第2話 現状確認2
さて、そうと決まればまずは周辺確認だ。本来なら最初にやらなければならないことではあったが、個人的には目覚めていきなり異世界、と言うホットスタートからカイル・ランツェーベルの人生が始まったのだ。平々凡々なサラリーマンだった日本人故大目に見てほしい。
食料も確認すれば幸い7日分ぐらいはありそうだった。1日ぐらいこの森に滞在したところで問題はないだろう。
「んじゃま、行きますかね」
まずは気配をなるべく遮断し、移動する際にも足音を立てないように。そのうえで迅速に走る。
スカウトの上位技能であるハンターを持つ俺ならば、レンジャーの知識と組み合わせることで隠密行動を高いレベルで実現できる。視覚・嗅覚・聴覚をフルで活用し周囲の気配を探る。
次に視覚を閉じ、耳に着けている魔法のアイテム――蝙蝠ピアスに意識を集中する。この装飾品はピアスから発せられる魔法の波動をレーダー変わりに周辺を知覚することができるアイテムだ。
LOFのルールブックにはどれほど遠くまで知覚できるのか――効果範囲の記載はなかった。ハンター、レンジャーの技能をも活用して最大範囲で知覚を試みる。
頭の中には俯瞰で自分の姿と、周りの風景が立体的に観測できる。イメージとしては漫画とかでよくある、心眼に目覚めたような感覚ではなかろうか。ただ色がない白黒の世界故に少し慣れが必要だと思われる。
また、認識できる範囲は自分を中心として凡そ5m~10mほどだ。時間をかけて最大10mだとすれば、戦闘中に使おうとすればどれ程になるのか、これも要確認&要訓練だろう。
魔法の知覚を以てしても危険と思われる生物は居そうにない。慣れる為にも別のポイントへと移動し、同様の探索を行う。拠点を中心として円を描くように周辺確認を行っていく。
時間にして2時間ほどだろうか。拠点から半径1kmほど森にすむ動物たち――鹿や熊は居たが、彼らの住処は俺の拠点から離れているため問題ないと判断した。
帰りは木の枝を忍者のごとく跳びながら移動し、火を起こしていた拠点へと戻ってくる。STMを確認すれば54まで減少している。2時間動き回って消費が6ならば夕飯時まで何も問題はないだろう。
「ふっふっふ。ようやっと……ようやっとお待ちかねの魔法だぜ!」
知識としても記憶としても扱えるのは知っているが、俺自身が魔法を使うのはこれが初めてである。否が応にもテンションが上がってしまう。
俺が扱える魔法は操霊魔法と呼ばれる〈コンジャラー〉技能を基準とし、派生した上位技能である〈ドールマスタ―〉、〈ネクロマンサー〉の3種類である。
〈コンジャラー〉は自然属性である炎・土・毒の3属性と、精神に作用する魔法を主に扱うことができる。他にも物理防御力を上昇させたり、大地を介して治癒の魔法を施すことも可能だ。さらに素材さえあれば”ゴーレム”を作成することも可能である。その代わり直接的に攻撃するような魔法が少ない。
〈ドールマスタ―〉は操霊魔法の上位技能の1つであり、属性としては呪いが中心となる。名前の通り人形を用いた魔法が中心となる。人形に精神を憑依させて操作したり、人形に呪い属性の魔法をかけて対象に攻撃を行ったり、人形に自身が受けるダメージを肩代わりさせたりと人形さえあればわりと自由なことができるのが特徴だ。
”ゴーレム”に似た”バトルドール”と呼ばれる戦闘人形を作成出来たりもする。まぁ”ゴーレム”の方が有用すぎて使ったことはほとんどないけど。
最後にネクロマンサー。闇と呪い属性を主に扱う技能であり、素材さえあれば”ゴーレム”よりも優れた”アンデッド”を従者として作成することが可能だ。また生と死に深く関わる技能故、相手を死へ向かわせる攻撃魔法や、蘇生魔法も扱うことができる。
ただLOFの世界では蘇生は勿論、アンデッドも忌避されているため、大っぴらにする技能ではない。場所によっては迫害どころか捕らえられて牢屋行き、なんてこともあり得る。セッションではそんなめんどくさいシナリオを作ることはなかったが、この世界ではどうなるかわからない以上、なるべく使用しないように気を付けなければ。
俺はまず【ルナライトソード】を引き抜き、初歩である操霊魔法を行使する。
LOFでは魔法を発動するためには3つの物が必要となる。1つは「MP」。2つ目は魔法を行使するための触媒となる「発動体」。発動体は杖でなくても魔力が通る形に加工さえされていれば、剣でも指輪でもなんでも良いのだ。俺は武器の大半を発動体へ加工しており、武器さえ所持していれば発動には困らない。
最後に必要なものは、「詠唱」である。「詠唱」を破棄できる特殊な種族も存在するが、基本は詠唱しなければ魔法は発動できない。俺は使いたい魔法を頭に思い浮かべ、謳うように言葉を紡ぐ。
「理を担う紅いの精霊よ。我が魔力を喰らい、その力を我が剣へと顕現せよ――〈ファイア・エンチャント〉!」
詠唱を終えるとともに、身体から何かが抜かれるような感覚に一瞬陥る。次の瞬間には刀身に炎が巻き付き、赤く染め上げていた。
「うお、すごっ……」
燃え盛る刀身から炎の熱を感じる。おそらく触ったら火傷するんじゃないだろうか。なにせLOFの魔法は、作用する対象を選ぶことができるスキルを取得しない限り、自分を含めて全てを対象に効果を及ぼすからだ。気になるので左手で触ってみた。
「うおあっちぃいっっ!!」
予想通り火傷した。皮膚が焼け、ジクジクとした痛みが左手に纏わりつく。自分のステータスを確認すれば2点のダメージを負っていた。炎属性を与え、ダメージを2点上昇させる魔法だからだろうと予測できる。
とりあえず燃え盛る刀身――〈ファイア・エンチャント〉を解除する。解除する際は詠唱などいらず、効果中の魔法に意識を向けて「解除」と思うだけで消すことができた。炎が消えた刀身は熱いのか気になって触ってみたが、熱が残っているようなことはなかった。うん、さすが魔法。
「とりあえず左手を治そう。理を担う恵の精霊よ。我が魔力を糧に彼の者に安らぎを与えよ――〈アース・ヒール〉」
先程よりも多めに抜かれる感覚。恐らくこの抜かれるような感覚が魔力――MPを消費している感覚なのだろう。身体から流れるように左手に魔力が集まると、淡い緑色の光に包まれ、あっと言う間に火傷を癒してしまった。うん、痛みも全くない。
ステータスを確認し、消費されたMPを確認する。俺の持っている知識通りの数値が減少していた。
うん。魔法が発動する感覚はわかった。次は攻撃魔法を使う感覚やMPを大量に消費した場合の状態の確認。さらにMPを保有しているアイテムで、消費MPを肩代わりするにはどうするのか。魔法発動まで時間がかかる魔法はどのように行使するのか。MPを回復するアイテムの使用感など、試せる限りのものを試していこう! しっかり確認していなかったが、【特技】もどこまで使用可能なのかも確認しなければ!
「うしっ! この調子で他も試すぞ!」
★ ★ ★
感覚にして3時間ぐらいだろうか。ステータス値的にはMPは残4となり、STMも17まで減少。感覚的にも疲労困憊だ。
「や……やりすぎた……まじで疲れた」
でもおかげで凡そ緊急で試したいことは試せた。後は安全マージンを取りながらの実践訓練をすれば、いきなり自分のレベルより高い相手に囲まれない限りは大丈夫だろう。実践を行う前に楽観的過ぎるかもしれないが、不安すぎて心労を抱えるよりはよっぽどいいだろう。
徐々に日が暮れて夕日が美しく輝いてきている。夕飯の準備と、寝床の確保に移るとしよう。
とても残念なことに宿泊設備であるテントなどは持っていなかった。だからこそ目覚めてすぐに木の上だったのだろうが、なんで俺はテントを所持品に記入しておかなかったのだろう。フレーバー故仕方なしとも言えるけど、本当に失敗したと思う。
「あー、乗り込み型のゴーレムとか作れれば良いのに」
もしかしたら可能かもしれないが、もうすでにMPがない。かと言ってこれ以上【MP回復薬】も飲みたくはない。
切り倒してしまった木を有効活用するため、切り刻んで薪としておいたため、後はよく燃えるように酒をかけてから〈ファイア・エンチャント〉で点火する。これでMPは残り1。本当に空っ穴である。
後は寝る前にMPが0にし、どうなるのか試すのみである。ゲームではMPが0になったところで気絶したりすることはなかったが、魔法を使うことで感じる疲労感から、この世界ではMP切れで意識を失う可能性があるんじゃないか、と不安になったからだ。
朝食と同じように携帯食料をお湯に溶き、周辺探索中に見つけた木の実や食べられる山菜も煮込んでいく。カイルを田舎育ちと言う設定にしておいて良かった。俺自身には山菜を見分ける技術も知識もないからね。
「さて、活動中は時間ごとに少量HPとMPは回復可能。しかしアイテムを用いない限り効率が悪いのはTRPGの時と同じ。基本は睡眠による回復ってことでいいんだろうな」
後は時間当たりの回復量がどのぐらいになるのか。正確に測りたいが時計がない以上難しい。これは街についてから時計を入手して確認するとしよう。
そのためにもまずは人里を探さねばならない。食料事情からもできる限り余裕をもって人里に下りたい。そして現地の人から様々な情報を入手したい。どこまでこの世界が俺の知っているLOFと類似しているのか。致命的な相違はないか。俺のキャラクターは特定の神を信仰していなかったが、俺の知っている神達でいいのか。そもそも神はいるのか。
確認したいことは山積みだ。
「いただきます」
失ったSTMの回復のためにもしっかりと飯を食い、ちゃっちゃと片づけを終えれば、日は沈み夜空には満点の星が輝いている。大気が汚染されていないせいだろう。ものすごく星が近くに見える。綺麗だな、と思わず言葉が漏れるほどだ。
夜空を堪能し、目が覚めた木を再び駆け上がる。そして眠れるように態勢を整え、最後のMP1を消費する。
「気絶は、なしと」
ありがたいことに、気絶することはなかった。