第16話 絶対に解かなければいけない誤解
宗教の勧誘って何でいつもこうしつこいんだろうか。
そう言えば一時期、ほぼ毎週と言って良いほど聖書を配るオバさん二人組がうちに訪れてたなぁ、なんてどうでもいい記憶が思い起こされる程だ。あの時はあまりにしつこい上にイライラしてたこともあって、ちょっと宗教団体すべてを敵に回しそうなお断り文句を言ってめちゃくちゃ怒りを買ったことがあったことも思い出す。あれ以来余計なことを言わないよう「いらないです」「お断りします」だけ言う様にしたんだよねぇ。
あぁ、あの頃は新聞勧誘も盛んだったなぁ。30分ぐらい時間取られた挙句、契約してもらわないと生活できないだの、子供が養えないだの、1月だけ契約して貰えば後は解約してかまわないだの、ドアフォン切ってんのに大声で捲し立てられてたなぁ。しかも午後20時に。あん時はまじで警察呼ぼうか悩んだね。
さて……そんなどうでも良い記憶は置いといて。
怒りの感情を隠しもしない神官たちをどう追い払おうか、と悩んでいるとどうやら時間が来たようで。
神殿奥から司祭に確認を取りに行った神官と、目の前の侍祭よりも豪奢な神官服を纏った男がこちらへと向かってきている。
俺が視線を奥へと向けたことで神官たちも気づいたのか、位が高いだろう彼へと全員が向き直り一礼をする。見た目50代後半の人間ってところかな。
「少し騒々しいようですが、何事ですか?」
「ザプラ高司祭様。騒がしくして申し訳ありません。ただいま信仰心の薄い若者に我らが神の教えを説いているところでして」
教えを説いてもらった覚えはないんだが……。まぁいいや。この人がザード・ロゥのマイルラート神殿に勤める高司祭の一人、ザプラ・フォン・ヲーレンか。ジョンの情報では高司祭唯一の〈プリースト〉技能持ちだったか。
「ヴァシトさんはどうされたのですか?」
最初の神官に尋ねてみれば、「実は――」と口を開く彼をザプラ高司祭と呼ばれた男が手で制する。
「君がヴァシト司祭への面会を求めたお客人ですか?」
「えぇ。彼の父親にお世話になりまして。折角ですからご挨拶をと」
さて、冒険者相手なら取り敢えず初めましてからの解析判定&真偽判定で構わないんだが、ここだとそうもいかないからな。どれ、今の状況を利用するか。
「ですがお待ちしている間に彼らに勧誘をされまして。俺は兎も角、既に他の神を信仰している彼女まで強引に改宗するよう勧められて困っていたところです」
俺は睨むような目つきをしても不自然でない理由を述べつつ、高司祭へ解析&真偽判定――ダブル成功。
名:ザプラ・フォン・ヲーレン 53歳 種族:人間 性別:男 Lv9
DEX:11 AGI:9 STR:14 VIT:11 INT:24 MEN:36
LRES:10 RES:15 HP:38/38 MP:63/63 STM:71/100
〈技能〉
《メイン技能》
〈プリースト〉Lv5→〈ハイプリースト〉Lv4
信仰対象:マイルラート
《サブ技能》
〈セージ〉Lv4
《一般技能》
クレリックLv6
レベルは9の〈ハイプリースト〉か。態度から今のところ不自然にこちらに隠そうとする意志もない。
ついでに忌々し気な表情を浮かべる侍祭のレベルを図れば、彼は〈プリースト〉技能をしっかりと持ったLv4の侍祭だった。ちゃんと神の声が聴ける〈プリースト〉であったことに少し驚く。
「これはこれは、私の監督不行き届きで大変なご迷惑をおかけいたしました。君達、この方たちの対応は私がするので、職務に戻りなさい」
ザプラの言葉に侍祭含めた神官全員が一度頭を下げて散っていく。侍祭含めて何人かは高司祭の視界から外れた時点でまた睨んできたりしてたが。マイルラートよ、あんなので神の代わりに平和を説けるのか? 声を掛けたのは間違いじゃないのか?
「囲んでの強引な勧誘、不快に思われたことでしょう。申し訳ありません」
おっと、思わず神の心配をしてしまったが、今はそれよりも目の前の大物に集中せねば。
「いえ。次から気を付けていただければ構いません。それよりヴァシトさんは不在なのですか?」
「彼は今多忙でして。次の王都で開かれる祭儀のため手が離せないのです。確か私と入れ替わりで王都に発ったはずです」
「……そうでしたか。では彼に伝えてもらえますか? 早く村に神殿を建てて担当になるように、と」
「ふむ……それはバファト元司祭ではなく、リル君からの伝言ですね」
バファト元司祭にリル君とな? この人は彼らと関わりが強いようだ。バファトに関しては尊敬の念を抱いてそうな声音に感じる。
「高司祭様はフレグト村に足を運んだことが?」
「えぇ。私は元々バファト元司祭に神官として育てられたものでしてね。彼に相談に乗っていただくために何度か足を運んだことがあるのですよ。と言っても、ここ数年は足を運ぶ機会もなかなかありませんでしたが、近況は息子のヴァシト司祭から伺えますから」
にこやかにほほ笑むザプラにここまで嘘の色はない。うーん、これはどうするか。
今後のことを考えればザプラ・フォン・ヲーレンとある程度の知己を得ていた方がやりやすそうだけど、事が終わるまではある程度接触を控えたほうがいいか。現状マイルラート神殿の関係者にこちらの情報を流すべきではないだろうし。しっかし後ろにいるミィエルが随分と大人しいな。
俺はバファトたちの様子をザプラに伝えつつ、このまま接触を図り続けるかを考えていたがのだが――ザプラの眉が片方攣り上がる。
「どうかなさいましたか?」
「いえ。なんでもありません。ただ少し用ができてしまったようです」
一瞬視線が神殿奥へと向いているうえ、彼は嘘を言っている。奥で何かあったな。ただ俺は現状部外者でしかない。踏み込んで聞くべきではないだろう。
「貴重なお時間をとってしまってすみませんでした」
「とんでもございません。師の話を聴けて感謝しかございません」
「そう言っていただけると助かります。俺たちはこれで失礼します。またお時間ある時にでもフレグト村のハーブをお持ちしますね」
「あぁ、あれは良いものですからね。ではリル君の言伝はちゃんと伝えておきます」
「よろしくお願いします」
多めに譲ってもらったハーブを出汁に、次回訪れた際の話題を撒きつつ、リルの言伝をそのまま預かってもらう形で俺たちはマイルラート神殿を後にした。
★ ★ ★
マイルラート神殿から無言で隣を歩くミィエルだったが、神殿から十分な距離をとれたところでようやっと口を開いた。
「カイルくん~、本当、ごめんなさい~」
「ん? なんでミィエルが謝るんだよ?」
一言目が謝罪だったため俺は思わず首を捻る。もしかして彼らに俺を勧誘させる理由を与えちゃったから、か?
「ミィエルが謝ることなんて1つもないだろ」
「うぅ~。カイルくんは~、本当に優しいです~」
「んな大げさな」
「でも~、カイルくんが~、せ~っかくチャンスを作ってくれたのに~、気づかれてしまいました~」
肩を落とし、全身でしょんぼりを表現するミィエル。もしかしなくとも、ミィエルは何かをやっていたらしい。しかも彼女の中では俺はミィエルがやってることに気づき、サポートしてた雰囲気がある。言っておくが、俺は君がやっていたことに1つも気づいていないんだよミィエル。
「……まぁ失敗は誰にでもあるから、落ち込むことはないよ」
「うぅ~! まさか高司祭の執務室に~、二重に警報装置が設置されてるなんて~! 不覚ですぅ~!」
ほぅ。なんとミィエルさん、高司祭の執務室に潜入しようとしていたらしい。いつの間にそんなもん仕掛けたんだこの娘!?
「……随分と、警戒されてたんだな」
「はい~。警戒網を一つ抜けたところの隙をつくように~、張られてました~……あ! でもでも~、カイルくんの狙いである~、ヴァシト司祭の執務室は~、ちゃんと見てきましたよ~!」
「そこは安心してください~」と心配しないでいいですよアピールをしてくれるのだが、ミィエルよ。俺はいつそんなことを頼んだのだ?
「カイルくんは~凄いです~! ミィエルがちょ~っと皆の注意を逸らしてほしい~って話題を出したら~、わざと『信仰する神はいない』って~、嘘で一気に集めちゃうんだもん~」
「お、おう?」
「そっとミィエルを~背中に隠してくれたから~、使い魔の操作もと~っても捗りました~!」
いえ、初耳ですけど。と言うかどのタイミングでミィエルは使い魔を使用していたのでしょうか? 普段使い魔なんて連れてましたっけミィエル先生?
「しかも~、勧誘の騒ぎを利用して~、ザプラ高司祭をこちらに誘導して~、潜入のチャンスまで作っちゃうんですから~!」
ヤバいぞ。これはヤバいぞ。この娘は何を言っているんだ?
「ジョンさんの情報を元に~、ザプラ高司祭の人となりを計算して~、騒ぎに駆けつけるよ~にするなんて~。あ~いうやり方もあるんですね~!」
返事もせず俺はミィエルの瞳を覗く。嫌な予感が確信へと変わる。ミィエルはとんでもない誤解をしている。
「マスタ~とは違うタイプ」とか「事前準備と情報戦で~、相手をこちらの土俵に嵌める」とか「現状況を分析して、その場にあるものを使って誘導する」とか何やらあの場の騒ぎを砕いて話すミィエルはあの場で起こったことが全て俺の掌の上でのことだと勘違いしている。
あかん! 絶対にあかんやつや! なんでこうなった!?
いや、原因は恐らくアレだ。俺が今回の件をアーリアに持ち込んだからだ。
今回調べている一件では俺のGMとしての勘と妄想がたまたま的を掠めてしまい、さらにアーリアに話したことで彼女の考えが補填されたせいで起こってしまった事故みたいなものでしかない。でもあの場でアーリアと俺の会話を横で聞いていたミィエルはそう思わなかった。
だから彼女の目には恐らく、勘も鋭く察しも良い、頭のキレる御仁みたいに映っているのだと思う。
ヤバい。食料の危機を感じた時よりもヤバい! 何度も言うが今回はたまたまでしかない。しかしこのまま偶然の結果を放置すれば、大変なことになる。基本的に俺の思考は脳筋・パワープレイ指向なのだ。策は巡らせてみるけど知識が足りず、結局面倒になって正面からねじ伏せる行動をとるタイプなのだ俺は!
情報屋”ワンダーランド”の先回りと言い、何をやったかは詳細にはわからないが今回の手回しの良さと言い、少なくともミィエルは俺よりも断然頭が回る。そして彼女の俺に対する先入観が悪い方向に向かって暴走し始めている。
確信をもって言おう。これを放置してはいけない!
俺は膝をつきミィエルと視線を合わせ、彼女の両肩にがっしり手を置いて告げる。
「あのなミィエル」
「はい~!」
「それは誤解だ」
「はい~?」
可愛いおめめをぱちくりして俺を真っすぐに見るミィエルに、俺も正面から気合を込めて伝える。
「俺は馬鹿だから! ミィエルが考えているような男じゃないぞ!」
「ふぇ?」
それは心からの言葉――カイル・ランツェーベルになって最も気合のこもった情けない言葉だった。