第25話 エルフ開放戦Ⅰ
「今回は実に楽な仕事だったな」
両手を縛りあげたエルフ族の女を馬車の荷台へと放り込み、鍵を掛ける。この村の人口はそこまで多くはないが、さすがはエルフ族だけあってどれも見目が良いものが揃っている。商売道具でなければ1人飼って好き放題したいぐらいだ。
「長命種はいいねぇ。長く使えるってだけで奴隷としての価値が上がる」
「ははは! しかも人族の欲望を一心に受けてくれるエルフとくれば猶更だよな! 生まれた時から俺達人間には持ちえない寿命と美貌をもってやがるんだからな」
エルフ族は人間に持ちえないものを生まれた時から持っている。平均寿命70年足らずの人間と違い、エルフは1000年の寿命を持っている。容姿だって人間とは比べ物にならない美貌を男女問わずもっているし、長寿故に老いの影響を受けることが少ない。生まれた時から勝ち組とも言える種族を劣等種である人間が欲望のまま虐げ、支配できる快感はそんじょそこらの麻薬なんかじゃ味わえない快楽を与えてくれる。だからエルフは売れるのだ。
「今回も良い商売になるだろうさ。本当、俺達荒くれものにも平等に接してくれるマイルラート神様々だよなぁ!」
「神殿に足向けて寝れやしねぇ!」
「よく言うぜ。唾を吐き捨てるほど信心深いのによぉ!」
ゲラゲラと笑う俺達。今この村にいる人間は俺達4人だけと言って良い。エルフは全て奴隷として馬車へと放り込んだ。今回の手引きをしたエルフの神官共はやることがあるとかで別嬪を連れてどこかに行っている。だから俺達の視界に映るのはこの村を攻めた時に利用した薄汚い『蛮族』共だけだ。
あいつらはただただ家畜を喰らい、家を壊し、自分たちの欲望が収まるまで略奪の限りを尽くしている。今はまだいいが、盛り切った“ゴブリン”や“オーク”がいつ俺達のエルフの女に矛先を向けるのか気が気ではない。
同じことを考えているのか、『蛮族』共から視線を外すと仲間と目が合い、お互いに肩を竦め合う。
「そういや、あの別嬪はどうなるんだろうな? あれだったら過去最高の値がついたかもしれねぇぜ?」
「さぁな。神官様の婚約者なんだろ? 俺達なんかに預けず、自分の手で良いところに売っぱらうんじゃねーの?」
「どうかな? あいつの目は俺達以上に腐った色をしてたからな。奴隷じゃなくてより高位の『魔族』と契約するための供物にでもするんじゃねぇか?」
「勿体ねぇなぁ。だったら俺達に輪姦させてからにしてほしいぜ」
「ちげぇねぇ!」
本当そうできたらどれ程いいことか。しかし商品に手を出せば俺達の命はない。以前我慢できずに手を出した馬鹿が見るも無残な肢体になったのは記憶にも新しい。
俺達木っ端は所詮使い捨てだ。これだけの商品を仕入れることができても、得られる利益は高が知れている。全く、世知辛いもんだ。ただまぁ今回に限って言えば高級娼館ぐらい行くことはできるだろう。
「さぁ、とっととずらかる準備をすっぞ! こんな肥溜めみてぇな所にいつまでもいられねぇからな!」
奴隷の積込は終わった。後は金目の物を適度に頂いて、マイルラート神官が戻り次第出発だ。そうしたらこんな『蛮族』共がうろつく地獄からおさらばだ。さっさと戻って、少しいい女を抱いて寝――
『ギャアアアアアアアアアアアアッ!!』
仕事終わりの後を考えていた時だった。響いたのは薄汚い悲鳴。『蛮族』同士で殺し合ったのかと一瞬思ったが、悲鳴の後に断続的に響く雄たけびと絶叫がそうではないと告げていた。
「なんだ!? 何が起きたっ!?」
その声に答えられるものは俺達4人の中に誰もいない。
俺達の視界に映るのは応戦するように雄たけびを上げ、群がっていく『蛮族』。しかし雄たけびは10秒もしないうちに絶叫へと変貌する。そしていつしか戦うのではなく逃げることを選択した『蛮族』共の背中を斬り裂き、それは姿を現した。
『蛮族』の返り血で赤黒く染めたワンピースの上から黒いアラミドコートを羽織る、漆黒の長髪に人形のように整った顔立ちの少女だった。少女はその手に持つ二本のナイフを器用に操り、逃げ出そうとするゴブリンを、オークを無機質な瞳で八つ裂きにしていく。
踊るように動き、一体、また一体と薄汚い肉塊へと変え、近くに生き物がいなくなって初めて無機質な瞳の少女は言葉を発した。
「ネェ、モット遊ビマショウ?」
人が浮かべるとは思えないほどの凄惨な笑みを俺達に向けて。
――化け物っ!
案山子のように魅入られている場合じゃない! 今すぐ逃げなければ間違いなく殺される!
全速力だ! 奴隷など持って帰る余裕はない! エルフを囮にしてでも逃げなければ俺達は――
「おやすみ~、なさい~」
急ぎ馬に乗って逃げるため振り返った瞬間、間延びした少女の声とともに頭部に痛みが奔り、身体の自由が利かなくなる。ギリギリ残った意識で視線を向ければ、美しい水色の髪をした少女が、天使のような笑顔を浮かべていて……
堅い地面に頬を叩きつけられ、倒れたと思ったと同時、意識は暗闇へ囚われた。
★ ★ ★
眼前に広がる光景を一言で言うなら「圧倒」と答えるべきだろうか。いやはや、いくらバトルドールが同レベル帯の他使役獣より劣っているとはいえ、ここまでレベル差がつけば圧倒的と言わざる得ないね。
うん、TRPG時代よりよっぽど有用だよ使役獣。何より俺が指示を常に出さなくても動いてくれるのが良いね。
村中を徘徊する『蛮族』や『魔族』を掃討する意味と張られているかもしれない罠を警戒して、俺達より先に入り口側から突撃させたバトルドール――“ジェーン・ザ・リッパー”Lv11は一騎当千の活躍でゴブリンやオーク、インプの群れを撃滅していた。
名:ジェーン・ザ・リッパー 種族:魔導人形 Lv11 使役者:カイル・ランツェーベル
HIT:14 ATK:13(+3) DEF:9(+2) AVD:14(+2) HP:42/42 MP:―
MOV:30 LRES:13 RES:13
行動:命令による 知覚:魔法 弱点:炎属性ダメージ+3
【特殊能力】
〈二刀流・双撃〉:両手それぞれで同一または別々の対象を攻撃できる。
〈状態異常無効化〉:病気・毒・精神属性の効果を受けない。
〈ソードマスタリーⅠ〉:ランクAまでの〈カテゴリー:ソード〉を扱え、ATKとHITに+1の修正を受ける。
〈クロースマスタリーⅠ〉:ランクAまでの〈カテゴリー:クロース〉を装備でき、DEFに+1の修正を受ける。
【特殊行動】
〈限界駆動〉:HPを5点減少させ、10秒間HIT・ATK・AVDに+2の修正を受ける。
〈全力攻撃Ⅰ〉:ATK+4にするかわりにADV-2の修正を受ける。
【装備】
武器1:ミスリルナイフ(ATK+2)
武器2:マンゴーシュ(AVD+1)
防具:アラミドコート(DEF+1 AVD+1)
Lv11とあるが、基礎戦闘能力的にはLv8相当でしかなく、与えた装備によって多少なりともステータスを底上げすることができる。まぁ相手は全部Lv4以下でしかないから、魔法を使うか“ジェーン”が致命的失敗でもしない限りダメージを受けることもないだろう。
しかし高位のバトルドールを作ってみた時には大層驚いた。“ジェーン”なんて名前がついているのだから姿は女性っぽくなるのかなとか思ったら見た目お人形みたいな美少女になってしまったのだ。しかも命令通り動くし片言ながら言葉も話せる。ドールオタクが理想の人形を作るのにもっとも適した魔法なんじゃなかろうか。個人的には見た目性能は下げて良いからもう少しステータスを上げてほしいと思うけど。所詮効果時間1日の魔法なんだし。
このまま高位の魔神が出てきても戦わせてみてもいいんじゃないだろうか。でも壊されると最低80,000G吹っ飛ぶんだよなぁ……
俺は“ジェーン”が蹴散らした後を歩きながら進んでいく。はじめはワラワラと“ジェーン”に群がってきた『蛮族』だったが、今では強さに慄いて逃げ出し、背中を斬られる始末。遠目ではエルフたちを積み込んだ馬車をミィエルとウルコットが制圧し終えたのが見える。本当にミィエルは優秀だ。
ウルコットと再会し、村を偵察した結果、俺達が建てた作戦はとても単純なものとなった。囮役が目を引き、別動隊が敵後方から強襲、エルフたちを開放すると言う至ってシンプルなもの。使役獣を扱える俺がいる時点で危険な囮役には困らない。後は敵主力部隊が出てきたら俺が即座に叩く。
敵戦力の殲滅よりも人質の救出を優先。最悪救出できず死んでしまったところで生き返る意思さえあれば俺が蘇生させられる。最も、蘇生にはリスクを伴うためできればやりたいくはない。
「その心配もなさそうではあるかな」
今は住人の点呼をとっているはずだ。しかしあの人数となるとミィエル1人で護衛するのはいささか厳しいだろうから、俺は荷物から先日造ったアイアンゴーレムの素材を取り出し、追加のアイテム――マナプリズムを用いて〈クリエイト・ゴーレム〉を行使する。
本来ならばゴーレムの完成まで30分かかってしまうが追加素材枠を一つ消費してマナプリズムを用いることで作成時間を30秒まで短縮することができる。ちなみに使い捨てでお値段は20,000Gである。お財布に厳しい……
「アイアンゴーレムよ、ミィエルと合流して彼女の指示に従ってくれ」
頷き、地面を揺らしながら駆けていくゴーレムから視線を外し、改めて“ジェーン”を見れば“ゴブリンメイジ”からの魔法をいくらか喰らっていたが、問題なく殲滅できていた。残りHP27か。やっぱり魔法は厄介だなぁ。耐久力が軒並み低いバトルドールには天敵だよな。仕方ない、戻ってくるように指示を――
『オオオオオオオオオオオッッ!!』
「よっと」
『オオオアアアアアアアアアアッ!』
頭上に影が落ちたと思った刹那。
危険感知を成功した俺は一足後方へ飛び退きながら前方へぬいぐるみ付きのナイフを投擲する。同時、4mほどの巨体が俺を押しつぶそうと黒く光る蹄を大地へと突き刺す。外したと悟るより早く右肩口に突き刺さったナイフに黒い山羊の頭――“バフォメット”は雄たけびを上げる。
ちらりと見ればミィエルの傍にも“バフォメット”が出現している。攻撃を受けた“アイアンゴーレム”が片膝をついている。ゴーレムよりも巨体な質量だ。勢いを殺し切れず膝をついてしまったのだろうが、ダメージ自体はそこまで受けていないようだ。俺は改めて目の前の悪魔に解析を施す。ミィエルから教えられているため補正値はかなり高い。当然白属性の一級魔石を砕き、〈エンサイクロペディア〉を自身へブーストも忘れない。
名:バフォメット 種族:悪魔族 Lv9
HIT:12 ATK:13 DEF:11 AVD:11 HP:91/104 MP:72/72
MOV:15/20(飛行) LRES:12 RES:11
行動:敵対的 知覚:五感(暗視) 弱点:聖属性ダメージ+2
【特殊能力】
〈神聖魔法〉Lv7:『外なる神・ラヴグリージェ』の特殊神聖魔法を含むLv7までを扱うことができる。
〈状態異常耐性〉:病気・毒属性の効果を受けない。
【特殊行動】
〈飛行Ⅰ〉:HIT・AVDに+1の修正を受ける。
〈噛み千切る〉:部位への攻撃が総HPの1/3以上になった場合、その部位を破壊する。
〈踏み潰し〉:参加する戦闘範囲1m以内すべてのキャラクターに命中判定を行える。
〈腐敗のブレス〉:「形状:射撃」「範囲:6m/10体」の病気属性の広範囲魔法ダメージ攻撃を行える。
威嚇するように歯をむき出しにするバフォメット。うーん、悪魔って基本的に知能高いはずなんだが、こいつはやけに動物的と言うか知能が低く感じるな。なんでだ? 少なくともLv9ともなれば上位悪魔で間違いないと思うんだが……
「まぁ先に片付けるか」
まだ黒い靄やヴァシトの姿を見ていない以上なるべく手の内を隠した方がいいんだろうか? いや――
バフォメットが胸部を膨らませ、口に緑色の靄を漏らす。
「ブレスか……」
勢いよく顔を突き出して吐き出された緑の霧が悪臭と共に放たれる。直撃――とバフォメットは思っただろう。事実、確かにブレスはぬいぐるみに直撃した。
「やっぱり便利だわ、これ」
ブレスが直撃する刹那、俺は瞬時に右肩に突き刺さったナイフの柄尻に紐で結わえられたぬいぐるみと自身の位置を入れ替え、4mの巨体の首へ流れるように剣を抜き放つ。
〈魔力攻撃Ⅰ〉により刃に魔力を纏わせた魔剣クレアと魔剣シオンは〈マナブレイド〉の効果によりその威力をより鋭利に研ぎ澄まされ、吸い込まれるようにバフォメットの首へと弧を描く。
魔剣は僅かな抵抗すらも許すことなく巨体の首を両断し――
「主サマ」
弾丸の様に舞い戻った“ジェーン”に胴と離れた頭をナイフで串刺しにされ――絶命した。
最適なタイミングからの〈キャスリング〉による転移回避からの攻撃。うん、いい感じだ。実践でも問題なく使える。
「ゴ無事デスカ?」
ダンクシュートを決めるかのように生首にナイフを突き立てた“ジェーン”が少し眉尻を下げて声を掛けてくる。心配してくれているようでありがたいが、何やら後ろめたい気持ちにさせられる。なんせ魔法の効果が切れたら記憶も愛着もバトルドールからはなくなるのだから。下手に知能を付けさせない方が扱いやすい気がするぞ。
「……問題ないよ、ジェーン。むしろジェーンの傷を癒さないとな。確か〈アースヒール〉なら効果があるだろう?」
「アリガトウゴザイマス、主サマ。大切ニシテ下サル主サマノ御心、嬉シク思イマス」
言葉は片言だが浮かべる表情はとても感情豊かに見える。ぬぅ、気を引き締めないといけないのに余計な情報でシリアスになりきれないぞ……
俺は予想外の情報に思わず苦笑いを浮かべ、ミィエルたちは無事だろうかと意識をそちらへ向けるのだった。
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”ジェーン・ザ・立派―”の特殊能力とステータスを一部修正しました。