第14話 謎多き乙女ミィエル
「それでミィエル。あたしの店はどうしたのよ?」
悪戯がバレてむくれるミィエルにアーリアの生暖かい視線が刺さる。怒ってはいないけど呆れていると言うか、子供がしたことを見守る母親のような表情とでも言うべきか。見た目が見た目なだけに違和感が物凄いが……
「ナップが居たのでだいじょ~ぶです~。店番は彼に任せてきました~」
「ならいいわ」
“妖精亭”に所属する残り4人の内の1人かな? まぁいずれ紹介されるだろう。それよりも、
「なんでミィエルがここにいるんだ?」
「ミィエルだって冒険者ですよ~。当然~、カイル君が調べようとしてることを~、前もってジョンさんに訊きにきたんです~」
視線をジョンへと向ければ、ジョンは頷いて俺が買いに来た情報と一致する商品を述べた。
「前もって言うけど、信用もない一見さんに売れる情報量じゃないよ。たとえアーリアの紹介だったとしてもね」
涼しい顔で膝に乗せた人形を撫でながらジョンはミィエルからの頼みだからこそ話を聞いてあげるのだ、と示す。
本人ではなく人形を操作して対応する程慎重な人物だ。リスクに対する対価に考えが帰結する。そして目の前の人物が金だけで動くような安い人物ではないことは既に実感している。だからアーリアは紹介だと言って俺に付き添ってくれたし、俺自身もジョンとアーリア二人に大きな借りを対価にするつもりでいた。
「そんな意地悪言っちゃだめですよ~! カイルくんは~、今後ミィエルとパ~ティ~を組むんですから~!」
「ははは! 冗談だよミィエル。僕がそんな酷いことをするはずないじゃないか!」
「ジョンはマスタ~と一緒で~、自分が楽しければ他人を困らせるですよ~」
それを察してかはわからないが、ミィエルは先に対応することで俺へのリスクを大きく軽減してくれたわけだ。ワイワイと騒ぐ姿は見た目通りの子供にしか見えないが、その実自分にできることと効率の良さを判断し実行する手腕は歴戦の冒険者だと納得させられる。参ったな、こりゃミィエルに足を向けて寝られないな。
「ミィエル、正直助かった」
「当たり前です~。だって~、ミィエルはカイルくんの先生ですから~!」
「もっと頼ってください~」と胸を張るアーリアより小柄な少女。微笑ましい光景ではある。と言うか、先生って立場が大層お気に召しているようだ。
俺は膝をついて視線をミィエルに合わせ、自然と頭を撫でながら感謝の気持ちを伝える。
「ありがとう。ミィエル先生」
「えへへ~。先生ですから~、当然ですよ~」
気持ちよさそうに笑顔を浮かべるミィエルをひとしきり撫でた後、改めてジョンへと向き直り情報を買う。
「ではせっかく先生から機会を頂きましたし、早速取引を行いたいのですが」
「いいだろう。では奥の部屋へ君を招待しよう、付いて来たまえ。アーリアとミィエルはここで少し待っててもらえるかな」
「わかったわ。あとミィエルの髪に懸けた魔法を解除しといて頂戴」
「そうだったね」
パチンと指を鳴らすとミィエルの髪が烏羽色から淡い水色へと戻っていく。
「〈イリュージョン〉でしたか」
「勿論さ」とジョンは頷き、先程までいた部屋のさらに奥へと案内される。
案内された個室は8畳ほどの広さで、中央に丸テーブルと椅子、壁には〈ドールドミネーター〉に相応しく美しいと言える少女人形が飾られていた。
さて、ここまでお膳立てしてもらった以上頑張るとしますか。適正価格での取引に俺の所持金が足りればいいんだが……
「しかし君は本当にミィエルに懐かれているのだね。どんな魔法を使ったんだい?」
俺も座るように促したジョンは向かいに俺が座ると同時に疑問を投げかけてきた。内心で意気込んでた俺の出鼻を挫かれた形だ。つーか、そんなものは答えようがない。俺自身知らないし。
「……知りませんよ。むしろ俺が訊きたいぐらいです」
「ふむ。話してくれるなら逆にその情報を買おうとも思っているのだがね」
だから知らんて。魅了関連は吟遊詩人の領域だろうに。それとも何か?
「まるで俺がミィエルを誑し込んで、今のこの状況に持ち込んだ……みたいな言い草ですね」
「違うのかい? ウェルビーを圧倒し、アーリアに見込まれ、さらには出し抜く手腕を持つ君ならばやりそうだと思ったのだが」
「冗談を。俺はしがない一介の冒険者ですよ」
「冒険者ギルドすら騙し切る君が一介の冒険者など嘘も甚だしいと思うがね」
「…………」
尤もギルドを騙せているかは正直わからないし、そこまでこじつけられたのはアーリアの手腕だ。俺じゃない。
かと言ってこのまま否定し続けても執拗に訊かれそうだから正直に答えておこう。
「必要なら経費として払いますが、なぜそこまでミィエルの態度を気にされるのですか? 実際ミィエルは最初から人懐っこい娘でしたし、容姿も相まってわりと誰からも愛される娘じゃないんですかね?」
「ふむ……」
ジョンの見定めるような視線に俺は正面から逃げることなく見据える。初見からずっとこの視線を向けてきていたジョンだが、ここにきてさらに視線が鋭利さを増す。最近こんな視線ばっか晒されてるなぁ、俺。
「確かに君の言う通り彼女は誰からも愛される娘だ。ここザード・ロゥの冒険者達の間では“水光の天使”なんて呼ばれているぐらいだよ」
なるほど。アイドル的立ち位置でしたか。それなら店に客が押しかけてもよさそうなものだが――あぁ、アーリアがそれを許さないのか。
「だけどね、誰からも愛されるからと言って彼女が誰をも愛すわけじゃない。少なくともあそこまで無防備に頭を撫でることを許される存在など、君を入れてもこの街には3人しかいないよ」
「もちろんその中に僕はいない」とジョンは肩を落としながら呟く。それはそれはご愁傷様。俺の知ったことではないが。
「出会って間もない君がそれほどの存在になれたという事実を触れ回れば、間違いなく街は殺気立つだろうね」
「さらっと嫉妬交じりに脅迫ですか」
「ははは! モテる男はやっかみを受けるものだろう?」
だからこれぐらいの文句は言わせろよ、と? なんつーかこの街の男共はミィエル好きすぎじゃねぇかなぁ。ウェルビー然り、ジョン然り。こじれて正直めんどくせぇ。
俺は一息吐くと「まぁその手の話は時間がある時にでも」と断ち切り、本題に入る。
「せっかくミィエルが時間を作ってくれたんですから、本題をいただけますかね? 情報料はいくらですか?」
これ以上くどいことを言うなよ、彼女の意思を無駄にするなよ、と言う意図を視線に込めて告げる。これ以上無駄な時間を過ごさせるようなら、2人に悪いがこの情報屋は使えないと判断する。
初めて俺が感情を視線に乗せたからか、ジョンは居住まいを正し「やっと君を見せてくれたね」と前置きをして話を続ける。
「すまないね、少々遊びすぎたようだ。情報屋をしているとどうしても取引相手を知りたくなってしまう、僕の悪い癖だ。謝罪と言ってはなんだが、今回の情報料はなしで構わないよ」
「……理由を聞かせてもらっても?」
「理由かい? そうだね……僕自身が君に興味を持った。だからこのぐらいの情報なら先行投資として渡しても良いと思ったのさ」
俺の情報を代わりに買うのではなく、この先を見越して提供したい、と? いやいや無料ほど怖いものはないだろ。
「申し訳ありませんがお断りします。形ないモノの売買は信用で成り立つモノでしょう? その根本が成立しないものに価値などありません。今後の付き合い方を踏まえたうえでも、最初の取引だからこそ適正価格でお支払いさせていただきますよ」
「……君、歳はいくつになるのかね?」
「17だったかと」
「その年で熟達した冒険者並みの感性だね。これは近衛騎士副団長っていう経歴も嘘なのかな?」
俺の経歴すげぇことになってました。いや、元々の経歴の方がすごいのかこの場合。
「答える義務はないので。それで、金額はいくらなんですか?」
「そうだったね。君の求める合計5点すべてで8万Gってところだね」
俺は頷いて雑囊からGが詰まった革袋を取り出してその場で渡す。足りてよかったよマジで。後恐らく払えなかった時のためにあの2人は予防線を張ってるはずだから――
「間違いなく足りているはずなので、2人があなたに伝えていた保証は取り下げてくださいね」
「さすがに知っていたかね……確かに頂戴した。君の言う通り、2人には請求しないでおこう」
「ありがとうございます」と謝意を述べれば「やれやれ」とジョンは肩を落とす。
「まさかしっかりと払えるとは。折角ミィエルやアーリアに貸しを作れるかと思ったのだがね」
「それは残念でしたね。またの機会を窺ってください」
そうしてようやっと話が進み、俺はジョンから仕入れた情報と自分が持っている情報を統合していく。アーリアの言う通り、ほぼ間違いなく心配事は起きそうだ。
溜息を吐く俺とは正反対にジョンは楽し気に笑みを深める。成程、ミィエルの言う通りこいつはアーリアと同類だ。
「Mr.カイル。折角面白いことに首を突っ込むのだよ? もっと楽しんだらどうだい?」
「楽しむ余裕があればそうします。この情報は俺から2人に流しても問題ないんですよね?」
「勿論。買った情報を君がどうしようと勝手さ。すでにそれは僕の与り知ることじゃない」
何にしろネタは揃ってきた。後は自分の目で改めて確認して、祭りの準備をするだけだ。俺は良い取引ができたと思い、ジョンに右手を差し出す。ジョンも笑顔を浮かべ右手を伸ばし、互いに固い握手を交わす。
「取引、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ、久しぶりに楽しませてもらったよ。結果が分かったら是非売りに来てほしいね」
あぁ、それはいいな。丁度散財しすぎていたし。俺は頷いて「後日また伺います」と約束を立てる。
「ワンダーランドは君の訪れを楽しみに待っているよ」
★ ★ ★
取引を終えて部屋を出ればアーリアはジョンにまだ用事があるとかで、ミィエルを連れ立って俺は“劇団アリス”を後にした。
俺の隣を歩くミィエルは何が楽しいのか、今にも鼻歌交じりにスキップしそうに笑顔を周辺に振り撒いている。
「改めてミィエル、ありがとな。おかげで助かったよ」
「これぐらい~♪ お安い御用ですよ~♪」
るんたったとステップを踏むミィエルは「それよりも~」と心配そうな表情をこちらへ向けてくる。
「意地悪されなかったですか~? ジョンさんは~、マスタ~と同じぐらい性格悪いですから~、少し心配だったんですよ~」
「そうだなぁ、利用拒否一歩手前ぐらいまではいったな」
「やっぱり~! 後でミィエルからもう一度きつ~く! 言っておきますね~!」
プンプンと表情を変えるミィエルは微笑ましく存外に頼りになるのだが……こじれた原因が君の所為だとは――言わないでおこう。
「この後はどこに向かうんですか~?」
「此処のマイルラート神殿に顔を出してみるつもりだよ。後は装備の確認とアーリアと打ち合わせするぐらいかな?」
「じゃあ~、ミィエルがカイルくんを案内しますね~」
「おう。頼りにしてる。正直神殿は兎も角、妖精亭に戻れるか怪しかったからな」
「任せてください~!」
「さ~さ~、こっちです~」と俺の手を引いて今にも走り出しそうなミィエルは見た目も行動も幼い子供にしか見えない。しかしこの娘に関わる人物達の態度を見るに、保護欲をそそられる美幼女ってだけでは説明がつかない何かがある気がする。と言うか間違いなくある。GMの経験上、彼女は重要な役割を持っていると思われる。
精霊族は確か妖精族が強い力を持って進化をした種族――あるいは世界樹のような魔力が濃い場所で生まれる種族って設定だったか。力を持つ精霊は世界の安定と運営を任されており、火・水・風・土・光・闇の6属性の頂点を6大精霊と呼ばれ、さらにそれらを管理・統括しているのが精霊王と呼ばれる存在だった覚えがある。
精霊王も6大精霊も数百年、数千年単位で代替わりをしており各地に候補生と呼ばれる精霊たちが日々力をつけているとかそんな設定もあった気がする。
もしかしてミィエルって候補生だったりするのか? だから大事にされている? アーリアはそうかもしれないが野郎共は……違う気がするな。
「カイルくん~? どうしたんですか~? 神殿に着きましたよ~」
つい思考の海へ揺蕩いそうになったところを、下から覗き込むミィエルが引き戻してくれる。と言うか神殿に着いたのか。
「考え事しながら~、歩くのは危ないですよ~?」
「ごめんごめん、ミィエルが居てくれるからつい、ね。次から気を付けるよ」
「えへへ~。ちゃんと気を付けてくださいね~」
可愛い笑顔を浮かべるミィエルに笑顔を返し、思考をサクっと切り替える。今日一日で何もかも知る必要はないのだ。今は当初の目的を果たすことだけを考えるとしよう。
「さて、マイルラート神殿がどんなもんか見てみるとしますか」