第13話 情報屋ワンダーランド
冒険者ランクの登録はあっさりと言えるほど簡単に終わった。
必要書類に必要事項を明記するだけ。後は目の前のギルドマスターが認定すれば終了。ギルドカード的な物でも発行されるのかと思ったら、エンブレムにデータが書き込まれることによって外でも証明できるようになったらしい。便利だね、エンブレム。
「さてアーリア。君が握っている情報を話してもらおうか」
テーブルを挟んで向かい合うロンネスとアーリア。ロンネスは甚く真剣に問い、アーリアは至極面倒そうに答えている。
「あたしの中では確定事項でもまだ裏付けは取ってないわよ」
「裏取りなど後でも良い。まず我々が認知しないことには調べようもないのだからな」
「……まぁそうね。どの道事後処理は押し付けるつもりだったから」
「なら話してもらおうか」
アーリア、事後処理を押し付ける気満々だったのね……
俺はアーリアの隣で二人の会話を耳にしつつ、先程の検証を振り返る。
剣を扱うことに長けた剣士系統の最上位の1つである剣聖である俺の拳でも問題なくダメージを与えることはできた。LOFがTRPGの頃のダメージ計算だと凡そ〈魔力攻撃Ⅰ〉を込みにしてもサイコロによる乱数を含めない基準ダメージで28程度だったはずだ。ツーファング・ジャガーBに中段突きを叩き込んで減少した数値は18。TRPG時代からモンスターへのダメージ計算はこちらが算出したダメージからDEFステータス数値を減算するだけで算出されるため、単純計算で打点は28点だった。
クリティカルの手応えは感じなかった所を見るとほぼほぼ計算値は間違ってない感じだ。
つまり〈ソードマスター〉のパンチで出せる打点は凡そ30前後が基本となるわけだから、DEF含めてHPが30以下なら剣を抜く必要すらないだろう。
ちなみに蹴りは装備しているソードスパイク+1のおかげで〈ソードマスター〉の修正値が入るため、平均40~50のダメージが出るはずである。
「……成程。それは確かに調べる必要があるな」
「”赤雷“じゃ身体が重すぎるし下手に悟られたくないでしょ?」
「道理だな。それで君のところからは誰を?」
算出ダメージにそこまで差異はなかったが、今回は急所を狙った攻撃が多かったため、それ以外に攻撃を当てた場合の算出ダメージとの差異を今度は確認しなくてはならないかな。後は戦闘中での魔法の発動も試さないと。あー、正直もっと戦闘を引き延ばしても良かったな。せめてダメージを受ける感覚も試しておくべきだったなぁ。まぁ長引かせすぎて墓穴掘るのもまずかったし、しゃあないか。
「現地にはこの情報を持ってきたこいつが行くわ」
「確かに君と同じ“谷越え”の精鋭であれば問題はないだろうな。なるほど、それで冒険者ランクが急ぎほしかったのだな」
「実績はあっても冒険者としての実績ではないもの。かと言ってこちらと向こうのルールは違うもの。考えた結果、あたしの所で冒険者をするのが一番手っ取り早かったのよ」
今度アーリアに頼んで無理のない討伐系の仕事を回してもらうとしようかな、と考えながら話を聞いてたら何やら俺の知らない所で俺の情報が飛び交っている。思えばステータス以外はどう言う扱いになるかアーリアに説明してもらってなかったわ。
谷越えってのは門番が言ってた蛮族領のことを指してるっぽいかな。ってことはアーリアもそちら側ってことにしてあるのか。その上俺は冒険者ではなく、別の職に就いてたってことになっているらしい。どうやら別大陸から来たことはアーリア的には伏せておきたいってことか。
んん? ってことは基本的にビェーラリア大陸とアルステイル大陸に交易はないってことか? もしくは、俺の知らない過去に何かあったのか。
「心配しなくても一応“蒼嵐”も同行させるわ」
「……わかった。ではこちらもそのように動くとしよう」
「えぇ、頼むわね。じゃああたしたちはこれで帰るわよ」
「行くわよカイル君」と席を立つアーリアに、俺もロンネスに頭を下げてから続いていく。
冒険者ギルドを出て、念のため周囲を警戒してからアーリアにいくつかの疑問をぶつけようと口を開くタイミングで「よくやったわ」とアーリアがにやりと笑みを浮かべた。
「カイル君が思ったよりも勘が良い子で教えた甲斐があったわ。ふふふ、気づいてちゃんと扱い熟してもらえると、案外嬉しいものね」
「あぁ、ステータスの事ですか? それに関してはアーリアさんの魔法が優れてただけですけど」
「あたしの魔法が優れてるのは当然としても、使い熟したのはあんたが初めてよ。誇りなさい」
花が咲いたような笑顔で上機嫌に褒めるアーリアは見た目相応に可愛いと思う。さて、先程からアーリアが褒めてくれているのは俺が遊び心で〈ディー・スタック〉を重ね掛けしたことを指している。
【特殊魔法】〈ディー・スタック〉 取得前提条件:魔法技能Lv1以上
コスト:魔法技術Lv+任意のMP 対象:術者 効果:1日
効果:習得した魔法技術レベル分のMP+αを消費することで、他者から受ける解析判定の目標達成地を消費MPの半分上昇させる。他者が元々の達成値を超えた場合は術者が設定した任意のステータスを開示させることができる。
『重ねる』と名前が付いている通り、この魔法は自分のステータスに偽のステータスを上書きすることで情報を偽装する魔法だ。1度行使すれば効果時間中は任意のMPを消費しただけの情報強度を以て秘匿することができる。言うなれば弱点を隠蔽するための目標値を底上げできる魔法だ。
そして魔法を行使する前の元々の達成値を超えた場合、予め設定しておいた任意の情報を開示することができる魔法でもある。俺はこの魔法に解説文を読んだ時にこの『任意のステータス』と言う文言が引っかかってたまたま遊んでみたのだ。
LOFでは同一・同種の魔法を重ねて効果を表すことはない。例えば攻撃力増加と炎属性付与の〈ファイア・エンチャント〉の魔法を付与した状態で、もう一度〈ファイア・エンチャント〉を行使しても効果が累積して付与されることはない。同様に〈ファイア・エンチャント〉を付与した状態で〈アイス・エンチャント〉を付与して炎と氷の2属性を重ねて付与することもできない。どちらか1つを選んで効果を発揮することになる。
しかしアーリアが開発した〈ディー・スタック〉は重ねて掛けておくことできる魔法で、且つ受動側が重ねてかけた魔法のうちどれか任意のものを選んで開示することができる魔法でもあったのだ。
だから俺はアーリアが最初に提示したLv9と言うステータスにさらにLv6のステータスを重ねておくことによって、ウェルビーの目を騙すと同時にアーリアと関りがある故に彼女の魔法を知っている相手をも、Lv6のステータスを破棄することで、同じ魔法は重ねられないという常識で騙して見せたのだ。
「おかげであんたがより高レベルであることは隠し通せたわ。おかげでもうあんたのステータスを余計に疑う奴は減るはずよ」
「ぶっちゃけ気づけたのはたまたまなんですけどね。前もって教えておいてほしかったですよ」
「それじゃ面白くないじゃない?」
厄介ごとと面倒ごとが大好きって言ってましたもんね。まぁどちらに転んでもアーリア的には面白かったと。本当良い性格してるわ。
「褒めていただいたついでに質問を。『谷越え』って『蛮族領の反対側から来た』ってことでいいんですかね?」
「あら、よく勉強してるじゃない。それもエルフの村で?」
「いえ。ここの門番に出身地を言ってみたらそう言われたので」
「あたりを付けたのね」
「はい。後は冒険者ではなかったことにしたのは、アルステイル大陸のことをも隠すためってことでいいんですよね?」
「えぇ、そういう風にしておいたわ」
「まぁその辺の事情は追々教えてください。それで、次は何処に向かうんですか?」
「わからないかしら?」
大通りから徐々に裏路地に入っていくアーリア。質問にダイレクトで答えない所を見ると、俺に謎かけするのが楽しくなってきてないかこの幼女。自慢じゃないけど頭はよくないぞ俺。
ただ雰囲気からして今から向かうところの想像は付く。恐らく――
「盗賊ギルド――情報屋ですかね?」
「えぇ、あたしの贔屓店よ」
★ ★ ★
店の名は“劇団アリス”。路地裏にひっそりと佇むこじんまりとした店で、店内を一言で言い表すと、
「すげぇ……人形の館じゃん」
所狭しと並べられた人形の数々がお客様を出迎えてくれた。
店の規模からは考えられないほど豊富な品揃えで、布でできたぬいぐるみから材質不明な等身大人形まで取り揃えており、女性を模った人形はどれも精巧すぎて一瞬本物かと見紛うほどだったりする。興味本位で頬を触ってみれば熱はないが柔らかい。ここまでの出来だと逆に恐ろしさの方が勝るね。
「実は素材は人間です、とかないですよね?」
「死霊術師が何を言ってんのよ?」
ははは、違ねぇ……。と言うか俺も人形使いを取得してるわけで。いくつか調べると魔法でできた人形もあるし、もしかして本気で購入を考えてもいいかもしれない。どれどれ値段は……高っ!? 50万G!?
俺が物珍しさから自己強化へと思考を巡らせている間にアーリアは奥のカウンターまで向かい、「ちょっとデイジー! ちゃんと店番しなさいよ!」と声をかける。
「その声はアーリア様だすか!? い、いらっしゃいませーだす!」
慌てた声で顔を出した店員さんは、ビン底眼鏡と言われる丸眼鏡をかけた茶髪を三つ編みにした女性だった。デイジーっていうのは彼女のことだろうか。口調と言い姿と言い、なんと言うかザ・田舎者的な雰囲気が強い。
「本日は何をお求めだすか?」
「そうねぇ……艶のある亜麻色の髪で、ツーサイドアップがいいわ」
「お顔はどのように?」
「涙目の瞳で薄い唇、頬は紅潮させて頂戴」
「もちろん身体は?」
「つるっとぷにっとお願い」
「……かしこまりました、どうぞ奥へ」
「この子は私の連れよ」
「承知しております。カイル様もこちらへ」
「あ、はい」
応答を終えたデイジーからは鋭くキリっとした雰囲気に変わり、カウンターの奥へと俺達を招き入れる。
うん、なんかね。あれだよね? 合言葉的なやつだよね間違いなく。いや、まぁ人形屋だし? わからなくもないんだけどさ。完全にただの性癖披露にしか思えんかったよ。つか俺の名前なんで知ってんの?
疑問は尽きなかったが取り敢えず思考はねじ伏せ、奥へ通されれば地下への階段が続き、下った先には目的の人物であろう男が待っていた。
革のソファに腰を掛けるは美男子と言えるほど整いすぎた顔立ちの青年。薄い金色の髪、青く澄んだ瞳、黄金比をそのまま表したような顔立ち、細身の体に長い足を上等な刺繍が入ったジャケットとパンツ――なんていえばいいのかわからないけどルネサンス時代の貴族の服を完全に着こなし、膝の上には赤いドレスを纏った亜麻色の髪をツーサイドアップにした少女の人形を座らせていた。
「久しぶりだねアーリア。こっちに来たってことはまた面白いことが始まるのかい? 持ち込んだのは彼かな?」
「いい加減あの合言葉はやめないかしら? あたしは兎も角、大の男が言ったらただのロリコンよ?」
「ははははは! だからいいんじゃないか! それぐらいの胆力がなければ僕のところに来る資格はないよ!」
アーリアは呆れたように注意を促すも青年はまるで作られたような笑顔で声を大にして笑う。うーん、なんだろうこの違和感。もし目の前の青年が人形であるのなら〈ドールマスター〉の技能を持つ俺には判定もいらずに看破できるはずだ。だが経験上目の前の青年は人形だと思っているが、直感的に判断できないでいる。
まぁどちらでもいいか。俺は一歩前に出て右手を胸に当て、「初めまして」と言葉を続ける。
「カイル・ランツェーベルです。以後お見知りおきを」
「あぁ、知っているよ。知っているともカイルくん。私は“劇団アリス”の店主にして情報屋“ワンダーランド”の長でもある〈人形の支配者〉のジョン・アーサーだよ。そして君の違和感は正しい。この身体は人形だよ」
いやいやちょっと待ってくれ。ただの挨拶で情報が多すぎる。つか不思議の国のアリスの流れで名前はキャラクターからとってねぇのかよ!? いやまぁそれはどうでもいいか? つか〈ドールドミネーター〉ってなんだ? そんな上位技能職はなかったはず。と言うことは称号か? しかしなぜ〈ドールマスター〉の俺が人形を看破できない? 〈ドールドミネーター〉のスキルなのか?
なるべく表情には出さないように、しかし頭の中は混乱の極みだ。落ち着け、落ち着け俺。
一息をついて視線を横に向ければ、にやにやしながら俺の表情を窺うアーリアが入る。まるで悪戯を成功させた小学生だな。
「さすがアーリアさんお墨付きですね。彼女から情報をリークされたわけじゃないでしょうに」
「余所者はすぐにチェックしているからね。あぁそれと、冒険者ランクBへの昇格、おめでとう」
「ありがとうございます」
表層部分の会話をしながら頭を落ち着かせる。オーケー落ち着いた。なんてことはない。知らない魔法があったのだから、知識外の技能職があってもおかしくはないのだ。これに関しては今すぐに対策を立てようがない。だから本来の目的をまず果たすとしよう。折角腕利きの情報屋を紹介してもらったのだ。しっかりと利用しなければ。
「では早速買いたい情報があるんですが――」
「うん。それはわかってるんだけどね。まずは君の合言葉を決めようか」
…………ん?
「そうだなぁ。『烏羽色の様な美しいツインテール』で『幼くも蕩ける天使の笑顔』の『育てたくなる未熟な身体』でどうだろう?」
人形のくせに瞳に愉悦の色を浮かべるジョン。あー、この目は何かを狙ってやがる。
「合言葉って個別なんですか?」
「だってその方が面白いじゃないか。第一、こう言う娘が好みなんだろ?」
ジョンは左掌を俺へと翳すと、瞬き1つしている間に俺にカーテシーのポーズをとる少女が現れた。
艶のある黒――濡烏と表現される髪を左右に結わえた童顔の少女が俺に笑顔を向けている。あぁ、確かに可愛いと思うよ。俺の好みが黒髪だというのをどこから仕入れたのかは知らねぇが、間違っちゃいない。だからってなぁ……
「無理して染めたりすると、折角綺麗な髪が傷んじまうぞミィエル」
「き、綺麗っ……って、あれ~? な、なんでわかったんですか~!?」
目を丸くして悪戯がバレて慌てるミィエル。ミィエルよ、そこはもうちょっと我慢して人形のフリをしておくところだぞ。