の指示に従い役目を果たしてくれたのだ。であれば感謝の1つも述べるべきだろう。

 俺が魔法を解除するとともに、俺の言葉にうめき声だけを上げたキョンシーは力なく膝から崩れ落ち、静かに身体を灰へと変えていった。



「さて、望む結果は得られたし、後はどうするかなぁ?」



 もうこの村のためにやれることはない。疲れたし寝たいところだが、リルの家に戻って蘇生した警邏隊の野郎共と雑魚寝は嫌だし、かと言ってウルコットの部屋で寝たくはない。当然、女性であるリルの部屋に無断で入るなど以ての外だ。

 仕方ないのでゴーレムにテント張るのを手伝わせ、何かあれば俺を起こすようにと命令してテントで少し横になる。1日ぐらい寝なくても問題ないか、と思いながら眼を閉じ、ゆっくりと呼吸を整える。



「ゲームならエピローグの一言で飛ばしてたことも、現実となると割と大変だなぁ」



 「まぁでも、ゲームでも蘇生に奔走はしたかもしれんけど」としみじみと呟き、しばらくすると、思ったより疲れていたのか俺は軽く意識を手放していた。







● ● ●







 まだ朝日が顔をのぞかせ始めた頃、いつの間にか意識を手放していた俺は目を覚まして軽く身体を伸ばす。

 テントから出れば寝ずの番をしてくれていたアイアンゴーレムが少ない朝日を受けて鈍く身体を輝かせている。ゴーレムの効果時間はまだ大丈夫だな。〈スケープ・ドール〉の作成を忘れていたからまずはそれをやっておこうか。


 ステータスを確認すればMPは十分に回復している。必要分のMPを消費し、身代わり人形を作成。ついでに〈ディー・スタック〉でステータスも偽装。その後身体を軽く解し、リルの家で寝かせているエルフの様子を見る。まだ眠っているところを見ると、蘇生後の目覚めには時間を要することがわかる。まぁ別段話すことはないのでキッチンと食材を借りて俺用の朝食を作り、ちゃっちゃと食べ終える。


 ……さて、見たくはないがやるしかないか。俺は空いた時間で今回消費したアイテムの精算を正確に行うこととする。

 ポーション類、魔法素体、マナプリズムに特級・一級・二級魔石各種。魔晶石にスペルカード、センス・オーブ、飛び道具各種に人形&ぬいぐるみはプライスレス。

 ざっと計算して約170万Gの損失だった。ハイテンションで消耗品(リソース)を使いまくった自分自身に頭を抱えてしまう。ぜってぇ取り戻せねぇ……放出しすぎた……


 まぁ結果として俺もミィエルも死ななかったのだ。なし崩し的とは言え自分よりも高レベルの魔神相手にこの程度の損失で生き残れたのだ、良しとしよう! あー、蘇生費用が受け取れたらなぁ! 無理だとわかってるけどさー!

 我ながら女々しく、さらに武器と防具の修繕費用は全く考えないことにして現実逃避していると、地響きとともに入口の方面から複数の足音が聞こえることに気づく。思ったより早い応援のご到着だ。


 ゴーレムには引き続き目覚めぬエルフたちを護衛してもらい、俺は1人村の入り口まで向かう。



「カ~イ~ルく~ん!」



 クロックワーク・スティードで他よりも重い振動を響かせながらミィエルの元気な声が響く。ミィエルの後ろには“ジェーン・ザ・リッパー”が乗っており、彼女たちの脇にはリルや俺の面識のない面々が数人並走している。甲冑を着ているのは騎士だとわかるのだが、他は冒険者ギルドの関係者だろうか。

 俺は軽く手を上げて応え、彼らの走行を邪魔しないように入り口から身を引く。疾走から速度を落とし村へと入った面々は村の中でUターンをし、それぞれが馬の足を止めて下馬する。



「早かったな。もしかして俺達が出発した後にもう応援部隊も出てたのか?」


「そうみたいです~。マスタ~が、ミィエル達なら~、早期解決をするだろうからって~」



 と言うよりも早期解決できなきゃヤバい案件だったんだけどね。

 苦笑いを浮かべる俺に甲冑を着た騎士が自身の自己紹介をしながら話を続ける。



「初めまして。私はザード・ロゥ所属の蒼炎騎士団第一部隊隊長のフォルテ・ガルシアルだ」


「カイル・ランツェーベルです。以後お見知りおきを」



 右手を差し出されたため、こちらもかえして握手を交わす。



「貴殿が“谷越え”の騎士であることは冒険者ギルドマスター・ロンネスより伺っているよ」


「……それは祖国での話ですので。今はしがない一介の冒険者ですよ」


「ふむ。機会があれば是非手合わせを願いたいものだ。こう見えて少しは腕に自信があるのでね。是非他国の騎士の剣を体感させてほしい」


「えぇ。機会が来ましたらこちらも是非に」



 そう言えばアーリアが冒険者ではなくて“谷越え”してきた某国の騎士って設定にしたんだっけ。そうすれば腕は立つのに冒険者としての名声がなくても当たり前って納得される、とか言って。

 まぁ都合よく話が進むならなんでもいい。俺は交わした手を放し、連れ添った冒険者とも挨拶を交わすと、事の顛末を騎士へと伝える。彼らは遺体となった商人を確認しに行ってくれるとのことで、それ以上の調査は彼らに任せることにする。



「ではよろしくお願いします」


「えぇ。我々は先遣隊ですので、後程他のメンバーも到着いたします。カイル殿はお疲れでしょうからゆっくりと休んでいてください」


「助かります」



 礼を言って騎士と冒険者を見送り、リルへと視線を向ける。



「リル。蛮族と戦った警邏隊のメンバーでまだ命があるものを助けておいた。無事とは言い難いが、君の家に寝かせているから」


「っ! わかったわ! 本当にありがとうカイル!」



 俺の言葉にミィエルはピクリと肩を震わせ、リルは嬉しそうに笑みを浮かべ自宅へと向かう。そしてリルが離れ、周りに誰もいないことを確認してからミィエルの背後で佇んでいたジェーンが口を開く。



「主サマ。私ガ確認致シマシタトコロ、生存者ハ存在シナカッタハズデスガ。モシヤ私ハ間違イヲ犯シタノデショウカ?」



 眉尻を下げて失態を犯してしまったと身を小さくするジェーンに「違うよ」と首を振って否定し、彼女の前に一歩出て約束通り頭を撫でる。



「ジェーンにミスなどなかったよ。そして、エルフ達をしっかり守ってくれてありがとう。期待通りだ。よくやった」


「ッ! ア、アリガトウゴザイマス! 主サマノ御役ニ立テテ光栄ニ存ジマス!」



 とても嬉しそうにはにかみ、胸の前で両手を抱く仕草をするジェーン。あまりの可愛らしさに思わず俺も目じりが下がる。

 俺わかったよ、バトルドールの戦闘能力が低い理由。戦闘能力よりも擬似人格や感情表現に極振りしてるからなんだろうな。きっとそうに違いない。

 もうなんか考えるのも面倒になってきた俺にミィエルが半眼を向ける。



「カイルくん~、もしかして~〈リザレクション〉を~?」


「まぁミィエルなら気づくよな」


「なぜ~、そんな危険な真似を~、したんですか~?」


「少し確かめたいことがあってね。俺自身この魔法を使ったことは2回しかないんだ。もしもの時のために、もう少し慣らしておきたかったのが1つ。もう1つは単純に彼らが“生きたい”と願うなら応えてやっていいと思ってね」


「カイルく~ん。その考えは~、ミィエルも好ましいですけど~……」


「わかってるよ。今後は控えるさ」



 当然むやみやたらに蘇生なんて施すつもりはない。今回は実験や検証の意味合いが強かったからこそ行っただけで、本来ならばよほど俺自身が気に入った対象でもなければ行使するつもりなどない。今回はあくまでいざ行使するとなった時の予行演習だ。勿論、そんな状態にさせるつもりはこれっぽっちもないが。



「なら~、いいのです~」



 にへら、と笑うミィエルに「ありがとう」とお礼を言って、「じゃあ後は任せて俺はゆっくりさせてもらおうかな」と呟く。



「なら~、あちらでゆっくり~、お茶でも飲みましょ~♪ 朝食の時に~、クッキ~も焼いたんですよ~」


「おぉ、いいね。ハーブティもまだあるし、そうしようか」


「デシタラ私ガ給仕イタシマス。主サマ、ドウゾコチラヘ」



 そう言って俺の荷物を手に取って嬉しそうに奉仕をするジェーンにお礼を言いながら、内心苦笑してしまう。いや君戦闘人形(バトルドール)だよね? なんで戦闘より給仕に喜びを見出しているんだろうか。


 ……まぁ、いいか。


 別に困ることでもないしな。俺はそう思って先行して訪れたフォルテ達に後を任せてゆっくりする。俺とミィエルは念のため後続が到着するまでの保険として此処に居なければならないだけで、到着し次第ザード・ロゥへと帰還できる。フォルテに引き継ぎをした時点でほぼ仕事は終わっている、という事だ。



「カイル。助けてくれた3人が目を覚ましたわ」



 しばらくしてリルが顔を出す。どうやら意識が戻ったらしい。記憶の前後にあやふやな部分があるようで何故自分たちが寝かされているのかわからないようだったが、命に別状はないようだ。〈リザレクション〉後に最大過去7日間の記憶を失うのはTRPG時代の設定通りだし、〈アーティフィカル・ギミック〉も順調に馴染んでいるようで何よりだ。



「それは良かったな」


「えぇ。それで、その……」



 一度視線を彷徨わせたリルは固く目を閉じ、真っすぐに俺に問う。



「カイル。貴方に彼らの治癒を依頼したら、後いくらほどかかるのかしら?」


「……意外だな」


「何がよ?」


「てっきりウルコット同様、無償で治してほしいって言われるかと思った」


「言うわけないじゃない。既に彼らにも使ってくれてるのだもの。材料がないのでしょう? 私のわかる限りで彼らにも説明済みよ。弟の腕の件も、貸してくれた武器の修繕費用とともに支払うわ」



 真っすぐに俺を見て告げるリル。彼女らしい誠意を感じる心地よい視線だ。まぁ個人的にはウルコットの腕は情報料と魔法実験的な対価と考えていたし、残り3人に関しては勝手に蘇生させた対価と考えなくもないんだけども。それよりも気になるのは、



「え? あいつ剣折ったの!?」



 魔法の武器であるルナライトソードをへし折るってどんな使い方したんだ? そっちが気になるよ!



「折ってないわよ。ただ減少した耐久度の修繕費ぐらい払わせてってことよ」


「あぁ、そう言うことか」



 「驚かせないでくれよ」と呟く俺に「それは私のセリフよ」と返すリルに、俺は苦笑いだ。



「緊急時だったし、別に気にしなくていいぞ」


「ダメよカイル。ミィエルさんから色々聞いたわ。貴方、相当使ってるでしょ」


「……まぁ、な」


「ちなみに~、総額どれぐらい~、使ったんですか~?」



 ミィエルも詳細までは解っていないが、俺がバッキバッキ砕いていた魔石の等級が気になっていたらしい。〈アーティフィカル・ギミック〉で使う魔法素体もほいほい使うのだから、と心配していたようだ。さて、なんと答えたものか……

 二人の視線は嘘を吐くなと訴えているし、給仕に従事するジェーンは静かに俺の後ろに佇むだけだ。仕方ない、正直に答えるか。



「ざっと170万Gって所かな。武器の修理代はわからんからいいよ」


「「170…………っ」」



 2人して声を詰まらせ、ミィエルは困った笑顔で固まり、リルは顔をひくつかせる。まぁ日本円にしたら1700万円だもんねぇ……



「ウルコットに使った素体は1つ5万Gだ。さっき目覚めたやつらにも3つ使ってる。俺の手持ちはそこで尽きたし、素体の入手もユグドラシルの枝から作ってるからすぐには揃えられないだろう。あいつらの身体を完全に治すとなれば後4つは必要になる。技術提供料をいただくとなると、いくらになるんだ?」



 技術提供料の適正価格がわからないからミィエルをちらりと見れば、わからないと首を振る。じゃあその辺りはアーリアに訊かねぇとわからないってことで、と続ける。



「……ならわかったら教えて頂戴。お金はちゃんと払うから。ただ、その、治療費だけでいいかしら?」


「払ってくれるだけでもありがたいよ。俺自身、元々諦めてたから」



 俺は俺の意思で使用したのだ。後で請求してやる、なんて考えは微塵もなかった。それに使用したアイテムの8割以上は俺とミィエルが生き残るためのリソースだ。リルが負担する必要は全くない。



「わかったわ。3人には伝えて、それでも依頼したい場合はお願いするわ。あと弟の分は私がきっちり払うから」


「了解」



 リルは再び3人に事情を話に戻り、ミィエルは金額の大きさに苦笑いを浮かべたままだ。まぁ今回が異例だっただけ、という事で終わりにしよう。ありがたいことに、生活費を稼ぐぐらいの力量はある。


 そうこう話しているうちにお昼を迎え、後続の部隊もフレグト村へ到着。俺とミィエルの役目はこれで本当に終わり、後は“歌い踊る賑やかな妖精亭”へ帰るだけだ。これ以上俺が関わってもグダグダするだけでいいことないし、村の復興まで手を貸す必要もない。


 帰り支度を整え、俺は「ご苦労さん」とアイアンゴーレムの魔法を解除して素材に戻し巾着(マジック)バッグへ戻す。後は――



「主サマ。申シ訳アリマセン、マダ主サマニ仕エテイタイノデスガ、モウオ役ニ立テマセン。私モ活動限界ガ近ヅイテオリマス」


「謝る必要はないだろ。俺がお前の魔法を維持できないのが原因なんだから」



 縮こまるように俯くジェーンの頭を撫でて励ます。バトルドールもゴーレム同様に効果時間は1日だ。それが過ぎれば、魔法を行使するうえで必要だったアイテムへと戻っていく。そしたらまた“ジェーン・ザ・リッパー”を作成すればいいだけの話でもあるのだが、果たしてその“ジェーン・ザ・リッパー”は目の前にいる彼女と同一の人格を持つものだろうだろうか。



「一つ聞きたいんだが、魔法を解除し、再びお前を作った場合記憶はどうなるんだ?」


「私ハ個体名“ジェーン・ザ・リッパー”デス。主サマニ従ウ忠実ナ僕。次ニ主サマト会ウ私ハ、私デアリ私デハアリマセン。デスガ、ゴ心配ナサラナクトモ、個体差ハアリマセン。今ノ私ト同等ノ成果ヲ果タスコトガデキルハズデス」


「……つまりもう一度君と言う記憶を持った状態では呼び出せない、という事か」


「主サマ、私ハシガナイ戦闘人形デス。主サマガ心ヲ煩ワセル必要ハゴザイマセン」



 今までの豊かであった表情を消し、無表情に答えるジェーンに俺は心の底から苦笑いを浮かべる。今更人形らしくされたところで今までの印象は消えようがない。参ったなぁ、俺はこう言うのに弱いんだよ。気に入ってしまうと敵味方問わず手元に置きたくなる。

 思わず「お前がいいんだよ」と呟く。すると無表情を模っていたジェーンは驚きへと変化し、次の瞬間には誇らしい笑みへと変える。



「ソウ仰ッテイタダキ、大変光栄デゴザイマス。過分ナルゴ慈悲ヲ戴キ、私ハ十分ニ幸セ物デゴザイマス。デスカラ主サマ、ソノオ気持チハ、次ノ私ヘノ褒賞トナサッテクダサイ。サスレバ如何ナル私デアッテモ、必ズ主サマノオ役ニ立テルト具申イタシマス」


「も~、むり~! やっぱり~! おかしいです~! カイルくんの~、バトルド~ルは可愛すぎます~!」


「ッ!? ミィエル、サマ?」



 なにやら我慢できなくなったのか、ジェーンに抱き着くミィエルに俺も内心で盛大に頷く。俺もおかしいと思うよ! と。GMが居るなら悪ノリが過ぎるだろうと文句を言いたい。原因はさっぱりわからない。だがこのまま“可愛い”筆頭のミィエルすら可愛いとはしゃぐ“ジェーン・ザ・リッパー”を手放す気にはもうなれない。



「なにか~、方法はないんですか~?」


「ミィエルの知り合いに〈ドールドミネーター〉とか名乗ってるやつがいるだろ? 何か参考になるものはないのか?」


「ジョンさんのは~、通常のバトルド~ルなので~、参考にならないですよ~」


支配者(〈ドミネーター〉)でも無理なのか」


「そう名乗ってはいますけど~、実際できるのは~、複数同時の~〈ドール・サイト〉と~、〈リモート・ドール〉ができるってだけで~、それ以外は~〈ドールマスター〉と一緒ですよ~」



 さらっと秘密を暴露されてるぞジョンよ……だから情報屋なのかとも納得する。

 しかしどうするか。前例があれば参考にできるのだが、ジョンを知るミィエルですら「おかしい」と言うのだから前代未聞なのだろうし、俺が魔法効果持続時間増幅のアビリティを取得できるほどの経験点は――“キャラハン”を倒しても足りないらしい。

 うーん、何かヒントになるようなものがあればいいんだけど……あっ。


 GM時代。多分誰もが覚えがあると思うのだが、ただの名もない使い捨てのNPCだったはずなのに、RP(ロールプレイ)が楽しくなりすぎて気づいたら無駄にキャラが立ってしまったことはないだろうか。

 こうなってくるとGMも気に入ってくるし、PLすらも「実はこのキャラ重要キャラなんじゃ」と後付けで一緒に考え始め、ついには名を授けられて何度もキャンペーンに登場するようになる。終いにはキャラクターロストにかこつけてプレイアブル化すると言う、まさにGMとPLが自由に物語を紡ぐTRPGだからこそできる力技。


 これを適用できないだろうか。と言うより正直他に方法が思いつかない。どちらにしろこのままでは目の前の“ジェーン・ザ・リッパー”を失うことには変わりないのだ。

 となると与える名前だが、俺はネーミングセンスないんだよなぁ。今のまま“ジェーン”と呼び続けても味気ないし、うーん……安直だけど、いいかな。


 俺は内心の呟きに頷くと、ミィエルに抱き着かれてもみくちゃにされる“ジェーン・ザ・リッパー”に視線を合わせる。



「主サマ?」


「お前の気持ちは受け取った。もし次の“ジェーン・ザ・リッパー”となったとしても、俺は変わらず接すると約束する。ただ、それでも俺はお前が気に入った。だから、お前が俺の傍にいたことの証明として。今後ともお前と過ごした時間があったことを忘れないために――」



 この一時を、“ジェーン・ザ・リッパー”と言うお前が居たこの一瞬を忘れぬために。



「お前に名を授ける。お前の名は――セツナ。誰もが口にする個体名“ジェーン・ザ・リッパー”でも“ジェーン”でもない。カイル・ランツェーベルの従者である、”セツナ“だ」


「私ノ名…………?」



 目を丸くするセツナの頭に手を当て、優しく笑いかけながら撫でる。言い切った俺は内心客観的に見て途轍もなくこっ恥ずかしい。顔面温度が上がってきそうなのを気力で捻じ伏せながらもう一度、言う。



「あぁ。お前は“セツナ”だ。何者でもない、この世でただ一人。セツナと言う、俺の従者だ」


「つ! ハイっ!」



 頭を撫でていた俺の手を両手で包み、自分の頬へとセツナは誘う。人形故に感じるはずのないはずなのに、手の温もりを(いつく)しむ様に。

 抱き着いていたミィエルは離れ、驚愕のあまりに目を見開く。俺かて驚きのあまり声がでない。



「私の名ハ――セツナ。主様でアル、カイル様の従者。セツナです」



 自らの“名”を噛みしめるように、セツナははっきりと告げる。その頬を涙で濡らしながら、美しいと言える飛び切りの笑顔を浮かべて。そして崩れるように膝から力を失い、慌てて支えた身体は、元の素材へと戻っていった。



「セツナ!」



 まだ効果時間は切れないはず。なのになぜ魔法が切れたのか?

 どうなってるんだ? とミィエルに視線を向ければ、ミィエルも信じられないものを見たと言わんばかりに首を振る。まさか“名”を付けが悪い方向へ作用したのだろうか。



「そうだ。もう一度魔法を行使すれば――」



 出発が30分遅れるがミィエルとてそれは構わないと頷き、抱きかかえた素材を目にして俺は動きを止める。

 “ジェーン・ザ・リッパー”の素材として使うエルダートレントから作られたマネキン人形。その胸部に見覚えのない藍色の宝石が埋め込まれていた。即座に解析判定――成功。





【刹那の天藍石(ラピスラズリ)】 価格:非売品

効果: “ネームド・バトルドール”である“カイルの従者・セツナ”を作成することが可能となる。また、この素材により拡張スロットをランクに応じて拡張することが可能となる。この素材は使用後、消滅することはないが、初回起動まで24時間の準備時間を要する。





 準備時間って、あれか? 進化的な要素なのか? 初回起動したらそれいらなくなるの? いや、そんなことよりも!



「……ミィエルさんや」


「はいです……」


「またセツナに会えそうだぞ」


「はいです」


「と言うか、“キャラハン”よりも驚いてる俺がいるんだけど……」


「ミィエルは~、カイルくんと出会ってから~、驚きっぱなしですよ~……」


「ははは。悪いな。でも――よかった」


「そうですね~」



 俺達は顔を見合わせ、2人して笑みを浮かべる。

 どうやら最後の最後で『良いこと』がやってきたのだと。ったく、この世界も粋なことしてくれるぜ全く。



「カイル殿、何やら声を上げていたようですが、何かありましたか?」


「フォルテさん。いえ、なんでもありません。忘れ物がないか確認して、これから出立するところです」


「そうでしたか。ではお気をつけて。後のことはお任せを」



 俺は「ありがとうございます」とフォルテに告げ、忙しそうに騎士たちと話しているリルに「またな」と手を振って、ミィエルとともにクロックワーク・スティードを走らせる。




 取りあえずはこれで終わり、かな。

 まだ背後関係は解っていないし、根本から解決はできていないけれど。少なくとも目に見える範囲では最悪の結果は回避できたことだろう。想定外の敵――“簒奪者・キャラハン”と遭遇するなんてとんでもないアクシデントもあったが、正直“キャラハン”よりも、



「最後の最後で全てを“セツナ”に持ってかれた感はあるけどな」


「あの可愛さは~、反則ですよ~!」



 セツナの方がインパクト大だったわ。

 声に出してしまったらしい俺に、少し不満げにミィエルが続ける。ただすぐさま笑顔へコロリと変わり、



「えへへ~。でも~、あの可愛いセツナちゃんと~、また会えるのは嬉しいです~」


「アーリアへの報告もあるからな。戻ったら直ぐに帰ってきてもらうとしよう」


「ですです~! なら~、早く帰るためにも~、トバしますよ~!!!」



 トバしたところで1日は泊まらないといけないんだけどな、と内心で思いながら。


 晴れやかな気持ちを胸に、俺達は鋼鉄の駿馬とともに駆け抜けるのだった。


閲覧ありがとうございます。

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