第17話 情報共有Ⅰ
「あはっ! あはははは! あはっ! あはっ! あはははははは! あーおっかしい!」
店内を木霊する笑い声は3人しか居ない内の、たった1人から齎されている。抱腹絶倒とはまさにこの事じゃないだろうか。
「はーっはーっはーっ、あー苦しい。お腹痛い!」
「も~! マスタ~は笑いすぎです~!!」
「だってあんた、往来のど真ん中で何を言い出すかと思えば――俺は馬鹿だから! キリッ! ――よ? そんなの言わなくても解るわよって!」
目じりに涙を浮かべて再び大笑いのアーリアに、俺は自分がしでかした所業をさっさと記憶から削除を試みるも――失敗。まぁこんだけ目の前で大笑いされながら繰り返されたら消すに消せねーわ。
事実、なぜかあの時は冷静じゃなかった。なぜか一刻も早くミィエルの誤解を解かなければならないと言う強迫観念に突き動かされたに過ぎない。でもまぁ、馬鹿なのは事実なわけで。今更気にする必要は、正直ないっちゃないよね。
「まぁでもわかるわよカイル君。自分より優秀な娘に優秀だと思われるのもプレッシャーだものね」
「事実ミィエルは俺より優秀ですから。俺が馬鹿やってる間にきっちり探索終えてるんですから大したものです」
「当たり前じゃない。あたしが育てたのよ」
くつくつと笑いながらのこのドヤ顔である。実際問題師弟揃って優秀なのだから反論のしようもない。
俺達は往来での馬鹿発言の後、ぽかんとしてしまったミィエルの手を引いて“歌い踊る賑やかな妖精亭”へ戻ってきていた。その後俺は、改めてミィエルがマイルラート神殿で何をしていたのかを訊いたのだ。
ミィエル先生曰く、俺は神殿の内部にいる人の数から俺自身のスキルでは現状潜入は難しいため、ミィエルが使い魔を最初の神官君にくっつけたのを契機に、ミィエルと言う有名人と、彼女に付き添う田舎者で存在感をアピール。さらには「信仰している神はいない」宣言で注目させることで神殿奥へ行こうとする神官の足を止め、騒ぎを大きくすることで司祭や高司祭の地位にいる人物を奥から引っ張り出すことで使い魔の侵入をより容易にさせた。こうすることで部屋への侵入による情報収集と、現れた高司祭からの情報とのすり合わせができてしまう、と言う作戦を俺が建てて実行していたとミィエルは認識していたらしい。
当然そんなわけあるはずもなく。俺はミィエルが使い魔を最初の神官にくっつけたのも知らないし、おのぼりさんだったのは事実だし、信仰する神がいないのも真である。それを正直に答えただけでそれ以外の考えはなかったし、確かにジョンの情報からザプラ高司祭が居たのは知っていたが、狙って引っ張り出してくるなんて想像の埒外だ。
仮に俺がそんな考えで立ち回っていたとしても、こんな穴だらけなものを作戦とは到底呼べないだろう。
「でも、存外にうまく行ってしまったが故にミィエルも感心しちゃったのね」
「ただの運ですけどね」
「ミィエルは納得してなさそうよ?」
そう言われましても……ねぇ?
兎にも角にも、重要なのはミィエルのおかげでヴァシト司祭の部屋へ侵入することができたという点と、ザプラ高司祭は執務室への侵入をえらく気にしているという点だ。この2点をあの短時間でやってのけたのだから、本当この娘、俺なんかよりよっぽど探索系シナリオ向いてますよ。
「ちなみにあんたがやるならどうしたのよ?」
「寝静まったころに不法侵入」
「不可能な場合は?」
「〈クリエイト・アンデッド〉で火事場泥棒」
「……できるだけの技量があるのが問題よねぇ」
「言っとくけどやらないですよ?」
「え? やらないの?」と言う顔をするのはやめようなアーリア。え? やらないよ? なんでそんな目で俺を見るんだミィエルちゃん!
「やったら面白いと思うのだけれど。まぁそれは置いといて。カイル君が持ち込んだ情報、ジョンの情報と、ミィエルの情報をすり合わせをしましょうか。遅くても明日には出立することになるでしょ?」
「ついでに夕飯も済ませちゃうわよ」と言う案に賛成した俺は、カウンター席ではなく3人で食べられるテーブル席に着く。向かいにアーリアが座り、メイド服に着替えなおしたミィエルがせっせとテーブルに料理を並べていく。
「もう作ってあったのか」
「作り置きよ。保存箱に入れておけば作った時の状態で保存できるじゃない」
「セーブボックス?」
「あら? アルステイル大陸にはないのかしら? 〈プリザベーション〉を施した箱内の空間は時が止まったように物が保存できるのよ」
なにその便利装置。俺も欲しいんだけど。ぜひ売ってるところを教えてほしい。すぐに買いに行くわ。
「どこにも売ってませんよ~。マスタ~オリジナルのマジックアイテムですから~」
夕食を並べ終え、俺の隣に座ったミィエルからの補足。ビェーラリア大陸探せど此処にしかないらしい。アーリアのセリフ的にはさもどこにでもあるみたいな感じだったんですけどね。
しかし一点物かぁ。よし――
「言い値で買おう」
「300万G」
「……ならば作成依頼を――」
「面倒だから100万G」
「さてさっそく、いただきます!」
法外な値段過ぎたので聞かなかったことにして目の前の夕食に手を合わせる。
目の前に並べられたのは正式な名前はさっぱりだが、クロワッサンとコンソメスープ。ソースがかけられたハンバーグと川魚のカルパッチョ、プラス俺の前だけミートソーススパゲティが並べられた。男の俺では足りないだろうとミィエルが追加してくれたようだ。そしてどれも出来立てホカホカな湯気を立てている。ほしいなぁ、セーブボックス。
やっぱり食事前の行為が珍しかったのか、聞かれたため「いただきます」と「ご馳走様」について答え、まずは夕飯に集中する。正直言ってバファト邸で食った飯より美味かった。日本で食った飯よりも美味い。頬が落ちる、と言う表現を思わず口に出したぐらいだ。
俺の感想にぱぁっと華やいだように笑みを浮かべたところを見るに、作ったのはミィエルのようだ。
「お口に合って~、良かったです~♪」
「本当に美味いよ。人生一と言ってもいいかもしれない」
「えへ、えへへへへ~♪」
「ほんとロリコンはこの娘を煽てるのが巧いわねぇ」
何やら悪意を感じる発言があった気がするのだが、緩みまくったミィエルの笑顔と美味い食事に免じて許してやろう。いや本当美味いわこれ。
どれもこれも美味だったため自分でも驚くほどの勢いで夕食を食べ終えた俺は、バファトからハーブを買ったことを思い出してキッチンを借りる。
淹れ方も聞いていたので、お湯をササッと沸かし、女性陣が食べ終わるタイミングで給仕する。お嬢様方、フレグト産ハーブティーでございます。
食後のお茶で一息を吐け、「じゃあ情報の共有をするわよ」とアーリアの言葉を皮切りにミーティングを始める。
まずは俺がジョンから得た情報5つの件だ。
1.マイルラート神殿全体の動き。
2.ザード・ロゥ、マイルラート神殿に関する司祭・高司祭の人物像などの情報
3. 過去に南門を利用した業者の一覧(特にフレグト村との交易のある業者)
4. ザード・ロゥ、または近場の街で違法取引された非合法物品リスト
5. 奴隷売買業者の情報
俺がジョンに頼んだのはこの5つの情報だ。
1つ目はこの街――ザード・ロゥに限らずビェーラリア大陸に存在するマイルラート神殿全体の動きがどのようなものなのかを把握しておきたかった。カイルが居たアルステイル大陸では俺が1キャンペーン通してGMを行ったものと、このキャラが参加しているGMリレー形式のキャンペーンでは共通する設定を多く持ってきている。これは各プレイヤーもPCに愛着があったことと、拠点とする都市を俺が共通の交易都市ルプト・ハーツェンの“幸運の蒼き小鳥亭”と言う冒険者の宿を舞台にしてしまったからでもある。この方が何かと都合がよかったからだ。
おかげで前キャンペーンの影響をある程度受ける形となったため、本来ならば大陸一信仰されているマイルラート神殿よりも、エルグ神殿の方が今は勢力的に強くなってしまっており、おかげでマイルラート神殿側が権威を取り戻すべく様々な画策を用いるなんてことになっているのだ。
この影響がビェーラリア大陸にも及んでいたら厄介だなぁ、と思って仕入れたのだがその心配はなかった。ただここクォーラル地方を統べるハーベスター王国で4年に一度、国教を決めるための祭典が行われるらしく、近々この祭典が開催されるとかで各神殿が選ばれるべく準備に追われているらしい。4年に1度とかオリンピックを思い出すね。
ちなみに今の国教は『陽光と豊穣を司る神・ルイミゲディラ』だそうだ。
「国教を定期的に変えるってこと自体俺としては意外でしたけどね。指導者が代われば変わることはありましたけど」
「今回は『月光と安寧を司る神・ルイマクゲディア』に巫女が現れたそうだから、ほぼ決まりって言われてるわね」
「”聖痕“持ちですか。現国教の姉妹神な上に代行者がいるのは強いですね」
“聖痕”とは神に拝謁し、その身体に刻まれる栄誉の証であり、持つものは度々夢の中で直接託宣を受けることができるとされる。また“聖痕”を持つものは“巫女(男性なら巫覡)”と呼ばれ、最高司祭よりも強い権力を持つことが多いとされる。
LOF時代では神と直接面会することで、信仰する神から与えられるもので、効果は「神聖魔法の判定に+1の修正を受ける」と言うアビリティを取得できる。余談だが、“聖痕”を与えようとしたら「私の美しい肉体に傷をつけるなんて神でも許さない」と言って代わりと言わんばかりに神器をぶんどっていったプレイヤーがいた。本当あれはひどかった。GMが涙目だったからな。
「巫女はまだ成人もしてない女の子みたいだから、これから大変でしょうね」
「そう言えば~、“聖痕”を頂く方って~、幼い女子が多いですよね~。何ででしょうね~?」
「代行者として神の意思を捩じって伝えたりとかしないからじゃないか? 幼い子の方が素直だろうし、育った環境次第では欲に塗れてることもないだろうしな」
「さすがロリコンの言葉は説得力あるわね」
「言うと思いましたよ。まぁ俺は兎も角、神がロリコンだってのは否定できないでしょうね」
統計したらLOF公式設定含めて少女の割合は相当高いんじゃないかな。でも聖人より聖女の方が受けがいいわけだし仕方ないのかな?
「ルイマクゲディア神殿は巫女がいるからいいですけど、他の勢力も国教になるために手を尽くしてるんじゃないですか?」
この辺りの情報はジョンから買えていない。彼はザード・ロゥ内での情報なら精度の高いものを取り扱っているが、それ以外もとなると興味がわかない限り取り揃えないとのこと。しまいにはアーリアの方が詳しいんじゃないか、と言う始末だ。
「手を尽くしてないわけじゃないと思うわ。だからと言って同等の“聖痕”を簡単に用意できるわけじゃないし、神器が手に入るわけじゃないもの」
「……まぁ、そうですよね」
「カイル君、貴方ならどうする?」
頬杖しながら不敵な笑みで覗き込むアーリアは完全に悪戯を画策する小学生のそれに酷似している。しかし妙な色気がある。前も隣も美少女に美幼女だとその気が無くても目覚めそうになるな。恐ろしい。
俺はふと気になったミィエルの意見を聞くことにする。
「ミィエルならどうする?」
「ミィエルですか~? ミィエルなら~、段階的に手を加えていきます~。巫女さんを表に出せないように~、脅迫から誘拐へ~、最終的には殺害も考えます~。でも~、最終手段ですよ~」
「相変わらずミィエルは甘いわね。回りくどいことせず普通は殺すわよ」
「でもでも~! 国教にさえなればいいのなら~、別に命を奪わなくても~」
へぇ。アーリアは自分がミィエルを育てた、と言うからこの手の思考もアーリアに近くなってるかと思ったけど、そこまではしなかったんだな。
「馬鹿ね。それじゃミィエルじゃないじゃない」
「え~! ミィエルはミィエルですよ~!」
俺ってそんなに顔に考え出ちゃってるのか? 割と前世では思考が読めないって定評があったんだけどなぁ。
「で、カイル君。勿体ぶらずに答えなさいよ」
「そうですね。俺も最も簡単なのは手っ取り早く巫女を暗殺することだと思ってます。可能であれば次点の候補を犯人に仕立て上げること。ですがこれではルイマクゲディアを下ろせても自分たちが必ず選ばれるわけじゃない」
巫女の暗殺を成功させれば、まず巫女を守り切れなかったルイマクゲディア神殿は失墜する。またうまく罪を擦り付けられたなら第三者も巻き添えにできる。
「罪を擦り付けて落とせるなら現国教であるルイミゲディラに矛先を向けたいですね」
「でも~、神様同士が姉妹で~、神殿同士も同様に仲がいいから~、それは難しくないですか~?」
『陽光と豊穣を司る神・ルイミゲディラ』と『月光と安寧を司る神・ルイマクゲディア』は実の姉妹神であり、神話で語られる中でも仲が良く何があっても敵対しないことで有名だ。その影響か神殿側も同様に親交が厚く、どちらかが困ったことに陥ればいの一番で手助けを申し出ることでも有名だ。でも――
「確かに神同士の仲を別つのは難しいだろうけど、神殿側は欲望渦巻く人々だ。例えば巫女がいなくとも次の国教には現国教であるルイミゲディラから推薦しておくと言う密約を仄めかせておきながら一転して巫女を暗殺。暗殺された事実を他の誰でもないルイミゲディラから外部に漏らされ、国王に国教として相応しくないと第一に進言した、なんて話が流れたならどう思うかな? ついでに国王に一番に報告したのがルイミゲディラであれば、秘匿しようとしたルイマクゲディアよりも情報収集に優れ、かつ現国教として最もあなたに貢献してきたこと、そしてこれからも貢献できるとアピールになるかもしれないな」
骨組みとしてはこんなもんで、あとは〈プリースト〉技能を持ってない権力主義者どもを買収したりすれば、案外混乱させることぐらいはできると思うんだよね。理由付けなんて後からいくらでもできるんだから。
「でもこれじゃ結局、うまく姉妹神を蹴落とせても自分が選ばれるとは限らない。だから一番効果があるのは神器を確保するでもなく、巫女を擁立するでもなく。国王を手駒にしちゃうのが一番早いですよね」
自分たちを磨くことで国教を目指すのではなく、決定権を持つ国王から任命させてしまえばいいのだ。これがベストだ。これなら巫女が居ようが神器を持とうが関係ない。最終的に決定するのは国王なのだから。
「つまりカイル君の答えは、国王を傀儡にしてしまうってことね」
「そうなりますね。国教に選ばれればいいのであれば、それが最も被害が少なくて効率的かと思います」
「他神殿勢力を減らすのではなく、答えを自分たちの神殿にする。確かに効率いいわね。ただ巫女を殺すよりも難易度は高いわ」
「まぁそうなりますよね」
「カイル君ならやれちゃいそうな気もするけどね」
「冗談止してくださいよ」
普通に考えて無理だからな! ったく、半分目が本気っぽかったから質が悪ぃよ。
「話が逸れましたけど、今回俺が首を突っ込む案件は、少なくともこの国教選抜に関係してるとは思うんですよね。一種の実験なんじゃないかなーって思ってます」
「でも数ある神殿のうちマイルラートに絞ったのはなんでなのよ?」
「そうですよ~。村長さんが~、マイルラート信者ってだけじゃ~決めつけられなくないですか~?」
いやー、なぜって言われてもねぇ。俺から言わせると前科だらけだから、なんだけど。でもそれはあくまでTRPGのLOFであって、大陸すら違う現実の話でないのは確かなんだけど。
「あー、そこはまぁ、勘?」
不思議と確信しちゃってるんだよね。俺。なんでだろ?
ルビミスや誤字を修正しました。