第21話 前触れ
遅くなり申し訳ございません。
エルフ姉弟のウルコットの視点です。
――いつからだっただろうか。この違和感を感じるようになったのは。
「ウルコット。見回りの準備はできたかしら?」
「あぁ、今行くよ姉さん」
矢筒と短弓を背負い、玄関で待つ姉に置いて行かれぬよう俺は同じように短弓と矢筒、さらに今日は腰にブロードソードを佩いて玄関へ向かう。
本日も早朝から村の周りの哨戒だ。ここ最近、今までにないくらい危険な動物たちが近辺に顔を出すことが多いのだ。親父や御袋がいないときに限って、だ。
玄関で待つ姉さんと合流し、いつものメンバーと共に森へと入る。生まれてから67年、この村と、森と共に育ってきた俺にとって今の雰囲気には言いようもない違和感を感じる。
「今日は穏やかね」
ほっと胸をなでおろす姉さん。いつも気丈な姉さんだが、ここ最近の異常事態には気をもんで疲れを見せていた。親父と御袋がいない時に限って森は異常をきたしているし――しかも怪しい流浪人まで現れたのだ。
結果として流浪人は俺たちに害を為すことなく、むしろ脅威を排除してくれたのだが。
「本当、カイルが村に来てくれて助かったわ」
「……姉さん、あまり余所者を信用しすぎるなよ」
ただ1つ心配な点は、姉さんがカイルのことを信用しすぎているきらいがあることだ。
「余所者って言えばそうだけど、彼は信用に足ると思うわよ」
「森の異常に合わせるように現れた余所者だぞ! 警戒しすぎることはないだろ!」
しかも危険だからと村の皆が近づかない森の奥から現れたんだぞ! あいつが原因で猛獣たちがこっちに来てるとは考えられないのか!?
「まるでカイルがこの状況を生み出した、みたいな言い方ね」
「あれだけの強さだ。あいつを恐れた獣たちが逃げてきたって可能性もあるだろ」
「森に迷って5日とか言ってたものね。しかも猛獣には遭遇してないって言ってたし」
そう言いながらクスクス笑う姉さん。腹立たしいことだが、あいつが来てくれたおかげで姉さんはいつもの笑顔を浮かべるようになった。ジャイアントヴァイパーからアイン達を助けてくれたことにも感謝している。しかしだからと言って――
「感謝はしているさ。だが疑いは晴れたわけじゃない」
「でも彼に怯えて逃げ出してきたなら、グリズリーやジャイアントヴァイパーも彼を見たら逃げるはずじゃない? でも逃げるどころか立ち向かってきたわけだし。原因ではないと思うわよ」
「……でもここ最近の森はなんかおかしいだろ? 異常の中に異質があるんだからもっと警戒するべきだろ」
「そうね。ここ80年くらい見ても異常と言えば異常よね。早く父さん達が帰ってきてくれるといいのだけれど」
「やっぱり彼を引き留めたほうが良かったかしら」と呟く姉さん。俺としては元凶かもしれない奴が村に居座らなくてよかったと思う。ただでさえ異常が多いのだから心配事は少ない方が良い。何より――
「それより姉さん。冒険者になるってどういうつもりだよ?」
あの夜に口にした姉さんの言葉の真意を確かめなければならない。
「盗み聞き? いくら弟でもやっていいことと悪いことがあるわよ?」
「嫁入り前の姉が怪しい男と夜に出かけたら警戒ぐらいするだろ」
「あはは。まぁ心配してくれたってことだから許してあげる」
「で、どういうつもりなんだ?」
うちは親父も御袋も元冒険者だ。俺だって両親の冒険譚を聞いて心が躍ったことがある。定命種よりも長く生きられるのだから俺だって30年ぐらいは冒険者として過ごしてみたいとも思ったことはある。
だけど俺達はフレグト村でそこまで自由にできる立場じゃない。それに姉さんはヴァシト兄さんとの婚約もあるんだ。
「旅に出たいのは本当よ。でも盗み聞きしてたなら聞いてたでしょ。今じゃないのよ」
「今じゃなきゃ旅に出るってことかよ……ヴァシト兄さんはどうするんだよ?」
「ヴァシトなら許してくれると思うのよね」
たとえそうだとしても司祭の妻が、夫を支えずどうすると言うのか。何よりヴァシト兄さんは今後村の長を兼任することにもなるんだ。
「姉さんがヴァシト兄さんを支えなくてどうするんだよ!?」
「私が支えなくてもヴァシトなら大丈夫だと思うわよ」
一瞬頷きそうになるのを堪え、「そう言う問題じゃないだろ姉さん……」と呻く。
「俺たちの村は小さいんだ。フールー家が守りの要なんだぞ」
「確かにそうだけど、父さんと母さんならともかく、私とウルコットじゃ実力不足じゃない」
「ぐっ……だが戦いは数だろ」
「1人2人増えた減ったじゃ変わらないわよ。カイルみたいなのだったら話は違うけれど」
「俺達だっていずれは――」
「今のままじゃ無理よ。貴方が父さんに師事をして何年なの? わずか17年しか生きていない彼の方が圧倒的だったじゃない」
ぐぅの音もでない。確かに親父や御袋も実践こそがもっとも成長を促すと言っていたし、現役引退後の衰えはひどいとも言っていた。
「私だって村をずっと出たいとは思ってないわ。故郷だもの。でも今のままじゃ守れない。父さんと母さんが亡くなったらどうするのよ? なら、いるうちに自分を鍛えるための旅に出るのは良いと思うわ」
「あいつと一緒にか?」
「えぇ。旅での安全確保と言う意味では彼とのパーティーは理想的だと思うわ。私は剣士じゃないけど、彼の経験を教えてもらうのは絶対に役に立つもの。むしろ貴方こそ彼に師事したほうがいいんじゃないの?」
「俺が目指すのは戦士のスタイルだ。剣士じゃない」
「近接戦闘のプロと言う意味では変わらないと思うのだけれど」
確かにそうかもしれない。だけど俺は親父のようにハルバードを自在に操る戦士になりたいんだ。今は筋力が足りなくてブロードソードしか持てないが、いずれは〈ファイター〉としてハルバードを扱うようになるんだ。
思わず握り拳を作って視線を落とす俺に、姉さんから呆れたような声が響く。
「ならウルコットも一緒に来ればいいじゃない? 要するに貴方、羨ましいんでしょ」
……羨ましい? 俺が? 誰を……?
姉さんの言葉が理解できず思考が止まる。焦点が定まらず鼓動が早くなる。俺は――
「ふふ、相変わらず頭が固いわね」
「スキありね」と姉さんの言葉。次には頭を撫でられる感触に俺は反射的に顔を上げ姉さんの手を振り払ってしまう。
「姉さん!」
「昔はよくやってあげたんだから別にいいじゃない」
「よくねーよ! 俺も姉さんも成人なんだぞ!」
他の奴らが周りに居なくてよかった。こんなことであいつらからからかいとやっかみを受けたくはない。
「関係ないわよ。あんたは何歳になっても私の弟だもの」
「ちっ……見回りを再開するぞ」
さも当然と悪戯な笑みを浮かべる姉さんには何を言っても意味がない。昔から俺は姉さんに弁で勝てたことはないのだ。それに巡回を終えたわけじゃない。俺は姉とのやり取りを止め、森の巡回を再開。
それからさらに2時間ほど巡回し、他メンバーと集まって情報の共有をする。昨日のような異変はないことに皆、安堵の息を漏らす。
「このまま安全になってくれればいいんだけどな」
巡回に出てたアインがぽつりと漏らした言葉に皆が一様に頷く。昨日のようなことはうんざりだと。
同感ではあるが直感がこのまま終わらないと告げている。姉さんも同じ考えなのだろう。
原因があるとすれば間違いなく森の奥だと思われる。だけど親父達が居ない状態で俺や姉さんで奥へ行くわけにもいかない。何より危険度が高すぎる。
「このままここ数日は警戒を厳にしておくわよ。間違っても原因を探りに森の奥へは行かないように。いいわね? 後、午後は私のチームとウルコットのチームに分けて交代で行うわ。いいわねウルコット」
「了解だ姉さん」
釘を刺すように述べる姉さんに俺は頷く。当然他の面々も、だ。表情から見な歯痒く感じているのはわかる。俺だってそうだ。
今この場に親父達が居てくれれば――いや、俺自身がもっと強ければ。そう思わずにはいられなかった。
★ ★ ★
午後の巡回までは各々でやるべき仕事に従事し、交代時間とともに俺達は森へと入る。3時間程の巡回を終え、村の近くに脅威はないと戻れば、見知らぬ商人の馬車が村へ訪れていた。
村には見知った商人が確かに訪れるが、基本的には決まった日に訪れていたはずだ。今月はもう来ていたから、次回は来月になると言う話だったはずだが……
今、このタイミングに言いようのない不安が募る。
状況を把握しようと近づけば、やはり商人達も見知らぬものが多い。何人かは村の皆――主に女性に向けて下卑た視線を送っている。特に対応する姉さんへ向けられる視線は胸糞が悪くなる。
「姉さん」
「おかえりなさいウルコット」
「こいつらは誰だ?」
俺は鋭い視線を人間たちに向ける。軽く殺意も籠めている。何せ不快な視線を送る奴らだ。それに相応しい対応で問題ない。
「何でもいつもの商人が捕まらなかったらしくて。この方たちに送ってもらったそうよ。代わりに交易をするってことでね」
「送ってもらった? 誰が?」
一瞬両親の顔が浮かぶが、親父達なら誰かに送ってもらうなどはしないだろう。外の世界を知っているからこそ、親父達は交流にとても慎重だ。じゃあ誰が? と疑問が浮かぶと、果たして答えが現れた。
「私が送ってもらったんだよウルコット」
「ヴァシト兄さん」
父親である村長と同じ『秩序と平和と司る神・マイルラート』に仕える司祭位の神官。そして姉さんの婚約者であり、兄のように慕う男――ヴァシト兄さんが村に帰ってきていた。
「どうしてだ? まだ帰ってくる時期じゃないだろ?」
確かハーベスター王国で開かれる祭典だかの準備で忙しいとか言ってなかったか?
「実は準備に難航していてね。父に助言を求めに来たんだ。ただマクレガー商会の方々が手隙ではなくてね。この方々にお願いした次第なのさ」
なんでもマクレガー商会の方々から紹介された信用できる人間、なのだそうだ。
成程、ヴァシト兄さんが居たから商人達も村に入ることができたのか。
「なんならウルコットも手伝ってくれていいだよ?」
「悪いけど断るよ。今それどころじゃないんだ」
「あぁ、何やら森に異変が起きているんだって? ロダリーグ商会の皆さんを案内し終えたら私も詳しい話を聞こうと思っているよ」
「まさか泊めるつもりか!?」
「そうだよ。今から出発したらもう夜になるじゃないか。ただでさえ森に異変が起きているのに追い出すことなんてできないだろう?」
案内、と言う言葉に異様な引っ掛かりを覚えて訊けばヴァシト兄さんは当たり前のように「泊める」と言う。冗談だろう? 交流のあるマクレガー商会でさえ、村に泊めることを許したのは3年の交流を果たしてからだぞ!?
「姉さん!」
俺の言いたいことはわかっていると姉さんの目は告げているが、この決定は覆らないと首を振る。
「ヴァシトが連れてきた人たちなら……きっと大丈夫よ」
「心配しなくても〈ディティクト〉系は既にかけてある。彼らは大丈夫さ」
力強く頷くヴァシト兄さんに困ったように頷く姉さん。ヴァシト兄さんのことは信用している。お人よしすぎるのが玉に瑕だが、それがヴァシト兄さんの美点でもある。
恐らく姉さんもこの商人たちを泊めるのは内心反対のはずだ。あいつの時以上に瞳に警戒の色を灯している。
「ウルコット」
「……わかったよ、姉さん」
アイコンタクトで俺は姉さんに頷く。姉さんはヴァシト兄さんとともに彼らを近くから警戒する、と。ならば俺は少し離れたところから警戒しよう。警邏隊の面々にも協力させよう。
「じゃあ俺はまだ聞いてない奴もいるかもしれないから、皆に伝えてくるよ」
「えぇ、お願いね」
「すまないね、ウルコット」
「……ヴァシト兄さんのお客さんなら皆悪いようにはしないさ」
何より人数は4人。商人1人に護衛が3人程度。これならまだ何とかなるだろう。あいつ程の脅威でもない。
嫌な予感を振り払うように。俺は哨戒を村の内外で行う様にと伝えるため、警邏隊へと足を向けた。
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