第134話 波のはざまに思う冒険者
カイル→ニルト→アンジーの順です。
「迷宮産の魔物だからだろうけど、死体が魔石を残して消滅していくのが本当、不思議だよなぁ」
目の前で放置された死骸が蒸発するように消え、魔物の体内に宿されていた魔石が地面に落ちる様を見ながら場違いな感想を抱く。おかげで落とし穴が死骸で埋まることなく何度も利用できているわけなんだけども。
「逆を言えば死骸を利用した戦術も組み込めないんだよなぁ」
魔物同士で共食いがない時点で餌としての機能はないだろうし、死骸が消えてしまう以上倫理的に嫌悪されるうえに、アライメントがどんどん『混沌』&『悪』寄りになる方法も取れない。まぁやれたとしても、カイル・ランツェーベルとしてやるわけにはいかないんだけども。別PCならそう言う演出もやぶさかでは――いや、ノリノリでやっただろうけどさ。
こんな風に別の事に思考ができるのも、Wave3として現れたオークの群れも危なげなく処理を終え、続くWeve4、5と安定して魔物を狩ることが出来ているからだ。凡そ100体程の魔物を相手取ったが、こちらの損害はないに等しい。
現在前線を支える冒険者達も余計な緊張は取れ、傍から見ても各々が持っているいつも通りのポテンシャルを十全に発揮できていると思われる。その上補助魔法で各スペックを固定値にて上昇されているのだ。これなら自分達と同等レベルの魔物だろうと油断さえしなければ対応しきるだろうし、格上だったとしてもそうそう崩れはしないだろう。やはり固定値は偉大だね! 信者が生まれるだけのことはあるよ本当。
そしてそれらを冷静に見て判断できるカイルのスペックが素晴らしい。何より〈コマンダー〉系技能に付随すると思われる鳥瞰的視点が素晴らしいのだ。視界から得られる情報を即座に脳内で立体的に認識でき、さらにそれぞれの動きまで予測できる。シミュレーションゲームしかやったことないような中身素人の俺が指揮を行えているだけでどれほど有用かお分かりいただけることだろう。
正直TRPG時代ならコストのかからない技能職程度の認識だったが、現実となるとこの高い空間認識能力は必須とも言えるんじゃないか?
振り下ろされたオークソルジャー(Lv5)の片手剣を戦旗槍で往なしながら、膝裏を蹴って態勢を崩し、攻撃役に止めを任せる。ウルコットも現状ついていけているようだし、このまま経験を積んでもらうとしよう。さて、状況から判断して俺は盾よりか穴を埋める形のサポートアタッカーとして集中した方が良いかな、と考えていると、
「?」
前線に出ていない冒険者達に新たな動きがみられる。これは事前の打ち合わせとは異なる事態になったな? 実際、まだ動くはずのない副指揮官であるニルトがこちらに駆け寄る姿が映る。俺が少し引く間の指示を飛ばして穴埋めをして彼を迎え入れる。恐らく――
「カイル、伝令だ。『想定以上の成果だ。故に予定を繰り上げる』だそうだ」
「やはり――この程度の魔物であるうちに、と言う事か」
ナップが総指揮官として取り仕切る軍議の場で語られた作戦は実にシンプルなものだった。
“大氾濫”が起こった迷宮から街への道のりに、現在進行形で活躍中の『落とし穴』を始めとした罠を設置。障害として替えの利く“ゴーレム”で進行を遅延させつつ、街の防衛用兵器にて迎撃。防衛線では近接職の冒険者を三人一組、12組を1部隊として3個用意し、それらを交代させながら防衛すると言うもの。
そして魔法職系の冒険者は補助へと回り、攻撃魔法は極力控えるよう指示されていた。これは基本パーティー単位でしか行動しない冒険者達の連携を考えての事。余程の危険がない限り、前衛部隊が一通り連携を確認し終えるまで、攻撃魔法を投入する予定はなかった。
「言うねぇ。まぁ実際、余裕のあるうちに全体の緊張は解しておきてぇ。頼りにしていたのにいざ出番が来た、となった時に詠唱不全起こされちゃたまらんだろうからな」
「っ……道理だね。この戦いが耐久戦である以上、消耗品も抑えたい。早期に全体の練度を上げられるならマストだよな」
この防衛戦の勝利条件は本命である“黒の一閃”が“迷宮主”を討伐するまで耐えきること――継続戦闘こそが必要となる。
何度か拠点防衛任務をこなしたことがあるメンバーであればまだしも、こちとら寄せ集めと言えるレイドチームでは、個々のレベルやスキルをいくら把握したとしても、実際のパフォーマンスを把握しきるのは難しい。魔物の数も不明でレベルがどこまで上がるかもわからない以上、試せるうちに試すのは合理的と言えるだろう。
「そういうこった。何より、第二部隊も早く身体を動かしてぇのさ。あんたの指揮の下で、な」
「早く暴れさせろってことか? それで伝令を買って出たのか」
口角を上げて笑みを刻むニルトを見て、副指揮官としていかがなものかとも思うが、ビビッて後方待機するような奴よりよっぽどいいかと思いなおす。
「次のタイミングで半分は替えるぞ。準備しろ」
「了解だぜ指揮官!」
前線から下がり第二部隊へと声を飛ばすニルトを尻目に、さてSTMに不安が残ったり飛ばしすぎの冒険者は誰か、と視線を巡らせる。
……詠唱不全、ねぇ。そりゃあるよなぁ。TRPGなら致命的失敗の事、って考えちゃうの。本当、このあたりマジで気を付けないとな。
現実だからこそ極度の緊張やストレスから、普段の力が出せずに失敗することもある。焦って詠唱をトチることもあるだろう。賽の目を振って確率で決まるのとは違うのだから。そう考えれば、現状から見える思惑も変わってくると言うものだ。
「さて、総指揮官の期待に応えられるように頑張るとしようかね!」
★ ★ ★
「はは、こいつはすげぇな」
愛剣である【バスターソード】を横薙ぎに振るい”ゴブリンソルジャー(Lv5)”の両腕を斬り飛ばし、怯ませたところをチームのアタッカーが止めを刺す。
『6班はそのまま“ナイト”を抑えろ! 1,2,5班は盾が引き付けている間に囲んで叩け!』
戦場に響き渡る指揮官――カイル・ランツェーベルの声と共に俺の身体から力が沸き上がるのを感じる。さらに、
「重ね掛けます! 〈アタックオブヒューリー〉」
「母なる大地より芽吹く樹の精霊よ。悪しき敵対者に破滅の浸食を――〈トキシン・エンチャント〉」
〈アルケミスト〉や〈ドルイド〉から襲い来る魔物への有効な属性が次々に付与される。そしてカイルの指揮を受けた冒険者達は迅速に連携し、効率的に魔物を排除していく。まるで長年連れ添ったパーティーメンバーの様に。その感覚が多くの冒険者達に少なくない困惑と、多くの喜びを与えて口角を吊り上げさせる。
「はは! なぁアンジー! お前の所はいつもこんな良い支援を貰って任務こなしてんのか!?」
持ち前の肉体で“オークナイト(Lv5)”を抑えるどころか退かせて【バトルアックス】で斬り捨てた“妖精の護り手”メンバーであるアンジー・バロイドに投げかける。
「あん? 何だいニルト? 随分ご機嫌に絡んでくるじゃないかぃ?」
「そりゃあこんな成果を体験させられりゃ思わず笑っちまうってもんだろ? “一撃の美学”も考えなきゃなんねぇなってな!」
俺がリーダーを務める”一撃の美学”には勿論、何度か組むこともあるパーティーにも存在しない〈コマンダー〉持ち。だからこそ、その希少種を所持している数少ないパーティーメンバーである彼女に問うたのだ。
――この戦いやすさは果たして誰もが得られるものなのか、と。
「そうさね……アタイんとこでもリーダーがいるといないとでは、動きやすさと幅は全くと言って良いほどに違うねぇ」
「はは! こりゃ終わった後に〈コマンダー〉の争奪戦が始まるな。いや、育成から考えた方がいいかもしれねぇなぁ」
「そうかい。なら先達からの助言だよ。もし適性を見るなら、右手と左手で別々のことができるぐらい器用なのを探しな。少なくともそれぐらいできなきゃ使いもんにならないからねぇ」
「成程ねぇ。助言、ありがたく頂いておくよ」
“ゴブリン”の首を斬り飛ばしながら、メンバーにも小器用な人員がいないかを探させようと心に留める。だがそれもこれも現状を切り抜けてから、だ。
高揚から来る衝動を抑えながら、俺はアンジーに礼を言って持ち場へ向かう。次の相手も“ゴブリン”共だ。
「蹴散らすぞお前ら! 第一部隊に後れを取るなよッッ!!」
● ● ●
ニルトと会話をしてから何度かの襲撃を退け、まだ余力のあるうちにアタイも後方へと下がる。視線の先には交代した冒険者達が、意気揚々と暴れまわる姿が映る。最初こそ寄せ集めと言えるお粗末な連携だが、数度剣を交えれば徐々に連携が取れ、3波の襲撃を乗り越える頃には一定水準の働きを見せるようになる。
柔軟な対応力こそが冒険者の強みだと言うにしたって――
「お疲れ様、アン。はい、飲み物です」
「おやヴィア、良いのかい? 前線付近に居て」
補佐の仕事はいいのかい? 言外に突っ込みつつ礼を言って飲み物を受け取り、「なんだい酒じゃないのかい」と愚痴る。
「こんな時にお酒なんて出せませんよ」
「何を言ってるんだいこの娘は。『闘牛族』は呑めば呑むほど強くなるってのにさ」
「いつから〈ドランクマスター〉になったのです? 初耳ですよ?」
「アタイはいつでも“酒と金細工”のオーヴァジックを信仰しているんだけどねぇ」
「所構わず呑んで良し、なんて教義ではなかったはずですよ? それで、如何ですか?」
「そうさね――出来すぎているねぇ」
一息に受け取ったレモン水を飲み干し、未だ防衛ラインを問題なく維持している前線。その先で立ち回る1人の『人族』へ視線を送る。
「ナップさんと同等の戦術眼をお持ちだと伺っておりますけど」
「らしいね。なら戦場を盤上に見立ててってやつが出来るんだろうさ」
アタイにはわからん世界だが、リーダーであるナップは戦闘において、敵味方を盤上の駒に見立てて戦況を把握していると口にしていた。自分たちを俯瞰して見ることにより、彼我の距離から攻防のタイミングから流れに至るまで予測し、打てる最善手を導くのだと。
ナップが言う分にはアタイも解る。あいつは情報収集を怠らないから、組んだことがない冒険者だろうとも適切な指示を下せる。それはザード・ロゥに長く住み着いているからこそできる技だとアタイは思う。しかしカイルにそれは当てはまらない。いや、もしかすればあいつと同等以上の情報収集をしていたのかもしれないが……
「……アタイにはナップの完全上位互換に見えるよ」
喩え技能レベルが同じだとしても。ナップみたく後衛から戦場を落ち着いて見れるならまだしも、あれだけ最前線で魔物の前に立ち、跳ね回って同様のことができる時点で同じ視野の広さじゃないだろうさ。
「カイル師匠の場合、恐らく様々な技能職による相乗効果によって引き上げられているのだと思います。6種も上位技能職に辿り着けているのですから。本当、流石はセツナさんのマスターですね!」
ふんすと鼻息を荒くしながら、”バトルドール”に関することを口にし始めるオリヴィア。アタイは”ドール”が関わるとすぐポンコツになるこの娘に苦笑いだよ。だけども、この刺激はオリヴィアの糧となる。
アタイは口に浮かぶ笑みを隠しながら、ここから見えないはずの後方に陣取る我らがリーダーに視線を向けて呟く。
「本当にここは、とんだ拾い物で溢れてるねぇ。なぁ、ナップ?」