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第23話 駆け抜けた先で

 ……股が痛ぇ……


 ザード・ロゥを出立してかれこれ1時間程。機械で出来た馬は疲れを知らず走り続けている。ミィエルの手綱捌きは素晴らしく、恐らく最短を最速で駆け抜けているだろうことはわかるが、その所為か跳ねたり木々の間をギリギリで抜けていくため、ただ後ろに乗っていればいいと言うわけにはいっていない。

 単純に身長差を考慮し忘れているだろうタイミングで俺は身体を倒したり仰け反ったりしながら回避し続けなければならないのだ。街道沿いは景色を楽しむ余裕はあったが、今は進路から予測しての回避ゲームを強いられている。まぁこの鍛え抜かれたLv13の身体のおかげか、苦も無く熟せているのだが。



「カイルくん~、大丈夫ですか~? 酔ってませんか~?」


「大丈夫だ。なかなかスリリングで楽しめてるよ」



 再び上へと跳ぶ鋼鉄の馬に合わせて脚に力を入れて身体を固定しつつ、明らかに俺の顔面に直撃しそうな木の枝を後ろへ仰け反って躱す。着地と同時に腹筋だけで状態を戻し、ミィエルの小さな両肩に手を置きなおす。



「もっと~、ちゃんと掴まってた方が良いですよ~」



 ミィエルは危ないからと、もっとしっかりしがみ付くように言うが身長差のせいで肩に掴まるくらいしかできないのである。丁度良い高さで腕を回そうものならミィエルの胸部に触れることになる。紳士としてそれだけはできない。かと言って風に靡く二つのおさげ(ツインテール)を手綱のごとく掴むわけにもいかないわけで。結果として両肩に手を乗せるぐらいで、ほとんど脚に力を入れて踏ん張るしかなかったりするのだ。せめて俺の方にもサドルがあれば……と思わずにはいられない。


 その状況で木々が生い茂るゾーンへ入ってからはマト〇ックスばりのスウェーをし続けることになっているので、もしかしなくとも自分で走るよりスタミナの消耗が激しかったりする。まぁ街道では楽をさせてもらったので、結果的にはまだプラス収支と言ったところだろうか。



「ミィエル、MPが必要になった言ってくれよ」


「まだ大丈夫~、ですよ~。それより~、カイルくんは~、目的地から街まで~、どれぐらいで来れたんですか~? 馬に乗れないから~、徒歩で来たんですよね~?」


「あぁ、徒歩っていうより走ってきたけどな」


「カイルくんなら~、3~4日ってところですか~?」


「……7時間ぐらいかな」


「……えぇ~っ!?」



 おさげで俺の胸板を叩きつつ振り返るミィエル。驚きのあまり振り返るのはいいけど、前見てちゃんと運転しようね。



「そんなに驚くことか?」


「ず~っと、走ってきたんですか~?」


「休憩は勿論挟んだよ。息も切れ切れ状態で山賊にでも襲われたら大変だからな」



 ちゃんと安全マージンはとって移動していたから心配は無用だ。むしろフルマラソンで2時間ぐらいで走っちゃえる人間が元の世界にもいたんだから、馬よりも早く走れる俺が大体マラソンの4倍ぐらいの距離を走破できても不思議じゃないと思うんだけどなぁ。



「……機械の駿馬(この子)じゃあ~、そんなに早く着けないですよ~?」


「連続稼働時間はどれぐらいなんだ? 時速15kmぐらいは出てそうだけど」


「この速度だと~、もう少ししたら休ませないと~、潰れちゃいます~」



 ふむ。思ったよりも脆いのか。思えば踏ん張ってる脚のあたりに熱が籠り始めてるから、放熱しないとまずいのかもしれないな。



「放熱が必要になる感じかな? 後はMP消費が速度と稼働時間に比例して大きくなってるのか」


「その通りです~」



 成程。この辺がTRPGと現実の差が大きいところだろうな。こうやって考えると元の世界の車とかやっぱりすごいよな。改めて痛感するよ。



「どちらにしろ一晩は最低野宿するつもりだったから潰さないように行こう。戦闘時に騎乗するならもっと慎重にいくべきだしな」


「い~え。移動用だけですから~、そこまでは考えなくても~いいです~」


「配分はミィエルに任せる。信用してるから自信をもってやってくれ」


「……っ! はい~♪」



 ぽんぽん、と頭を撫でてやればやる気を漲らせた笑顔で前を向くミィエル。反応が素直で可愛いものだ。

 その後はクロックワーク・スティードに魔力補給と放熱を小まめに取らせながら出せる最大のスピードで駆け抜けていく。体感として1時間あたり10~15kmは進んでいたが、1時間ごとに充てている休息時間が20分程から30分程と徐々に延びてきているのを考えると、半日で半分ほど進めるぐらいだろうか。

 勿論夜間も駆け抜ければ明日の午後ぐらいには到着できるだろうが、俺とミィエルが万全の状態でなければ意味はない。

 日も暮れてきたことだし、そろそろ野営の準備をした方がいいだろう。



「ミィエル、そろそろ野営の準備をしよう」


「わかりました~。では~、あの辺りで停めますね~」



 頷くミィエルは川沿いの開けたところでクロックワーク・スティードを停める。ミィエルには休憩の後に食事の準備をお願いし、俺はテントの準備をする。アーリアに頼んで割と大きめのテントを用意してもらったので2人寝たとしても十分な広さのあるものとなっている。おかげで準備に時間がかかってしまうが、快適な睡眠を得るためには仕方がないと言えよう。ミィエルに木の上で寝させるわけにもいかないし。

 俺が魔導機工学と呼ばれる技能職――〈マシナリー〉系統を極めておけば〈クリエイト・ハウジング〉で魔法の家が作れるんだけどなぁ。


 ないものねだりをしたところで意味はないけども、こう現実になってしまうと本当便利な魔法ってほしくなるよね。現在の残り経験値が足りてれば取っていたかもしれない。

 まぁでも、テントと言えど1人で準備はやっぱり時間かかるな。うし。俺は巾着(マジック)バッグから素体となる人間大の木製人形とMPが込められた魔晶石を取り出す。



「我が意思に従い生まれよ擬似なる魂。虚ろなる器にて生命の鼓動を刻め。我に従属せよ――〈クリエイト・バトルドール〉」



 木製人形の胸部に置かれた魔晶石が人形へと融けるように染み込み、人の顔を模した瞳の部分に赤い光を灯す。人形はゆっくりと立ち上がり、俺に傅くように膝をついた。


 〈クリエイト・バトルドール〉――戦闘技能職〈ドールマスター〉にて習得することができる使役獣(ユニット)作成魔法。素体となる人形と作成する使役獣レベルに応じたMPの込められた魔晶石と術者のMPを必要とする。

 たしか設定では人と同程度以上のことは行うことができ、上位のバトルドールであればあるほど人間に近い知能を得ることができるとあったはずだ。また、様々な素材を用いて作成すれば応じた戦闘技能職を得ることもできる使役獣となる。ただし純粋な能力(ステータス)はゴーレムなどの他使役獣より低く設定されているため、戦闘面で活躍させるには相応のレベルと素材を集める金が必要となる。正直同じだけの金を使ってゴーレムを作成した方が戦闘面では圧倒的に有利なためTRPG時代は俺ですらバトルドールよりゴーレムを優先して作っていた。


 しかし今回必要なのは戦闘能力ではなく人と同程度のことができる器用さだ。テントを張るのに戦闘能力なんて必要ない。だから俺は作成できるバトルドールの中でも最もレベルの低いもの――プロトドール・ウッドマンLv3を作成したのだ。



「よし、じゃあウッドマン。俺のテント張りを手伝ってくれ」



 指令を出せばバトルドール――ウッドマンは頷き、器用に準備を手伝ってくれる。〈キャスリング〉の時も思ったけど、ゲーム時代にはなかった便利さが魔法にはあるよね。


 俺は増えた人手でテントを張り終えウッドマンにテントの見張りを任せ、夕食の準備をするミィエルの元へと足を運ぶ。



「ミィエル、こっちは終わったぞ」


「あ、カイルく~ん。こっちは~、もう少し待ってください~」


「何か手伝うことはあるか?」


「だいじょ~ぶです~。カイルくんは~、座って待っていてください~」



 折り畳み式の簡易テーブルで調理をするミィエルの邪魔をしないよう離れて腰を掛け、待っている間に今夜の見張りとして使うゴーレムの作成を行うことにする。

 必要となる素材である鋼鉄の塊を取り出し、ただ創るのではなく特殊な技能を持たせるための追加素材(オプションパーツ)も取り出す。今回は俺が造れる中でも高いレベルのゴーレムを作成するために地面に魔法陣も描く。この魔法を行使し、完成するまでには凡そ10分の時間を要するが、食事の準備が終わるまでには丁度いいだろうと思う。



「万物より造られし擬似生命体たる鋼鉄の騎士よ。カイル・ランツェーベルの名においてその身を形成し、我らを守護する不屈の戦士となれ――〈クリエイト・ゴーレム〉」



 作成するのはLv10のゴーレム。〈ゴーレムマスター〉よりは劣るゴーレムしか作れないとしても、術者やその仲間を護るだけならば十分な性能を発揮する使役獣だ。さらに追加素材で指定した人物を攻撃から守るための〈カバーリング〉スキルや防御スキルを複数回使用可能とするアビリティ〈ガーディアンハート〉を追加で付属させる。

 10分間、魔法陣にMPを流し込む。MPも『20』点と多く持っていかれるが破壊されない限りは1日動き回ってくれるので必要な経費だ。


 出来上がったのは鈍い鉄の色を誇る3mの鋼鉄の巨神。高い耐久力で魔法にも強く、斬属性の武器から致命傷(クリティカル)を受けることもない守護者。俺が作成できる防御タイプ最強の使役獣――アイアンゴーレム。

 TRPG時代には随分と御世話になったものだ。基本的に囮となるべく強敵に向かってスキル〈挑発攻撃〉を使用する関係上、他の敵にパーティーメンバーが狙われた時の防御面をゴーレムが担っていた。特に回復役が不安な時には常時張り付いて守ってもらうことで安定度が物凄く増していたのだ。恐らく俺が最も信頼できる使役獣と言えよう。



「アイアンゴーレムよ、ミィエルとクロックワーク・スティード、ついでに俺の護りをよろしく頼むぞ」



 生み出された無骨なゴーレムは大きく頷き、「できましたよ~」とテーブルに料理を並べるミィエルの傍へと歩いていく。



「わわ~、アイアンゴーレムさんですね~」


「あぁ、就寝中に何かあっても困るからね。俺たちの守り役として今のうちに造っておいた」


「えへへ~。これなら安心ですね~。ささ、カイルくん~、ご飯にしましょ~!」



 テーブルの上に並べられたのは野外で作られたとは思えないほど豪華な食事だ。コーンスープにカットサラダ、溶かしたチーズが塗られたロールパンに、これはもしや……タコスか?



「一家に1人ミィエルだな」


「そんな~、お嫁にほしいなんて~♪」



 頬に手を当てて恥ずかしがるミィエル。微笑ましい限りだ。



 美味しい食事を終え、食器の片づけ終えた俺は見張りはアイアンゴーレムとウッドマンがやるからと告げて先にテントで休むように促す。勿論問題なく見張りを使役獣で熟せるのかを確かめる意味で俺も多少警戒するが、ほぼ問題なく行えるだろうとは思っている。


 最初は交代で見張るとミィエルも言っていたのだが、明日も騎獣の操縦はミィエル任せなのでしっかりと休んでもらうえるように、と頼んだ結果納得してくれたので先にテントに入って寝袋に身を包んでいる。

 俺はもう少しやることがあると言ってゴーレムたちの動きを確認しつつ、毎日の日課である〈スケープドール〉の魔法行使を行う。効果時間は1日持つため、寝る前に行使しておくのが最もMP効率がいいのだ。



 日課は考えなくてもできるため、今俺の頭を占めるのは先日見た商人の馬車のことだ。

 ミィエルのライディングテクニックによって今日一日で距離は大分稼げた。本来であれば先日見た商人の馬車に追いつけてもおかしくはないほどに。だが姿は見えない。俺が想像している以上にあの馬車が距離を走れたのか。または馬車ごと移動できる魔法を行使できる者がいたのか。

 前者ならまだいいが、後者だと厄介この上ない。馬車ごと移動できる魔法の代表例と言えば〈テレポート〉か〈ディメンジョン・ゲート〉だ。どちらも高レベルな魔法のため、扱える相手がいるとなれば俺よりもレベルが高い可能性は否定できない。


 十分な戦闘経験もない状態で高レベルの相手と命のやり取りなどしたくはないのだが……

 本当、俺の考えが思い過ごしであってほしい。リルたちも無事であってくれるといいんだけど。


 2時間ほどゴーレムたちの動きを確認し、問題ないと思った俺はミィエルが寝るテントに入り、同じように寝袋に包まって寝ることにした。ありがたいことに、俺の危機感知が警戒を鳴らすようなことはなかった。





★ ★ ★






 問題なく目覚め朝食を取り終えた俺たちはクロックワーク・スティードにMPを補充して出発の準備を整える。ウッドマン、ゴーレム共に移動時には邪魔なので解体。素材は取り回しがきくので、必要な時に再び作成することになるだろう。

 テントからなにから巾着バッグへと収納した俺は、ミィエルに頼みを口にする。



「ミィエル。少し頼みがあるんだけど」


「なんですか~?」


「これを髪留めと一緒にでもつけてほしいんだけど」



 俺が渡したのは直径10cm程の小さなウサギのぬいぐるみだ。装飾品の装備扱いにならず、身に着けても邪魔にならないだろう一番小さなものを選んでミィエルに渡す。ミィエルは髪をリボンで結っているので、リボン自体に結べるよう結び紐が付いたものだ。



「わ~、可愛いですね~。いいですよ~」



 二つ返事で頷くミィエルは「じゃあ~、カイルくんが~付けてください~」と目を瞑って頭を差し出してきたので、俺はリボンに隠れず、見えるようにぬいぐるみを結わえる。



「どうですか~?」


「あぁ、よく似合ってるぞ」



 手鏡を取り出して嬉しそうに確認するミィエル。あくまで戦闘時の保険として渡しただけなのだが、存外に喜ばれるとちゃんとしたものを渡したくなるもんだな。この件が片付いたら何かお礼にプレゼントを贈るとしよう。



「さ、行こうミィエル。今日も頼むぜ」


「はいですよ~!」



 昨日と同じように手綱を握るミィエルの後ろに乗り、クロックワーク・スティードは再びその足を躍動させる。早ければ今日の夕刻前ぐらいには辿り着けるはずだ。ただ無理はしないように。



 昨日と同じように休憩を挟みながら進む俺達。

 軽快に進む速度から俺は後4時間もせずに村に辿り着くだろうと流れる景色を見回し、



「ミィエル!」


「っ!? わかったですよ~!」



 たまたま視界の端に映った――いや、あれは俺に発見されるように敢えて置かれただろう目印へ向かうようミィエルに頼む。

 速度を落とさず、進路を変更した鋼鉄の馬は草木をかき分けて突き進み、目的の場所へその蹄を下ろす。


 緑生い茂る木々の中で唯一、その身を黒く焦がして命の灯を消した大樹の下で――



「ウルコット!」



 両腕を失った血まみれのエルフ――ウルコットが倒れていた。


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